ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタたちが事件に巻き込まれるだけの話

 

 

 

 スレッタ・マーキュリーがルイ・ファシネータの正体にたどり着き、彼と漫才を繰り広げていた頃。

 ミオリネ・レンブランは不倶戴天の敵のように憎んでいる、因縁の父親との対峙に赴いていた。

 広々とした応接間に入室、ぺこりと頭を下げる。

 

「デリング・レンブラン総裁――本日はお忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」

「本題に入れ、ミオリネ。お前も私も、今さらそんな挨拶が必要な関係ではあるまい」

「……はい、お父さん」

 

 前を向いて、デリング・レンブランの顔を見つめた。

 周囲にはデリングの護衛の黒服たちが存在感を消して立っており、じっとミオリネの挙動に注目している。

 もし彼女がデリングに危害を加えようとしたならば、それが実の娘であろうと制圧する――そういう目線だった。

 自分たち親子の不仲は有名らしい。

 その事実に皮肉な笑みを浮かべそうになりつつ、ソファーに腰を下ろした。

 パンツスーツ姿のミオリネは神妙な顔つきで、デリング・レンブランの娘として話題を切り出した。

 

「お父さん、教えてください。どうして〈エアリアル〉とスレッタ・マーキュリーを特別扱いするんですか? 私の知っているデリング・レンブランは、少なくとも子供を自分から戦場に出させる人間じゃなかったはずです」

「それがあの者の望みだったからだ」

「答えになっていません、お父さん。〈エアリアル〉が特別なMSだったなら、他の大人の兵士を乗せて戦わせてもよかったはずです。どうして……当時、一五歳になるかどうかの子供を、わざわざ戦場に送り出したんですか?」

 

 ミオリネの視点でわからない最大の疑問はそこにあった。

 スレッタの乗っているモビルスーツが特別なガンダムなのは理解したし、スレッタの母親がその研究者――おそらくはヴァナディースの残党――なのも知った。

 母親の研究成果であり遺産であるガンダムが、スレッタにとって家族同然である理由も、人間のようなAI〈エリクト〉を見せられたあとなら納得できる。

 だが、それはすべてスレッタの立場での話である。

 傲岸不遜の独裁者デリングが考慮すべき事項ではあるまい。

 よもや()()()()()()()甘やかしたなどあり得ない、とミオリネは思う。

 自分の父親がどういう人間かはわかっているつもりだった。

 

「……〈エアリアル〉とスレッタ・マーキュリーは一体不可分だった。当時、あのMSに搭載されているAIは、スレッタ・マーキュリー以外のパイロットを受け付けなかった。そして、私の進める計画には〈エアリアル〉が必要不可欠なのだ――これで納得したか?」

「その計画って何なんですか? アミュレット・システムで動く安全な新型ガンダムのことですか? アレが莫大な利益を生むことはわかります、でも――」

 

 目を閉じる。

 まぶたの裏に浮かぶのは、スレッタ・マーキュリーの人懐っこい笑みだった。

 あの子は見ているだけでこっちまで幸せになるような、優しい笑顔を浮かべる娘なのだ。

 そんな娘が、殺人者として糾弾され、復讐の念にさらされたアスティカシア・テロ事件――あのときの悲痛な彼女の声を、忘れられるものではなかった。

 目を開いて、キッと目の前の父親の顔をにらみつけた。

 

「――スレッタを戦いの中に放り込んで、あの子の心をボロボロに傷つけてまで、やり遂げなきゃいけないことなんですか!?」

「何度でも言おう、スレッタ・マーキュリーは戦士だ。お前を育んできた平和の意味を考えるがいい」

「戦士なんかいないわ、人間はみんな本当は弱いのよ! 傷ついて、苦しんで、それでも前を向ける強い子がいるだけ……なのに、どうして私の父親のあなたが、あの子のことをそんな風にあつかうんです?」

 

 真の強者たる戦士たちが、弱き民の安寧を守るのだというマッチョイズムと家父長制をミックスしたような価値観のデリング・レンブランにとって、ミオリネの言は相容れぬものだったのだろう。

