ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがミオリネを血まみれで助けるだけの話

 

 

 

 

――ミオリネ・レンブランは地獄の真っ只中にいた。

 

 

 地獄、そう、ここは地獄だ。

 ぷかぷかと浮かぶ血の塊、動かなくなった人間の死体。

 そんなものばかりが視界に入るから、ミオリネは堅く目を閉じて縮こまっていることしかできない。

 シェルター前からここまでの道中、デリングの配下の黒服の護衛たちからは殉職者が次々と出ていた。

 今、レンブラン親子と護衛たちは吹き抜け構造になっているホールの真ん中、エレベーターのある中央シャフトの遮蔽物に隠れて脱出のタイミングを伺っている状況だ。

 

 吹き抜け構造のホールの両端には、それぞれ向かい合うように二つの陣営が陣取っている。

 グラスレー社の送り込んだGSF社の傭兵たちと、正体不明の透明化技術を持った殺戮者の一団が、互いの存在を認識して派手な銃撃戦を展開し始めたのである。

 グラスレー社の武装した兵士――グラスレー・ディフェンス・システムズ子会社グラスレー・セキュリティ・フォース(GSF)社の社員たちが、デリング・レンブラン確保のためプラント・クエタCブロックへと突入したことにより、事態は大きく動いた。

 彼らは無重力環境下で戦う歩兵としてよく訓練された企業の私兵であり、その装備は潤沢であった。

 ジャミング環境下でも使える有線回線や短距離無線通信を駆使して動き回る兵士たちは、確実にデリングの身柄を確保するため、犠牲を承知でホールへの突入を敢行していた。

 

 一方、正体不明の殺戮者たち――宇宙議会連合の最新技術でサイボーグ化され、ステルス・テックで透明化している暗殺部隊は精強だったが、その実働部隊はあくまで一個小隊に過ぎない。

 透明化技術は見えざる脅威を作り上げるが、おおよその位置が露呈してしまえば、所詮は軽歩兵の集まりに過ぎない。

 重火器を持ち込んでいるGSF社の兵士たちとの戦いは分が悪いのだ。

 本来であれば即座に撤退すべき状況だったが、彼らもまた、デリングを確実に抹殺しなければあとがないため、引くに引けない事情があった。

 結果、同じ獲物を狙う二つの勢力が、見晴らしのいいホールで銃撃戦を始めてしまった。

 堪らないのは狙われている側である。

 上層に通じる階段やエレベータが設置されている中央シャフトの影に隠れているデリングとミオリネ、そして大きく数を減らした黒服たちは、今や、自動火器の銃弾がひっきりなしに飛び交う空間に閉じ込められてしまった。

 下手に出て行けば、即座に両陣営からの銃火を浴びて死ぬことになる。

 銃弾がすぐ傍の柱の壁を削り取って、その音にミオリネは怯えた。

 

「ひ、ひぃ……!」

 

 ミオリネは普段の勝ち気な様子はどこへやら、物陰でうずくまり、小動物のように怯えている状態だった。

 その傍でずっと手を握っている父親のデリング・レンブランは渋面である。

 今の二つの敵の膠着状態が、そう長くは続かないことがわかっているからだ。

 

 武装に乏しいボディガードたち相手には圧倒的だった暗殺部隊は、今やその位置が露呈したいい的だった。

 爆発音。 

 GSF社の兵士たちが持ち込んだ擲弾銃(グレネード)に制圧され、サイボーグ兵たちは為す術なくなぎ倒されていった。

 デリングたちがノーマルスーツを上下共に装着していることは両者に捕捉されているから、多少、気密が破れても生存するだろうという認識で、重火器が解禁され始めている。

 ぶるぶると恐怖に震える娘の姿を視界に収めながら、デリングは苦渋の決断を迫られていた。

 クーデターを起こしたグラスレー社に捕縛されれば、デリングはすべてを失うだろう。

 生涯をかけた悲願であるクワイエット・ゼロも水泡に帰するかもしれない。

 だが、ミオリネの命だけでも守れるのなら、そうすべきではないか。

 それは英雄デリング・レンブランに残された最後の人間性であり、惰弱さであった――このままグラスレー社の兵士たちがなだれ込んでくれば、いずれにせよ、彼は否応なくすべてを失うのだが。

