ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがミオリネにすべてを告げるだけの話

 

 

 

 

 シャディク・ゼネリは監禁されていた。

 グラスレー・ディフェンス・システムズの本社区画の一室に、ここ数日、監禁されている少年は外部の状況がわからず、動きようがない状態だった。

 清潔なシーツにシャワールーム、毎日用意される衣類にたっぷりと用意された食事、過去の映像ライブラリから見放題の映画――まるでホテルのサービスのように気が利いているが、あらゆる通信手段が使用不可能なのが難点である。

 隙をうかがって脱走しようにも、外部と繋がっているのは出口のドア一つだけ、おそらく外の通路には見張りがいる状況。

 アクション映画のような華麗な脱出を試す気にはなれなかった。

 流石に自分の不在が長引けば騒ぎになるだろうが、数日間の連絡の不通くらいなら、電波障害がひどいフロントへの出張だとかで誤魔化せるだろう。

 そんなわけでシャディクには打つ手がなく、考え事にふけっていると――出入り口のドアが開いた。

 黒服の男たちが立っている。

 

「シャディク・ゼネリ。代表がお呼びだ」

「義父さんが? どういう風の吹き回しだい?」

「……ついてこい」

 

 ベッドから立ち上がり、靴を履いて彼らの後ろをついて行く。

 この期に及んでも、シャディク・ゼネリに脱走という選択肢はなかった。

 そもそもグラスレー・ディフェンス・システムズのど真ん中でどこに逃げられるのか疑問だったし、義父が自分を粗雑に扱うことはないという確信があったからだ。

 とはいえ不安はある。

 自分のこれまでの暗躍がすべて露見したのは、後継者レースからの脱落に等しい結果をもたらすだろう。

 グラスレー社にとっても醜聞となる事件だから、表沙汰にはならないだろうが。

 シャディクはいいところ閑職で飼い殺しになるだろう。

 そのように優秀な少年は自身の今後を予想していた。

 黒服の男たちに連れて行かれたのは、やはりというべきか、グラスレー社CEOの執務室だった。

 数日ぶりに会った義父は、何年分も老け込んだように見えた。

 目に見えて疲弊しているのだ。

 まるですべての望みを絶たれたかのようなその表情に、暗い影を見て取って、思わずシャディクは口を開いた。

 

「義父さん、休んだ方がいいんじゃないですか? ものすごくお疲れのように見えますが」

「案ずるな、シャディク。もう、お前が私の目を気にする必要はなくなった」

 

 その言葉を聞いて、シャディクは確信する。

 義父は大きな賭けに打って出て、勝負に負けたのだと。

 

「結論から言おう。私はクーデターに失敗した。最早、デリングの暴挙を止める術はなくなった……そしてグラスレーの現体制にはデリングの手で粛清の嵐が吹き荒れるだろう」

「……義父さん、どうしてそんなことを」

「……デリングによるガンダム事業の実態は、本物の世界征服だ。それを止めようとしてこの様だ。グラスレー社の後継者争いは、おそらくお前が勝つだろう」

 

 その言葉でシャディクはサリウスの意図を察した。

 これはおそらく、老い先短い義父にとって、遺言に等しい何かなのだ。

 無念をにじませた深いため息のあと、サリウスは口を開いた。

 

 

「――お前の人生をやり直せ、シャディク。お前が戦うべき世界のシステムは、短期的な手段では破壊できない。如何なる奇策で突破しようと、すぐに元通りの不平等に復元しようとする怪物だ」

 

 

 しばらく瞑目したサリウスが何を思っていたのかはわからない。

 それは戦争シェアリングという呪わしい仕組みを作ってしまった世代としての後悔か、それとももっと別の感情なのか。

 シャディク・ゼネリにはわからない。

 

「何十年もかかる事業になるだろうが、お前にはそれができるだけの能力がある。グラスレーの資産は自由に使え」

「義父さん……俺は……」

 

 そのときだった。

 執務室のドアが開き、ボディアーマーで身を固めた兵士たち――ベネリット・グループ保安部が踏み込んできた。

 カービン銃を携えた男たちは、シャディクではなく椅子に座った老人の方を見ている。

 隊長と思しき人物が前に進み出て、サリウスに声をかけた。

 

「サリウス・ゼネリ代表、ご同行願えますか?」

「……まさか、私が連行される側になるとはな」

 

 もう間もなく、グラスレー・ディフェンス・システムズの元代表になるであろう男は、よろめきながら立ち上がって。

 抵抗一つすることなく、シャディクの目の前で保安部の男たちに連れて行かれた。

 シャディク・ゼネリはそうして、義父の背中を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 クーデターの鎮圧から数時間後、プラント・クエタの一角にある要人向けのオフィスにて。

 重武装の兵士たちが周囲を固め、普段は使用されない暴徒鎮圧用の四脚型ドローン兵器オートマトンまで持ち出された警備の中――サリウス・ゼネリの捕縛に成功したと報告を受け、デリング・レンブランは深々とため息をついた。

