ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタの姉(偽)がクーデターに巻き込まれるだけの話

 

 

 

 プラント・クエタの警備部隊は大混乱に陥っていた。

 今期のプラント・クエタの護衛艦隊はグラスレー・ディフェンス・システムズの所有艦隊だったが、その様子がおかしいのだ。

 管制室との定時連絡が途絶えたかと思えば、いきなり広域ジャミングを展開し、挙げ句の果てにプラント・クエタの建造物に対して艦砲射撃を加えてきたのである。

 正気の沙汰ではない。

 まさか反乱か、と色めき立ったのは言うまでもない。

 グラスレー・ディフェンス・システムズは現総裁デリング・レンブランの古巣であり、トップであるサリウス・ゼネリはその盟友のはずである。

 しかし今、プラント・クエタで起きている事件は明らかに、グラスレー艦隊によるプラント・クエタに対する敵対行動であった。

 ひとまず緊急事態警報B1を流したコントロールルームの判断は正しい。

 指示を仰ぐため、Cブロックの詰め所にいた警備部の職員二名は、有線回線で連絡を試みていた。

 

「ダメだ、コントロールルームと連絡が取れない」

「通信が切断されてるのか、クソ――」

 

 次の瞬間、わずかな発砲音と共に飛来した亜音速弾が、速やかに二人の命を奪っていた。

 頭を撃ち抜かれて頭蓋骨の中身をシェイクされ、傷口から脳漿をぶちまけた死骸が、無重力下の通路に浮かぶ。

 そんな不運な男たちの亡骸を横目に、よく目を凝らさなければわからない程度の薄ぼんやりとした人影が、通路をゆっくりと進んでいく。

 ホログラム技術を応用した光学迷彩――透明化技術(ステルス・テック)で身を固めた兵士たちは、無慈悲にプラント・クエタの職員を殺戮していた。

 彼らと出くわした不幸な人々は、その武装の有無にかかわらず、音もなく射殺され、その骸をさらしている。

 

 アド・ステラの時代において最も一般的な携行火器は、電磁気を用いたレールガンやコイルガンの一種である。

 電磁加速式の自動小銃の発砲音は電磁石の立てるわずかな音しかない。したがって亜音速モードでの弾体投射ならば、サプレッサーによりほぼ無音での発砲が可能になる。

 すなわち彼らの殺戮の犠牲者は、ほとんど発砲音も聞こえない電磁気で加速した銃弾に撃ち抜かれ、息絶えていたということである。

 見えざる兵士たちの目標はシンプルだった。

 

 

――デリング・レンブランとミオリネ・レンブランである。

 

 

 ベネリット・グループ総裁とその娘を抹殺し、グループを機能不全に至らしめる。それが宇宙議会連合の過激派が出した結論であり、そのために彼らはフル装備の暗殺用サイボーグ部隊を一個小隊送り出していた。

 バックアップの人員を含めれば五〇名を超える人員が参加しているこの作戦は、アスティカシア・テロ事件が不発に終わったことによって計画された、急ごしらえの暗殺作戦だった。

 ゆえに事前準備などがずさんだったのは否めない。

 民間の輸送船に偽装してプラント・クエタに入り込んだ船は、協力者――デリングは敵の多い男なのだ――の手引きでプラント・クエタ内部に入り込み、作戦を開始したのである。

 ほぼ同時刻にグラスレー社が起こしたクーデターとタイミングがかち合ったのは、あまりにも喜劇的な偶然であり、黒幕などいないことの成り行きだったのだが――そう考えたものは当事者に誰一人としていなかった。

 宇宙議会連合の過激派が送り込んだ暗殺部隊が殺戮の嵐を繰り広げていた頃、遅れてCブロックに突入したグラスレー社の兵士たちが見たのは、非戦闘員に対する虐殺の痕跡であった。

 通路に浮かぶ死体に顔をしかめて、フルフェイスのヘルメットをかぶった兵士が声を発する。

 

『我々以外に殺戮を行っている奴らがいるようだ』

『何者だ?』

『わからん。Cブロックは死体の山だ』

 

 グラスレー・ディフェンス・システムズの子会社の一つ、民間軍事会社グラスレー・セキュリティ・フォース(GSF)社の兵士たち――全員がグラスレー社に忠誠を誓っている――は、未知の敵の存在に警戒感をあらわにする。

 これほどまでに攻撃的な集団が、自分たちに友好的だとは到底考えられないからだ。

 

『クエタの警備部も動き始める頃合いだ。連中より先にデリングを確保するぞ』

『了解』

 

 デリングの今日のスケジュールは極秘だったが、娘のミオリネの方はそうではない。

 防諜の意識が甘いところから切り崩すのは、グラスレーの情報網にかかればお手の物だった。

 そこからデリングの滞在するブロックを割り出したGSFの戦闘員たちは、その身柄を確保するため進軍を開始した。

 これは歴としたグラスレー・ディフェンス・システムズによるクーデターであり、サリウス・ゼネリの意思による反乱なのだ。

 

 

――賽は投げられたのである。

 

 