 そのときだった。

 デリングとボディガードたちの使っている通信回線に、外部から何者かが割り込んできた。

 

『デリング閣下、ルイ・ファシネータです。五秒後に介入しますので、そのままじっとしていてください』

 

 いつも通りの胡散臭い声。

 ミオリネはその場違いな声を聞いて、呆けたように頭上の中央シャフトを見上げる。

 次の瞬間、三つの影が吹き抜けの上層から突進してきた。

 無重力下でなお、ガス噴射による高速移動――自由落下よりもはるかに速い速度で、ミオリネたちの頭上から()()()()()()

 二つは四脚型の武装ロボット、一つはノーマルスーツを着た人影。

 着地と同時、四脚型の武装ロボットが機体下部の機関砲をうならせ、GSF社の兵士たちをなぎ倒していく。

 擲弾銃(グレネード)を構えていた兵士たちは、バリケードごと機銃で粉砕され、血と肉を無重力空間に漂わせている。

 一方、機銃掃射から辛くも逃れた兵士たちは、ミオリネたちが立てこもる中央シャフトの物陰に向けて突進する。

 そこからの展開はあっという間だった。

 ミオリネを庇おうとしたボディガードの生き残りが銃で撃たれて、うめき声を上げながら吹き飛ばされて。

 GSF社のロゴをつけた兵士の一人が、ミオリネの細い腕を掴んだ。

 

「来い!!!」

「い、嫌ぁ!!」

 

 仲間を殺されて殺気立っている兵士たちは、ミオリネの甲高い悲鳴に苛立った様子だった。

 自動小銃の銃口を向けられて、銀髪の少女は息を飲んだ。

 

 

――殺される。

 

 

 そのように彼女が錯覚しても無理からぬ状況だった。

 怯えたミオリネが無理矢理立たされ、その隣にいたデリングにも別の兵士の銃口が向けられた瞬間。

 しなやかな人影が、ガス噴射と共に飛び込んできた。

 バックパックタイプのジェットパックを身につけたその少女は、ヘルメットのキャノピー越しにもわかる鮮やかな赤髪の持ち主。

 その手に携えられたのはカービン銃が一丁。

 キンキンキンキン、と空気が爆ぜる音がして。

 

「……えっ?」

 

 ミオリネの腕を掴んでいた兵士は、頭部から真っ赤な花を咲かせて動かなくなっていた。

 電磁加速式カービン銃が亜音速大口径弾を吐き出し、それがノーマルスーツのヘルメットを貫通し、内部の人間を殺傷したのである。

 咄嗟に移動しながら撃ったとは思えない、精密なヘッドショット――あっという間にミオリネとデリングを囲んでいた三人の兵士が命を失い、ふわふわと宙を漂い始めた。

 それが生命を失った死体の浮かび方だと、ミオリネ・レンブランは今日、初めて知った。

 ジェットパックを身につけた少女は、素早い身のこなしで背後を振り返ると、無造作に銃を構えて。

 キンキンキン、と空気の爆ぜる音。

 また一人、ミオリネの視界の隅で誰かが射殺された。

 銃火の嵐。削り取られるバリケード。倒れていく兵士たち。

 突然、中央シャフト上層から奇襲してきた軍用ロボット兵器の打撃力は凄まじかった。

 装甲車並みの装甲を備えている四脚ロボットに対して、軽武装の歩兵でしかないGSF社の兵士たちは為す術なくなぎ倒されていく。

 そしてこの恐るべき軍用オートマトンに備えて防御を固めると、横合いから赤毛の少女が銃撃を加え、確実に兵士の数を削っていくのだ。

 ぷかぷかと宙に浮かぶ死体の数はどんどん増えていって。

 グラスレー社の兵士たちが撤収を始めるのに時間は要らなかった。

 やがてミオリネとデリング、まだ生きているボディガードたち以外、動くものがいなくなったその場所で。

 赤毛の死神は、こちらを振り返ってこう言ったのだ。

 

