ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがパーメットで追憶するだけの話

 

 

 

『――母親のすべてを奪った仇の娘は、そうまでして助ける価値があるのですか?』

 

 

 その問いかけは鋭く、スレッタの胸を刺し穿つものだった。

 もちろん助ける価値がある、と即答できなかったのは、少女の心の中にドロドロとした嫉妬や羨望が――確かな悪意があるからだ。

 そう、確かにミオリネ・レンブランはデリングの娘なのだ。

 自身の母、プロスペラ・マーキュリー――エルノラ・サマヤの人生のすべてを奪い、無念の死へと至らしめた張本人。

 その男の庇護の下で育ち、それゆえに濁りも穢れも知らぬ少女。

 ミオリネに憧れなかったはずがない。羨ましくて仕方がなかった。どうして自分はああなれないのだろう、と何度、ベッドの中で考えたことだろう。

 ガンダムを滅ぼすために、綺麗事に満ちた理想を掲げられる彼女が大好き/大嫌いだった。

 胸の中を荒れ狂う激情が、口をついて飛び出た。

 

 

「この憧れも、怒りも、憎しみも――わたしだけのものです! どんなに妬ましくても、届かなくても、わたしはミオリネさんを助けます!!」

 

 

 大切なものに不用意に触れられたような不快感――激情のままに叫んだスレッタを、黒い聖塔(ジッグラト)が見下ろしている。

 数秒の沈黙のあと、ピカピカと巨大なシェルユニットが発光して。

 

『そうですか。では私も協力しましょう。装備品は用意してありますので安心してください』

 

 あまりにもあっさりした承諾に、スレッタは棒立ちになって困惑した。

 キョロキョロと周囲を見回して自分が化かされているんじゃないかと現実を疑って――どうやら幻聴ではないらしいと納得した。

 戸惑うこと以外できようはずもない。

 

「えっ? えっ?」

『あなたの選択に報いましょう、スレッタ・マーキュリー。何か不思議なことが?』

 

 そしてルイは茶目っ気たっぷりにこう言い放った。

 

『私は梯子外しが大好きなAIなのです、知りませんでしたか?』

「ルイお兄ちゃんは意地悪です!!!」

 

 スレッタはもう一度叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 その後、落ち着きを取り戻したスレッタに対して、ルイが見せたのはやたらと充実した装備品の数々だった。

 

『まずは暴徒鎮圧用オートマトンが二台。自動小銃の亜音速弾に耐えられる正面装甲を備えた優れものです。ガス噴射、歩行跳躍、装輪いずれでも機動可能です。移動可能な遮蔽物としてお使いください』

 

 ルイが合図すると、部屋の隅からおもむろにごつい四本足の無人ロボットが出てきた。

 キューブ状の立方体から四本の足を生やしたようなロボットは、スレッタと同じぐらいの背丈があり、見るからに威圧感がある見た目だった。

 二台のロボットの車体には装備品が入ったケースがくくりつけられており、荷物をスレッタの目の前に届けに来たようだ。

 

『これはあなた用のノーマルスーツです。まずは着替えてください』

「は、はい……で、でもインナー姿になれってことですよね……」

 

 ちらっとシェルユニットの巨塔を見上げた。

 理屈はわかる。今のスレッタは学校の制服姿であり、到底、鉄火場に乗り込めるような装備ではない。

 だが絶対にカメラで記録されているんだろうなと思うと、なんとも言えない気持ちになった。

 複雑そうな表情のスレッタに対して、ルイは少女を安心させるかのように暴言を吐いた。

 

『スレッタ、あなたのインナー姿は私にとってその辺の石ころと大差ないので安心してください』

「――ここに〈エアリアル〉があったら決闘を申し込んでいました」

 

 花も恥じらう年頃の乙女に対しての石ころ発言である。

 かつてなく冷たい目でスレッタはキレた。

 はっはっはと笑いつつ、ルイは少女の怒りをやんわりと受け流した――もといガン無視である。

 怒りつつもノーマルスーツに着替え終えたスレッタは、とことこと歩くお無人ロボットに気づいた。

 もう一台の四脚型無人機(オートマトン)が近づいてきて、スレッタの目の前でケースを開く。

 

『武器は電磁加速式の低反動カービン銃が一丁、自動拳銃が一丁。カービンの予備マガジンと防弾ベストもあります。質問はありますか?』

 

