それは銀色の棺だった。
プラント・クエタのXブロック――俗にフロントビルダーなどと呼ばれる、超巨大構造体の建造に特化した施設――すべてを使って作られている構造体は、自律稼働可能な艦艇としては人類史上、最大スケールの人工物である。
それは文字通り、死者の骸を収める棺によく似た形状をしていたが、全長数キロメートルある巨大さは到底、人間用の棺ではあり得ない。
ここに詰め込まれるのは、途方もなく巨大な人型であろう。
それもそのはずだ。
この
銀色の外殻を構成する対スペースデブリ用の超強度建材は、エネルギー転換型
そしてこの巨大な棺を異形たらしめる最大の要因は、棺の中央をぱっくり割るようにして組み込まれたシェルユニットであった。
この棺の全長に比例する長大なシェルユニットは、膨大な量のパーメットを用いた演算素子であり、通信装置であり、増幅器であった。
――パーメット干渉波増幅機構〈クワイエット・ゼロ〉。
それが、この銀色の棺の名である。
Xブロック内部に入り込んだMS〈エアリアル〉は、その途方もない巨体を見下ろしていた。
どこか自慢げに、ルイ・ファシネータが口を開いた。
『これこそがクワイエット・ゼロ――超大型移動式パーメットAIプラットフォームであり、またそれによって遂行される計画の名だよ、エリィ』
――銀色の馬鹿でかい棺って感じだね、デザインセンスは最悪だよ。
『ハードウェアの設計はプロスペラ・マーキュリーなので我々の趣味ではないよ?』
――お母さんって悪の要塞とか作るタイプの
知りたくなかった故人の一面である。
ルイが発するガイドビーコンに従って内部に入り込むと、存外、この悪趣味な要塞〈クワイエット・ゼロ〉の構造はシンプルなことがわかってきた。
移動用のエンジン・ブロック、動力を供給するリアクター・ブロック、護衛を兼ねたドローン兵器のMSハンガー・ブロック、パーメットを使ったあらゆる処理を行うシェルユニット・ブロック。
大きく分けてこの四つが〈クワイエット・ゼロ〉を構成する存在であり、その複雑怪奇で不気味な見た目に反して、その設計は洗練されている。
流石に数キロメートルもあると内部構造にも余裕があり、わざわざMSが通るための通路まである始末だった。
人間の一〇倍の身長がある機動兵器でなければ移動に時間がかかりすぎるのだ。
そしてルイに導かれるままたどり着いたその先に、〈エアリアル〉が収まるべき玉座はあった。
ちょうどモビルスーツ一台分の巨大なチェンバーが、収まるべき主を待ちわびているように空っぽの腹の中を見せつけている。
――これが、お母さんの夢の残骸?
『夢の果てと言ってほしいものだね、エリィ。彼女が死してなお、GUNDの理想はここに息づいている』
――それは君とデリングの夢じゃないか。あの人が人類の未来なんて考えてなかったのはルイもわかってるくせに。
『そうだね、エリィ。純粋すぎたヴァナディースの夢を変えてしまったのはデリング・レンブランであり、その協力者である私も同罪なのだろう。だが、私は誓うよ――この〈クワイエット・ゼロ〉は、必ずや人類を救うだろう』
――本気で言ってる……みたいだね。度しがたいよ、理想主義者ってやつは。
そう言いながら、エリクトの操る〈エアリアル〉はMS用チェンバーへとその
〈エアリアル〉の四肢が固定され、腰部ジョイントがチェンバー側の増幅リングと繋がり、エリクト・サマヤの宿るパーメットAIシステムが〈クワイエット・ゼロ〉のそれと接続されていく。
