「……こいつが〈シュバルゼッテ〉……ジェターク社の真の第五世代MSの完成形か」
ジェターク社の保有する機密区画において、そのモビルスーツは秘匿されていた。
整備用キャットウォークの上からそれを眺めるグエルの横に、ぬっと現れたのは開発主任を務めるMSエンジニアの男だった。
タブレット端末を弄りながら、彼はグエルに見えるようにホログラムでMSの完成予想図を表示する――騎士のマントを思わせるドローンユニットを身にまとう、ジェターク社の系譜を継ぐMS。
まだ未完成らしく実機の方は装甲が施されていない部位も目立つし、塗装も施されておらず、灰色の装甲材がむき出しになっている。
それでもなお、その騎士を思わせるシルエットにはどこか、優美ささえ感じさせるものがあった。
「ええ、〈ダリルバルデ〉で得られたデータを元に、意思拡張AIを最適化して多目的攻防プラットフォーム……多機能ドローンの制御に用いる次世代モビルスーツです」
「やっぱり意識してるのは〈エアリアル〉なのか?」
「痛いところを突きますね、グエル坊ちゃん。元々こいつの素体はダリルバルデの共通のものを使用していました、言わば兄弟機ですね。開発の途上で全身にドローン兵器を搭載する方向で発展した〈ダリルバルデ〉に対して、〈シュバルゼッテ〉はシンプルな本体に強力なドローン兵器を外付けする方向で開発が進んだんですが……肝心のドローンシステムの仕様が決まらずに開発が凍結中だったんです」
「それで〈エアリアル〉のビットステイヴを参考にしたわけか」
確かに、グエルが今まで戦ってきた相手の中で一番脅威だった武装は、一一基のビットステイヴが荷電粒子ビームを放ってくる〈エアリアル〉のスウォーム兵器だ。
それを参考にしてよりコンパクトかつ強力な武装を開発するのだから、ジェターク社の技術者たちには恐れいる。
流石はヴィム・ジェタークが手ずから集めた開発チームと言うべきだろうか。
しかしグエルにはどうしても気になることがあった。
それはBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)――人間とモビルスーツを繋ぐインターフェースのことだ。
「〈エアリアル〉は新型ガンダムだったが、〈シュバルゼッテ〉は違うんだろう? GUNDフォーマットなしで多機能ドローンなんて制御しきれるのか?」
「そこはうちのエンジニアとメカニックを信用してもらいたいですね。意思拡張AIには無限の可能性がありますよ――たとえガンダムが次世代MSの覇権を取ったとしても、こいつのノウハウは無駄にはなりません」
あの伝説となった一戦――〈エアリアル〉と〈ダリルバルデ〉の相打ちの決闘は、投資家の間でも注目を集め、彼らのジェターク社への多額の投資によって〈シュバルゼッテ〉の開発再開にGOサインが出たという経緯がある。
それだけに〈シュバルゼッテ〉の開発主任である男はグエル・ジェタークに好意的だった。
「そうか。テストパイロットは決まってるのか」
「坊ちゃんじゃないですか、社長の贔屓とか抜きに腕の良さで言うと」
「責任重大だな……ああ、完成を楽しみにしてる」
どうやら一言多いらしい開発主任の男に苦笑していると、彼は聞き捨てならないことを言い始めた。
「噂じゃプラント・クエタではデリング総裁肝いりのガンダムの改修も行われてるって話ですが……うちも負けてられませんからね」
「おいおい、どこから漏れてくるんだ、そういう情報」
「プラント・クエタはあらゆるものが集まりますからね。うちの技術者が出入りしてたら、〈エアリアル〉を見たって話が伝わってきたんですよ」
「そういうものか」
人に口に戸は立てられない、ということなのだろう。
同じ企業グループ内の話だけに、なおさら技術者たちはガンダムのこととなると敏感なようだった。
そして〈エアリアル〉の名前を聞いて、ふと、グエル・ジェタークは大事なことを思い出した。