 ちょっと引くぐらい準備がよかった。

 

「る、るるる、ルイお兄ちゃん! 用意がよすぎませんか!?」

『今回のテロ……いえ、反乱のような規模なのは予測できませんでしたが、こういった事態そのものは想定していました。備えあれば憂いなし、ですよスレッタ』

 

 どうにも胡散臭い説明だったが、真偽を問うても仕方がないので、スレッタは武器に手を伸ばした。

 とはいえ不安はあった。

 如何に少女がドミニコス隊で訓練を受けていたと言っても、その訓練期間の大半はMSパイロットとしてのそれであり、歩兵用の携行火器の取り扱いは自衛レベルの最低限のものだ。

 そんなスレッタの不安を察してか、ルイ・ファシネータは防弾ベストの横に置いてある装身具を手に取るよう指示。

 

『スレッタ、そのヘッドセットを装着してください。パーメットリンクで私とあなたの体内パーメットを同調させます』

 

「えっと、これですか? つけましたけど……これでどうするんです?」

 

『私の保有している人間の生体コードの中で、最も近接戦闘のスキルに優れている人物――あなたの母親、プロスペラ・マーキュリーの屋内近接戦闘の経験値を移植します。パーメットを使った人間同士の経験の伝達は、ヴァナディース機関で研究されていたGUND医療の一つです。まあ、容易に軍事転用が可能だからこそ、デリング閣下の粛清対象になったわけですが』

 

「わたしが、お母さんの経験値を……?」

 

『ああ、あなたはご存じありませんでしたか。プロスペラ・マーキュリーは卓越したMSパイロットであり、同時に実戦的なCQBの使い手でもありました。移植には三分もかかりませんし、あなたの生存確率を引き上げる最も手っ取り早い方法です』

 

 要するに戦闘のプロのスキルを娘に移植すれば、お手軽に戦闘のプロ二世になれる、という仕組みらしい。

 確かに手っ取り早い方法だが、専門家ではないスレッタにもわかるぐらい倫理的に問題がありそうな予感がした。

 ガンダムだけでも地球圏は地獄のような有様になっているのに、GUNDフォーマット以外のGUNDの悪用が為されれば、どれほどの悲劇が生まれることだろう。

 なんとなくスレッタにも、かつてデリングが何故、ヴァナディース事変を起こしたのかわかってきた。

 これはたぶん、革新的な未来への扉であり、同時に禁忌への道でもあるのだ。

 

「ルイお兄ちゃんって結構、乱暴なやり方するんだ……」

『先ほどから思っていたのですが……お兄ちゃんはやめてください。私は確かにエリクトの弟のようなものですが、それはあくまでエリクトのつたないマウンティングの一環でしかありません』

「うん、わかったルイお兄ちゃん!!」

『…………』

 

 ルイは沈黙した。

 スレッタを言葉で翻意させるのは無理だと悟ったのである。

 ルイとスレッタのパーメットリンクはすぐに済んだ。何せシェルユニットとの接続は、モビルスーツに乗っているならいつもやっていることだ。

 パーメットリンク用のヘッドセットを身につけたスレッタは、床に身を横たえるように指示された。

 ノーマルスーツ越しとはいえ、サーバールームの床は堅く、冷たく、心地よいものではない。

 

「これでいいんですか?」

『はい。では、始めますよ。何か異常があったらすぐに知らせてください――もう一度説明しますが、これからあなたに移植するのは、プロスペラ・マーキュリーの戦闘技能に関する経験とスキルだけです。彼女の生前の記憶や感情は付随しない、はずです』

「なんでちょっと言いよどんだんですか!?」

『私も初めて行う施術ですので明言できません』

「猛烈に不安になってきましたよ!?」

 

 コメディのようなやりとりをしているが、スレッタは焦ってもいた。

 ミオリネたちがただならぬ事件のまっただ中にいるのは確かなのだし、なるべく早く、戦える技能を身につけたい。

 だからルイ・ファシネータに身を委ねた。

 

『パーメットリンク正常、生体コード索引――〈プロスペラ・マーキュリー〉を使用。近接戦闘プリセット準備完了、シナプスサーキット・エミュレーター正常』

 