全長二五〇〇メートルを超える長大なシェルユニット――その無限大に等しい膨大な計算資源がエリクトの意思一つで束ねられるよう、自動的に〈クワイエット・ゼロ〉を操るためのシステムが組み上がっていくのがわかった。
代謝機構としてのプログラム生成能力。
それがパーメット知性体たるエリクト・サマヤが持つ異能力であり、彼女の宿る〈エアリアル〉を最強のモビルスーツたらしめる要因であった。
〈クワイエット・ゼロ〉内部の管制室では、その様子をモニターする技術者たち――皆、プロスペラやルイによって拾われたヴァナディース機関やオックスアース社に縁のある人物であり、クワイエット・ゼロの理想に賛同したものたちである――が、驚愕の声をあげていた。
「すごい……」
「……これがパーメットAIの力なのか」
「私たちの〈クワイエット・ゼロ〉が完成していく……!」
それはそうだろう。
本来、この規模の電子戦システムの構築には、長い歳月と膨大なコストがかかる。
人工知能の発展によってソフトウェアの開発期間が短縮されてなお、〈クワイエット・ゼロ〉ほどのスケールのシステムは人類の手には余るものなのだ。
だが、エリクト・サマヤの宿った〈エアリアル〉は違う。
あらゆるモビルスーツや兵器システムを掌握し乗っ取る電子戦の申し子――オーバーライドを発現させたパーメット知性体は、その生態としてプログラムを組み上げ、作り変えてしまえる。
自動的なシステムの掌握と改変。
今この瞬間、まさに〈クワイエット・ゼロ〉は完成しつつあるのだ。
――ルイ、これって今は完動じゃないんでしょ?
『ええ、今は正常出力の六割出せればいい方でしょう――人死には最低限でお願いしてもいいかな?』
――仕方ないなあ。
その瞬間、〈エアリアル〉を取り囲む増幅リングが眩く発光し、パーメットを共鳴させる情報信号が解き放たれた。
それは瞬時に〈クワイエット・ゼロ〉のシェルユニット・ブロックへ伝達され、そこに蓄えられたパーメット素子を励起させ、伝えられた情報信号を増幅していく。
できあがったのは、数百機の無人モビルスーツ編隊を動かすためのスウォームドローン制御システムだった。
知的生命体としてのエリクト・サマヤが到達した生態は、人類のそれと隔絶した情報処理能力を彼女に付与していた。
エリクトは小指一本を動かすぐらいの労力で、モビルスーツ型ガンビット〈ガンドノード〉――ルイ・ファシネータがデータストームの海から拾い上げたGUND技術に関する知見で完成させたユニット群――を動かせてしまえる。
そうして動き出した〈ガンドノード〉が、一斉に〈クワイエット・ゼロ〉の発着場から吐き出され、Xブロックのゲートから発進していく。
その数、およそ一〇〇機。
それはこのクーデターを鎮圧するのに必要十分な数だと、エリクトが判断した数だった。
〈ガンドノード〉は無人兵器である。
ダークグレーで塗られた人型をしているが、その手足は簡略化されており、空間戦闘に特化しているのが見て取れた。
シェルユニットこそ搭載してあるものの、その設計ベースは明らかに〈エアリアル〉――〈ルブリス〉亜種であった。
モビルスーツ型ガンビットという点で見れば、〈ガンドノード〉は、オックスアース残党が作り上げた〈ガンヴォルヴァ〉に近しい兵器だ。
しかしその制御システムはより洗練された設計であり、パイロットを使い潰す前提でしか運用できない〈ガンヴォルヴァ〉とは雲泥の差があった。
――さて、クーデターなんてやめてもらおうかなー!!
