ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタと男子二人が決闘するだけの話

 

 

 

 

――光の柱が迫ってくる。

 

 

 戦闘の開幕は〈エアリアル〉の長距離ビーム射撃から始まった。

 ビットステイヴを装着した高出力狙撃モードのビームライフルによる精密射撃だ。

 それはまるで戦艦の砲撃を喰らっているような威圧感を、エランに与えてきていた。

 決闘でのオーバーライドの使用こそ制限されているものの、そもそも今の改修された〈エアリアル〉は機動兵器として他の機体と隔絶しているのだ。

 ビットステイヴで増幅されたビームライフルでの射撃――出力こそ抑えられているが、艦砲射撃並みの制圧面積――は、それを裏付けるように凄まじい破壊をまき散らした。

 無論、エランもグエルも遠方からのビーム射撃で落ちるほど寝ぼけてはいない。

 速度を落とさないまま、最小限の回避運動でこのビーム射撃を躱していく。

 

 

――来る。

 

 

 いくつもの光の軌跡が放たれ、推進炎の尾を引きながらこちらへ迫ってくる。

 〈エアリアル〉を無敵の王者たらしめている武装、スウォーム兵器〈ビットステイヴ〉が射出されたのだ。

 エラン・フォースは〈ファラクト〉のウェポンコンテナからガンビットを射出した。射出されたのは新型ガンビット〈レイヴン〉である。

 鴉の名を与えられたこのスウォーム兵器は、先の決闘の敗北を受けて元ペイル社の技術者チームが開発した新型の武装だった。

 その仮想敵は〈エアリアル〉だった。

 

 この戦いにおいて、エランの役割は陽動と遊撃だ。

 遠距離から中距離にかけての射撃戦を得意とする〈ファラクト〉が、〈エアリアル〉のビットステイヴを引きつけ、その間にグエルの〈シュバルゼッテ〉が本体を叩く。

 これが大まかな二人の作戦であった。

 もちろん凄腕のパイロットであり実戦経験者でもあるスレッタ・マーキュリーのことだ、途中でこちらの意図に気づいて対応してくるだろうが。

 その上で押し切ってみせるという意思が、今のエランにはあった。

 

 

――そのとき一条の光が迫ってきた。

 

 

 スレッタ・マーキュリーのガンダム、〈エアリアル〉が急加速してきたのだ。

 速い。

 あるいはこの〈ファラクト〉と同等の高推力。

 その進路上に向けて、ガンビットを展開してなぎ払うようにビーム砲を一斉射。

 新型ガンビット〈レイヴン〉の発射した拡散ビームが、〈エアリアル〉の進路上の空間を焼き払った。

 〈レイヴン〉は弾幕の形成による制圧射撃を目的としたガンビットであり、これまでの〈コラキ〉のようなスタンビームを照射する武装ではない。

 通常、ビーム兵器は荷電粒子を収束させ、強烈なジェット噴射のように一点に向けて撃ち放つ武器だ。

 これに対して拡散ビーム砲は、あえて収束率を落とすことでエネルギーを秘めた荷電粒子をスプレーするように広範な空間にまき散らす武装だった。

 収束率を落とした分、射程は短くなるが、広範囲を面制圧できるのが強みの武装である。

 

『新しいガンビットですか!』

「いつまでも対策なしで戦うほど、僕らはお人好しじゃないさ――」

『ならっ!』

 

 だが、〈エアリアル〉の動きはエランの想像を超えていた。

 急加速――減速することなく九〇度の角度でターン。

 直角に折れ曲がるようなめちゃくちゃな軌跡を描いて、拡散ビームの雨を回避する〈エアリアル〉。

 これが完全な慣性制御を行うという新型〈エアリアル〉の動きなのか。

 そのときGUNDフォーマットの共鳴を通して、声が聞こえてきた。

 エリクトの声だった。

 

 

――さて、エラン・フォース! お姉ちゃん検定の時間だ!