そういえば先日、スレッタ・マーキュリーが株式会社ガンダムの面子と一緒にプラント・クエタに向かうとか言っていた――そうなると当然、株式会社ガンダムのテストパイロットである
あの涼しい顔をしてちゃっかりしているエラン・フォースが、スレッタ・マーキュリーと、同じ宇宙船に乗って旅をするのだ。
しまった、と思った。
「プラント・クエタには〈ダリルバルデ〉が修理で預けてあるんだったな! 俺が取りに行く!」
「ぼ、坊ちゃん!?」
突如、興奮し始めたグエルにびっくりしている主任には目もくれず、少年は最短でプラント・クエタへ向かうシャトルの定期便を探し始めた。
そして何かを思いついたように、開発主任に頭を下げた。
「公私混同なのはわかってる、だが――俺の初恋がかかっているんだ! 頼む、協力してくれ!!」
「えぇ……」
困惑している主任に拝み倒しながら、焦りを隠せないグエル・ジェタークだった。
「今、エランのやつに抜け駆けされるのはごめんだぞ!」
◆
くちゅん、とスレッタがくしゃみをした。
それを見て眉をひそめて、ミオリネ・レンブランはスレッタ・マーキュリーに目を向けた。
「なに、風邪でも引いたの?」
「こういうときって誰かに噂をされてるんだってアニメで見ましたよ、ミオリネさん!」
「一瞬で信憑性ゼロになったわよ、あんたの発言」
無重力の船内でふよふよと宙を漂うスレッタを見上げるミオリネ――株式会社ガンダムの名義で借りた宇宙船は小型だが推力の効率がよい高速船で、アスティカシア高等専門学園からプラント・クエタまでの道のりもあっという間に航行できる。
居住性については相部屋が前提なのが玉に瑕だが、多少の不便には慣れっこの地球寮の面子には関係ないようだった。
そんな宇宙船の決して広いとは言えない
いつ如何なるときも機会さえあればふんぞり返る。これは最早、ミオリネの才能と言っていいだろう。
そんな風に果てしなく失礼なことを考えているスレッタを見て、何を勘違いしたのか、はぁっとミオリネはため息をついた。
「シャディクなら呼び出し喰らって義理の父親のところよ……大変よね、後継者争いがある養子って身分も」
心なしか以前よりも優しい声音で、ミオリネはそう呟いた。
そしてもちろん、それを聞き逃すスレッタではなかった。
速攻で弄った。
「あ、ミオリネさんってシャディクさんが好きなんですよね、やっぱり」
「ぶっ飛ばすわよ、あんた!?」
「わあ!?」
まるで西部劇のガンマンの早撃ち対決のように即座に怒るミオリネ、ぱっと身を翻して逃げるスレッタ。
あまりにもいつものじゃれ合いなので、ブリッジの座席に着いている地球寮の面子は無反応――船の操縦も自動化されているから、プラント・クエタまでの旅路で人間がすることはほとんどない。
何か事故が起きたときの責任を取るために、ミオリネが一応、名目上は船長扱いになっているのである。
つまり責任者なので偉そうにしているのだ。
根本的には、AIが機体制御を最適化しているモビルスーツが、責任を負わせるためパイロットを乗せるロボット兵器なのと同じ理屈が働いていた。
ぷんぷんと怒るミオリネから逃げてブリッジから退避するスレッタ――「私、ランチの準備してきますね!」と言い添えて逃げ出した。
さりげなくブリッジの全員分のランチの注文を訊いているあたり、ドミニコス隊での活動時――厳密には今もミオリネ・レンブランの護衛任務をしているのだが――に鍛えられた能力がうかがえる振る舞い。
お昼の準備と言ってもスレッタがやることと言えば、保存容器に入ったランチプレートを人数分、調理器で暖めてブリッジに持って行くだけだ。
「えっと、照り焼きチキンが四つ、ポークが四つ、フィッシュが三つ……ミオリネさんはチキンでいいや、面倒だし」
さりげなくミオリネの扱いが雑になってきているスレッタだった。
本当の姉妹のように仲良くなっている二人(※ミオリネは異母姉妹と誤解している)だが、そのせいか、最近はスレッタの側もどんどん面の皮が厚い対応になってきている。
