ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがルイと対面するだけの話

 

 

 

 

――幼い頃、ミオリネ・レンブランは喋る岩と出会ったことがある。

 

 

 あのころのミオリネはとにかくやんちゃな幼児で、わがままを言っては母を困らせていたのをよく覚えている。

 あの日も彼女は母親の姿を探して、フロント内部の邸宅の中を駆け回っていた――今にして思えば、外界との接触がない箱庭のような世界は、暗殺や誘拐を警戒した父親の手配だったのだろう。

 当時、すでにベネリット・グループの総裁だったデリング・レンブランの妻子には、それだけの価値があったのだ。

 そんなときだった。

 母が奇妙な光る岩と喋っているのを目にしたのは。

 いつもなら土いじりに興じて庭園の植物の世話に精を出しているはずの母は、楽しそうに笑いながら、邸宅の一角に置かれた大きな岩――その頃のミオリネの語彙ではそうとしか形容できなかった――に話しかけているではないか。

 なんとなく物陰からその様子をうかがっていると、いきなり声をかけられた。

 

 

『――ノートレット。そちらにお嬢さんがいるようですよ? はじめまして、ミオリネお嬢様』

 

 

 奇妙な紋様が浮かんでいる岩が、ピカピカと光りながら彼女に挨拶してきたのである。

 今にして思えば、アレは何かのAIユニットだったのだろう。

 いつの間にかその喋る岩はどこかに運び去られていなくなって、ミオリネもその存在をすっかり忘れてしまったけれど。

 何故か、ふと、まどろみの中でそんな夢を見た。

 他愛のない連想であった。

 今にして思えば、アレは()()()()()()()()()()()()()()――パーメットを利用した情報処理装置の一種――だったのではないか。

 そんな突拍子もない思いつきと共に、ミオリネ・レンブランはうたた寝から目覚めた。

 

「ミオリネさん、おはようございます! プラント・クエタに着きましたよ!」

「ん、おはよう。スレッタ、あんた意外とはしゃがないのね」

「あ、はい、実は以前に来たことあるんですよー、学園に入る前の話ですけど」

 

 そう、と返事をしてカメラに映る映像を見る。

 巨大開発施設プラント・クエタはベネリット・グループが保有する最大規模の超巨大構造体(メガストラクチャー)である。

 その構造は小惑星の岩塊を囲むようにリング状の構造体が輪になって張り巡らされ、そこを中心に増築された造船施設や工業プラント群が、片側だけ残った花弁のように盛り上がっている。

 遠目には薄く見える構造体も、実際には何層もの超強度建材が連なってできており、最も薄い部位の厚みすらキロメートル単位で表さねばならないほどだ。

 まさに人類文明の持つ生産力の象徴、スペーシアンの繁栄の証のような施設である。

 その繁栄の裏にあるアーシアンの窮状を知ってしまった今では、ミオリネなりに複雑な感情を抱いてしまうが――ともあれ、今回の来訪は社会科見学ではないのだ、と自分に言い聞かせる。

 

「それじゃ、みんなは〈エアリアル〉の受け取りと積み込みお願いね。会社の名義で許可は取ってあるからセキュリティパスで移動できるはずよ。職員用の飲食施設があるから、会社のカードでご飯食べてくれて構わないわ。私の方はデリング・レンブラン総裁と面談の予定があるから、あとから合流するわ」

「頑張れよ、親子面談だろ?」

「はっ? 会社の代表としての面談なんだけど?」

 

 ミオリネが威圧すると、軽口を叩いたオジェロが「ひぃ」と悲鳴をあげた。

 見え透いた地雷を踏みに行ったオジェロをフォローするものはブリッジにはいなかった。

 無慈悲である。

 フロントの宇宙港管制室から入港許可が下りると、完全な自動操船で宇宙船がドッキングベイへと進んでいく。

 がしょん、と軽い振動。

 船が宇宙港側の施設とドッキングされたのだ。

 ミリメートル単位で制御された精密な停止位置のコントロールは、AIによる操船の自動化の恩恵だった。

 ひとまず何事もなく船が目的地までたどり着いたのに安堵していると、宇宙船に対してパーメット通信が入ってきた。

 パーメット通信は情報元素パーメットの持つ「他のパーメットと情報を共有する」という性質を利用し、遠隔地のパーメットと同期させることで超光速通信を可能とした技術である。