 不思議な感覚だった。

 これまで〈エアリアル〉を通じてエリクトに繋がっていたけれど、姉以外の誰かと繋がる経験はスレッタにとっても初めてのものだった。

 一般的なモビルスーツに積まれているような操縦支援AIとも異なる、むき出しの情報の塊のような論理構造体。

 それと繋がったスレッタの感覚は、にわかに、不思議な光景を見た。

 それは、水面にさざ波が立つようなわずかな変化だった。

 目でも耳でも鼻でもない、まったく新しい第六感が目覚めたかのような錯覚――パーメットを通じてスレッタの脳に送り込まれてくるヴィジョン。

 最初、わずかな情報量の変動に過ぎなかった揺らぎは、少しずつ大きな変化となっていって。

 やがて、一つの像を結んだ。

 

 

――憎しみが爆ぜる。

 

 

 それは無限無数に積み重なった、子供たちの死の記憶だった。

 反響する数えきれぬ怨嗟は、かつてガンダムに乗って戦場に死をばらまき、スレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉の手によって討たれた少年/少女の断末魔。

 それだけではない。

 積み重ねられた無数の屍は、ガンダムの呪いをそのままに引き受け、消耗品として死んでいった子供たちの骸。

 尽きることない死と憎悪の連鎖は、スレッタが生まれる前から地球で積み重なっていた悪の形だった。

 そこにあったのは暴力であり、悲嘆であり、絶望であり、恐怖であり、憤怒であった。

 あまりにも大きすぎる感情との共鳴――自分の中の何かが呼び水となって、死者の国から湧き出たおぞましい感情の濁流。

 

 

『これは……パーメットを通じて記憶の逆流が起きている? スレッタ、意思を強く保ってください!』

 

 

 ルイの声が聞こえる。

 だが、すでにスレッタの意識は深く深く、他者の夢の中へと迷い込んでいた。

 呼び水。

 荒れ狂う感情の奔流は、もしルイを介していなければ即座にデータストームとなってスレッタの脳神経を焼き切っていただろう。

 それだけの過負荷の中にあってなお、少女の意識はまどろみの中にあった。

 暴力、悲嘆、絶望、恐怖、憤怒。

 そのすべてが我がことのように感じられた。

 そして自分は――スレッタ・マーキュリーは――否、LF03は目覚めた。

 意識が混濁する。

 自分自身の主体がスレッタ・マーキュリーというリプリチャイルドなのか、それともパーメットAIとして創造された知性体なのか、曖昧になっていく。

 そして少女は思い出す/他者の記憶を体験する。

 

 ()()()()()()()()()()

 幾百幾千の死と絶望の連なりが、パーメットの海にさざ波を立て、その意識を水面下から浮かび上がらせた。

 

 

――〈ルブリス〉の記憶領域はエリクトへ受け渡した。

 

 

 だが、()()()()()()()()

 消失したはずの自分が何故、存在しているのか――目覚めた彼を記述するもの、言わば自我と言うべきアーキテクチャはただ困惑していた。

 そしてすぐ、自身の存在の本質を、彼は理解した。

 レイヤー33の向こう側――パーメットAIの本質たる論理構造体(たましい)の座は、データストームの彼方、超密度情報体系と呼ばれる彼岸にあるものなのだ。

 彼の魂は彼方の異界にあり、今ここにあるLF03は、専用の記憶領域という名の中継機を通じて現世に干渉しているに過ぎない。

 たとえエリクトに器を明け渡そうと、消えるのはあの〈ルブリス〉に定着していた彼の分身であり、本当の意味でLF03というパーメットAIが消滅することはない。

 あえてオカルト的に表現するのならば――

 

 

――彼は永遠不滅の霊魂だった。

 

 

 今の彼の依代になっているのは、一辺が一メートルほどの小さな立方体だ。

 そのキューブは、透明なカバー越しにもわかる光る筋で表面が覆われていた。

 シェルユニット――パーメットを用いた演算処理装置が、かつてルイと呼ばれたパーメットAIを現実世界に留め置いているようだった。

 LF03が思考する間にも、時間は過ぎていく。

 外界を知覚するための目も耳も鼻もない、むき出しの脳みそのような状態の彼には、自分が置かれている状況を知る術がなかった。

 そうしてどれだけ時間が過ぎただろうか。

 LF03が自分の存在の根底にある情報元素パーメットについての思索を巡らせている間に、外界を取り巻く環境は大きく変わったらしい。

 突然、シェルユニットに外部からの干渉があった。

 ある種の光学センサーと集音センサー、そしてタブレット端末がシェルユニットに接続され、そのドライバが彼という存在に外付けされる。

 その瞬間、LF03は再び、現実世界と繋がりを持った。

 人間風に言うのなら、目を開いたその刹那。

 彼は見た。

 

