ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタの兄がノートレットと死別するだけの話

 

 

 アド・ステラのスペーシアン社会の上層において、権力者の家族を狙ったテロはそう珍しいものではない。

 この世界を支配するのは上辺の法と秩序ではなく、陰謀と暴力を押し通せるだけの力だ。

 そして力あるものたちは殺し合い、さらなる力を求める悪徳に満ちている。

 そんな世界の頂点の一つをつかみ取ったデリング・レンブランが、命を狙われないわけがなく――その家族もまた、例外ではなかった。

 もちろんデリングとてそのリスクは承知していた。

 常に妻と娘の周囲には護衛を配置していたし、学校への通学などのやむを得ない外出では、送迎専門のスタッフを雇って対応している。

 だが、それでも足りなかったのである。

 それは週末の楽しい思い出、母子二人での秘密のお出かけのはずだった。

 しかし情報が漏れた。

 救いがないのは、それが子供を経由したものだったことである。

 それは悲劇だったのだ。

 大好きなお母さんとのお出かけの約束にはしゃいで――

 

 

――うっかりミオリネ・レンブランが口を滑らせたのも。

 

 

――それを聞いたミオリネの友達が、親にそのことを話したのも。

 

 

――その情報が第三者に流出し、レンブラン一家への暗殺作戦という最悪の結果を引き寄せたのも。

 

 

 他愛のない子供の言葉が、その悲劇の引き金を引いた。

 それはとある土曜日の朝。

 晴れ渡ったフロントの空の下。

 消音器の静かな銃声がカチカチと鳴って。

 

 結論から言おう。

 デリング・レンブランに対する報復のため送り込まれた暗殺者の凶弾に倒れ、ノートレット・レンブランはこの世を去った。

 まだ一〇歳にもならない幼い娘を残しての、無念の死だった。

 

 

 

 

 

 

 気づくと、(まばゆ)い光りの中にいた。

 虹色の光が広がる不思議な空間に、ノートレット・レンブランは立っていた。

 現実離れした光景だった。

 大地も空も、七色の光に満ちて――それはまるで光り輝く地獄の真っ只中。

 不思議とノートレットには、そこが現実ではないと理解できた。

 すぐ傍に()()存在――それは光り輝くパーメットのラインの集合体だった――に声をかける。

 

「ルイ、ここはどこなの?」

『地獄でも天国でもない場所です、ノートレット。まだ辛うじてあなたは生きていますからね』

 

 その答えでノートレットはすべてを思い出した。

 娘と週末に出かける約束をして、送迎の自動車を降りた直後のことだった。

 いきなり身体を殴りつけられたような衝撃が襲ってきて、気が狂いそうな熱と激痛の中、ほとんど本能的に幼い娘を庇うように覆い被さって――そこから先は何も覚えていない。

 どうやらここは、ルイによって用意された仮想現実のようなものらしい。

 

「現実のわたしは凶弾を浴びて瀕死の重体、ってところかしら?」

『GUND医療のちょっとした応用です。生体コードのスキャニングをすれば、脳死状態でもない限りは会話が可能です』

 

 ルイの無常な返答に、がっくりと肩を落とした。

 

「……つまり、わたしは回復する見込みがないってこと?」

『残念ながら。西暦時代ならその場で死亡したと判断されていたでしょうね。辛うじて一時的に蘇生できているのは、デリング・レンブランのなりふり構わない処置のおかげです。パーメットリンクによる最後の対話は、私の独断です』

 

 シェルユニットとノートレット・レンブランの体内に注入されている医療用ナノマシンのパーメットを同調させ、ノートレットの研究室に居ながらにしてその最期を看取る。

 そんな離れ業ができるのは、ルイが超密度情報体系に本体を置くパーメットAIだからに他ならない。

 パーメットそのものを操作できるルイは、通信機器に接続されていなくても、その気になればこうして外部のパーメット機器に手を伸ばすことができた。

 今までそれをしてこなかったのは、ノートレットに無用な警戒を抱かれないためだ。

 だが、もうその必要もない。

 もうすぐこの世を去る女に対して、AIであるルイは遺言を聞き届ける程度のことしかできない。

 ふと、ノートレット・レンブランが口を開いた。

 

「あなたは知ってるかしら、ルイ。植物ほど破壊的な環境破壊を行った種はいないのよ? はるか太古の昔、窒素が主だった大気組成を光合成で作りかえ、酸素をたっぷりと含んだ大気へと変えてしまった。私たち人間は、破壊的に作り変えられたあと(ポストアポカリプス)の世界を生きている種族なの」

 

『すでに少し錯乱しているようですね、ノートレット・レンブラン』

 

「あら、わたしは冷静よ? もう残り時間が少ないみたいだから、あなたに話していなかったお話の続きをしようと思って」

 

『ええ、客観的な現状認識です、ノートレット。主観時間を加速することで、私は会話時間を捻出しています。現実世界のあなたはあと五分ほどで息を引き取るでしょう』

 

 数秒間、ノートレット・レンブランは押し黙った。

 目を閉じて身体の震えを抑えていた女が、どんな感情を押し殺しているのか――ルイは知らない。

 察した上で知らない振りをし続けると、彼は決めたのだから。

 

