――黒い煙。
――可燃物が燃え広がっていく焔。
――奇妙にねじれて大地に横たわった大型トレーラー。
街が、燃えていた。
石造りの住居にソーラーパネルが取り付けられた、伝統と科学の融合した人々の営み。
そのすべてが、荷電粒子ビームに刺し貫かれ、プラズマ化した物質が大爆発を起こす――住居諸共に住民は即死していた。
爆発はすぐに火の粉を伴った燃焼現象に変じて、布などの可燃物に燃え移っていく。
この地方の乾燥した大気の中、炎を止められるような雨が降ることはなく――すべてが燃え尽きるまで、この大火が止まることはないだろう。
そこはかつて、この地域でもそこそこの大きさの街として知られており、スペーシアン資本の企業の出資で工場も建てられていた。
スペーシアンの暮らしを支える、アーシアンに対する経済的搾取の場としてのサプライチェーンの一部。
そういう暮らしがあった街が一つ、跡形もなく滅んでいた。
動くものはない。
工場の警備用にスペーシアン企業によって配備されていた〈デミギャリソン〉六機は、コクピットを貫かれて無残にその残骸を曝している。
荷電粒子ビームの雨に穿たれ、爆発して炎上する工場の建屋。
逃げ惑う工場労働者たちは降り注ぐ拡散ビーム砲によって焼き払われ、地面の染みになって無数の骸がアスファルトの上に転がっていた。
その死体の山の頂点に君臨するように、紫色の悪鬼が立っている。
抜き身の刃のような剣呑さの機影――細長く引き絞られた手足、両手の五指すべてから伸びた長大なブレード状のかぎ爪。
そのモビルスーツは〈ルブリス〉の名を冠するもの。
――〈ルブリス・オルクス〉。
おーい、と手を振った。
まるで友達を見つけたように。
その視線の先にあるもの――ダークグレーで塗装された魔女狩りのガンダム〈エアリアル〉は、超低空――対地高度八〇メートルを飛行中であった。
これは遠距離レーダーに探知されないための低空飛行であったが、光学センサーでお互いに目視できる距離ではもう意味がなかった。
〈エアリアル〉のコクピットに収まっているスレッタ・マーキュリーは、敵に捕捉されたことを察知してスウォーム兵器を展開。
「みんな、お願い!」
――いいよ!
――さあ、みんなで殺しちゃおうか!
――お母さんの願いを叶えよう!!
〈カヴンの子〉らのささやきと共に、全部で一一基のビットステイヴが〈エアリアル〉から分離、生き物のように群体となって外敵へ襲いかかる。
紫色の敵ガンダムは、途端にぴょんぴょんと軽快に飛び跳ねながら推進器を全開に。
加速、加速、加速――オープンチャンネルで話しかけられた。
若々しい少女の声が聞こえてくる。
『いきなりガンビットかぁ! 前から話してみたかったんだ、魔女狩りのガンダム――』
悪魔のようなかぎ爪――レアメタル製超振動ブレイドの五指が、〈エアリアル〉の放ったスウォーム兵器群に向けてかざされて。
その手のひらに開いた穴が煌めき、拡散ビームが放射された。
まるでスプレーのように拡散して周囲の空間そのものをなぎ払う荷電粒子ビームの雨。
慌てて散開/三基で電磁バリアを展開し、これをやり過ごすビットステイヴ――敵は明らかに〈カヴンの子〉たちを撃墜しようとしている。
紫色のガンダムは脚部に集約された推進器を全開にして、弾丸のように〈エアリアル〉目がけて突っ込んでくる。
『そのシェルユニット、私たちと同じガンダムなんでしょう?』
――スレッタ、どうする?