 くだらん、という呟きを耳にした。

 けれどミオリネはもう怒らない。

 父親との間にある残酷なまでに深い断絶を承知の上で、それでもなお少女は手を伸ばす。

 絶対にデリングにとって聞き捨てならない殺し文句を、今のミオリネは口にすることができる。

 

 

「――私から逃げないで!」

 

 

 応接間のソファーから立ち上がろうとしていたデリングの動きが、ぴたりと止まる。

 畳みかけるように言葉を吐き出した――ミオリネはこの男の実の娘として、伝えるべきことを。

 

「言葉にしなければ、伝わらないことの方が多いはずなんです。なのに、どうして……私たちって親子だから、きっと似てる……言葉にしないで勝手に納得して……でもそんなの、一生すれ違って終わりです、だから!」

 

 娘の真摯な言葉に耳を傾けて、デリング・レンブランが何事かを口にしようとした瞬間。

 けたたましい警報音が鳴り響いた。

 ミオリネの懐に入っていた生徒手帳(デバイス)も、緊急事態警報を告げるメッセージを表示している。

 

『緊急事態警報B1が発令、繰り返します、緊急事態警報B1が発令。最寄りのシェルターまで避難してください――』

「総裁とご息女の安全確保が最優先だ」

 

 護衛の男たちは頷いて、二人の手を取って起立を促した。

 混乱しているミオリネを横目に、デリング・レンブランは落ち着き払っていた。

 こういった事態には慣れっこだという態度――ミオリネの父親は政敵が多い権力者なのだと嫌でも思い出させてくる。

 

「ミオリネ、着いてこい……私を狙う輩に、()()()お前を巻き込んだようだ」

「今回も? 何よ、それ」

「……覚えていないなら、それでいい」

 

 その呟きに込められた悲しみに気づけぬまま、ミオリネは父の顔を見上げた。

 デリングはすでに護衛たちが用意した汎用宇宙服(ノーマルスーツ)に着替え始めている。

 ぼーっとしている娘を見咎めて、デリングは行動を促した。

 

「さっさとノーマルスーツを着ろ、身の安全を優先するがいい。それがわからぬほど愚鈍ではあるまい」

「っ! あったま来るわね、このクソ親父!!」

 

 次の瞬間、爆音と共に衝撃がやってきた。

 この衝撃の正体が、艦砲射撃によるCブロック両端部の破砕であるなど、ミオリネ・レンブランには知るよしもなかった。

 転げ落ちそうになった身体を、父親の分厚い身体で抱き留められながら、ミオリネは消えていく照明を目にして。

 荷電粒子ビームの直撃によって超強度建材があげる、大質量が軋む音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 世界征服の野望に勧誘されるという、人生で中々ないシチュエーションにスレッタ・マーキュリーが困惑した直後。

 いきなり鳴り響いた緊急事態警報は、少女とAIが気を引き締めるには十分なインパクトがあった。

 

『緊急事態警報B1が発令……守備隊が戦闘状態に突入したようですね』

 

 自身の生徒手帳(デバイス)も緊急事態警報B1を伝えてきたことで、慌てたのはスレッタ・マーキュリーである。

 彼女が真っ先に疑ったのは、目の前にいる兄――そう呼ぶと嫌がるけれど、エリクトの身内ならばお兄ちゃんでいいと彼女は思うのだ――だった。

 

「ルイお兄ちゃん! 陰謀とか企んでませんか!?」

『残念ながら……私の制御下にある陰謀ではないようですね』

 

 しれっとそうでない陰謀は自分が主導で進めていると認めるルイだったが、すぐに状況の危険性を認識した。

 巨大なパーメットAIであり演算処理装置であり通信装置であるシェルユニット〈レガリア〉に宿っている彼は、本来、プラント・クエタ内部のことであれば、手に取るように把握できる。

