「――デリング・レンブランは本物の独裁者になるつもりなのか!?」
宇宙議会連合の議長である男は、狼狽して自身の執務室で大声を出していた。
話題は無論、先日、暗殺計画を決行したにも関わらず、未だに生きているベネリット・グループ総裁のことである。
中年に差し掛かった恰幅のいい紳士は、名をヴィクトルという。
宇宙議会連合の議長であるヴィクトルは、傘下の諜報組織である査察部――地球圏のあちこちに目を光らせるエージェントを放っている――からの報告に目一杯困惑していた。
というのも、何もかもがめちゃくちゃだからだ。
暗殺作戦が失敗しただけならまだいい。
「まさかあんな奥の手を隠し持っているとは……」
問題はその暗殺作戦の決行日時が、偶然にも――まるで信じられないことだがこれはどうやら本当に確率論的奇跡らしい――ベネリット・グループ内部のクーデターとダブルブッキングしたことである。
その結果、ヴィクトル議長が送り込んだ暗殺部隊は、重武装の反乱軍と接敵して交戦の末に全滅。
さらにその後、クーデターを起こしたグラスレー・ディフェンス・システムズの反乱軍も、デリング・レンブランの手によって鎮圧されてしまったのだという。
まさに泣きっ面に蜂である。
宇宙議会連合のタカ派が企図した陰謀は何一つとして上手くいかず、デリング・レンブランは傷一つ負っていないと来ている。
彼は深々とため息をつくと、どっかりと作りのいい椅子に腰を落ち着けた。
「……つくづく企業国家というのは度しがたいな、何が
「議長。そろそろ定例会議のお時間です」
秘書の男性に声をかけられ、ヴィクトル議長はもうそんな時間か、と目を閉じた。
数秒後、目を開けたときには、彼はいつも通りのにやけ面を取り戻していた。
宇宙議会連合の議長であるヴィクトルは席を立って、秘書から今後の予定を聞きながら歩き出した。
「本日の議題はベネリット・グループに対する今後の対応です。先のクーデター事件の顛末もここで報告されることになっています」
「アプリリウスの議員が動く手はずになっている。企業への軍事介入の大義名分は我らにあるさ」
「火星のヴェイガン・グループと木星のジュピトリス・グループの宇宙議会連合への加盟申請についてはどうされるおつもりですか?」
「
太陽系開発の最前線で活動するスペーシアンに対する、侮蔑にも似た物言い――このような差別意識は本来、スペーシアンの自由と平等を謳う宇宙議会連合の理念に反するものだ。
だが、残念ながら言うべきか、人間は常に異なるものを排斥し、差別の対象を欲する生き物である。ドローン戦争によって社会基盤を破壊され、貧困と紛争が蔓延するアーシアンを差別するように。
遠く離れた太陽系文明の辺境で活動するスペーシアンもまた、こう言った素朴な差別の対象だった。
彼らにとってスペーシアンとは宇宙船で快適に行き来できる地球圏の宇宙居住者のことであって、地球以外の太陽系惑星にフロントを作っているのは所詮、資源を差し出す二等市民に過ぎないという侮りがあった。
それは愚かしくもある、いつの世も変わらぬ人の営みの再演だった。
「我々の目下の敵はベネリット・グループだ。奴らがこれまで溜め込んだ利権の解放なしに、我々、宇宙議会連合の拡大は立ちゆかない」
恰幅のいい紳士はそう言って、宇宙議会連合がさらに大きな影響力を掴むための未来を思い描いていた。
◆
宇宙議会連合とは元来、宇宙居住者たちが作る独立国家やフロント自治区の集合体であり、その紛争調停を担うことを期待して設立された組織である。
まさにスペーシアンによるスペーシアンのための組織――地球が衰退する以前、宇宙フロントは地球資本に支配されていたし、そこから独立した政治組織はスペーシアンの悲願だったのである。
もっとも宇宙経済圏を植民地として搾取していた地球が没落し、パワーバランスが逆転した今となっては、政争が単なる利権の奪い合いに堕しているのは否めないのだが――今、議場に集っているのは、そういったスペーシアン住民の代表たちだった。