 長年の盟友の裏切りは意外ではなかった。むしろこれまでの見解の相違を思えば、こうなるのは必然だったとすら思える。

 だが、それでもデリングにとって友を失った結果は堪えた。

 今は事後処理を副官のラジャンに任せているとはいえ、今後のグラスレー社の再編など、デリングの決断が必要とされる場面は増える一方だろう。

 自分を守るために死んでいったSPたちや、クーデター事件の最中に起きた虐殺の犠牲者たちを思うと、さらにその苦悩は深まるばかりだ。

 別室で泣き叫び、今は医療スタッフによって監視されている愛娘ミオリネのことを思えば、胸が痛む。

 だが、それでも足を止めないからこそ、この男はどこまで行っても英雄デリング・レンブランなのである。

 

『グラスレー社は暴走しすぎました。よもやクーデター未遂とは』

 

 ふよふよと宙を浮かぶドローンユニットは、彼の協力者であり共犯者たる存在の端末だった。

 ルイ・ファシネータ。

 ヴァナディース事変のおりに覚醒し、ノートレットの研究室にサルベージされていたAIユニットの中身、パーメットAIなる魔女たちの被造物。

 彼が進める計画――クワイエット・ゼロの完遂に欠かせない存在は、いつも通り、すっとぼけたような調子で喋る。

 

「罰は受けさせねばなるまい――だが今は宇宙議会連合だ。奴らがここまで血迷っているとはな」

 

 保安部が捕らえたグラスレー・セキュリティ・フォースの兵士たちは、クーデターを上から命じられたこと、そのためにデリングの捕縛を狙っていたことを自供している。

 最初からデリングの暗殺を狙っていた光学迷彩の暗殺部隊は、グラスレーとは別に動いていた存在ということになる。

 果たしてサリウスが宇宙議会連合と通じていたのかは定かではないが、その正体はほぼ確実に宇宙議会連合であろうとデリングは確信している。

 あれだけの高度な軍用サイバネティクスの技術を持っている勢力で、ここまで強硬手段を用いる動機があるのは、宇宙議会連合ぐらいなのである。

 

『サイボーグ部隊の埋め込み機器(インプラント)は回収済みです。いずれも製造番号がない上、死体自体が市民IDを抹消された存在しない兵士(インビジブルソルジャー)……ペイル社のときと同じです』

「問題はない。内通者はすでに捕らえてある」

 

 この暗殺部隊を引き入れたプラント・クエタ内部の内通者はあっさりと捕まっていた。

 用済みのスパイは宇宙議会連合の工作部隊からも切り捨てられた、ということなのだろう。

 暗殺部隊の正体については、内通者が口を割ればそれで済む話だった。

 

『向こうも我々を糾弾するでしょうね。企業統治の不徹底だとか、大量破壊兵器の所持疑惑だとか、まあ口実はいろいろです』

「構わん。クワイエット・ゼロの準備は整っているな?」

 

 すでに〈クワイエット・ゼロ〉の試験起動に成功した旨は報告されている。

 それは本来、初見殺しに等しいデータストームの空間化と超広域オーバーライドが露見したということであり、デリングにとって必ずしも望ましい展開ではない。

 だが、それよりも重要なのは、六割の出力とはいえ〈クワイエット・ゼロ〉の稼働に成功した事実そのものだ。

 もう、デリングが足踏みする理由はない。

 

『もちろんです、閣下。先の試験起動でデータは取り終えました――すべてはクワイエット・ゼロのために。我々は総裁の理想のため存在しております』

 

 これから多くの血が流れることになるだろう。

 その引き金を引くのは自分自身なのだと自己を戒めながら、男は決意を込めて協力者に宣言した。

 

 

「お前の願いは叶うだろう、ルイ・ファシネータ。――かつて流された血に報いるだけの平和を、私はこの世界に築きたいのだ」

 

 

 そう言ってデリング・レンブランが視線を向けるのは、懐から取り出したペンダントに収めてある一枚の写真だった。

 ノートレットが生きていた頃、親子三人で撮った写真だ。

 彼が理想を選び、ひた走った結果、未来永劫この世界から失われた大切な人。

 それは二度と取り戻せない過去であり、男が犠牲にしてきたものたちの(わだち)として刻まれた永遠の傷跡。

 あえてそれに触れることはせず、ルイ・ファシネータ――救済を願う悪魔は、心からの祈りを込めてこう誓った。

 

 

『すべては契約のままに、デリング・レンブラン。――()()()()()()()()()()()、私はあなたの従僕となりましょう』

 

 

 

 

 

 