「ミオリネさん、無事ですか?」

 

 宙に浮かぶ鮮血の赤。ノーマルスーツ越しに射殺された兵士の死体。

 そんなものしか見えないその吹き抜けのホールの最下層で。

 血まみれの少女が()()()笑っている。

 ミオリネ・レンブランは怪物を見たような気持ちで、震えながら拒絶の感情を声にした。

 

 

 

「ひ、人殺し……」

 

 

 

 この世界は残酷だ。

 それはたぶん、最も言うべきでないタイミングで、最も言うべきでない人物が発した呪いだった。

 赤毛の少女が浮かべていた笑みが、精一杯の作り笑いで、ミオリネを安心させるためのものだったことなど伝わっていなかった。

 目を見開き、ひどく傷ついた表情でその拒絶を受け取ったスレッタ・マーキュリーは、やがて何かを諦めたように目を細める。

 

「……無事みたいで、よかったです」

 

 そのとき、声がした。

 

「スレッタ・マーキュリー!」

 

 キンキンキン、と電磁加速式の銃器特有の発砲音。

 ぷかぷかと宙に浮かぶ死体のうちの一つ――スレッタを狙っていた生き残りの敵が銃弾に刺し貫かれ、くぐもった悲鳴をあげて動かなくなった。

 声の主が、スレッタを狙う敵を射殺したのだ。

 振り返ったスレッタが見たのは、ここにいるべきでない人物である。

 慣性移動でこちらに飛び込んできた少年は、スレッタの初めてのデートの相手だった。

 

「エラン、さん……?」

「よかった、無事――」

 

 エラン・フォースは思わず絶句した。

 スレッタ・マーキュリーは着ているノーマルスーツの全身を血で染めていた。

 自らの出血によるものではない。

 至近距離で人間を射殺したことで、人体から流出した血の塊が付着した結果の血まみれである。

 眉目秀麗な少年は、好いている少女が何をしていたのかを察して、何も言えずにうめいた。

 

「あぁあ……」

 

 まるで物語の王子様みたいに好きな女の子を助けられるつもりだったエランは、何もかもが手遅れの場所に、自動小銃を片手に現れた道化(ピエロ)だった。

 そして衝撃を受けたのはエランだけではなかった。

 

 エランが名前を呼んだことで、麻痺していた頭脳が回り始めたのだろう。

 ようやくミオリネは、自分の目の前にいる血まみれの怪物が、誰なのか気づくことができた。

 自身の致命的な失言に思い至って、震えながら彼女は謝罪を口にする。

 

「あ――スレッタ、ご、ごめっ」

「わたしのせいですか?」

 

 だが、スレッタが問うたのは、そんなことではない。

 少女の視線が捉えているのはエランが握った小銃のグリップであり、彼に人を殺させてしまったというシンプルな現実だった。

 何故だなんて訊くまでもなかった。

 エラン・フォースはスレッタ・マーキュリーを助けに来てくれたのだ。

 そして人を殺した。

 殺させてしまったのだ、とスレッタは認識して――泣きそうな顔で笑う。

 

「ダメですね、わたし。これじゃ何も守れてない……」

「スレッタ、僕は」

「ありがとう、ございます。でも、わたしはエランさんに、人を殺して欲しくなかったです」

「――っ!」

 

 エランは歯を食いしばって、声を出さぬよう努めた。

 これ以上、彼女を傷つけないために。

 スレッタは何も言わず、エランのすぐ横を通り抜けた。

 背後では身体の震えが止まらなくなったミオリネを、デリングが抱きしめている。

 スレッタの目からこぼれた涙を見咎めて、ミオリネは叫んだ。

 