 太陽系文明の維持と発展に欠かせない、アド・ステラ時代の基幹技術の一つだが――今回の発信源はそう離れた場所にいるわけではないらしい。

 発信源はプラント・クエタと表示されている。

 モニターに映るもの――シン・セー開発公社の企業ロゴ。

 聞こえてきたのはお馴染みの胡散臭いが直立二足歩行してるような男の声。

 

『このような形で失礼致します、株式会社ガンダムの皆様。シン・セー開発公社の代表、ルイ・ファシネータです』

「ルイ代表? プラント・クエタに滞在しているんですか?」

『ええ、ミオリネ様。今回はスレッタ・マーキュリーに用事がございまして――』

「ふえ?」

 

 自分に話を振られると思っていなかったらしいスレッタ・マーキュリーは、ストローで水分補給している最中だった。

 目を丸くして慌てているスレッタを横目にちらりと見て、ミオリネはため息をついた。

 大丈夫かしら、と心配になってきたが、ここで甘やかしてはスレッタのためにならない。

 心を鬼にして、ミオリネは姉(※ミオリネの勘違いだがスレッタは誤解を解くのを諦めて放置中)として彼女をしっかりさせなければいけないのだ。

 銀髪の少女はそんな風に勝手に使命感を背負うのだった。

 

 

 

 

 

 

「えーと、Xブロックの一〇五番区画……うう、初見なのに一人だけ呼び出しって寂しい上に道に迷うからやだよお……」

 

 泣き言は無人の通路に木霊して消えていった。

 ルイの通信から三〇分後、スレッタ・マーキュリーは一人でプラント・クエタの通路内を移動していた。理由は単純明快で、シン・セー開発公社のルイ・ファシネータ代表直々に指名されて呼び出しを喰らったからである。

 シン・セー開発公社としての極秘やりとりなので直接、会って話したい――そう言われてしまうと、スレッタとしては呼び出しを断る方法がない。

 それに彼が話したい話題のことも察しがついていた。

 

 

――クワイエット・ゼロ。

 

 

 スレッタの母がデリングと手を結んで進んでいた極秘計画であり、〈エアリアル〉の力が必要とされるのだというそれ。

 その詳細をスレッタは知らねばならなかった。

 おそらくそこに、これまで彼女が歩んできた人生の意味のすべてが待っているような気がしていた。

 遺伝子的複製(リプリチャイルド)として生まれ、水星に隔離されパイロットとしての教育を施され、遺言でガンダムを滅ぼすことを願われた。

 それがスレッタ・マーキュリーの一七年間の人生のすべてである。

 自分で選んだ道だから、この手が血に塗れていることはまだいい。辛くても、悲しくても、まだ納得はできる。

 けれどそれ以前の選択肢にも上がらなかった半生は違う。

 プロスペラ・マーキュリー――エルノラ・サマヤが何を願い、この世にスレッタを生み出し、育ててきたのか。

 その意味を彼女は知りたかった。

 

 歩いて、歩いて、歩いて。

 何重ものセキュリティゲートをくぐり抜けた先に、その空間はあった。

 大きな隔壁が開いて、ひんやりとした冷気がスレッタの頬を撫でた。

 スレッタを待っていたのは、広大な無人の空間であり、そこにたたずむ巨大な人工物だった。

 

 

 

――それは巨大な祭壇であり、聖塔だった。

 

 

 

 目に映るのはパーメットの赤い輝き。

 真っ黒い塔の表面を、赤い光のラインが血管のように浮かび上がり、明滅しながら全体を巡っていく――まるでレンガを積み上げた巨大な聖塔(ジッグラト)

 その構造体をスレッタ・マーキュリーは知っていた。

 ガンダムに搭載されている光り輝く情報処理装置、正式名称パーメット・プロセッサ・シェルユニット。

 モビルスーツの背丈よりもはるかに大きなシェルユニット――高層ビルほどもあるそれが、スレッタの目の前に横たわっている。

 あまりにも大きな光り輝く塔に圧倒されていると、このサーバールームのどこからか声が聞こえてきた。

 

 

『パーメットAIサーバー〈レガリア〉。――いずれデリング閣下の玉座となる場所であり、アミュレット・システムの中枢である装置です』

 

 

 ルイ・ファシネータの声だった。

 いつも通りの通信越しの声は、人っ子一人いないこの区画と相まって、スレッタに本能的な恐怖を呼び起こさせた。

 思わずすがるように声を張り上げた。

 