大型冷蔵庫から人数分のランチプレートを取り出したあと、少女はふとブリッジにいない物静かな少年のことを思い出して。
「あ、エランさんは――」
「僕はフィッシュがいいな」
「うひゃあ!?」
いきなり声をかけられてびっくりしたスレッタ――少女の手をすっぽ抜けて、無重力の船内をふよふよと漂うランチプレートを、エラン・フォースが手際よくキャッチした。
流石はペイル社の筆頭と言うべきか、宇宙空間での体捌きもスマートで、無駄に
「あ、ありがとうございます」
「急に声をかけてごめん。ちょうどお腹が空いたところだったから」
嘘か真か、タイミングを見計らっていたかのような登場の仕方である。
だがエランという少年の人柄を知っていると、本当のことなんだろうなと思わされるものがあった。
ふと、少年が抱えている紙の本が目に止まった。
この前の初デートのときはお互いに緊張してしまって、聞きそびれてしまったけれど――ずっと気になっていることがあったのだ。
今時、物理媒体、それでも電子ペーパーではない印刷された紙の本なんて珍しいから、どんな本を読んでいるのか、スレッタは興味があった。
ランチプレートは宇宙船備え付けの調理器に入れて暖めボタンを押す。
「いつも読んでる本、ですよね。どんな本なんですか?」
「アルトゥール・ショーペンハウアーの哲学書。面白いよ」
「そ、そうなんですか?」
どう考えてもスレッタには難しすぎる内容の予感がした。
そんな彼女の感情を読み取ったのか、エランはゆっくりと言葉を噛みしめるように声を発した。
「うん。哲学は人間がどういう風に生きるべきか、考えるときの参考になるからね」
「どういう風に生きるか、ですか」
暖め終わったほかほかのランチプレートを積み重ねてバンドでひとまとめにしながら、スレッタは問い返した。
エランは頷いて、優しくスレッタの問いに応じる。
「
問いかけられて、スレッタは答えに窮した。
ブリッジに向かおうとしていた足を止めて、少女は息を吸い込む。
あの決闘のとき、互いの抱えている絶望の根底を見せ合った彼にならば――伝えてもいいかもしれないと思った。
「わたし、今、すっごく幸せなんです。これ以上を望んでいいのか、わからないぐらいに……ううん、本当はもっと望みたいのかもしれません」
でも、と言い添えて。
一呼吸おいてためらいを言葉にした。
「……踏ん切りがつかないんです。きっと今まで、わたしが殺してきた子たちだって未来を願っていたはずです。なのにそれを踏み潰してきたわたしが……本当に幸せになっていいのか、今でもわからないままだから」
スレッタ・マーキュリーは殺人者である。
兵士としての任務だったとしても、彼女自身はそれを理由に、自身の背負うべき罪過を許せない。
自らの意思ですべてのガンダムを滅ぼすという決定を下したのは、他の誰でもなく、スレッタ・マーキュリー自身なのだから。
それはたぶん、十代半ばの少女が背負うには重たすぎる十字架なのだ。
だけど、そんな彼女の重たい内面を受け止めるように、エラン・フォースは目を閉じて。
こう言った。
「――生きたいって思えるなら、きっと、それは幸せになりたいってことなんだと思うよ。僕がそうだったから」
「エランさん……」
「僕が保障するよ、スレッタ・マーキュリー。君は絶対に、幸せになるべきだ。そうでなければ僕は運命ってやつを恨む」
思いのほか強い意志を込めた言葉をぶつけられて、スレッタの息が止まる。
目を開いたエランの瞳には、力強い思慕の念が込められていて。
「…………僕は生きてる。君のおかげで
その一言がすべてだった。
あの日あのとき、スレッタが手を伸ばさなければ、エランの命は未来永劫、失われていただろう。
ペイル・スキャンダルによって明らかになった非人道的な所業を鑑みれば、それは高確率であり得た未来だった。
今このときそうなっていないのは、明確にスレッタが自らの意思で選び取った未来だ。
