「クソ親父は不器用極まってて、お母さんを死なせたのは私だとわかって、妹だと思ってた花婿とは疎遠よ! ……ここ、笑うところよ?」
開口一番、笑えない自虐ジョークが飛び出した。
発言者はミオリネ・レンブラン、アスティカシア高等専門学園の理事長の娘にしてスペーシアン企業ベネリット・グループ総裁のご令嬢である。
目の下にくまが少し残っているものの、学園の制服姿のお姫様からは、ただならぬ覇気があふれ出していた。
その発言のあまりにもあんまりな内容に、場の空気が死ぬほど重くなったのは言うまでもない。
ここは地球寮のMSハンガー内に建てられたミーティングルーム、集められたのは株式会社ガンダムのメンバー(協力者であるエランやシャディク、ベルメリア・ウィンストンを含む)、そして何故か呼び出されたグエル・ジェタークだった。
人の心がない自虐を受けて、顔を引きつらせているジェタークの御曹司――ドン引きものの表情でうめくようにコメントした。
「いや、なんていうか……強く生きろミオリネ」
一方、つまらなそうに哲学書を読んでいたエラン・フォースは、グエルの横で辛辣な台詞を吐き出した。
こちらは涼しげなポーカーフェイスである。
「その自虐で笑うのは人の心があると無理だよ。あと普通もっと早く気付くよね」
ちょっと苛ついたミオリネは、ものすごく嫌そうな表情で舌打ち一つ。
険のある笑顔でこれに応じた。
「久しぶりね二人とも。二人そろって欠席してたって聞いたけど、何? スレッタに負けて特訓でもしてたわけ?」
「ああ、特訓してた」
「はぁ!?」
ストレートな回答に甲高い声でキレつつ、ミオリネは頭を回転させる。
グエルが会社を休んでまでする特訓となると、グエルの父親も了承しているのだろう。そしてそれにエランも付き合っているとなると、ジェターク社とペイル社はある種の協力関係にあるらしい。
短い返答からそこまで読み取って、ミオリネはため息をした。
どうやら自分がダウンしている間に、世の中はずいぶんと様変わりしたらしい。
「まあ、ミオリネらしい勘違いかな……ごめん、ちょっとかける言葉が見つからないんだ……」
「シャディク、あんた今一番忙しいポジションでしょ、グラスレーは今大荒れなんでしょ?」
ミオリネがそう言って声をかけたのはシャディク・ゼネリ。
現在、グラスレーの後継者争いで絶賛、熾烈な権力闘争に身を置いている人物である。
彼はいつも通りの柔和な笑顔で、やんわりとミオリネの不器用な危惧を跳ね返した。
「放っておくと仕事漬けになるから息抜きしろってサビーナがね」
「それでうちに来たの? あんたも物好きね」
「君がいるからね」
「ふぅーん」
端から見ていると不機嫌そうな返答だが、これはミオリネなりに機嫌がいいときの「ふぅーん」である。
このぐらいの機微を読み取れなければ、ミオリネ・レンブランの幼馴染みは務まらない。
そういうわけでシャディクは幸せそうにニコニコ笑っていた。
割れ鍋に綴じ蓋であろうか。
それを横目に、地球寮の寮長マルタンが口を開いた。
「そ、それで、急にみんなを集めてどうしたんだい……?」
「ええ、ちょっと話したいことがあってね……スレッタは?」
「スレッタ先輩はここ最近、外出して留守にしてることが多くて……あの、プラント・クエタからですよぉ。ミオリネ先輩、何があったんですか?」
太めの女子、経営戦略科一年リリッケがそう返すと、はぁーと息を吐いて深呼吸するミオリネ。
「……まっ、好都合ね。私がみんなを集めたのは、事情を話してみんなに共有してもらうためよ」
「プラント・クエタって……ええっと、例の」
「ああ、俺のことは気にしなくていいよ。噂になってるとおり、グラスレー社がクーデターを起こしたのは事実だからね」
えぇ、とうめくマルタン。
そんな彼を押しのけて、ピンク色のポンポンがついた頭が前に出てくる。
パイロット科一年チュアチュリー・パンランチである。
「おいコラッ!! クソスペーシアンの権力闘争なんか聞きたくねえぞ、あーしは!」
「そうね、私もクソみたいな権力闘争の話なんてしたくないわ。でもね、チュチュ。これはあの子についても大事な話題なの。だから聞いてくれないかしら」