ザラム、エウバ、ユニウス、アプリリウス、ズムシティ、ミランダ、ロンデニオン、グリーンノア――各フロント自治区を代表するスペーシアン議員たちが各々の席に着くと、淡々と会議が開始された。
議題は「企業国家に対する武力行使の是非」である。
武力行使――要するにスペーシアン同士で宇宙戦争を始めるかどうか。
ここまで問題がエスカレートしたのは、宇宙議会連合と企業グループが宇宙開発や地球統治の利権を奪い合う関係にあるからだ。
――ベネリット・グループは地球圏の経済を支配する企業国家の一つである。
スペーシアン企業グループとしては後発のフレミング・グループ、モルゲンレーテ・グループなどと共に、MS開発製造を始めとする各種産業を支配下に収めている。
フロントの保守点検から警察業務、司法による裁きに至るまで民営化し、企業自治の名の下に企業国家を形成しているのが、これらの企業グループであった。
宇宙空間では、地上に比べて資本を持つものが圧倒的に強くなる。
呼吸するための酸素の確保すら、生命維持装置の利用が必要になるからだ。
現代のスペーシアン社会では、生命の維持に必要な酸素と水と食糧の提供はフロント所有者の義務として定められており、これらを盾にした強制労働などは違法行為になっている。
つまりそういった法規制が必要になる程度に、スペーシアン資本家とスペーシアン労働者の間の格差は絶対的なのだ。
大企業のオーナー一族が、中世さながらの家系による支配と継承を繰り返しているのも、もとはと言えばこの資本家絶対優位の社会構造にある。
彼らは正しくアド・ステラの王侯貴族なのである。
そして民主主義とスペーシアンの平等――つまりは宇宙議会連合の影響下でのパイの分配――を掲げる宇宙議会連合が、急速に力をつけた企業グループとの間で摩擦を起こすのは歴史の必然だった。
「…………以上がプラント・クエタ事件の顛末となります。ベネリット・グループはクーデターを起こしたグラスレー社の首脳陣を更迭し、新体制での再出発をアピールしていますが、実際にはデリング・レンブランによる独裁がさらに強まったという見方でいいでしょう」
監査部の職員がプラント・クエタで起きた武力衝突――企業グループ内でのクーデターとその鎮圧、その事後の影響についての報告を終える。
無論、宇宙議会連合の暗部が画策していたデリング暗殺作戦と、その過程で行われた民間人への虐殺については伏せられている報告だ。
こう言った一部の派閥の独走を許しているところに、宇宙議会連合という組織の危うさがあった。
するとまず、手を上げたのはフロント国家の一つ、アプリリウス自治区の議員だった。
現議長であるヴィクトル議長と同じく過激派に属するその男性議員は、電子ペーパーの資料を手にしている。
「その件についてですが、議長」
「アプリリウス自治区代表、発言を許可します」
「ベネリット・グループの職員からリークがありました。このクーデター事件の鎮圧において、デリング・レンブランとその一派は、強力な兵器を行使したらしいのです。ベネリット・グループは今や、スペーシアンすべての脅威と言っても過言ではない大量破壊兵器を手にしている、と」
「大量破壊兵器? 彼らは核爆弾の貯蓄にでも励み始めたのか?」
そうヤジを飛ばしたのは、宇宙議会連合では穏健派に属するフロント、ロンデニオン自治区の議員だった。
企業グループの脅威を喧伝する過激派の議員が、物事を大げさに語りたがるのは恒例行事である。
ヴィクトル議長は如何にも紳士然とした物腰で、今の議会では非主流派である穏健派を
「ロンデニオン自治区代表、静粛に。アプリリウス自治区代表、続けてください」
「議長、ありがとうございます。大量破壊兵器、というのは誇張ではありません。持参した資料があります……はい、皆さん、お手元の資料をご覧になってください」
