ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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ミオリネが幼馴染みとお話しするだけの話

 

 

 

 

――()()()()()

 

 

 かつて理事長室だった部屋に、銀髪の少女は引きこもっていた。照明をつけることすらせず、一日中ベッドの上で丸まって、水を飲んではトイレに行き、カロリーバーをむさぼるだけの生活。

 正しくそれは精神を病んだものの暮らしであり、少女の精神は荒廃していた。

 宇宙一美しいのではないか、と見るものに思わせるような美貌の持ち主はやつれきっている――ミオリネ・レンブランは失意の底にあった。

 彼女を責めさいなんでいるのは逃れようがない過去であり、自身の過ちが母を殺したという実感である。

 医者からは定期的なカウンセリングを受けるよう強く言われていたし、薬も処方されているから、辛うじて眠ることはできているけれど。

 逆を言えば今のミオリネは、それだけでギリギリ生きているだけの病人であった。

 もぞり、とミオリネはベッドの上でうごめいて。

 後悔を胸に、赤子のように丸まって泣いていた。

 

 

――()()()()()大切な人たちが傷ついていく。

 

 

 ズキズキと痛む頭を抱えて、そっと水差しに手を伸ばす。

 グラスに水を注いで飲んだ――顎を伝い落ちた水が、肌着に染みこみ、薄い胸の谷間を濡らしていく。

 気持ち悪かったが、それすらどうでもよかった。

 手鏡を手に取って、自分の顔を見た。

 ひどい顔色だ。

 ここ数日は処方された睡眠導入剤のおかげでよく眠れているから、目の下のくまは取れてきたけれど、それだけ。

 ミオリネ・レンブランはどうしようもなく傷ついていたし、ここ二週間ほど、授業を欠席し理事長室に引きこもっていた。

 地球寮の自室、スレッタとシェアしていた部屋には戻れなかった。

 ミオリネが不在の間にも、理事長室は綺麗にクリーニングされて住環境が保たれている。

 自分は甘やかされていたのだ、とこういうときに限って実感する。

 父が隠そうとしていた母の死の真実――ミオリネの失言が招いた暗殺者の凶弾――それを思い出す度に、どうしようもない痛みが胸を引き裂いていく。

 泣いて、泣いて、泣き疲れて。

 ぼさぼさの髪のまま、また眠りに就こうとしたときだった。

 来客を告げるインターホンの音。

 連動している生徒手帳を手に取ると、そこに立っていたのは長い金髪に褐色肌の美丈夫。

 ミオリネにとっては古い付き合いの幼馴染み――少年と青年の境に立った年頃のシャディク・ゼネリが、そこにいた。

 

『ミオリネ、ごめん、起こしちゃったかな?』

「シャディク……何しに、来たのよ?」

 

 嫌味を言う元気もなかった。

 ただ疑問を口にすると、シャディクは器用に片手で二枚持ったランチプレートを掲げてみせた。

 保温容器に入った蓋付きのランチプレートは、隙間からほかほかと湯気を立てていた。

 

『ご飯、まだ食べてないだろ? 一緒に食べよう』

「……ちょっと待って。今、鍵開けるから」

 

 生徒手帳をタップして、理事長室のセキュリティを解除する。

 ドアのロックを外れたのを確認すると、シャディクは危うげなく理事長室に入ってきた。

 以前のミオリネならば、自室に誰かを入れるなど決してしなかっただろう――シャディクに対しても、腹の底を見せていないと察しているからこそ、心を許さなかったように。

 良くも悪くもミオリネ・レンブランは変わってしまったのである。

 それは交友関係の広がりという形ではよい方向に働き、もう一方では真実の暴露という最悪の形で、彼女を不可逆的に変えてしまった。

 

「入るよ、ミオリネ」

 

 今の弱りに弱ったミオリネに対して、シャディクができることは少ない。

 彼にできるのは、ただミオリネの側にいることだけだ。

 階段を上がってミオリネの部屋になっている二階のスペース――地球寮に引っ越したあとも、ベッドなどは置きっぱなしになっていた――にシャディクは上がっていて。

 ふと異臭に気づいた。

 それがここ数日、シャワーを浴びることすらおっくうになって、顔を洗うぐらいしかしていないミオリネの体臭だと気づいても、彼は顔色一つ変えなかった。

 今の彼女を傷つけないことが、彼にとっての至上命題なのだ。

 テーブルの上にランチプレートを置くと、自分の分を手に取って椅子に座るシャディク――ミオリネがゆっくりとランチプレートを手に取るのを見て、にっこりと笑う。

 

