――衝撃的なホルダー交代の決闘から数日後。
ミオリネ・レンブランの姿は学園になかった。
その代わり、宇宙シャトルの定期便を使って、ベネリット・グループの総本山に足を延ばしていた。
面倒な申請を重ねに重ねて、ようやくたどり着いた父のオフィス――ベネリット・グループ専用の
キロメートル単位のブロックがいくつも連結して建造された
その一角に、最も厳重なセキュリティで固められたグループ総裁、デリング・レンブランの部屋はある。
物々しい警護の兵たちに囲まれた警備の中を、ずかずかと歩む少女が一人。
英雄にしてベネリット・グループ総裁デリング・レンブランの一人娘、ミオリネ・レンブラン。
それがこの場における彼女の価値であり、意味であり、定義であった。
幾重にも設けられたセキュリティの最深部に、その男はいた。
肩幅が広くがっしりした体躯は、かつて彼が職業軍人として戦地で戦い抜いてきたという経歴をうかがわせて。
しっかり白いものが混じっているが、あごひげを生やしたその容貌には威厳がにじみ出ている。
彼こそがこの地球圏最大の企業帝国を治める主、デリング・レンブラン――魔女狩りの元締めであり、宇宙経済圏の一角を支配する男である。
娘の顔を認めたデリングは、開口一番、ぶしつけにこう言ってのけた。
「私は忙しい。お前との会話に一五分もの時間を割いただけでもありがたいと思え」
「ええ、感謝します、お父さん」
実の親子とは思えない他人行儀な会話は、冷え切った親子関係を象徴するようだった。
しかしこれで怯むようなミオリネ・レンブランではない。
容姿こそ母親のそれを受け継いだ美少女だが、気性の荒さと意思の強さは紛れもなく父親譲り――それがミオリネという少女であった。
「聞きたいことがあります」
「言ってみろ」
「私の新しい婚約者、スレッタ・マーキュリーを学園へ送り込んだのは、あんたなの?」
ぶっつけ本番で直球の質問だった。
小賢しい腹の探り合いなど、大人同士でやらせておけばいい。
ミオリネという少女は激情家であり、このような場面では真っ直ぐに相手へぶつかっていく性格であった。
そしてデリングは、やはりこの娘の父親らしく率直な物言いをする男なのだ。
「そうだ。私がスレッタ・マーキュリーを学園へ編入させた。聞きたいことはそれだけか?」
一拍、沈黙して。
ミオリネは怒りを爆発させた。
「……そんなわけないでしょう!!」
ミオリネはあの、どこか影のある赤毛の少女を思い出す。
スレッタ・マーキュリーは今まで顔も合わせたことがない相手を守るよう言いつけられ、たった一人で学園に送り込まれてきたのだ。
話してみてすぐにわかった。
あの子は優しい。
自分の辛い境遇を話している最中ですら、こちらのことを気遣って「あなたを守りに来た」と言ってくれるぐらいに。
だから忘れられないのだ。
そんな優しい少女が、まるで冷酷な戦闘マシンのように荒々しくモビルスーツを操っていた姿を。
「普通じゃないわ。一七歳の学園に通うような歳の子が、モビルスーツで戦うためだけに送り込まれるなんて、おかしいわよ!! あんた、何とも思わないの!?」
スレッタ・マーキュリーは優しい普通の女の子なのだと、今のミオリネにはわかっている。
なのに。
一体どれほどの戦闘訓練を積めば、学園最強のグエル・ジェタークを一蹴するような超人的技量が身につくというのだろう。
そして決着がついたあとの、あの残酷ですらあった追い打ちの数々には、寒気がするような執念が感じられた。
まるで今まで居場所を与えられてこなかった
あのスレッタ・マーキュリーと結びつかない、機械のような冷酷さ――それを植え付けたのがこの男だというのなら。
許せるはずがない。
だが、デリングは揺るがない。
その瞳に冷徹な光を込めて、娘の美貌を正面から見据えた。
「あの者には
それはデリング・レンブランの思想であり信念であった。
ヴァナディース事変のおりマスメディアの前でした演説と同じく、彼の言うところの人間の宿業との向き合い方は変わらない。