各自治区の議員が手元の端末で目にしたのは、データストームの空間化と呼ばれる現象――目視できるほどの密度で物理的現象となったパーメットの情報の奔流だった。
幾何学模様を思わせる発光信号が空間を満たし、艦隊を飲み込んでいく様子は、あまりにもおぞましい印象を議員たちに与えた。
どよめく周囲を見回し、アプリリウス自治区代表は言葉を重ねる。
「これは加工された映像ではありません。クーデターに参加していたMSのカメラが捉えた、実際の映像です」
「馬鹿馬鹿しい、
「いいえ、これがデリング・レンブランの切り札なのです。ペイル・スキャンダルの際にも行使されていた、軍用の戦術指揮ネットワークすら掌握する電子戦技術です――つまり理論上、太陽系に存在するあらゆる情報通信ネットワークが、彼らの支配下に収められる危険性を秘めているのです」
ペイル・スキャンダルという言葉に、議員たちの動揺がさらに大きくなった。
あまりにも不自然な突然のスキャンダルの流出と、鮮やかなペイル・テクノロジーズ首脳陣の逮捕は、デリング・レンブランによる政治的粛清劇として受け止められている。
デリング・レンブランはすでに、危険すぎる力を手にしていると言わざるを得ない。
場の空気を議長の意図のままに誘導して、アプリリウス自治区代表は敵の危険を訴える。
「我々が入手した情報によれば、この電子戦技術……オーバーライドと呼ばれる現象は、パーメットを利用した既存のあらゆる情報機器を掌握可能だというのです。宇宙服の生命維持装置すらクラッキングできてしまう技術……その気になれば、何千何万という尊い命を一方的に窒息死させられるのです。これは核兵器、化学兵器、生物兵器に代わる新たな大量破壊兵器、情報兵器と言えましょう」
ざわざわと議会が喧噪に呑まれていく。
人類の生存に欠かせない酸素供給への絶対的な支配という恐怖が、議員たちにその脅威を実感させたのである。
武力行使に否定的なロンデニオン自治区やグリーンノア自治区の議員たちは、その場の流れに危うさを覚えて、なんとか同胞を落ち着かせようと試みた。
しかし騒ぎに乗っている議員たちとてバカではない。
これが宇宙議会連合の過激派による議論の誘導なのは承知していた。
だが、それを前提にしてなお、オーバーライドなる現象の兵器化は脅威であるというのが、議会を支配する見解であった。
その後も質疑は続けられたが、場の流れは最早「武力行使の是非」ではなく「いつ、如何なる形で、どの程度の戦力を投じるか」に移り変わりつつあった。
企業国家ベネリット・グループという外敵への恐怖によって統一された場を眺め、ヴィクトル議長は微笑んだ。
そして意識していかめしい顔を作ると、此度の会議を締めくくる台詞を告げた。
「大量破壊兵器〈クワイエット・ゼロ〉――我々はこの未曾有の脅威に対処しなければなりません。企業統治への軍事介入も視野に入れて、今後の対応を話し合っていきましょう」
――子供たちの苦悩を余所に。
――時計の針は、戦争に向けて動き始めていた。
・宇宙議会連合※独自設定です
ザラム、エウバ、ユニウス、アプリリウス、ズムシティ、ミランダ、ロンデニオン、グリーンノアなどの有力フロント自治区の集合体。
スペーシアンにより運営される、スペーシアンのための組織であり、宇宙フロント自治区間の紛争の調停組織である。
民主主義とスペーシアンの平等を標榜しており、オーナー一族による貴族的な階級化が進む企業国家群とは対立関係にある。
本来はあくまで利害調停組織に過ぎなかったが、宇宙経済圏の巨大化に伴い、その権力は拡大していった。
現在では企業国家と化している企業グループにメスを入れ、その利権を奪い取ろうと目論むタカ派が主流派。
フロント自治区の名前は小ネタです。クロスオーバー要素はないです。
悪の議長の名前は捏造です。
今後、小説版などで名前が判明したら…どうしよう!?