「今日は地球のアナトリア地方の料理だよ。シェフのオススメだっていうからつい、ね」

「……食堂からここまで、結構遠いでしょ?」

「ああ、君と食事できると思ったらすぐだったけどね」

「……バカね」

 

 薄く笑って、ミオリネが食事に手を着けたのを確認してから、シャディクは自分のランチプレートに手を着けた。

 スプーンでピラフをすくって口に運ぶ。

 アスティカシア高等専門学園の学食の質は高い。舌の肥えたシャディクからしても、とても質の高い料理だった。

 美味しい、と言っていいだろう。

 だが、今のシャディクとミオリネの間にある空気は、到底、料理に舌鼓を打てるようなものではない。

 黙々と食事を口に運ぶミオリネが、しっかりと咀嚼したのを見届けてから、彼は話題を切り出した。

 

「……水星ちゃんとのこと、聞いたよ」

「…………そう。じゃあ、知ってるんでしょ?」

「……ああ、いろいろとね」

「ニュースで見たわ。グラスレー社、大変なんでしょ今。あんただって暇じゃないでしょうに……」

「うん、貴重な休憩時間を君と過ごせる、目一杯の贅沢をしてるところさ」

 

 実際問題、シャディク・ゼネリは暇ではない。

 サリウス・ゼネリ前CEOが退任し、未だ後任が決まっていないグラスレー社では、現在、彼の後継者候補たちの間で熾烈な権力闘争が繰り広げられている。

 一歩抜きん出ているのが謀略と根回しに長け、グラスレーの子会社で実績もあるシャディクなのは揺るぎないが、それでも社内政治に時間を吸い取られているのは事実だ。

 本来、この男はアスティカシア高等専門学園に足を運んでいる時間などないのである。

 ここ二週間、顔を見せなかったのはそれだけ彼が忙しいからなのだと、聡明なミオリネはすぐに理解できた。

 だから、つい声を荒げてしまう。

 

「……バカ言わないで、私なんかに構っていないで……もし、そのせいであんたが負けたら」

「ミオリネ」

 

 

――()()()()()

 

 

「う、ううううううぅうう……」

「落ち着いて。俺なら大丈夫さ、義父さんから託された会社を他の奴らに任せる気はないからね――俺が君を心配するあまり、他のことを全部投げ出すような男だと思ってるなら間違いだよ」

 

 すっかり冷めてしまったピラフを口に運んで、シャディクは苦笑した。

 不味いな、これ――と思う。

 シェフのオススメには悪いけれど、今まで食べたピラフの中で一番美味しくないかもしれない。

 

「ミオリネ、君がどう思っているかは知らないけど……これでも俺は、君に出会って人生が変わった人間なんだ」

「…………うそ」

「嘘に聞こえるかもしれないけど――本当のことさ。俺は君に感謝してる。だから、自分を責めすぎないでくれ」

 

 空になったランチプレートを重ねて回収する。

 幸い、ミオリネは食欲はあるようだった。医療スタッフによる治療も受けているようだし、これ以上、シャディクにできることは何もなかった。

 そろそろサビーナたちとの約束の時間だった。席を立ったシャディクを見上げて、ミオリネが口を開いた。

 

「……シャディク、また……」

「ああ、また時間を見つけてくるよ。そのときはまた、話をしよう」

 

 退室する間際、シャディクは一度だけ背後を振り返った。

 弱り切ったミオリネは、それでも彼を見送りに来ていた――寝間着姿で。

 どんなにやつれきっていても、やはりミオリネ・レンブランは美しい少女だった。

 こんな形でなければ、彼女のパーソナルスペースに入れたことをよろこぶべきなのかもしれなかったが――生憎、シャディク・ゼネリはそういった邪念で彼女を見てはいない。

 片手を上げて「またね」と声をかけて。

 退室して何歩か歩いたあと、シャディクはため息をついた。

 

「……恨むよ、水星ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「問題はスレッタ・マーキュリーの身柄よ」

 

 狭い輸送船のブリッジで、二人の男女が顔を合わせている。

 肥満体型の中年女性――フェン・ジュンと、朴訥そうな見た目の大柄な男、グストン・パーチェである。

 二人は職場の同僚であり、とある使命のために活動するエージェントだった。

 表向きは非合法な仕事も請け負う()()()である二人だが、その真の正体は異なる。

 宇宙議会連合査察部の工作員(エージェント)

 それがフェンとグストンの真の身分であり、ついでを言うなら、今や宇宙議会連合では非主流派である穏健派であった。

 