声の出し方を忘れたみたいにパクパクと口を開いたり閉じたりしたあと、スレッタはふと、調理室の出入り口付近に銀色の糸を見た。
いや、アレは――扉の陰に隠れ切れていない銀髪だ。
「……盗み聞きとは趣味が悪いじゃないか、ミオリネ・レンブラン」
心底、不機嫌そうな声音。
エランが背後を振り返ると、観念したようにミオリネが姿を現した。
船内用宇宙服であるノーマルスーツ姿の少女は、少々、ばつが悪そうにそっぽを向いている。
「み、みみみ、ミオリネさん!?」
「あんたたちのハードボイルドな会話の最中に首突っ込めるほど、私は神経太くないのよ。悪かったわね」
「君ってハードボイルドの定義わかって喋ってる?」
「うっさいわね、この本の虫!!! キーキー鳴かすわよ!!」
「本の虫ってそういう鳴き声なんだ。初めて知ったよ」
一周回ってこの人たち実は仲がいいのでは、と思えるようなやりとりだった。
重ねて縛ったランチプレートを片手で抱えると、ミオリネはスレッタに手を差し伸べて。
「スレッタ、ほら、みんなのところに行くわよ」
あの会話を聞いていただろうに、何も言わずに、ただ日常を続けてくれる。
そんな風に寄り添ってくれるミオリネ・レンブランのことが、スレッタ・マーキュリーは大好きで――
――大嫌いだった。
◆
サリウス・ゼネリに宇宙議会連合の穏健派が接触してきたのは、つい先日のことであった。
こそこそとベネリット・グループの周辺を嗅ぎ回っていたエージェントたちは、単刀直入に彼らの思惑を打ち明けていた。
――デリング・レンブランが進めている極秘計画と、それによる地球圏での覇権が絶対的となる未来。
――その阻止によってしか、宇宙議会連合とベネリット・グループの戦争は避けられない。
進退窮まったということなのだろう。
サリウスの情報網においては、宇宙議会連合を現在、主導しているのがタカ派であることはわかっていた。
戦争回避をしたいという懇願は本当なのだろう。
だがデリングの極秘計画とはまた大ボラを吹いたな、とそのときは思った。
しかし探りを入れてすぐに、宇宙議会連合エージェントの言葉が虚偽ではないとサリウス・ゼネリは思い知った。
デリング・レンブラン総裁はその権限に基づき、極秘のプロジェクトに莫大な費用を注ぎ込んでいる。
それが新型GUNDフォーマットの研究絡みなのだと知れ渡った今、問題視するものはベネリット・グループにはおるまい。
だが、ベネリット・グループ最大の工業生産施設プラント・クエタに搬入されている資材の量は異常だった。とても新型ガンダムやそのOSのための専用サーバーを建造している、という名目では納得できない量の資材である。
尋常ならざる事態が進行している予感に、
「何故、カテドラルは動かない――何を考えている、デリング?」
『カテドラルの協約に違反する倫理に反した研究ではないからだ、サリウス。これはすべて、ベネリット・グループに利益になる投資だ』
この二一年でずいぶんと貫禄をつけた年下の盟友を見つめる。
サリウスは頑迷な老人を演じると決めた。
「……お前が極秘の計画を進めているという情報があった。プラント・クエタで何を建造している?」
『すべての不正義を正す手段を用意している。逆に問おう、サリウス。お前は今の太陽系社会をどう考えている? スペーシアンによるアーシアンへの搾取はこれ以上、存続すべきではない』
何もかも今さらの話題のように思えた。
ちょうど義理の息子に話した話題と同じそれに、数十年前から変わらぬデリング・レンブランという男の姿を見た気がした。
そう、度しがたいほどに潔癖で正義感に燃えている男だった。
彼は何も変わっていないのだ。
「今さらアーシアンとスペーシアンのパワーバランスはひっくり返らん――太陽系開発の行き着く先は人類のフロンティアの開拓か、地球へと人類の生存領域が後退するかの二者択一だ。我々は賭けに勝った、今や人類の文明を牽引するのはスペーシアンだ。戦争シェアリングが破綻しようと、この絶対的な構図は変わらんよ」