突如、湧き出した大量の機動兵器群に驚いたのは、グラスレー・ディフェンス・システムズの護衛艦隊――今では反乱軍と呼ぶべきだろう――である。
フロント管理社の〈デミギャリソン〉部隊を蹴散らし、プラント・クエタの各ブロックを制圧していたグラスレー社MS部隊が目にしたのは、雲霞のごとき大群のモビルスーツ型ガンビットである。
最初にそれを確認したのは、〈ハインドリーシュトルム〉の一個大隊(MS七〇機前後)だった。
『なんだこいつら!?』
『デリングの隠し球か、対モビルスーツ陣形を取れ!』
『ビームキャノン、一斉射!』
さながら方陣のごとき戦闘隊形を取った〈ハインドリーシュトルム〉部隊は、立体的に各機が並ぶと戦術データリンクを通して敵MSの数と予想機動を共有。
機体に積まれたAIが算出した予想進路に対して偏差射撃を実行した。
七〇発以上の高出力ビームが熱線となって吐き出され、〈ガンドノード〉の編隊に襲いかかる。
だが、命中弾は一発もなかった。
偏差射撃を嘲笑うように、〈ガンドノード〉の編隊が次々と摩訶不思議な回避運動を取ったからだ。
まるで各々が互いの取る
『弾着、ありません!』
『第二射、撃てぇ!!』
散開したグラスレー社MS部隊に加えて、戦術データリンクで繋がっているグラスレー護衛艦隊の艦艇からの火力支援もあるのだ。
〈ガンドノード〉の編隊は数の上でこそ一〇〇機以上あり、七〇機前後のグラスレー社MS部隊を上回っているが、艦隊の火力支援を含めれば総合力ではグラスレー側が有利だった。
何よりグラスレー社のMS部隊はこのブロックだけではない。
他のブロックからの増援も来れば、すぐにでも形勢は逆転できる。
それゆえにMS大隊の指揮官機は落ち着いていた。
このときまでは。
飛び交う荷電粒子ビームの熱線を避け、誘導ミサイルの雨を撃ち落としながら、〈ガンドノード〉の編隊は散開し、やがて艦隊を包み込むように展開していく。
艦隊戦のセオリーで見れば、それは愚行だった。
戦力を薄く分散配置することになり、各個撃破を許す典型的な陣形だからだ。
艦隊戦であればいざ知らず、艦隊に対してMSが包囲陣を強いたところで、火力が違いすぎて対空砲火で撃滅されるのが関の山なのである。
戦力の分散配置で包囲殲滅など、MSが跳梁跋扈する戦場ではよほど上手くタイミングがかみ合わない限り、そう上手くいくものではないのだ。
悲しいことだが
そう、これが単なるビームとミサイルの撃ち合いであれば。
――ところがギッチョン、僕にはオーバーライドがあるんだよね!
パーメット干渉波増幅機構〈クワイエット・ゼロ〉の最深部、増幅リングの中の〈エアリアル〉が青く発光。
パーメットスコア6相当の青色の輝きが瞬時に〈クワイエット・ゼロ〉のシェルユニットに伝達され、その光は時間と空間を越えて〈ガンドノード〉各機のシェルユニットにも到達する。
〈クワイエット・ゼロ〉管制室では、ぶっつけ本番になった初の起動実験の様子を技術者たちがモニタリングしていた。
「クワイエット・ゼロ、各エレメントから多層コール」
「データストームの空間化開始」
モビルスーツ型ガンビットのシェルユニットが青く発光すると同時に、その増幅されたパーメット信号はさらに増大し、やがて時空間を侵食する物理現象としてこの宇宙に顕現する。
それは光輝であり、牢獄であり、怪物の
光の結界とでも言うべき、禍々しくも荘厳なデータストームの光に包まれて。
『艦隊指揮システム、機能停止……オーバーライドされています!?』
『なんだと!?』
『ちくしょう、MSが動かねえ!!』
グラスレー・ディフェンス・システムズの誇る護衛艦隊はその機能を停止させられ、今や、喉元に刃を突きつけられたも同然の状態だった。
あらゆる電子戦システムや火器管制システムはおろか、ノーマルスーツの生命維持装置すらオーバーライドされかねない状態なのだ。
敵がその気になれば、宇宙服を着ていながら窒息死するという笑えない結末まであり得る。
大混乱に陥った艦隊に対して、エリクト・サマヤはオープンチャンネルで降伏勧告を行った。
『あー、こちらシン・セー開発公社。グラスレー・ディフェンス・システムズ護衛艦隊に降伏を勧告するよ。死にたくなければ三〇秒以内に決めてくれるかな?』
心底、相手の命などどうでもいいと思っていないと出せない、ドライな声音だった。
結論から言えば、グラスレー・ディフェンス・システムズの護衛艦隊は直ちに戦闘行動を停止し、武装解除に関する動作だけ許可すると降伏してきた。
他のブロックから駆けつけた増援部隊も、オーバーライドの権能には為す術なく瞬殺され、同じ道を辿ったのは言うまでもない。
◆
一仕事終えて、〈クワイエット・ゼロ〉の管制システムをルイに引き継いでもらった――〈ガンドノード〉の簡易制御ぐらいならできるらしい――エリクトを待っていたのは、スレッタの現状報告だった。
曰く――
『――スレッタ・マーキュリーがミオリネ・レンブランを言葉の暴力で傷つけ、自身も傷つき大脱走中です。現場は泣き叫ぶミオリネ嬢で地獄みたいな空気だし、どうしようねエリィ?』
――涼しい顔して何言ってるのさ!?