エリクトからの問いかけに、スレッタは――ドミニコス隊の
「だったら何だって言うんですか!?」
一発、二発、三発。
実戦仕様〈エアリアル〉の携行する大型ビームライフルは、掠っただけでMSの装甲を削るほどの火力を誇る。
だが敵ガンダムはその射撃を軽々と回避して――まるで空中でダンスするような
紫色の巨人の足下で、燃えさかる街が崩れていく――推進器の爆風で路上に転がっていた焼死体が宙を舞い、炭になってボロボロに崩れていく。
『若い、思ってたよりずっと若い。私たちと同じぐらいじゃない』
同じだなんて言われたくなかった。
ブリーフィングで頭に叩き込んだこの地域の地理と人口を思い出す。
軽く一〇〇〇人以上は虐殺したであろう紫色のガンダムは、まるで友達にとびきりのドレスを自慢するように笑う。
『この〈ルブリス・オルクス〉は、あなたを殺すための特注品のガンダムなんだよ!』
「どうしてこんなことを――何の罪もない人たちを、一方的に殺せるんですか!?」
――スレッタ、落ち着いて。
――呼吸が乱れている。相手の思うつぼだよ。
姉からの戒めも耳に入らないほど、このときスレッタは怒っていた。
相手はガンダムのパイロット、スレッタが戦うべき敵だ。
対話してわかり合うような相手でもなければ、投降勧告に従うとも思えなかった。
それでも話しかけてしまったのは、敵にだって人の情が通じると信じたかったからだ。
だが、スレッタ・マーキュリーに返ってきた言葉は無情だった。
『あのさ。――害獣駆除に理屈って必要?』
「えっ?」
思わずそう返してしまうほど、相手の言っていることの意味がわからなかった。
弾丸めいた跳躍。
紫色の死神〈ルブリス・オルクス〉がそのかぎ爪を振るう――咄嗟に右側面の推進器を全開にして緊急回避。
ビームライフルの銃身が縦に裂かれて、充填されていた荷電粒子のエネルギーが爆ぜる。
〈エアリアル〉がビームサーベルを抜き放ち、電磁力で棒状に固めたビーム刃を振るった。
互いの速度を乗せた斬撃。
手応えはない。
荷電粒子の火花。
〈ルブリス・オルクス〉の前腕――手甲のようなパーツが発光し、〈エアリアル〉のビームサーベルを受け止めていた。
「電磁バリア!?」
『ああ――スペーシアンにはアーシアンの区別なんてつかないか。■■■■人は限られた地球の資源をかすめ取る害獣なのよ。この穢れた民族はレイプや殺人の件数も有意に高いと統計で出ているの。だからほら、犠牲者が出る前に私が綺麗にしてあげてるわけ』
まるで理解できない理屈を喋りながら、異形のGUND-ARMが死体の山を踏みにじり、〈エアリアル〉を押し込んでくる。
血肉が飛び散り、骨が砕ける音。
一つの街を破壊し尽くしたモビルスーツは、そうして自身の行いの正しさを主張してくる。
子供らしく、傲慢に無邪気に。
『スペーシアンの手を煩わせないように、■■■■人を駆除してるだけで人殺しみたいに言われるのって理不尽よねぇ!!』
「そんなの、虐殺の理由にはなりません!!」
『アーシアンを搾取してるスペーシアンが説教!?』
「――ッ!!」
対話の余地はなく、理解できる論理はなく、最低限の倫理さえ共有されない。
殺すしかなかった。
屍肉のごとき紫色のガンダムが、かぎ爪で手刀を作り突っ込んでくる――刺突を回避した途端、死角から斬撃が飛んでくる。
まるで弧を描くような軌道の斬撃。
〈ルブリス・オルクス〉の尾部――人間でいう尾てい骨のあたりから延長された有線式テイルブレイド――比重の重い高密度レアメタル合金で構築された斬撃用ガンビットが、〈エアリアル〉目がけてギロチン刃となって飛来。
避けきれない。
スレッタの判断は一瞬だった。
両手で同時にビームサーベルで斬撃を放ち、〈ルブリス・オルクス〉のテイルブレイドを迎撃。
しかし対ビームコーティングの施されたテイルブレイドの勢いは止まらず、〈エアリアル〉の右腕を肘関節ごと切断。
切断された装甲が火花を散らした。
その刹那があれば十分だった。
「――わたしの勝ちです」