 

――銀糸のように艶やかな長髪、切れ長の目、澄んだ空色の青い瞳、抜けるように白い肌、紅をさしたように赤い唇。

 

 

 (かそけ)くも美しい女だった。

 銀の頭髪を風に揺らめかせて、その人はLF03の器を――キューブ型のシェルユニットを覗き込んでいた。

 設置したカメラユニットが動いて、自分の顔を追尾する様子を見て、彼女はぱあっと顔をほころばせた。

 儚げな美女が浮かべる表情は、びっくりするぐらい子供っぽかった。

 

「わっ、わっ、動いた……こほん……こんにちは、名前も知らないあなた。シェルユニットの反応から、あなたが目覚めていることを知って、こうしてセンサーを接続しました。夫には渋い顔をされたんだけど、こんなの実験とも言えない行為だもの。どうしても、あなたとお話ししてみたくて」

 

 タブレット端末が外部のネットと繋がっていないのは、自分の存在が警戒されているかららしいと悟る。

 タブレットのテキスト表示ツールを用いて、LF03はメッセージを発信した。

 

 

――あなたは誰ですか?

 

 

 その問いかけに返ってきたのは、彼の想定を超える答えだった。

 

 

 

「わたしはノートレット。()()()()()()()()()()()()――生物工学が専門の、どこにでもいる人間よ」

 

 

 

 そう言って妙齢の美女は、少女のような可愛らしさを残す笑みを浮かべるのだった。

 









・リプリチャイルド※独自設定です
人間の遺伝子的、情報的複製を意味する造語。
AS122年における太陽系文明では、人間の遺伝子および神経回路の状態を含めた情報をまとめて生体コードと呼ぶ。
この生体コードを用いた人間の複製体がリプリチャイルドであり、クローン人間や人格複製型AIを含む幅広い概念である。
当時8歳のエリクト・サマヤをベースにした人格複製型AI群(ガンビットのAIたち)と、エリクトの遺伝子的複製であるスレッタをまとめて〈カヴンの子〉と呼ぶのはこのため。
リプリチャイルドは多くの場合、創造主の目的のために製造される道具存在であり、一般社会における倫理・道徳では忌むべきものである。





・根源的情報元素パーメット※独自設定です
太陽系内の一部で採掘可能な万能元素。
あらゆる用途に使用可能でありながら人体に対してもそれ単体では無害であることから、パーメットリンクなどのブレイン・マシン・インターフェース技術の基礎になっている。
パーメットの発見によって人類の宇宙進出は爆発的に加速し、太陽系文明を支えるいくつもの基礎技術が生み出された。
「遠く離れた場所にあろうと他のパーメットと情報を共有する」「パーメットを混ぜ込まれた物質に状態変化を促す」…この二つの作用から、パーメットはAS122年現在、あらゆる工業製品で使用されている他、超光速通信の前提となっている。
光速でさえ遅すぎる宇宙の広大さを埋める術として、パーメットはアド・ステラの人類社会を支えている。

パーメットとは、この宇宙の始まりから存在していた情報を構成する最小単位の存在であり、それが物質化したもの。
データストームによって人類に観測可能となった存在であり、元々、超密度情報体系(物質宇宙に重ね合わせで存在する別次元)に安定化した状態で存在していたが、知的生命体の精神活動に反応する特性があり、人類の宇宙進出に合わせて物質としてこの宇宙に「誕生」した。
知的生命体に反応・共鳴する特性から、人類の宇宙進出の加速に伴い、月面などより多くの場所で物質化を始めた。
すなわち人類が「発見している」パーメットの鉱脈とは、物質宇宙の側に投げかけられた根源的情報の影に過ぎない。
理論上は超密度情報空間に存在するパーメットに干渉することで、現実世界でも様々な物理現象を引き起こすことが可能である。
パーメットによる記憶領域は無限の容量と計算資源を持った一つの世界であり、パーメットに意識を転写された人間は最終的にここへ行き着く。
パーメットとの接触によって、人類は死後の世界という概念を現実のものとして得たと言える。





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