「どっちかっていうと、オーバーライドはこの〈エアリアル〉ってガンダム固有のものなんじゃないですか? 抑えるならそっちでしょう」

「そうね。でもペイル・スキャンダルでもプラント・クエタの事件でも、主体的に活動していたのはこの娘みたいよ。それにMSのセキュリティは厳重でしょうし……」

 

 二人が今、話し合っているのは戦争回避のためにできる工作活動の方針についてだった。

 宇宙議会連合は先の定例会議以降、ベネリット・グループを仮想敵として動き出しているきらいがあった。

 それもそのはずである。

 二人が査察部として上に報告したクワイエット・ゼロの存在は、それだけの衝撃を与えるものなのだから。

 だが、今の流れはフェンとグストンら、穏健派の望むものではなかった。

 

 今や議員たちも理事会も、企業行政法による企業自治を否定し、如何に軍事力によって強制介入を行うかしか考えていないのである。

 それは無意識に企業国家を敵として侮っている証左であった。

 如何に力をつけてきた企業グループと言えど、議会軍が主力艦隊を投じれば制圧できる程度の敵であろう、と。

 その侮りがどれほど危険か、これまでクワイエット・ゼロについて調べてきたフェンとグストンには痛いほどわかっていた。

 超広域へのオーバーライドの展開――それは間違いなく戦争の形態そのものを変えてしまう力だ。

 一体どれだけの人が死ぬことになるか、想像もつかない。

 

「……グラスレー社への忠告が、まさかクーデターを誘発するなんてね……うかつだったわ」

「ガンダムを巡ってデリングとサリウスが対立していたのは前々からですよ。私たちが気にしても仕方ないでしょう」

 

 サリウス・ゼネリとコンタクトを取っての忠告が、あのような惨事を招くとは思いもよらなかったと、エージェントの二人は追憶する。

 多数の死傷者が出ているクーデター事件の顛末に胸を痛みつつ、彼らは次の一手を考えていた。

 どんな結果だとしても、全面戦争が始まるよりははるかにマシなのだ。

 輸送船が向かっているのは、ラグランジュポイント4フロント73区。

 アスティカシア高等専門学園のある宙域であった。

 

「戦争回避のためには……〈エアリアル〉とそのパイロットを説得するしかないわ。ダメ元でもね」

 

 実際のところ、事態はすでにベネリット・グループと宇宙議会連合の主流派、双方の間で回帰不能点(ポイントオブノーリターン)を踏み越えつつあったのだが。

 神にあらざるフェンとグストンに、それを知る術はなかった。

 

 

 














・宇宙議会連合軍の成り立ちと戦闘ドクトリンについて
宇宙議会連合の議会軍は主に艦隊を有する宇宙軍が中心で、各有力フロントからの出資金により維持されています。
各フロント自治区の治安維持部隊としての軍隊や警察組織とは別に、中央議会の直轄の議会軍が存在しているのです。
議会軍の始まりは、宇宙議会連合が列強ではなかった過去、フロントが経済植民地として地球に搾取されていた時代にさかのぼります。
多種多様な人種や民族をルーツとする各フロントが一つとなって、地球資本の横暴に対抗するため、戦力を供出し合ったのが議会軍の始まりです。
スペーシアンがアーシアンに対して優位に立つ時代がやってくると共に、宇宙議会連合の資金力も増大し、その軍備は拡張されていきました。

現在の宇宙議会連合軍は、主に戦闘母艦――戦艦としての長距離攻撃能力とMS母艦としての機能を両立させた戦闘艦――を運用しています。
汎用性の高い艦種の統一された編成の艦隊により、投射できる火力の総量によって優位に立つ。
遮蔽物がない広大な宇宙空間において最も効率的で強力な集中砲火が、議会軍の基本的なドクトリンです。

高性能化、多機能化を推し進めるベネリット・グループのMSに対して、議会軍のMS〈カラゴール〉は旧世代機です。
宇宙世紀で例えるならば、第二次ネオジオン抗争以後のジェガンD型やグスタフ・カールに対するジムⅢぐらいの性能差、運用思想の違いがあります。
〈カラゴール〉は機動兵器単体としてみた場合には陳腐化している旧世代機ですが、ビームライフルと誘導ミサイルを放つ移動砲台としてみた場合、その火力は侮れません。
モビルスーツの装甲材や推進装置は進歩していますが、ビームライフルの破壊力にはそこまで大きな差はないからです。
このため艦隊同士の本格的な宇宙戦闘が起きた場合、数で勝る議会軍はベネリット・グループに対して戦力的に優位であると考えられています。





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