 プラント・クエタの医務室の一角に、その少女はいた。与えられた毛布にくるまり母親譲りの美貌を真っ青にして、銀髪の少女が震えている。

 ミオリネ・レンブランは震えが収まらない自身の手を眺めながら、ぼんやりと医療スタッフの言葉を聞いていた。

 何を言われたのかよく覚えていない。

 とりあえず鎮静剤か何かを打たれたのは覚えている。

 少女がそれほどまでの狂態を見せていたのは、あらゆるトラウマのフラッシュバックが襲ってきたからだった。

 自身の舌禍が原因で、暗殺者の凶弾に倒れ、自身の腕の中で冷たくなっていく母の骸。

 手のひらを染める真っ赤な鮮血を思い出して、ぶるぶると手が震える。

 発作的に自殺しかねないとして、今では常時、医療スタッフに監視されているような状態だ。

 それでもしばらくすると手の震えは収まってきて。

 代わりに思い出したのは、自分がひどいことを言ってしまった大切な人のことだった。

 

「そうだ、スレッタ……探さなきゃ……」

「ミオリネ様!?」

 

 ふらり、と立ち上がったミオリネを、監視役の医療スタッフが制止する。

 今の少女は到底、正常な判断能力があるとは言えず、医務室の外に出すのは危険だったからだ。

 プラント・クエタは独立性が高いフロントであり、併設された病院はそれ単体で一都市の人口をカバーできるほどの規模がある。

 だからこうして、医務室を一つ借り切って、ミオリネを外部と隔離しておくような真似もできるのだが。

 そんな部屋に、ありえざる来客があった。

 専用のIDがなければ開かないはずのドアが開き、赤毛の少女が、おずおずと入室してくる。

 医療スタッフが驚いて声をあげた。

 

「あなた、どうやってここに入ってきたの?」

「えっと、ドアロック、開いてましたけど……ここに来るように上から言われて……わたし、ミオリネさんの友達なんです」

 

 もちろん嘘である。

 〈エアリアル〉のオーバーライドがエリクトによって濫用され、「とにかくミオリネに謝ってきなよ」と妹が送り出された結果である。

 オーバーライドの使用規定はあくまで、パイロットのスレッタ・マーキュリーが守るべきものであり、自由意思を持つ超AI(自称)エリクトには適用されないのだ。

 

「見舞いだって、だが彼女は今……」

「スレッタ?」

 

 戸惑う医療スタッフを横にして、ミオリネは目を見開きその来客の顔を見た。

 灰色の瞳の奥では、あらゆる激情が渦を巻いている。

 そしてかすれた声で絞り出されたのは、スレッタに対する一つの疑念だった。

 

「……えて」

「えっ?」

「……答えて。あんたは、一体なんなの……どうして、わたしのことを守りに来たの……?」

 

 それは一度、解決したはずの問いかけだった。

 だが今のミオリネにはもう、かつての自分が納得していたロジックを信じ切ることができないから、こうして問いかけてしまう。

 きっと尋ねるべきではなかった真実を。

 スレッタはしばらく沈黙したあと、すぅっと息を吸い込んで、観念したように口を開いた。

 それは赤毛の少女にとっても、腹の底を曝すような重苦しく辛い告白だった。

 

 

「わたしはスレッタ・マーキュリー。デリング・レンブランに家族を虐殺された魔女プロスペラ・マーキュリーの娘――〈エアリアル〉に乗るため育てられた複製存在(リプリチャイルド)――()()()()()()()()()()()()()、ガンダムを滅ぼす魔女です」

 

 

 ミオリネは息を呑んだ。

 彼女を監視していた医療スタッフは完全に呆気に取られていて、何も言えずにパクパクと口を開いたり閉じたりしている。

 どう考えてもティーンエイジャーの少女たちの間に流れてはいけない類の、重苦しい愛憎の気配がしていた。

 それでも医療スタッフの女性が逃げ出さなかったのは、プロ意識があったからである。

 だが、少女たちは完全に第三者の存在を忘れて、二人だけの世界にいた。

 父親が実行した虐殺の被害者の遺族で、MSに乗るためのリプリチャイルドで、腹違いの妹ではない――あまりにも情報量が過多の真実を突きつけられて、ミオリネは思わず叫んだ。

 

 

「何よ、それ……何も知らなかったのは、私だけってこと!? ……バカにしてるの!?」

 

 

 今までずっと、ミオリネとスレッタの間にあった馬鹿馬鹿しい勘違いは、ここにきて終わりを告げたのだ。

 感情的な繋がりも一緒に消え失せてしまったみたいで、それが怖くて、ミオリネはぽろぽろと涙をこぼす。

 笑うしかないような勘違いをしていたと教えられただけなのに、今この瞬間、それをスレッタが告げることの意味が恐ろしくて仕方ないのだ。

 スレッタはそんな憧れの人(ミオリネ)のことを悲しげに見つめ、ため息をついた。

 

 

「ずっと、あなたのことが眩しかった。大好きで、大嫌いでした」

 

 

 まるで懺悔するような言葉だった。

 銀髪の少女は何も言えなくなって、スレッタから視線をそらした。

 

「なんでよ……なんで、こうなるのよ……」

 

 嘆くようなミオリネの呟きが、虚空に溶けて消えていった。

 淡く儚い、地に落ちた雪のように。

 

 

 

 

 

 












プラント・クエタ編のエピローグです。
次回からミオリネ編、再起の物語がスタートです。






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