 

 

――どうする、どうする、君ならどうする!?

 

 

 上下から〈ファラクト〉を包み込むようにビットステイヴ〈エスカッシャン〉が飛来する。

 七基のビットステイヴから吐き出される荷電粒子ビームの弾幕が、雨のごとく〈ファラクト〉に叩きつけられる――全身の推進器を連動させ、黒い機影は危うげなくこれを回避。

 反撃とばかりに四基のガンビット〈レイヴン〉が機動し、その砲門から拡散ビーム砲のシャワーを発射する。

 広域に拡散する荷電粒子ビームは、その飛沫一つとっても装甲を穿つ高エネルギーの塊である。

 如何にビットステイヴと言えど直撃すれば破損は免れない。

 〈カヴンの子〉たちが宿るビット群は、一斉に電磁バリアを展開してこれを防御した。

 それがエランの狙いだった。

 

「グエル、今だ!」

 

 

 

 

 

 

 二本のブレードアンテナが角のように突き出たバイザーフェイス、白の鬼神が虚空を引き裂くように吶喊する。

 〈シュバルゼッテ〉はジェターク・ヘビー・マシーナリー社の開発した第五世代MSのコンセプトモデルであり、その最大の特徴は意思拡張AIによって制御されるビットステイヴである。

 攻防一体の万能兵装〈ガーディアン〉。

 それが〈シュバルゼッテ〉を第五世代MSたらしめる兵装である。

 その形態の一つ、〈ガーディアン・マリオネット〉――ビットステイヴを腰の後ろに接続、増加ブースターにしたビットオンフォーム――〈シュバルゼッテ〉が宇宙を駆け抜け、〈エアリアル〉へと迫った。

 拡散ビーム砲の雨を防ぎながら回避運動を取っていたスレッタは、一瞬、〈シュバルゼッテ〉に反応するのが遅れた。

 

「うおおおぉおお!!」

 

 その刹那で十分だった。

 鬼神の振るった抜き身の刀――ビームブレイドが、白亜の妖精の銃剣ガンブレイドと斬り結ぶ。

 光刃の鍔迫り合いは、質量で勝る〈シュバルゼッテ〉の優勢だ。

 じりじりと〈エアリアル〉を押し込みながら、グエルはスレッタに伝えたい言葉を叫ぶ、

 

『グエルさん!』

「モビルスーツの操縦は強いやつが強いだけの世界だッ! そこにお前や俺の生まれは関係ないッ!!」

 

 〈エアリアル〉の放とうとした蹴撃(キック)を見越して、さらに〈シュバルゼッテ〉の蹴りをカウンターで放つ。

 純粋な質量で勝る〈シュバルゼッテ〉の蹴撃が、〈エアリアル〉とぶつかり合い、互いの機体フレームを揺らした。

 

「ぐぅううぅう!!」

『そんな当たり前のこと!』

「ああ、当たり前だ……そんなこともお前は見失ってるんだよ!!」

 

 〈シュバルゼッテ〉の鍔迫り合いの手応えが消えて――そのメインセンサーから〈エアリアル〉の姿が消失。

 瞬間移動に等しい慣性制御による推進方向の転換――角度九〇度の推進方向転換を繰り返し、瞬時に敵機の死角へと回り込む異様な戦闘機動(マニューバ)

 だが、それもあらかじめ死角から襲ってくるとわかっていれば対処法はある。

 グエルは意思拡張AIに仕込んでいた指令を実行させた。

 腰部マウントに配置された〈ガーディアン〉――〈シュバルゼッテ〉専用ビットステイヴが、妖しく発光して。

 〈シュバルゼッテ〉の背後に回り込み、ビームサーベルを振るおうとした〈エアリアル〉目がけて、全方位レーザー砲〈オムニ・アジマス・レーザー〉が突き刺さった。

 

『うぁあ!?』

 