 一方その頃、プラント・クエタに駐留する守備隊の一部は、すでにグラスレー艦隊を敵として認識し、デリング・レンブラン総裁の救出のため臨時の陸戦隊が編制されていた。

 防弾アーマーを着込んだ警備部の兵士たちが、無重力空間用のカービン銃を手にして並んでいる。

 彼らを従えるのはデリング・レンブランの右腕たる男、ラジャン司令である。

 

「総裁は五一番シェルターに向かう手はずになっている。必ず確保しろ」

「ラジャン司令、いつでも行けます」

 

 自身も拳銃を片手にして、ラジャンは兵士たちに命じた。

 

「総裁の救出に向かう。急ぐぞ」

 

 

 

 

 

 

 スレッタ・マーキュリーと株式会社ガンダムの面子を追って、グエル・ジェタークがプラント・クエタに到着したのは、まさにクーデターが起きる時刻すれすれだった。

 やっと宇宙港に到着して、宇宙船を下りて〈ダリルバルデ〉のある格納庫まで向かう道中――結局、グエルはMS開発研究部の主任に泣きつき、至急、〈ダリルバルデ〉をテストパイロット本人が受け取らねばならないという書類をでっち上げてもらい、高速船でプラント・クエタにやってきたのだ。

 まさに御曹司である。馬鹿息子である。

 しかしこれくらい無鉄砲でなければ、恋する若者などやってはいられないのだ。

 さて、これからどうやってスレッタと偶然を装って顔を合わせるか、と少年が悩んでいたときである。

 緊急事態警報を知らせるアラートが鳴り響いた。

 

「緊急事態警報B1……戦争ってことか……?」

 

 呆然としているグエルがいるのは、Dブロックの七〇番台の格納庫へ通じる通路だった。

 しばらく彼が周囲を見回していると、凄まじい振動が襲ってきた。それはグラスレー艦隊からの艦砲射撃が、Cブロックの連結部の構造体を破壊し、宇宙に浮かぶ離れ小島状態にした際の衝撃である。

 そんな事情はわからぬグエルにも、尋常ならざる事態が進行しているのは理解できた。

 そのとき、通信が入ってきた。ほとんどの無線通信は電波障害で死んでいたが、クエタ施設内の中継局を経由している通信は生きているのだ。

 相手はジェターク社のMS開発主任、〈ダリルバルデ〉や〈シュバルゼッテ〉の開発責任者だった。

 今回、グエルと共に急遽、プラント・クエタへの出張が決まってしまった苦労人である。

 

『坊ちゃん、ご無事ですね?』

「七七番格納庫の前だ。主任、そっちは大丈夫か!?」

『ええ、まあ……うっわ、軍用のエグいジャミングかかってますよ。通信傍受した限りじゃ、ついでに銃撃戦まで始まってるようでして、率直に言ってヤバい状況ですね。坊ちゃんは今Dブロックですよね。そっちはどうです?』

 

 さらっと軍用の暗号回線を傍受するという高度な技術を見せる開発主任は、ヴィム・ジェタークが自らスカウトしてきた人材の一人である。

 何かとアンダーグラウンドのスキルも豊富なようだった。

 グエルが今いるのはベネリット・グループのMSが並ぶ格納庫エリアで、〈ダリルバルデ〉が置かれている七七番格納庫に通じる通路である。

 何気なく隣の通路に目をやると武装した兵士たちがなだれ込んでくるのが見えた。

 急いで物陰に隠れて、転がり込むようにして七七番格納庫に入った。

 

「不味い、なんか兵士たちがこっちに入ってきたぞ……」

『あー……Dブロックの七八番格納庫には〈エアリアル〉があるそうです。たぶん狙いはそれじゃないですか?』

 

 何気なく主任が言った台詞がよくなかった。

 

「あいつら……〈エアリアル〉を狙っているのか……!」

 

 〈エアリアル〉を家族と呼んで笑うスレッタ・マーキュリーの姿が脳裏をよぎった。

 グエル・ジェタークは衝動の男である。情熱の人である。つまるところ勢い任せの男なのである。

 ここにきて、変なスイッチが入ったのは言うまでもない。

 

『坊ちゃん? 変な真似は辞めてくださいね!?』

 

 時すでに遅し。

 グエルは颯爽と七七番格納庫に並ぶモビルスーツ――〈ダリルバルデ〉のコクピット目がけて走り始めた。

 幸い、兵士たちの注意は〈エアリアル〉に向いているようで、誰もこちらに気づいていないようである。

 

「緊急事態なんだろ! こうなったら〈ダリルバルデ〉のコクピットが一番安全だ!!」

『ああもう、無茶はしないでくださいよ! 絶対にMSで戦おうなんて考えないでくださいね!』

「なるべく努力する!」

 

 通信越しの返答に開発主任の男は「こりゃヴィム社長の息子だわ」と辟易していたのだが、そんなこととはつゆ知らず、グエル・ジェタークは意気揚々と〈ダリルバルデ〉のコクピットに乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、どこに行くのよ……!」