 だが今は、全体の三割ほどが彼の知覚範囲から外れていた。通信網やセンサーとの連絡がつかないのである。

 しかもその箇所が問題だった。

 

『不味いことになりました。デリング閣下がいらっしゃるCブロックとの連絡が取れません。出動するはずの警備部とも連絡が取れません。さらに、複数箇所で正体不明の武装勢力との交戦報告を傍受しました。今現在、ここプラント・クエタの内部では、一個小隊規模の戦闘員が、複数のブロックで確認されています』

「……あらかじめ内部に入り込まれていたってことですか?」

『おそらくは。単なるテロリストの陸戦隊にしては統制が取れすぎています。このジャミング環境下で無線通信もなしに連携できる歩兵部隊は……企業軍の精鋭か、宇宙議会連合軍のどちらかでしょうね』

 

 あるいは両方の可能性もありますが、と言い添えて。

 ルイ・ファシネータは淡々と現状の危険性を解説する。

 

『外部との通信はパーメット通信、電波通信ともにジャミングされていますね。軍用のジャミング装置……それもパーメット通信を阻害できる規模のノイズメーカーが使用されているようです』

 

 ノイズメーカーはパーメット通信を阻害するジャミング装置の通称である。

 パーメットの「情報を他のパーメットと共有する」性質を利用し、何の意味もない、あるいは有害なノイズを周囲の空間にばらまき、周囲のパーメットに同期させて役に立たなくする技術である。

 もちろん運用上の制約も多く、とても長時間にわたって多用できる装置ではないし、ちんけなテロリスト風情に用意できるわけがない高価な電子戦装備である。

 自然と今回の緊急事態の敵の正体も絞られてくる。

 スペーシアン勢力の中でも力を持っている組織の軍事部門が動いたとしか思えなかった。

 たとえばベネリット・グループ御三家のような大企業の艦隊ならば、こういう真似もできるだろう。

 

「……今、クエタは外部と切り離されてるってことですか?」

『ええ、こうなっては外部にSOSを出すのも不可能です。まずは設置されたノイズメーカーを除去しないことには、私も多少高性能なAI止まりになってしまいます――何よりエリクトと連絡が取れません』

「〈エアリアル〉はDブロックの七八番格納庫でしたよね?」

『残念ながら。今の彼女は完全自律稼働が可能ですが、こちらからは連絡できません』

 

 つまり恐ろしく危険な兆候だ、とスレッタは分析する。

 敵は〈エアリアル〉の存在をわかっていて、その戦力価値を理解し、パイロットと分断している可能性がある。

 この時点で自分で〈エアリアル〉の元に向かう選択肢は潰されたも同然だった。

 下手に向かえば、待ち伏せに遭う危険があるからだ。

 

『パーメット通信を行う本拠地のすぐ傍で高出力のジャミングをされるのは盲点でしたね。現時点のアミュレット・システムはパーメットスコア6相当で、スコア8への完全なアップデートが完了していません。ほぼ役に立たないと思ってください』

「そんなにひどいジャミングなんですか?」

『軍用、それも大型艦船で運用するような高出力のノイズメーカーが使われています。ここが戦場なら真っ先に狙い撃ちにされるような出力ですよ』

 

 そしてそのような対処が行われていない時点で、プラント・クエタを警備しているはずのグラスレー・ディフェンス・システムズの護衛艦隊は敵の側と見るべきだった。

 それがテロリストに対する消極的な協力なのか、クーデター紛いの積極的な行動なのかはさておき、グラスレー社の警備部隊はほぼ当てにできない。

 最悪の場合、フロント管理社のMS部隊がすでに制圧されている可能性もある。

 

『有線通信と短距離の無線通信なら使えますからね。少なくとも現在、私はプラント・クエタ内部の七割を観測可能です』

「残り三割は敵の手に落ちたって理解でいいんですか?」

『通信設備を狙われて完全にダウンしています。まったく、復旧費用を少しは考えてほしいものですね』

 

 最初の緊急事態警報B1が発令されてから、三〇分と経たずにこの有様である。

 敵の陸戦部隊は恐ろしく優秀だった。

 