 放たれたのは、荷電粒子ビームではなくレーザー光線を照射するレーザー兵器だ。

 ビーム砲と異なり直撃時に装甲がプラズマ化して蒸発することはないが、文字通り、光速で放たれるレーザー光線を避ける術はない。

 〈エアリアル〉の装甲材を構成する耐レーザー皮膜がじりじりと加熱され、装甲が赤熱していく。

 たまらず白亜の妖精が距離を取り、〈シュバルゼッテ〉の射角から逃れる――それを追撃するように〈ガーディアン〉が本体から分離、ビットステイヴとしての攻撃形態〈ガーディアン・ドロウ〉を取った。

 四基の攻撃用ビットステイヴが、〈エアリアル〉に対してビーム砲を浴びせかける。

 荷電粒子ビームの十字砲火を避ける〈エアリアル〉――〈ファラクト〉と撃ち合っていたビットステイヴ〈エスカッシャン〉が、スレッタを助けようと戻りかけた。

 だが、それを狙い澄ましたように、〈ファラクト〉の手にした大型火器ビームアルケビュースが火を噴いた。

 〈ファラクト〉の腰部にマウントされた一対二本のビーム砲、ビームカリヴァもその銃口をビット群に向け、ビーム砲の弾幕を展開。

 降り注ぐビーム砲の雨に対して、堪らずガンビット〈エスカッシャン〉の群れは電磁バリアで防御態勢を取る。

 

『ビットの制御ならそっちの方が上でも、僕から逃しはしないよ』

『せ、性格悪いです、エランさん!』

『ちょっと傷つくな、スレッタ・マーキュリー!』

 

 エランとスレッタのガンビットを駆使した射撃戦は、すぐに口喧嘩に発展していた。

 

『だいたい、自分の不幸を理由にするなと僕に言ったのは君だろう!? 自己憐憫に溺れるのはみっともないってね!』

『――それはそうですけど!! 今それ言いますか!?』

 

 携行火器ビームアルケビュース一門に加えて腰のビームカリヴァ二門、さらに両足の内蔵ビームガン二門、四基の拡散ビーム・ガンビット〈レイヴン〉からの荷電粒子ビームの飽和攻撃――ほとんど空間を埋め尽くすようなビームの嵐が、〈エアリアル〉へと襲いかかった。

 だが、四枚の翼を閃かせる〈エアリアル〉はこれを難なく回避。

 パーメットスコア8の銀の光を放ちながら、まずは〈ファラクト〉を落とそうとしたところで、もう一方からのビームの追撃が襲ってきた。

 周囲に〈ガーディアン・ドロウ〉を浮かべた白の鬼神〈シュバルゼッテ〉が、ビームを放ちながら〈エアリアル〉に追いすがってくる。

 

『グエルさん! くっ、しつこい!』

「生憎、諦めは悪い方なんだよ!」

『しつこい人は嫌われますよ!』

「それは困るッ!!」

 

 〈シュバルゼッテ〉目がけてビットステイヴ四基――〈ファラクト〉と射撃戦を繰り広げている七基とは別に、〈エアリアル〉に装着されていた――が、一斉にビーム砲を放つ。

 同時にスレッタの〈エアリアル〉も右手のビームライフルを連射し、グエルの回避運動を封じるように時間差攻撃を設置。

 ビットステイヴの射撃を避ければスレッタの攻撃に当たる、という罠にも似た弾幕が展開される。

 だが、白の鬼神は一切、回避運動を取らなかった。

 代わりに二基のビットステイヴが機体前面に躍り出て、見えざる障壁を展開――結果、グエル機を狙ったビーム砲は全弾が無力化されていた。

 霧散する荷電粒子ビームの光を見て、スレッタがうめく。

 

『電磁バリア!?』

「こいつはジェターク社の〈シュバルゼッテ〉だ! 〈エアリアル〉を倒すために作られた!」

 

 およそ考え得る〈エアリアル〉の戦闘能力に対する対策が仕込まれた機体。

 それが〈シュバルゼッテ〉であり、魔女のモビルスーツを参考にしてこれを駆逐するMSだった。

 そうして攻撃が防がれた間にも〈ファラクト〉からのビーム攻撃は続いており、白亜の妖精は追い立てられるように回避運動を取り続けていた。

 

 

――行けるか?