ミオリネらしからぬ腰の低い態度――チュチュは鼻白んで、ふん、とそっぽを向いた。
黙って聞いてやるという意思表示らしい。
そのときだった。
二人の会話を終わるのを見計らっていたように、シャディクがこう切り出した。
「そのことなんだけどね、ミオリネ。あの日、何があったのかは、君よりも語り部に相応しい人がいると思うんだ」
「はぁ? シャディク、あんた何を言って――」
「事情を知りたいなら、すべてを知ってる人に尋ねるのが一番さ」
そう言って意味深に地球寮のプレハブ小屋に目を向けたシャディクを見て、ミオリネはふと、とある人物の存在を思い出した。
ベネリット・グループにおけるGUNDフォーマットの運用を司る企業代表であり、正体不明の怪人。
株式会社に専用の無線通信ドローンを送りつけてきたその人物ならば、あるいは。
「まさか、それって」
『お呼びでしょうか、シャディク・ゼネリ様?』
ふよふよと浮遊ドローンが近づいてきたのは、まさにそのときだ。
そのかわいらしいドローンを見据えて、かつてなく真剣な目つきで、シャディクはこう返した。
「あなたの知るすべてを話してもらえませんか、ルイ・ファシネータCEO」
◆
いいでしょう、とあっけなく了承したルイ代表が話し始めたのは、あの日、プラント・クエタで起こっていた事件の概要だった。
あのときルイがスレッタ・マーキュリーを呼び出して、とある事業への協力を要請していたこと。
直後、グラスレー護衛艦隊が反乱を起こして、ミオリネとデリングがいるブロックの連結部に向けて砲撃を加えたこと。
二人を助けにいこうとしたスレッタを諫めたものの、彼女は諦めようとしなかったため、パーメットを利用した
その結果、スレッタが「自分を愛しておらず道具として育成していた」母親の真意を知ってしまい、精神的に不安定な状態でミオリネを助けに行ったこと。
現場でグラスレー社の歩兵部隊と銃撃戦になり、多数の死傷者を出した結果、ミオリネと口論になったこと。
その過程でミオリネのトラウマをえぐるような発言をしてしまったこと。
すべてをその目で見てきたように語ってみせたルイ・ファシネータは、しれっとこう言ってのけた。
『――プラント・クエタでのスレッタ・マーキュリーの暴走は平たく言えば私のせいということですね』
ミオリネはキレた。
「ねえ、ちょっとこいつぶん殴っていい?」
『はっはっは、痛くも痒くもありませんよ、ミオリネ様。何せドローンですので』
「こ、こいつ……!!」
ぐだぐだになりそうな空気の中、思い詰めた表情でベルメリアが顔を上げた。
彼女がこぼしたのは、専門家としての当然の疑問だった。
「……ありえないわ」
「ベルメリアさん?」
比較的、彼女に懐いているメカニック科の面子が、首をかしげて中年女性の顔を見た。
ベルメリア・ウィンストンは気弱な彼女らしからぬ、切羽詰まった表情で浮遊ドローンを見上げて叫んだ。
「記憶の経験伝達はカルド・ナボ博士と一部の弟子ぐらいしか修めていなかった研究よ! みんなヴァナディース事変で死んだわ! ルイ・ファシネータCEO、あなたはどこでそれを学んで――いいえ、あなたは何者なの!?」
「お、落ち着いてくださいベルメリアさん!」
取り乱した様子のベルメリアに驚いて、かえって冷静になったミオリネが制止するも、ベルメリアの気は紛れないようだった。
強い眼光でルイをにらみつける彼女は、答えを得られるまで一歩も引く気がないようである。
普段は気の優しいおばさんであるベルメリアの豹変振りに、地球寮の面子は驚いて声も出ない様子だ。
それどこか楽しげにカメラアイで見つめながら、ルイ・ファシネータが喋り始めた。
『ふむ、ふむ。当然の疑問ですね、ベルメリア・ウィンストン女史――では一つ、昔話を始めましょう』
「昔話?」
『ええ、エルノラ・サマヤとエリクト・サマヤがどのようにして生き延びて、どのようにして死んでいったかのお話です。ああ、つまりスレッタの母親と姉妹の話ですよ、皆様』
そうして始まったのは、ヴァナディース事変と呼ばれる大事件の最中、一組の親子がどのようにして生き延びたかの冒険譚だった。