『ぁ……』
同時に〈エアリアル〉は敵機の胴体をビーム刃でなぎ払っていた。
左手で握ったビームサーベルを滑らせ、〈ルブリス・オルクス〉のコクピットブロックに押しつける。
くるん、と手首を返す。
それだけでコクピットが焼き切られて。
超高温の荷電粒子ビームに焼かれた名も知らぬ少女は、気体となって蒸発した。
操り糸を失った〈ルブリス・オルクス〉が、玩具の人形のように地面へ崩れ落ちる。
死体があちこちに転がり燃えさかる街は、濃い夕闇に飲み込まれようとしていた。
――動態反応はゼロ。ここに生存者はいないよ、スレッタ。
「こちらウィッチ01。敵
『こちら司令部。了解した、帰投しろウィッチ01』
『こちらウィッチ01、了解です。アウト』
地獄のような景色を目に焼き付けながら。
スレッタ・マーキュリーはこうエリクトにこぼした。
「わたしたちは……何のために戦ってるんだろうね、エリクト」
――それは追憶。
――スレッタ・マーキュリーの歩いてきた戦いの世界。
◆
そして現在。
地球の紛争地帯ではなく宇宙に浮かぶ学園、アスティカシア高等専門学園にいるスレッタ・マーキュリーは通信室で知己と話していた。
相手はある意味、この上なくセンシティブな相手だった。
それもそのはずである。
彼女はかつてアスティカシア高等専門学園を襲ったテロリスト、ノレア・デュノクなのだから。
スレッタは身の上話を交えて、彼女に近況を報告していた。
「――というわけで、友達と喧嘩しちゃいまして」
『持ちネタみたいに重たい話をしないでくれますか!?』
保護観察処分中のノレアは、事前申請があれば面会や外部との通話が許可されている――もちろん然るべき監視の下でだが。
モニターの中のノレアの顔色はよかった。いじめられたりはしてないみたいで、スレッタは少しだけ安心した。
しかし友達である彼女が、げんなりした顔で反応してくるのは想定外だった。
「えっ、
『今後あなたと不幸自慢で争うのだけは遠慮しておきますよ……』
引きつった顔でノレアはそう言うと、深々とため息をついた。
『一体、私にどんなコメントを期待してたんですか……』
「きょ、きょきょ……境遇がひどいもの同士のアドバイスとかを期待してしまって……」
『……電話越しじゃなかったらぶん殴ってましたからね?』
ノレアは引きつった顔のまま怒っていた。
そして本当にこの人はどうしようもないですね、と表情に書いてある顔でこう続けた。
『そのミオリネ・レンブランでしたか……友達なんでしょう? 殺し合いした仲の私たちに比べたら、謝るぐらい簡単でしょう』
「そ、それはそうなんですが……」
言われてみると、ノレアとの関係も大概重たい気がしてきた。
あー、と目を泳がせていると、ノレアは目を細めて。
釘を刺してきた。
『ソフィのことは割り切ったわけじゃない。それは勘違いしないで』
「……はい」
『……それでも、スレッタは私の友達です。言いたいこと、わかるでしょ』
そう言われると、もうスレッタ・マーキュリーとして言うことはなくなってしまう。
感極まってちょっと泣きそうになってしまう。
「はい……ありがとう、ございます。ノレアさん」
『次は電話じゃなくて面会だと……その、少し、嬉しいです』
ぶっきらぼうで感情表現が下手くそな友達からの、珍しく素直なおねだりに、くすっ、と笑いがこぼれた。
スレッタは満面の笑みを浮かべて、こう答えた。
「はい! フィフスさんと一緒に、必ず!」
『なんでそこであの男の名前が出てくるんですか!?』
「えっ? ノレアさん、フィフスさんのことが好きなんですよね?」
『は???』
結局、通話時間ギリギリまで口喧嘩になったのは言うまでもない。
◆
外部との通信を終えたスレッタ・マーキュリーが通信室――アスティカシア高等専門学園の宇宙港近くにある共用スペース――から出ると、見慣れない人影が近づいてくるのがわかった。
距離にして一〇メートルほどぐらいの間合いに、肥満体型の中年女性と大柄な男性の二人組だ。