 

 

 じりじりとだが、確かに追い詰めている。

 グエルは手応えを感じながらも、どこか予感にも似た得体の知れなさをスレッタから感じていた。

 〈シュバルゼッテ〉のビットステイヴが、ビームブレイドを中心に集まって巨大な剣の鞘〈ガーディアン・シース〉を構築――四つのビットステイヴの砲門が、まるでガトリングガンのようにビーム砲を連射する。

 白い鬼神と黒い死神が、十字砲火で妖精を追い詰めているかに見えたそのときであった。

 

 

『――()()()()()()()()()()

 

 

 スレッタの機体が、視界から消え失せた。

 慣性制御マニューバ――瞬時に推進方向を切り替えて、最高速度で直角ターンを繰り返してこちらのロックオンを振り切る機動。

 ここ最近の特訓で、エランの〈ファラクト〉相手に幾度となく繰り返してきたから、辛うじてその動きについて行くことができた。

 左側面から来る。

 咄嗟に左側の前腕に内蔵されたグレネードランチャーを真横に連射するよう指令(コマンド)

 発射されたのは〈ダリルバルデ〉に搭載されていたペレットマインと同じ、極小の炸裂弾頭である。

 近接信管で発射した炸裂弾が爆ぜる。

 

 

――爆炎。爆炎。爆炎。

 

 

 その焔を切り裂いて、〈エアリアル〉の真っ白な機影が飛び込んでくる――破損したビームライフルを投げ捨て、両手でビームサーベルを抜刀。

 グエルは目を見開いて。

 身をひねるようにして回避運動を取ったが遅かった。

 斬撃が、〈シュバルゼッテ〉の左腕を断ち切っていた。

 被弾を知らせる警告表示。

 プラズマ化した腕の断面が爆ぜて、小さな爆発が〈シュバルゼッテ〉本体を揺らす。

 ダメージコントロール、電力供給をカット。

 意思拡張AIがグエルの思考速度よりも早く、彼の望みを実行している。

 迎撃のため彼が選んだのは、〈オムニ・アジマス・レーザー〉の収束照射モードでの実行。

 右手に保持された〈ガーディアン・シース〉形態のビットステイヴの表面、レーザー出力ユニットが光り輝き、光速のレーザー砲を〈エアリアル〉目がけて発振する。

 当たった。

 だが、装甲を赤熱させ溶断するには至らない。

 〈エアリアル〉が斬撃と同時に離脱し、FCSのロックオンを振り切ったのだ。

 軽量級のモビルスーツに大推力の推進器、そして慣性制御による圧倒的な運動性能――まるで悪夢のような身軽さで、白いモビルスーツが襲いかかってくる。

 電磁バリアの展開、防御。

 ビットステイヴ〈エスカッシャン〉四基からの一斉射が、正確にこちらの動きを読み当てて撃ち込まれてくる。

 

「スレッタ・マーキュリーは俺の動きを!?」

『グエルさんは強いです――だから真面目に潰します』

「させるかよぉ!!」

 

 〈シュバルゼッテ〉の防御性能がなければ、とっくの昔に落とされていてもおかしくない状況だった。

 まるで蛇に絡みつかれたように、ぴったりと背後を取ってくっついてくる〈エアリアル〉――こちらがやって欲しくないことを見越しているような、見事すぎる戦闘機動。

 食らいつかれないために、必死でグエルは〈シュバルゼッテ〉を動かし続けた。

 

 

 

 

 

 

「グエル!」

 

 〈エアリアル〉の凄まじい機動性は、完全にエランの想定を超えていた。

 追い込まれているグエルを助けようと動いた彼の前に立ち塞がったのは、薄気味悪い声を響かせてくるビットステイヴの群れだった。

 

 

――エランだ、エランだ!