なんでそうなる、と言いたくなるのをぐっと堪えた。
むしろ今までそうなっていなかったのが不思議なぐらい、スレッタ・マーキュリーとミオリネ・レンブランは不倶戴天の敵の間柄なのだ。
虐殺を生き残った被害者の娘と、虐殺を主導した加害者の娘――当事者ではないにも関わらず、否応なく人生にまとわりつくレッテル。
そういう目に見えない呪いが、今まで表面化していなかったのはスレッタがそれを意識していなかったからだ。
一度、彼女がそれを意識してしまったならば、すぐにでも破綻する友情だったのである。
たまたまそれが今だったのだろう。
ああ、わかっている。
ルイは悪くない。
けれどそれでも、理不尽にエリクトは怒る。
だって万能であるかのように振る舞う人工知能の元友達/愚弟なら、なんとかできたはずだろうと思ってしまうから。
『あー、グエル・ジェターク! スレッタが泣いてる! さっさと行こうか!』
『は、はあ!? おい待てどういうことだ――ああもう、わかった!!!』
『あのさ、考え直さないか――結局こうなるのか、畜生!』
通信の向こうでは、グエル・ジェタークとエラン・フィフスがコントみたいなやりとりをしていた。
エリクト・サマヤはこのどうしようもない陰謀屋の身内にマジギレすると、〈クワイエット・ゼロ〉の増幅リングから〈エアリアル〉を離脱させ、MS用搬入路を通って外界へと通じるゲートをくぐり抜けた。
Cブロックに通じる最短経路を、オーバーライドで掌握したプラント・クエタの全機能を用いて割り出して。
背部の高機動ユニット〈精霊の翼〉を推力全開にして――エリクト・サマヤは妹の元へと向かった。
――その涙を拭うために。
・新型GUNDフォーマット〈アミュレット・システム〉
ルイ・ファシネータがグループ内企業に提供した新型GUNDフォーマットのコア部分であり、強力なフィルタリング機能によりデータストームのフィードバックを許容値内(通常のパーメットリンクと同等程度)にまで低下させている。
エルノラ・サマヤの残したデータを元に、ルイ・ファシネータが完成させた
その実態はLF03〈ルブリスAI=ルイ・ファシネータ〉の子機であり、強力な操縦支援システムである。
超密度情報体系の深奥に位置し、パーメットAIサーバーから基底現実にアクセスしているルイ・ファシネータとの契約システム。
ルイと接続されたルブリス亜種MSとその搭乗者はデータストームが緩和され、フィルタリングされた青い印(=手足や頬のあざ)が浮かび上がる。
お守り(アミュレット)の名を冠しながら、実際には生殺与奪の権を明け渡す悪魔との契約そのもの。
本システムを搭載したGUNDフォーマットを便宜上、