いつもなら学園の生徒の親類縁者かと思って見落としたかもしれないような人々。
しかしその歩き方が奇妙で、スレッタは違和感を覚えた。
まるで戦闘員として訓練を受けたことがある人間が、それを隠そうとしているかのような挙動。
そう想像したときにはスレッタは動いていた。
身を翻して二人に背を向け、通路を脱兎のごとく駆け抜けた――できるだけ姿勢を低くしながら、人目がある場所を目指して走る。
「ちょっと待っ――」
「エリクト、お願いっ!」
慌ててこちらへ声をかけてくる二人組を無視して、生徒手帳に呼び掛けた。
オーバーライドの使用条件を満たすか考えてみたが、生命の危機に値する可能性を考えてこれを満たすと仮定する。
そして〈エアリアル〉そのものである少女の姉は、こと電子戦と情報戦においては無類の強さを誇る存在であり、この宇宙港のスペース内は彼女の射程範囲内だ。
パーメットスコア8の圧倒的なオーバーライド展開能力――その頃、地球寮のMSハンガーでは〈エアリアル〉がひとりでに発光し始めて、地球寮の面子をびっくりさせていた――の発揮。
見えざる青い光の放射は宇宙港ブロックにまで到達し、直ちに二人組の持っていた携帯端末をクラッキング。
紐付けられているIDから宇宙港に停泊している輸送船を特定し、そちらの船内コンピュータまで掌握したエリクトは、中年女性の携帯端末に
突然、鳴り始めた着信音に、中年女性――フェン・ジュンが自身の端末を取り出すと、場違いな女の子の声が響き始めた。
『やあ! 僕の名前はエリクト、ご存じ〈エアリアル〉の中枢AI(自称)さ! 早速で悪いんだけど君たちの端末は掌握済み、下手な動きしたらフロント管理社に即通報させてもらうよ』
「……驚いたわ、こちらの正体は筒抜けなのね。グストン、降参よ」
「……参ったね」
まるで白旗を揚げるように両手を頭の上に置いて、床に膝をつく二人。
あまりにもあっさりした展開に驚いて、逃げ回るつもりでいたスレッタ・マーキュリーの足が止まる。
スレッタの生徒手帳のスピーカー機能を通じて喋るエリクトは、そんなエージェント二人の様子を訝しげに見ていた。
『スレッタ、こいつら宇宙議会連合のエージェントだよ。暗殺とかが目的かも』
「大丈夫だよ、エリクト。この人たち、わたしを殺すつもりなら最初からそうしてたと思うし……」
「誓って危害を加える気はないわ……今、あなたに危害を加えたら、それだけで戦争の口実になってしまうもの」
肥満体型の女性――フェン・ジュンの言葉に嘘はないように思えた。
その横で渋々といった表情で降参のポーズをしている男性が、続いて口を開いた。
「スレッタ・マーキュリーさんだね? 私たちは君にお願いがあってここまで来たんだ」
「宇宙議会連合の人が……わたしに?」
先のプラント・クエタで起きた事件の内情までは知らないスレッタにとって宇宙議会連合といえば、最近、ベネリット・グループとの関係が不安定になっている政治家の集まりという印象しかない。
そのエージェントだという女性と男性の顔を困ったように見つめたあと、赤毛の少女は一言。
「あのっ……落ち着いて話せる場所に移動しませんか?」
そういうことになった。
◆
宇宙港ブロックにほど近い場所にあるカフェが、スレッタとエージェント二人が話す場所に選ばれた。
三人分のコーヒーとケーキを注文したあと、真っ先に口を開いたのはフェン・ジュンだった。
「まずは謝罪させてちょうだい。急にあなたを訪ねた結果、無闇矢鱈と警戒させてしまったのはこちらの落ち度だったわ」
「い、いえ……それはいいんですけど……なんで、わたしなんかを訪ねてきたんですか?」
「……そうね。本題から入った方がよさそうね」
そのとき、注文したコーヒーとケーキが三人分、届けられた。
フェン・ジュンはコーヒーにスティックシュガーを溶かし込んだあと、それを美味しそうにすすって。
「オックスアース・コーポレーションについて、あなたはどこまでご存じかしら?」