――人が罪を背負い、人が戦うことに、人の尊厳があるのだ。
そういう意味合いの言葉だった。
しかしミオリネにはそう受け取られなかった。
――スレッタ・マーキュリーは、あんたの子供で、腹違いの
そう怒鳴ってやりたかった。
けれど感情が高ぶりすぎて、実際に出てきたのは言葉足らずな叫びだった。
「スレッタが可哀想だとは思わないの!?」
「可哀想だと? お前にスレッタ・マーキュリーを哀れむ権利などない。たとえそれが、どれだけ
罪深い、だと。
妾腹の子に生まれることが、そんなに罪深いというのか、この男は。
一体どの口で言っているのだろう。
「罪深い……? それを、あんたが! 私の父親が言うの!?」
母の葬儀にもろくに顔を出さなかった男が、余所で愛人との間に子供を作っていた。
それはいい。
とんでもないクズ親父だとは思うが、人間として卑近な存在だと理解できる。
所詮、妻ノートレット・レンブランとの関係はこの男にとって政略結婚に過ぎず、自分もその産物に過ぎないから道具のようにあつかわれてきたのだ、と。
しかし、妾腹の子すら道具のようにあつかっているというのなら――この男は本物の
「帰れ。ここは子供の遊び場ではない」
父の言葉に、ミオリネはキレた。
「ええ、よくわかったわクソ親父! あんたが
「…………? 何故、ノートレットの名前が出てくる」
今は亡き妻の名を出されて、明らかにデリング・レンブランは困惑していた。
本気で言っているのだろうか。心の底から、この男の血を引いていることが呪わしくなった。
激怒したミオリネ・レンブランは、デリング・レンブランを鬼のような形相でにらみつけて、正直な気持ちを吐き捨てる。
「自分で考えなさいよ、このクズ親父ッ!!!」
勢いよくミオリネが退室したあと、しばらくの間、デリングは無言だった。
一五分間も確保した親子の時間は、まだ六分も余っている。
無駄になったな、と寂しさを覚えて、ふと。
最近、ドミニコス隊を起源として広まってしまった奇妙な噂話を思い出した――あの者、スレッタ・マーキュリーが自分の隠し子なのだという馬鹿馬鹿しい流言飛語だ。
――アレは
噂自体は些事であった。
むしろ浅慮で拙速なヴィムや、陰謀家を気取るペイル社の女たちへのいい牽制になると放置していたが。
いや、まさか。
短気であれど頭はいい我が子のことだ。
ミオリネに限って、そのような流言に惑わされるはずがあるまい。
黙考の末、デリング・レンブランは娘の見苦しい言動の理由をこう結論づけた。
「……思春期か」
親子のすれ違いは深刻だった。
◆
地球寮、現在は人が出払って無人のMSハンガーにて。
その通信は、シン・セー開発公社と〈エアリアル〉との間の直通回線であり、高度に暗号化されているものだった。
その会話内容を知るものは、アスティカシア高等専門学園には誰もいない。
整備を受け持つメカニックたちはおろか、スレッタ・マーキュリーすらその秘匿通話を知ることはない。
――こんなセキュリティゆるゆるの寮でいいのかな。しかもよりによって地球だよ? ド田舎じゃん、ヤンキーいるし。
――スレッタはなんやかんや馴染めそうでよかったけど。
『ああ、地球寮の件はアレでいいんだ。隙があるくらいの方が魚は食いつく』
――お得意の陰謀に陰謀返しってわけ?
――スレッタが泣いたんだ。そういう辛い経験をさせるのは、もうたくさんなんだよ。
『スレッタはいい子だからね。あの人の願いを守ろうとする。もう少しだけ耐えてくれないか――
――耐えろ、ね。苦難の道を敷いてる自覚、あったんならまだ許すよ。
『……もちろん。我々はきっと、ヴァナディースの理想の果て、
――君はずいぶんひねた成長をしちゃったよね……■■■■。
――まあ僕はもう、いろいろ、どうでもよくなっちゃったんだけどさ。
――
箸休め回です。
デリングのえん罪はポイント・オブ・ノーリターンを超えました。
ミスターX(仮)はシン・セー関係で独自設定タグ該当のオリキャラになるのでタグ追加しておきます。