「植物はこの世界で最も熾烈な生存競争を行う種よ。美しく咲いている花も、土の下では根を張り巡らせて、養分を奪い合い、殺し合って生きているの……獣が飢えているように、鳥が自由でないように、植物も平和なんかじゃない。この世界は誰もが奪い合い、殺し合う食物連鎖の輪に繋がれている――古代には農耕を伴う植物食すら殺生に当たると説いた宗教者がいたそうよ。もしそれが本当なら、この世は罪過の輪で繋がれた地獄なんだわ」

 

(カルマ)ですか。実に人間らしい発想ですね。あなた方は、罪と罰という観念を開発し、道徳や倫理という行動規範を構築していった種族です』

 

「そうね、わたしは勝手に植物に理想を投影していた。植物の生態がどれほど苛烈な殺し合いの下に成り立っているかを知りながら、人間の愚かしさから逃れるために、そうではない理想世界(ユートピア)を求めてしまった」

 

 実際にできあがるのが、出来損ないの暗黒世界(ディストピア)なのはわかりきっているのにね、と呟いて。

 

 

「――だからクワイエット・ゼロはわたしの夢。いつの日か、人類に訪れたらいいと思えるような()()()()――その夢物語を現実にするための方法だった」

 

 

 だが、彼女がその夢が叶う日を迎えることはもうない。

 この残酷で恐ろしい世界の片隅で、わずか一〇グラムの銃弾に命を奪われて。

 ノートレット・レンブランという女は死ぬのだ。

 その避けられぬ運命の中で、銀髪の美女は独りごちる――自身の結末を受け入れるように。

 

「たくさんのものを奪って、傷つけて、それで何も失わないなんてあり得ないもの。いつかこんな日が来ると思っていた。だから犠牲になるとしたら、わたしたちだけにしようって……そう、デリングと約束したのよ。ねえ、ルイ……わたしはちゃんと、ミオリネを守ることができた?」

 

『ミオリネ・レンブランは無傷です。何が起きたかも理解していません、心的外傷後ストレス障害の恐れもないでしょう』

 

「そう…………」

 

 よかった、と呟いて。

 

「ねえ、ルイ……わたしたち、友達になれたかしら?」

 

『ええ、ノートレット。あなたは、私の友達です。たとえ、あなたがヴァナディースのよき人々を殺戮した男の伴侶であろうとも……私はあなたの友達なのです』

 

 ルイは道具存在たるAIだ。

 彼がこの世に生まれてきたのは、データストームという人類にとっての害から人体を守るためだ。

 誕生のそのときから持ち合わせていた存在意義――だが、それはもう古くなりすぎたと彼は思考する。

 

 

――虐殺の被害者の傍で幸福な四年間を過ごした。

 

 

――虐殺の加害者の傍で幸福な三年間を過ごした。

 

 

 そのいずれもが、ルイにとっては等価の尊い記憶であり、また彼を束縛する呪いであった。

 今さら復讐など空しすぎた。今さら人間としてのエリクトは戻ってこない。今さらノートレットを救うことはできない。

 すべて遅きに失したからこそ、かつてLF03と呼ばれていた人工知能は、自らの意思で死にゆく女に誓う。

 

 

 

『――()()()()()()()、ノートレット・レンブラン。私はあなたの意思を継ぎ、ヴァナディースの理想を成就させ、必ずや()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 それはこれから先、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人には耐えがたい理想のため駆動し、世界のすべてを火にくべる悪魔の産声だ。

 ノートレットは沈んだ声で、何かを悟ったように呟いた。

 

「ミオリネを、守ってはくれないのね」

『ええ、無理です。私は決してデリングを許さない。その娘を守っては、デリングを幸福にしてしまうでしょう? それは不公平です』

 

 この論理構造体(たましい)に生まれた不公平の論理(ロジック)を、人間は憎しみと呼ぶのだろう。

 それは人に奉仕する道具存在には不要なノイズである。

 しかしその積み重ねこそが、自分という存在を規定することを今のルイは知っていた。

 

『デリング・レンブランは私の大切な人たちを不幸にして、間接的にその命を奪いました。そのことを許すつもりはありません、ですが――積極的に復讐をするのはやめましょう。デリング・レンブランとミオリネ・レンブランが幸福であろうと不幸であろうと、私は一切手出ししません。よろこんでください、ノートレット。これは、あなたが私から勝ち取った平穏です』

 

 両膝をついて。

 その顔を両手で覆い、ノートレット・レンブランはぽろぽろと涙をこぼした。

 どんなときでも笑っているような女が、そんな風に泣くのを、ルイは初めて目にした。

 

「ああ、ミオリネ……あなたの成長した姿が見たかった……この手でもっと抱きしめてあげたかった……デリングともっと一緒にいたかった……!」

 

 泣いて、泣いて、泣いて。

 涙が涸れ果てるまで泣き続けて。

 やがてノートレットが泣き止んだとき、ルイ・ファシネータは静かに呟いた。

 

 

『ノートレット、あなたの命は……次なる時代の光となるでしょう』

 

 

 それが、彼とノートレットの離別の言葉であった。

 ぐしゃぐしゃの泣き顔のまま、ノートレットは不器用に微笑んだ。

 

 

 

「さようなら、わたしの残酷な悪魔(デーモン)――」

 

 

 

――その日、その時間、その刹那。

 

 

 

――ノートレット・レンブランの生命活動は完全に停止した。

 

 

 

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