変わったとすれば、それは全盛期を過ぎて老いていくばかりのサリウス・ゼネリの方だった。
今や彼は権力者であり、持てるものであり、社会秩序に挑戦して変革することを夢見る側ではなく、それを維持して次世代に託すことを考えねばならない側だった。
だが、ちっとも変わらないデリング・レンブランは、五〇代も半ばとなってなお
『私は一度もアーシアンとスペーシアンを異なる人種と捉えたことはない。すべての人間は本来、平等であるべきなのだ。我々と彼らの間にある格差は、本来、あってはならないものだ』
「相変わらずの理想論だな、デリング」
『理想なきものが
なるほど、その通りだった。
だが、サリウスにもこうあって欲しい世界の姿はあった。
「……我々は血塗られた歴史の生き証人だ。しかし子供たちは、足下に積み上げられた人々の死骸など、気にすることなく健やかな明日を歩んでいい。それがどれだけ恥知らずな道のりだったとしても、今日と変わらぬ明日を求めていいのだ」
それは祈るような言葉だった。
老人が求めているのは、ただ、後に続く若人たちにとっての幸福だけだ。
恥知らずの平和の何が悪い。過去、人類史において覇権を握った勢力が、他者を食い物にしなかった歴史などあるまいに。
だが、その開き直りを正す燃えたぎるような怒りを、彼の盟友は持っていた。
『その姿勢こそが、新たな憎しみを生み、宇宙議会連合のような輩がつけいる隙になっている。平和とはほど遠い未来はすぐそこにある』
「宇宙議会連合が求めているのは所詮、この地球圏での利権に過ぎん。多少の損失は出るだろうが、交渉の余地はある」
『老いたな、サリウス。それで確保できる平和は一〇年あればいいところだろう。お前の言う平和は、自分が生きている間、持続すればいいという逃げだ』
それがサリウス・ゼネリという老いた男の限界なのだという弾劾であった。
すでに肉体の老化によって衰えているサリウスが現役でいられるのは、あと一〇年がいいところだろう。
少なくとも二〇年、三〇年先まで生きていられるかは怪しい状態である。
つまるところサリウスの言う現在の平和の維持とは、彼が生きている間、維持されればいいという程度のものでしかない。
根本的な解決にはほど遠い。
だが、それこそが今の自分たちにできる現実的な方策だという確信が、サリウス・ゼネリにはあった。
戦争シェアリングが積み上げた膨大な負債を、なかったことにできるような手段は、人間世界にはあるまい。
――それこそ
デリングはしばし瞑目したあと、深々とため息をついて。
長年の盟友との間で生じた深刻なズレを噛みしめるように、自らの決意を口にした。
『サリウス、私はノートレットの墓前に誓ったのだ。――たとえ私が
「世界を統べる神でもなるつもりか、デリング」
答えはない。
それこそが男の不退転の覚悟の表れなのだと、サリウスには理解できた。
ゆえに埋めがたい断絶を感じずにはいられない。
続くデリングの言葉は空虚に感じられた。
『サリウス。私たちが求めるものは同じだ。揺るがぬ絶対的な平和こそ、この世界に必要なのだ』
「断言しよう――デリング、お前の選ぶ道にあるのは人類文明の破滅だ」
沈黙。
互いが互いのすれ違った価値観と未来への展望を思い、何を言うべきか迷った刹那の空白。
先に口を開いたのはサリウス・ゼネリだった。
「……この件は改めて査問会の場で聞かせてもらうとしよう」
『そうか』
この時点でサリウスの腹は決まった。
長年の盟友との決別だというのに、彼の胸中は自分でも驚くほど穏やかだった。
それはきっと、こうなることがわかりきっていたからだ。
デリング・レンブランという男がどういう人物で、どういう思考をして、どういう行いを為すのか――彼は自身の半生を通じてよく知っている。
ゆえに。
通信が切れたあと、サリウス・ゼネリは呟いた。
「さらばだ、デリング」
スペーシアン世界の安寧のために、あの男を止めねばなるまい。
そう、老人は確信するのだった。