『プラント・クエタの内部事情を知悉しているものによる、極めて計画的な犯行です。とはいえ、この〈レガリア〉のサーバールームにいる限り、あなたの身の安全は保障しますよ』

 

 そう言われてから、スレッタはここに来ているもう一組の一団を思い出した。

 株式会社ガンダムの面子――愛すべき自分の友人たちの安否を尋ねようと口を開いて。

 

「あ、地球寮の皆さんは――」

『皆さんご無事ですよ、エラン・フォースとベルメリア・ウィンストン女史もね。戦闘に巻き込まれないよう、来た道を戻って借りてきた宇宙船に退避するようです。彼らのルート上に危険はありません』

「よかったぁ……じゃあ、あとはミオリネさんとデリングさんですね」

 

 この攻撃が外部勢力によるテロなのか、内部のものによるクーデターなのかは定かではないが――最も狙われている確率が高いのは、ベネリット・グループ総裁デリング・レンブランだろう。

 そして彼と面談する予定だったミオリネも、同じCブロックで立ち往生している可能性が高い。

 

「……わたしが助けに行きます。Cブロックに向かえばいいんですよね?」

『ナンセンスです、スレッタ・マーキュリー。あなたは優れたパイロットですが、特別、優れた戦闘員ではありません。あなた程度の軍隊格闘術で挑むには、本職の歩兵は練度が違いすぎます』

 

 スレッタ・マーキュリーの決断は、ルイ・ファシネータから見れば子供の愚かな決断だった。

 

『私にはあなたを無事に生還させる義務があります。デリング閣下とミオリネ様の安全は、彼らの護衛に任せておけばいいのです』

 

 一見すれば正論に聞こえるルイの説得は、しかし少女の胸に響くものではなかった。

 むしろその言によって、抱いていた懸念が確信に変わったように、スレッタは黒い巨塔を見上げる。

 

「ルイさんがどういう経緯で今の姿になって、デリング・レンブランと手を結んだのか、私は知りません。今はそんな話をしてる場合じゃないのもわかってる、だけど――」

 

 少女の瞳に映るのは不信の色だった。

 

「――ドローンを操るぐらいならできるはずのルイさんが、デリングさんの危機に動こうともしないのは変です。わたし一人なら無謀でも、あなたの助けがあれば十分に勝機はあるんじゃないですか?」

 

 それは傲慢な発言だった。

 少なくとも助力を請う側がする喋り方ではない、挑発に近い物言いだったが、ルイに対しては確かに効果があった。

 彼はしらばっくれるように、淡々とこう呟いた。

 

『なるほど、私は疑われているのですね』

「はい。わざとデリングさんを見捨てようとしてますよね?」

 

 ルイの答えはシンプルだった。

 笑い声。

 心底おかしくてたまらないというように笑って。

 機械仕掛けの陰謀家はねっとりと事実を口にするのだった。

 

『デリング・レンブランはエリィがあんな姿になった元凶です、スレッタ・マーキュリー。あえて人間風に言うなら――()()()()()()()()()()()()()()()? 正直なところ私にとって、彼の生死はさして重要ではありません。クワイエット・ゼロの遂行こそが彼と私の契約ですからね』

「…………積極的に危害を加えはしなくとも、サボタージュはするってことですね? そんなの……卑怯すぎます」

 

 人を救える力があるものが、その能力を使おうともせず、わざと見捨てるなどあってはならないことのように思えた。

 そんな少女の潔癖な正義感に釘を刺すように、ルイ・ファシネータは笑う。

 

 

『逆に問いましょう。スレッタ・マーキュリー、あなたにとってミオリネ・レンブランは――母親のすべてを奪った仇の娘は、そうまでして助ける価値があるのですか?』

 

 

 愛する人々に不幸をもたらした男に対しての怒りを口にするAIは、悪魔のようにそうささやいて。

 スレッタ・マーキュリーをカメラで見つめるのだった。

 

 

 

 

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