 

 

――スレッタに助けられたくせに敵になるんだ。

 

 

――じゃあ死んじゃえ!!

 

 

 苛烈なビームの十字砲火が、〈ファラクト〉を追い立ててくる――全身の推進装置を連動させ、鮮やかな慣性制御マニューバでビームの網をくぐり抜ける。

 慣性制御機構でも殺しきれないGにうめきながら、エランは一人、不可解な声を分析する。

 

「GUNDフォーマットが混線して……パーメットの特性か!?」

 

 おそらく、これが〈エアリアル〉の秘密なのだ。

 一一基のビットステイヴそれぞれが独立して連携する異様な戦闘能力の根源――ガンビットすべてが独立した人格AIによって動かされている。

 恐ろしく残酷で不条理な、幼い少女たちの声。

 それに恐れおののきつつも、エラン・フォースは〈ファラクト〉を前進させる。

 あれ一つ一つの人格があるとなると、なおのことやりにくくなったが――狙うのはあくまで足止めだ。

 遠慮する必要はない、と自らに言い聞かせ、ガンビット〈レイヴン〉を操って敵ガンビット目がけて拡散ビーム砲を撃ち込む。

 電磁バリアの展開で防がれる――拡散ビーム砲のインターバルを狙ってビットステイヴが応射してくる――それを回避して弾幕を撃ち返す、その繰り返し。

 そのときだった。

 

『エラン、そっちに行った――』

 

 告げる〈シュバルゼッテ〉は左腕と右脚を損傷している状態――まるで踊るような戦闘機動でスレッタはグエルを追い詰め、手足を刈り取ったのだ。

 白亜の妖精が、光の翼を広げて弾丸のごとく突っ込んでくる。

 〈ファラクト〉は全身に仕込まれた砲口を〈エアリアル〉に向けてトリガーを引いた。

 

――ビームアルケビュース一門、ビームカリヴァ二門、ビークフット二門、ビームバルカン二門。

 

 合計七つのビーム砲が荷電粒子の奔流を吐き出す。

 そのすべてを回避して/ビームサーベルで切り払って、最高速度でこちらへ突っ込んでくる。

 慣性制御マニューバの恩恵――どんな攻撃に対しても瞬時にめちゃくちゃな角度でターンして軌道変更ができるために、既存の対MS用の射撃戦術が通用しない。

 瞬く間にFCSのロックオンを振り切って、ビームサーベルの間合いまで接近してくる〈エアリアル〉。

 長砲身のビームアルケビュースではこの間合いに対応できない。

 

『――ここで落ちてください』

『嫌だね!』

 

 かつてなくエランは気が昂ぶっていた。

 迷うことなくビームアルケビュースを放り投げる――〈エアリアル〉がビームバルカンで迎撃する――高エネルギーを充填されたカートリッジが爆発し、目くらましになる。

 その一瞬でファラクトの腕部内蔵ビームサーベルを抜刀。

 爆炎の中から現れた〈エアリアル〉の斬撃。

 荷電粒子ビームを電磁力で固めた光刃と光刃が、眩い輝きを放って鍔迫り合いになる。

 バチバチと電磁力の激突が音になって聞こえてきそうな状況の中、エアリアルが左手でビームサーベルを抜き放った。

 こちらも負けじと左手のビームサーベルを抜き放った瞬間、衝撃が来た。

 

 

――蹴撃(キック)

 

 

 〈ファラクト〉の脚部フレームを狙った一撃が、正確にその左膝関節を蹴り潰していた。

 異常を知らせる警告音より先に、左足を潰されたと感覚で理解できた。

 〈ファラクト〉の脚部が折れ曲がり、使い物にならなくなる――内蔵ビーム砲と推進装置を詰め込んでいる関係上、〈ファラクト〉の脚部は他の機体よりも構造上脆いとはいえ、ただの蹴りでこんな状態になるのはあり得ない。