「二一年前のヴァナディース事変で壊滅した企業ですよね。主要施設をMS開発評議会……今のベネリット・グループの前身になった組織に襲撃され、多数の死者を出したと聞いています」
「ええ、そうね。GUNDフォーマットを用いたMS……GUND-ARMの製造元でもあった。でも実は彼らは存続していた……デリングの粛清を生き延びた人材が集って、ガンダムを生み出す工作機関に生まれ変わったの」
工作機関オックスアース。
オックスアースの亡霊の噂は本当だったらしい――魔女狩りによってすべてを失った母を持つスレッタにとっては、かなりセンシティブな話題である。
もしかしたらドミニコス隊の上層部は知っていたのかもしれないが、あえて彼女の耳には入れないようにしていたのだろう。
ケナンジ・アベリー司令の心労を察して、スレッタは困ったような表情でコーヒーをすすった。
たぶん胃痛の種だったと思う。
「……それが、わたしが今まで戦ってきたガンダムの製造元ってことですか?」
「ええ、そして……このアスティカシア高等専門学園を襲ったガンダムもそこから供与されたものよ。確証はないけど、これらの事件の黒幕は……宇宙議会連合の理事会と、それを率いるタカ派議員たちだと私は考えているわ」
「どうして、そんなこと……」
「私は宇宙議会連合の人間だけど、上層部のように戦いを望んでいるわけではないわ。今の企業と連合の対立状態は、いずれ本格的な戦争状態に突入する……そうなれば多くの犠牲が出てしまう。私はそれを止めたいの」
組織人としての精一杯の良心によって動いているのだ、というフェン・ジュンの言葉には嘘がないように思えた。
だが、だからこそ彼女が触れようとしない話題が、違和感としてくっきり浮かび上がっていくようだった。
ベネリット・グループと宇宙議会連合の戦争。
そのきっかけになり得るものが何なのか、今のスレッタには痛いほどわかっていた。
「だから、〈エアリアル〉のパイロットのわたしに接触しようとしたんですね?」
「ええ、あなたのガンダムが見せた性能を、私たちは知っているわ――」
嘘ではない。だが、本当のことでもない。
いつまでも答え合わせが始まらないので、スレッタはコーヒーカップをソーサーの上に置いて。
静かにフェンの瞳を見つめた。
「――
フェンもグストンも表情一つ変えなかった。
その反応で、自分の予想が正しかったことを悟って、スレッタ・マーキュリーは浅くため息をついた。
たぶんフェン・ジュンの言うベネリット・グループと宇宙議会連合の戦争の発端になるのは、プラント・クエタでその存在が露見した〈クワイエット・ゼロ〉なのだろう。
一方的に宇宙艦隊を制圧できる性能を見せつけたのだというそれは、確かに宇宙議会連合が強制介入に踏み切る口実になるだろう。
スレッタはフェンとグストンの顔を交互に見たあと、口を開いた。
「お二人とも、ご存じだったんですよね――そうじゃなければ、わたしと〈エアリアル〉に声をかける理由がありません」
「……試すような真似をして悪かったわ。でも、事態は深刻よ。すでに宇宙議会連合では〈クワイエット・ゼロ〉の存在が明かされ、具体的な対策が話し合われている」
「それで、〈クワイエット・ゼロ〉から〈エアリアル〉が抜ければ、戦争は止まるんですか?」
「止めて見せるわ」
確約などできるはずもなかった。
たぶんスペーシアン同士の戦争を止めたいという、フェン・ジュンの言葉に嘘はないのだろう。
この人はとても誠実で、力による支配や収奪を嫌っている。そういう人柄が伝わってきたから、スレッタは彼女のことを嫌いになれない。
立場さえ違ったなら、彼女たちの同志として戦争を止めるために戦えたかもしれない、と思う。
けれど彼女は水星の魔女であり、デリング・レンブランの走狗たるドミニコス隊のパイロットだった。
その思想には、今ここにある世界への怒りがある。
「わたし、政治や経済の難しいことはわかりません。でも、〈クワイエット・ゼロ〉のない世界が、ただの現状維持だってことはわかっています。紛争やテロでアーシアンが毎年何十万人も死ぬのはよくて、〈クワイエット・ゼロ〉を巡る争いでスペーシアンが死ぬのはよくないんですか?」