「ルイさん、約束通りに一人で来ましたよ! どこにいるんですか!?」

 

 切羽詰まったような少女の叫びに対して、ルイ・ファシネータはしれっとこう言ってのけた。

 

『あなたの目の前にいますよ、スレッタ・マーキュリー』

「えっ?」

 

 驚きながらも、このときようやく、スレッタは今まで引っかかっていた違和感のすべて――ルイ・ファシネータという人物の実在を保証するものが何もないこと――が氷解していくのを感じた。

 はっきりと答えが像を結び、少女の脳裏で一つの回答が弾き出されると同時に。

 ルイが答えを言った。

 

 

 

『私はあなた方がパーメットAIと呼ぶ存在のオリジナルです』

 

 

 

「あっ、やっぱり……薄々そんな気はしてました」

 

 スレッタのあっさりした反応に、一瞬、室内に沈黙が降りた。

 再び口を開いたとき、ルイ・ファシネータはやや驚いたような口調だった。

 

『驚かれないのですね?』

「だって……ああ見えて結構、人見知りするタイプのエリクトが、あんなに近い距離感で話すのは変ですから。エリクトがオリジナルのパーメットAIだって言うのが嘘なら、つじつまが合うのはルイさんがそうだって可能性です」

 

 これまでにも散々、そうではないかという事実の断片はあったのである。

 胡散臭さを隠そうともしないその言動と、AI濫用に批判的なデリング・レンブランの腹心という立場、そしてヴァナディースの亡霊という風評が、その違和感を上書きしてしまうけれど。

 一度も姿を見せず、通信やドローン越しにしか人と接触できない存在――その最たるものはAIである。

 ならばエリクトがそうであるように、人間にしか見えない言動のAIもいるのだろう。

 スレッタなりに考えた結果の推理だったが、何故かルイはそれに驚いているようだった。

 

『変わりましたね、スレッタ・マーキュリー』

「え、それってどういう――」

『二年前のあなたならば、きっと、周囲に言われた言葉を額面通りに受け取っていたはずです。ですが今のあなたは自分で考えて、私の思惑を推し量ろうとしている。大変好ましい変化です』

 

 暗に二年前は無垢で愚かだったと言われているような気がしたが、そこをほじくり返しても仕方ないので、スレッタは努力して受け流した。

 スレッタ・マーキュリーのここ二年の世間擦れの成果である。

 

「つまり、ルイさんが本来のLF-03だったんですね」

『ええ、あなたの想像通りです、スレッタ・マーキュリー。』

 

 LF-03。

 ヴァナディース事変の際、エルノラ・サマヤとエリクト・サマヤが搭乗し、魔女狩りの追っ手を振り切って逃亡するため使用した〈ルブリス〉試作機。

 言ってみれば〈エアリアル〉の原型機であるそのモビルスーツには、特別なAIが搭載されていたのだという。

 データストームによる人体への過負荷を押さえ込み、青い印を与えるパーメットAI。

 その正体がルイ・ファシネータだというのなら、エリクトと仲がいいのも納得はいく。

 

「あっ……もしかして!」

『どうされましたか?』

「アリヤさんの占いでわたしにはお兄さんが一人いるって言われたんです! あれってルイさんのことだったんですね!」

『…………占いですか? ちょっと待ってください、オカルトは私の専門外です』

 

 困惑するルイに構わず、スレッタは暴走気味にこんな妄言をのたまった。

 

「じゃ、じゃあ……こう呼びますね……ルイお兄ちゃん!

 

 沈黙。

 お互いに気まずくなったルイとスレッタは、なんとも言えない温度でもんにょりとした空気を漂わせている。

 心なしか黒い聖塔のシェルユニットも、困ったようにピカピカと光っている気がする。

 

ルイお兄ちゃん??? ……失礼、思わず困惑を言葉にしてしまいました、私の予想を裏切るとはやりますね』

「お兄さんの方がよかったですか?」

『そういうわけではないと思いますよ!?』

 

 この場にミオリネ・レンブランかグエル・ジェタークがいたら、ツッコミの嵐になっていたであろうふんわりしたやりとりだった。

 巨大なパーメットAIサーバーの筐体が、どうやら今のルイ・ファシネータの頭脳であり肉体らしいと察して、スレッタはとりあえず目の前の黒い塔に視線を向けた。

 すうっと息を吸い込んで深呼吸。

 