「緊急時には最寄りのシェルターまで避難する。防災マニュアルにも記載があるだろう」

「そういうことじゃなくて、一言ぐらい説明しなさいよ!」

 

 ミオリネはとんとんと地面を蹴って、無重力空間をデリングとその護衛の一団と共に避難していた。

 着用しているのは衣服の上からでも着用できるタイプの汎用宇宙服(ノーマルスーツ)で、これ単体で宇宙放射線を防ぎ、生命維持装置がついており、デブリ対策でちょっとした防弾ジャケットの代わりにもなる優れものだ。

 少女がつい、無愛想で身勝手な父親に話しかけてしまうのは、突然の衝撃と停電で不安になっているからだ。

 先ほど、とっさに父親に庇われたこともあって、照れくさくなっているのもあるかもしれない。

 頭では自分と母、そして異母妹(スレッタ)に対してひどい仕打ちをした男だとわかっているのに――ああして身体を支えられると、この男に対して情が湧きそうになる。

 そういうときに自分の中にまだ親子の情が残っていることを発見して、ミオリネは驚くのだった。

 照明が消えたCブロックの通路は、ぼんやりとした非常灯がついているだけで薄暗い。

 遠心重力機構も破壊されたのか、先ほどの衝撃があってからCブロック全体が無重力状態になっていた。

 

「ミオリネ様、こちらへ。五一番シェルターまでご案内します」

 

 護衛の一人が気を利かせて説明してくれる。

 もういいわよ、とデリングから顔を背けつつ、小声でミオリネは「ありがとう」と礼を言った。

 しばらく移動したあと、シェルターの入り口が見えてきた。宇宙空間の大規模施設では、防災法に基づいて一定面積ごとにシェルターの用意が義務づけられている。

 その出入り口の様式はスペーシアンならば見慣れているものだ。

 暗がりに慣れてきたミオリネの目は、ふと奇妙なものを見た。それはふよふよと中を漂う人体だった。

 まるで眠っているように身動き一つしていないそれは、まるで死んでいるみたいで――事実、それが脳天をぶち抜かれた射殺体だと認識するのは、とても難しかった。

 

「危ないっ!」

 

 突然、横に突き飛ばされて。

 ミオリネは見た。

 目の前でボディガードの身体が、見えない何かに殴りつけられたようにくの字に折れて、鈍いうめき声をあげるのを。

 それがほぼ無音で着弾した亜音速のホローポイント弾による殺傷の結果だとわかるほど、少女は鉄火場に慣れてはいなかった。

 

「えっ……?」

「伏せて!」

 

 ボディガードたちが一斉に動き、その半数が身体で肉の盾を作り、デリングとミオリネを押し倒して庇う――もう半数が持ち歩いていた拳銃でシェルターの方向に応射する。

 ギィン、と甲高い音がして、硬質な何かに銃弾が弾かれた。

 何もないはずの空間から、銃弾が撃ち返されてくる。宇宙施設内で使用される銃器は、壁を貫通してしまうことがないように低速・大口径の弾頭が使用される。

 このため低速のホローポイント弾は、耐衝撃性の高いボディアーマーを着てさえいれば致命傷になりづらい。

 不意打ちで急所を狙うのならばともかく、ボディガードたちのように薄型の防弾ジャケットを着ていれば効果は薄いのだ。そのため自動火器による一斉射にも関わらず、デリングのボディガードたちで戦闘不能になったものは少なかった。

 

「光学迷彩だ! 見えない敵がいるぞ!!」

「シェルターの前で待ち伏せされてる! お二人を別の場所にお連れしろ!」

 

 茫然自失のミオリネは、ぷかぷかと自分の目の前に浮いている血の塊を見た。運悪く頭部に被弾し絶命したボディガードの血が、宙を漂っているのだ。

 彼女はいつの間にか、自分の細い腕を力強い男の腕が掴んで引き寄せたことに気づいた。

 それはノーマルスーツ越しにもわかる屈強な肉体の持ち主――デリング・レンブランの腕だった。

 

「ミオリネ、行くぞ」

「お父さん……?」

 

 デリングとミオリネを庇うために、三、四人のボディガードが死体になって宙を漂っていた。

 ほとんど遮蔽物がないにも関わらず、レンブラン父娘は無傷だ。彼らの肉体が文字通り、肉の盾となって敵の銃弾を防いでくれているから、デリングとミオリネは無事だったのである。

 その残酷な現実と、カチカチと鳴るカービン銃の小さな発砲音があまりにも不釣り合いで。

 どうしていいかわからず固まっているミオリネの手を引き、デリングは生き残ったボディガードたちに囲まれながら、通路の分岐路を進んでいく。

 背後では足止めのために残ったボディガードたちが、敵と銃撃戦を繰り広げている。

 なのにデリングは、一度も振り返ろうとはせず。

 

「あ、あああ……」

 

 血と屍で彩られた地獄のような道のりを進む父親の姿が、ミオリネには恐ろしい怪物のように見えた。

 

 

――震える娘の手を引く父の内心など、伝わるはずもないのだ。

 

 

――言葉にしなければ、伝わるはずがないのだから。

 

 

 

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