スレッタに対して、大人たちは返す言葉を持たなかった。
フェンやグストンは大人だから、自分たちの職務で全うできる範囲の責任で、なんとか戦争という最悪の事態を避けようと足掻いている。
だが、目の前にいる少女は、紛れもなくデリング・レンブランと同じ視点でものを喋っていた。
今のこの世界がすでに地獄に見えている人間にとって、フェンたちの言う平和の尊さは欺瞞にしか聞こえないのだ。
たとえそれがどんなに切実な願いに満ちていようと、祈りが通じなければ、言葉は空しいだけだ。
「マーキュリーさん、あなたは……」
「自分の視界に入らない、世界のどこかで起きている遠い場所の犠牲はどうでもよくて――誰も顧みようとしないんです。だからデリングさんは〈クワイエット・ゼロ〉みたいな手段を使おうとしているんじゃないですか?」
辛うじてフェンに言えたのは、当たり前の事実だけだった。
「戦争が始まれば、
「この前のプラント・クエタの事件でも大勢、関係ない人がいっぱい死んで、わたしの友達も殺されそうになりましたよ。
一息に言い終えて、スレッタはケーキに手を着ける。
地球の日本発祥の洋菓子、イチゴのショートケーキ。
生クリームに覆われたスポンジ生地を口に運んで咀嚼する。
甘くて美味しいのに、彼女は居心地悪い気分のままだった。
「――〈クワイエット・ゼロ〉の何が悪いのか、わたしにはわかりません」
そう断言したスレッタ・マーキュリーの瞳は、悲しみに揺れていた。
自分がそう言ってしまえる側の人間であることが、悲しくて堪らないというふうに。
泣きそうな顔で目を伏せた少女に対して、大人たちがかけられる言葉は何もなかった。
・〈ルブリス・オルクス〉
オックスアース製ルブリス改造機の一つ。
〈ルブリス量産試作モデル〉をベース機としたルブリス亜種の一つであり、近距離戦闘での制圧力を重視して開発された強襲型MS。
武装のほとんどを両手に集約させ、脚部とバックパックを推進装置の塊にすること大推力を確保している。
本機の特徴はあらゆる装備を機体本体に内蔵させた点にある。
あえてスウォーム兵器であるガンビットを用いず、その分の機体操作の負荷を本体の重武装化に回すコンセプトが取られており、運動性、機動性共に高い。
両手と尾部の実体剣ブレイドクローには、火星で採掘される比重の重いレアメタル合金が用いられている。
宇宙議会連合の伝手で入手された火星産レアメタル合金の刃は、非常に高い切断力を持っており、MSの装甲を紙切れのように引き裂ける。
〈ルブリス・オルクス〉は人体に存在しない兵装をフレームに搭載した場合のデータストーム負荷の収集に用いられており、最初から捨て駒として運用されていた。
しかし特に負荷の高いパーメットスコア3での運用をしないことから、本機は比較的パイロットに優しいGUND-ARMとなっている。
その稼働データは後に〈ガンヴォルヴァ〉、〈ニーズヘッグ〉ユニットの開発に生かされ、よりパイロットを長持ちさせ、使い潰すGUND-ARMに繋がっていくこととなる。
本機は戦争シェアリングによって引き起こされている紛争に介入し、非武装の民間人を含めて目撃者を抹殺、虐殺の限りを尽くしていた。
これはパイロットである子供兵(現地の■■■■人と少数民族の紛争で肉親を失った孤児)の純粋な嗜虐性の発露によるものである。
肉体の延長としてモビルスーツを動かすGUNDフォーマットは、搭乗者に強烈な万能感を与え、エゴを増大させる事例が確認されている。
オックスアースによって育成されていたこのパイロットも、GUND-ARMの副作用によって歪にエゴを肥大化させていたとみられる。
〈エアリアル〉と交戦し、撃破された。
固定武装
・ビームバルカン×2
・腕部内蔵ビームショットガン×2
・腕部ブレイドクロー×2
・有線式テイルブレイド×1
※AGEのゼイダルスみたいなゲテモノガンダム。