「待って! スレッタ、待ってよ!!」

 

 スレッタが足を止める。

 立ち去ろうとした少女を呼び止められたとミオリネが安堵したのも束の間、スレッタが振り返る。

 その瞳に浮かんでいるのは、ミオリネが見たこともないような悲しみと怒りの入り交じった激情だった。

 涙の雫と共に吐き出されたのは、スレッタ・マーキュリーが初めて見せる悪意。

 

「…………言葉で人を傷つけるのが、ミオリネさんは得意ですよね。一〇年前もそうやって、あなたは……」

 

 自分の知らないスレッタの表情に気圧されて、ミオリネの身体が震える。

 少女は怖気を感じながら、それでもスレッタに歩み寄ろうと勇気を振り絞った。

 

「一〇年前……? 待って、スレッタ、何の話? ねえ……」

 

 だが、一〇年前という言葉に反応したのは、ミオリネではなく、娘を抱きしめている父親の方だった。

 過去かつてなく焦った表情でデリングが叫んだ。

 

やめろ――――

 

 耳元で叫ばれてびくん、とミオリネの身体が震える。

 しかし今このとき、デリング・レンブランが取った行動は悪手だった。

 ひどく傷ついている少女が、怒りと悲しみと憎しみの入り交じった悪意を発露させているこの場面で、弱みを自らさらけ出すなど。

 愚かな選択だったのだ。

 スレッタは目を伏せて、ミオリネの疑問の答えを口にした。

 

「ミオリネさんのせいで、ノートレットさんは死んだんですよ」

「うそ……」

 

 びくん、とミオリネの身体が震えた。

 どうしてスレッタの口から母の名前が出てきたのか、何もわからないのに。

 それがひどく恐ろしい現実に続いている気がして、ミオリネは震える声で父親に問うた。

 

「お父さん……私の……せい、なの?」

 

 答えはない。

 その沈黙は答えに等しかった。

 不器用なデリングに絞り出せたのは、精一杯のフォローにもなっていないような慰めだけだ。

 

「ミオリネ。あれは事故だった、お前は決して――」

「あ、あぁあ……」

 

 凍てついた記憶が溶けていく。

 戦場で心的外傷後ストレス障害を負った兵士のための催眠療法――障害の原因となった記憶そのものを凍り付かせ、心の中の物置に放り込む凍結治療(フリーズ・セラピー)

 ひどい心の傷を負った幼い娘に対して、デリング・レンブランが選んだ精一杯の庇護。

 当時を思い出させるあらゆる環境から遠ざけ、束縛された箱入り娘として自分を憎むように育て上げる。

 母との思い出など、幼少期の幸福なそれだけがあればいいという祈り――そうして不都合な現実そのものを忘却させようと努めてきた。

 今この瞬間までは。

 

「……思い出した……私、嬉しくて、友達に話して。それで……お母さんが撃たれて、血が」

 

 ミオリネは、身体の震えが止まらなくなっていた。

 押し寄せてくる記憶の奔流(フラッシュバック)――自分を押し倒して庇いながら、ゆっくりと冷たくなっていく母親の肉体。

 少女の手のひらにべっとりと張り付いた血の熱さ、鮮血の赤が酸化して茶色くなっていく光景。

 もう二度と動かない母へと呼び掛け続けた。

 何の意味もないのに。

 

 震えが止まらなくなったミオリネを哀れむように見つめたあと、スレッタ・マーキュリーは身を翻して床を蹴った。

 それはもう、ここに自分はいるべきではないという意思表示だった。

 父親の腕に抱かれながら、遠ざかっていく親友(ともだち)へと手を伸ばして。

 

 

 

うあ、うあぁぁああああああああああああああ!!!!!!

 

 

 

――まるで赤子が産声をあげるように。

 

 

――ミオリネは慟哭した。

 

 

 

 












クリスマスプレゼント更新です。

ノートレットとの会話でルイは「娘の心配はない」と言っていましたが、アレは彼なりの気休めの嘘です。


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