夜のジェターク寮の男子寮。
その一室――寮長の自室にて、部屋の主と客人が剣呑な空気で向き合っている。
一人はグエル・ジェターク、もう一人はエラン・フォース。
共に御三家の代表を務めているパイロット科三年のエースパイロットである。
とある少女をきっかけに友人となった二人だったが、今、彼らの間にあるのは到底、友情からほど遠い張り詰めた空気だった。
「だから……俺は……知らなかったんだ……ただ……ホログラムを渡されただけで……!」
「君がスレッタ・マーキュリーの
その通りであった。
そしてグエルは気づいた。
よりによって恋敵のエランに、初恋の少女に絶対ばらされたくない弱点を握られたという事実に。
この時点でグエルの退路は消えていた。
彼は無言で部屋のドアをロックすると、決意を秘めた瞳でエランの顔を見つめた。
「これが……消えない罪だというのなら…………俺は最後まで背負う!!」
「グエル・ジェターク!?」
これに慌てたのはエラン・フォースである。
まさかここまでグエルが追い詰められているとは思わず、彼の自爆覚悟の行動を読み切れなかったのは、エランの失態であった。
グエルは強い決意と共に立体映像ポルノの投影装置を手に取ると、慚愧の念を浮かべた顔でスイッチを押した。
現れるホログラムの等身大の美女――どことなくスレッタ・マーキュリー似の3D映像――あらゆる意味で存在が気まずい核爆弾のような何か。
「これで俺たちは……同じ罪を背負うことになる!」
「グエル・ジェターク、血迷ったのか!?」
グエルは自棄になっていた。
「エラン……お前にも汚れてもらうぞ!!」
「――やめろぉお!!!」
二人の少年の叫びが、空しく男子寮に響き渡った。
――結局、最後まで見たらしい。
◆
――数十分後。
「俺は……う、ううぅううう……」
「僕は……最低だ……」
グエル・ジェタークとエラン・フォースは大きなダメージを受けていた。
最初に二人の名誉のために明言すると、二人はエッチな気持ちにはならなかった。
ただ自分が目にしているものが途方もなく罪深いという実感だけを得て、心に傷を負ったと言ってもいい。
それはまるで呼吸できない深海の水底で泳ぎ続けるような、苦しく光の見えない旅路だった。
グエルによる自爆覚悟の
「……で、何の話だったんだ?」
「……こんな仕打ちをしておいて、そういうことを言える君の頭が羨ましいよ」
「皮肉か?」
「まあね」
気を取り直してベッドに座った男子二人は、しばらくの間、互いに無言だった。
何の話題かは察しているからこそ、かえって言葉にしにくい。
そんな空気である。
「……僕たちが恋敵だからこそ、今しなきゃいけないことはわかってるんじゃないか?」
最初に口を開いたのはエランだった。
グエルは少しうつむいて、じっと自分の手を見つめた。
「……スレッタのことか」
「プラント・クエタで君とあの子の間に何があったのか、僕は知らない。でもあの子が何を背負っているのかは知っているよ」
「…………続けてくれ」
それはおそらく、グエルの知らないところでエランとスレッタが重ねてきた会話によるものなのだろう。
その事実にちくりと胸が痛みつつも、エランの言わんとすることを受け止めるため、彼は続きを聞くことを選んだ。
エランは淡々と事実を喋った。
まるで懺悔するように。
「スレッタ・マーキュリーは人殺しの罪を重く受け止めて、自分が許されてはいけない人間だと思っている。なのに、誰かを守るために命を奪う行いを背負おうとする……そんな本当に優しい子なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、グエルはかっと頭に血が上るのがわかった。
思わず、彼は前のめりになって声を荒げた。
「……なんだよ、それ……! あいつは、みんなのために頑張ってたんだぞ、それが罪だなんて……!」
「わかっているだろう、グエル・ジェターク。そんなあの子だから、僕らは彼女を好きになったんだって」
「――――ッ!!!」
否定できない事実であった。
どうしようもないぐらいにお人好しで、そのくせ目が離せないぐらい強くて、危なっかしい少女。
それがグエルの知るスレッタ・マーキュリーの好ましい個性であり、彼女を愛おしく思う理由だった。
それがどれだけ重たい罪の上にあるのか、グエルとて察していなかったわけではない。だが、こうして改めてそれを突きつけられると、息もできなくなるような重苦しさを覚えてしまう。
「……結局、俺は何も知らなかったってことか」
「あの日、何があったのか教えてくれるかな?」
たぶんこれは、二人の少年が今後、スレッタ・マーキュリーと向き合う上で知っていなければいけない事実だった。
ゆえにグエルは、自分の口から言うべきでないのを承知で、エランに少女の真実を伝えた。
「俺とスレッタは決闘をして……あいつが
「…………それは……確かな情報かい?」
常日頃からポーカーフェイスのエラン・フォースらしからぬ、目を見開いた驚きの表情だ。
あの優しい少女の出自も、その生育環境も、とても常人には想像もつかないものである。
だからエランの反応を不思議と思わず、グエルは言葉を続けた。
「ああ……スレッタ本人の口から聞いた」
「そうか……」
残酷な真実を噛みしめるように目を閉じて、エランは息を吐いた。
数秒間の沈黙のあと、何かを決意したように彼は目を開き、グエル・ジェタークに取引を持ちかけた。
「――グエル。僕と一緒に、スレッタ・マーキュリーと戦って欲しい」
意外な申し出であった。
グエルはしばしの間、呆気に取られたが、やがて渋面で首を横に振った。
「……俺は今、決闘を禁止されている」