苦難の道を歩んだ親子と、彼女たちを見守っていたパーメットAIの物語は、エリクトの死という悲劇的な結末を迎えて――紆余曲折あって、そのAIがノートレット・レンブランの手元に渡ったところで、ミオリネが声をあげた。
「ちょっと待って、なんでお母さんがそこで出てくるの!? いえ、それよりも、それじゃあ、ルイ・ファシネータCEOの正体は――」
『ええ、件のパーメットAIが私ですよ、ミオリネ・レンブラン様。驚きましたか?』
まるで最高の悪戯が決まったかのように、今にも笑い出しそうな声でそう告げるルイは、自分の正体がばれたことを何とも思っていないようだった。
黙って話を聞いていたエランが、要点を整理するように言葉にした。
「……つまりヴァナディース事変を生き延びたエルノラ・サマヤとエリクト・サマヤは、ガンダムと一緒にその中枢AIを持ち出していたんだね。それが後のルイ・ファシネータ……存在しない人物をでっちあげたAIがその正体だった……」
「ちょっと待ってくれ、じゃあエリクト――俺たちが知ってる〈エアリアル〉のAIはなんなんだ?」
混乱した様子でグエルが疑問を口にする。
それに対して答えを言ったのは、ルイではなくシャディクだった。
「……マインドアップローディング技術……死にかけていたエリクト・サマヤの生体コードを入力して、AIとして再構築したのが、今の〈エアリアル〉の中枢AIなんですね?」
『ま、そういうことだね。たいした推理力だよ、シャディク・ゼネリ』
そのときだった。
いきなりホログラムが展開され、亡霊よろしくエリクト・サマヤ(八歳児の姿)が出現した。
あまりにも幽霊っぽい登場の仕方だったため、リリッケとオジェロとヌーノが「ひぃっ!?」と悲鳴をあげたのは言うまでもない。
シャディクの生徒手帳の外部スピーカーを乗っ取って喋り始めたエリクトは、やれやれと身振りを振って呆れている。
『なんだい、まるで死人を見たみたいに。この通り僕は元気なんだけどー?』
「君はエリクト・サマヤ本人じゃなくて、エリクト・サマヤの生体コードを元にしたAIだろう?」
『シャディク様、それはデリケートな倫理問題です。
「まるでマッドサイエンティストの言い草ですね、ルイ代表」
ぞっとしないな、と呟いたあと、鋭い眼光と共にシャディクは周囲を見回した。
その会話の発端であるベルメリア・ウィンストンは、サマヤ親子を襲った不幸な運命と、その成れの果てであるエリクトの正体にショックを受けて、口元を押さえて沈黙している。
少なからずパーメット関係の知識があるメカニック科のメンバーは、いずれもその倫理的グロテスクさにショックを受けている様子だった。
それはそうだろう。
今までよくできたAIが入っているだけだと思っていたモビルスーツが、その実、不幸な少女の成れの果てだったなど、尋常な神経で受け入れられるものではない。
それはミオリネ・レンブランも同じだったが、顔色を青ざめさせつつも、気丈な少女は当然の疑問を口にした。
「……どうして、そんなバレたら不味い秘密を私たちに教えるの? ルイ代表、あんたの正体もエリクトの秘密も、バレたら都合が悪いような情報でしょう?」
『ええ、その通りですねミオリネ様。まあもっとも、それで今のカテドラルが動くかは大いに疑問ですが――私どもにとって、それが隠しておきたい秘密なのは事実です』
「じゃあどうして!」
浮遊ドローンは奇妙なほど表情を感じさせる挙動で、ウィンクを意味する発光パターンを表示してみせた。
『すべてはスレッタ・マーキュリーのためですよ。それもこれも、エリクトと私で相談して決めたことです』
ヴァナディースの試作パーメットAI、ルブリス試作三号機の中枢ユニット。
その自己進化の果てたる独立した高度AI。
カテドラルの責任者としてAI濫用の規制をする側の父が、AIを側近にしていた事実に目眩を覚えるミオリネ――彼女に対して、親しげにルイは声をかけてくる。
まるで友人の娘にちょっかいを出すような振る舞いだった。
『そうそう、ミオリネ様。ノートレットは遺伝子改造したトマトにイースターエッグを仕込む悪癖がありました。可能であればゲノム編集の痕跡チェックをオススメします』
「なにそれ!? 怖いんだけど!?」
ミオリネの叫びが、地球寮のMS格納庫に木霊した。