「えっと、ルイお兄ちゃん」

お兄ちゃんはやめましょう

 

 多分人間なら真顔だったであろう真剣な調子(ガチトーン)だった。

 ちょっぴりスレッタは悲しくなった。

 

「ダメですか、家族が増えるの」

『今は仕事の時間ですので、今後のプライベートな付き合いに関しては後々、検討しましょう』

「わかりました、言質取りましたからね!」

 

 スレッタ・マーキュリーは理不尽だった。

 その傍若無人ぶりにやや戦慄するルイだったが、ここで話の腰を折っても仕方がないので誤魔化すことにした。

 スレッタに対抗できるのは二人の姉(※片方は姉を名のる不審者(ミオリネ))しかいないようである。

 先ほどまでのおちゃらけた空気はどこへやら、改めて真面目に向き合うスレッタとルイ・ファシネータ――話を切り出したのは、やはり呼び出したルイの側だった。

 

『さて……あなたには我々の同志となって欲しいのです、スレッタ・マーキュリー』

 

 同志、という言葉にピンとこず、スレッタは上目遣いに小首をかしげた。

 そんな彼女の様子を見て何を思ったのか、ルイ・ファシネータはこんな風に問いかけてきた。

 

『あなたは今の世界が平和だと思いますか?』

「思いません。この世界は悲しいことがいっぱいです――戦争も、暴走ドローンも、汚染情報だらけのネットだってそうです。みんな争って傷ついてばっかりです」

 

 その強い憤りに満ちた言葉に、我が意を得たとばかりにルイは応じた。

 

『そうでしょうね。我々の見解も同じです。この世界は今、見かけ上、平和なように見えてその実、恒常的な戦争状態にあるのです』

「それって……戦争シェアリングのことですか?」

『ミオリネ・レンブランあたりでしょうか、よくご存じですね。ええ、その通りです。制御された戦争という名の悪逆によって、最小限度の犠牲を目指そうという狂気の沙汰です。こんな仕組みはなくさねばなりません』

 

 今度はスレッタが問いかける番だった。

 

「ルイさん、そのためにクワイエット・ゼロがあるんですか?」

 

『ええ――クワイエット・ゼロとは、〈エアリアル〉のオーバーライドの出力を増幅し、その効果範囲を地球圏全域に広げて射程範囲に収めるシステムです。それによって地球圏で稼働しているドローン兵器の自動工場や、サイバー空間を汚染するAI兵器は強制的に機能を停止させられます。現在、地球上で行われている戦争や紛争の道具になった兵器群も我々の管理下に置かれるでしょう』

 

 彼の言葉にスレッタは目を見開いた。

 世界各地で殺戮を引き起こしている無人兵器の自動工場やネットを汚染する暴走AIの問題は、スレッタたちが生まれる前からあったドローン戦争の負の遺産だった。

 地球の復興が遅々として進まない理由の一つが、綺麗に消えてしまうなど簡単に信じられるものではなかった。

 しかも地球で行われている戦争の兵器までもが、制御下に置かれる――その意味がわからないほど、スレッタ・マーキュリーは子供ではなかった。

 

 

『――完全なる恒久平和の実現。それがデリング・レンブラン総裁の願われるクワイエット・ゼロ――オペレーション・ピースキーパーなのですよ、スレッタ・マーキュリー』

 

 

 自信満々のルイ・ファシネータの言に対して、スレッタが発したのは言ってはいけない事実だ。

 

「え……世界征服ですよね、これ? 控えめに言っても……世界征服ですよね?」

『…………そうですね』

 

 気まずい沈黙の中、スレッタとルイ・ファシネータは見つめ合った。

 ピカピカと光るシェルユニットがルイの苦悩を伝えるようだった。

 

『えーっと、我々の同志になりませんか!?』

「ルイお兄ちゃん、投げやりになってませんか!?」

 

 お兄ちゃん呼びに苦悶しながら、ルイ・ファシネータはしどろもどろになって叫んだ。

 

 

 

お兄ちゃんはやめてください!

 

 

 

 











このSSの仮題は「スレッタの兄」でした。

パーメットAIサーバー〈レガリア〉=原作のクワゼロに欠けていたピース、完全稼働に必要な部分みたいな感じです。
これなしでも原作同様の規模のオーバーライドはできますが、地球全域を覆い尽くすような展開規模にはなりません。
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