「それは惨敗したからだろう? 僕はあの子に勝つ方法を話しに来たんだ」
身も蓋もないことを言うやつだった。
ある種、無礼ですらある物言いである。
「だがっ! 父さんの許しがなければ、俺は――」
「知ったことじゃないね」
「お前……」
ふざけているのか、と言いかけてグエルは気づいた。
エランの瞳はかつてなく真剣な輝きを宿していて、真っ向から彼のことを見据えていると。
「僕たち二人じゃなければ、あの子には届かない――断言するよ。僕と〈ファラクト〉でも、君とジェターク社のMSでも、単独では〈エアリアル〉には勝てない。たとえオーバーライドが封じられていたとしてもね」
決闘。
二人とスレッタを強く結びつけた、アスティカシア高等専門学園の流儀。
それがどれほど愚かしく仰々しい子供の遊びだとしても、MSを使った戦いこそが、一番あの娘の心に響くと――グエルとエランは知っているのだ。
それを実現させるためならば、誰にだって頭を下げてやると言いたげな瞳が、じっとグエルのことを見つめていた。
「力を貸せと言っているんだ、グエル・ジェターク。それとも獅子のエンブレムは飾りなのかい?」
◆
――〈シュバルゼッテ〉をグエル・ジェタークの専用機として完成させる。
それが今のジェターク社MS研究開発部の抱えている至上命題であった。
元々、このモビルスーツは〈ダリルバルデ〉と同時期に設計されていた、言わば兄弟機であり、フレームレベルでは共通の構造を多く持っている。
〈ダリルバルデ〉の後継機としてデータがフィードバックされ、正式に次世代コンセプトモデルとして再スタートしたあと、〈シュバルゼッテ〉の兵装は大きく変化した。
すべては〈エアリアル〉――多目的ガンビット・ビットステイヴを操るガンダムの存在が、この機体の運命を大きく変えた。
〈ダリルバルデ〉の段階では、ドローン兵器の運用について漠然としたヴィジョンしかなかったジェターク社は、この
かくして〈シュバルゼッテ〉は、多目的攻防プラットフォーム〈ガーディアン〉――ビットステイヴを持つモビルスーツとして開発が進められることになる。
とはいえ開発は必ずしも順調に進んだわけではない。
難航していたのは、このビットステイヴの多機能部分である。
ドローン兵器に多数の機能を持たせ、状況に応じてMS本体の武装や盾、推進器として使い分けることができるというビットステイヴ・システムは画期的な兵装だが、その「状況に応じた」使い分けをAIにさせるとなると、えらく骨が折れるのは言うまでもない。
何せオリジナルである〈エアリアル〉自体、この問題の解決に関しては人格転写型AI〈カヴンの子〉の複数搭載という倫理的に問題がある手法が取られているぐらいなのだ。
ジェターク社の持つ戦術型AIの進化形――〈ダリルバルデ〉と同じ意思拡張AI単体による制御では、この壁の突破は難しかった。
光明が差したのは、皮肉にも〈ダリルバルデ〉がプラント・クエタにおいて為す術もなく撃破されたデータが解析されたときだった。
それまでジェターク社のMS技術者たちは、〈ダリルバルデ〉の意思拡張AIを「未熟なパイロットの意思決定を補佐する補助輪」として見ていた。
だが、機体性能でこちらを凌駕する〈エアリアル〉との戦闘において、グエルが用いた意思拡張AIの使い方は違った。
彼は自動操縦の比重を最低限にした代わりに、ドローン兵器に「敵機を撃墜できる最適な
未熟なパイロットを補うのではなく、優秀なパイロットの猟犬として意思拡張AIを定義する。
それはつまり、意思拡張AIをサポーターではなくバディとして用い、自ら思考させるということに他ならなかった。
〈シュバルゼッテ〉開発チームはこの方針転換から、意思拡張AIの学習と最適化を進め――教材にはグエル・ジェタークによる〈ダリルバルデ〉の戦闘データが選ばれた――て、ビットステイヴのために仕上げていった。
これまでの稼働データに合わせて、〈シュバルゼッテ〉本体にも手が加えられ――当初の予定に比べて開発は難航したものの、一度、ブレイクスルーが訪れてからは完成まであっという間だった。
「CEO、お見えになっていたのですか」
MSハンガーに姿を見せた人物に対して、開発主任の男が声をかけた。
無重力のドックでは、技術者たちがタブレット端末を片手に、機体の駆動パラメータの調整を行っているところだった。
「あぁ、挨拶は要らん。どうだ、〈シュバルゼッテ〉の方は?」
「順調です。来週中には起動試験ができるかと」
「そうか……わかった、日程が決まったら俺に知らせろ。グエルを呼び戻す」
「坊ちゃん自ら、ですか?」
意外そうに声を上げた開発主任に対して、ヴィムはにやりと笑う。
「あいつがガンダムを倒すための機体だ。慣れさせてやりたいからな」
「確かに……こいつは〈エアリアル〉を倒すためのモビルスーツですからね」
納得した開発主任の男が、一礼して去って行くのを見送ったあと。
ヴィム・ジェタークはT字型のバイザーフェイス――ディランザに近い意匠――の巨人を見上げた。
まだ塗装すら施されていない、灰色の巨人。
忌むべき魔女のモビルスーツを参考にした機体など――そう思ったこともあったが、こうして完成に近づいてくると愛着が湧いてしまうのだから、不思議なものである。
ヴィムは不器用な男だ。
自分が息子たちにとって親しみやすい父親ではないと自覚していても、それを直せない。
だから結局のところ、彼にできる愛情表現はマッチョイズムに満ちたものになってしまう。
全高一八・七メートルの人型機動兵器が、息子への贈り物になってしまうのが、ヴィム・ジェタークという男の度しがたい愛情であった。
「――グエル、お前のための
そう呟く顔には、息子への愛が満ちていた。