 可動部である膝関節に、極限まで加速させた回し蹴りを叩き込まれたのだ。

 GUNDフォーマットでなければ不可能な精密な身体コントロール――自身の肉体の延長線上としてモビルスーツを制御することの意味を、今のスレッタ・マーキュリーの操縦は体現していた。

 衝撃で吹き飛ばされた勢いを利用して、後退用バックスラスターを展開、最大出力で噴射して距離を取ることを試みて。

 ダメ押しとばかりに突き込まれたビームサーベルが、〈ファラクト〉に残った右脚を綺麗に貫いていた。

 爆発。

 さらなる衝撃で完全に姿勢制御を失った〈ファラクト〉は、両足をなくして宇宙を漂うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 スレッタ・マーキュリーは冷静だった。

 厄介な拡散ビームガンビットの制御を潰すため、両足をもがれた〈ファラクト〉にとどめを刺そうとした刹那。

 後方からものすごい勢いで突っ込んでくる機影を探知。

 

 

『おおおぉおおおおお!!!』

 

 

 グエル・ジェタークの〈シュバルゼッテ〉だ。先ほど左腕と右脚を切断したにもかかわらず、五体満足の時と変わらない速度でこちらに食らいついてくる。

 よほどダメージコントロールとパラメータの再設定がよくできているのだろう。

 〈シュバルゼッテ〉は左肩にビットステイヴを集約し、マントのように羽織った形態〈ガーディアン・マリオネット〉の状態で接近戦を挑んでくる。

 グエル機が右腕で握ったビームブレイドと、〈エアリアル〉のビームサーベルがぶつかり合い、バチバチと荷電粒子の火花を散らした。

 片腕でなお、超伝導モーターの出力は〈シュバルゼッテ〉の方が上だ。

 じわじわと押し込まれつつあるスレッタに対して、不意に相手方から通信が入った。

 ミオリネだった。

 

『ちょっとスレッタ、あんたに惚れてる男二人をしばいて! それで気はすっきりするわけ!?』

 

 めちゃくちゃ気が散る。

 鬱陶しさがすごかったので、思わず反論してしまった。

 

「喧嘩売ってきたのはそっちの方じゃないですか!!」

『それはそうだけど! 限度があるでしょうが!!』

 

 限度とはどうとでも言える言葉だ。

 いい加減、これがミオリネの卑劣な策だとわかっているのに。

 それでも我慢がならなくて、スレッタは鍔迫り合いの最中に口を開いてしまう。

 

「そりゃ、グエルさんもエランさんも大切な人ですよ!? みんな大切な人たちで、優先順位なんかなくて! 誰が好きとかわかんないですよ! わたしはみんな大好きなんです!!」

『お、おお!? そうなのか!?』

「そうなんです!!」

 

 ちょっと嬉しそうな声で割り込んでくるグエルに、怒ってるのか同意してるのか、さっぱりわからない感情をにじませてスレッタは叫ぶ。

 瞬間、グエルの〈シュバルゼッテ〉が左足をぐるんと回転させて。

 かかとのクローアームを展開して蹴撃(キック)を放ってくる。

 対処が間に合わない。

 まともに蹴りを食らった〈エアリアル〉は吹き飛ばされ、大きくバランスを崩してよろけてしまう。

 そこに斬撃を放つグエル――くるんと左手首を回転させ、ビームサーベルでビームブレイドの斬撃を受け止めるスレッタ。

 実体剣からビーム刃が出力されているビームブレイドの斬撃は重たい。咄嗟の受け流し(パリィ)が成功したからいいものの、まともに喰らっていたら、〈エアリアル〉は胴体ごと両断されていたかもしれない。

 そんな焦りを抱えながらも、スレッタはグエルの猛攻を無傷で捌いていく。

 

「大体、今みたいな世界の解決法を示してくださいよ! ダメ出しだけなら赤ちゃんにだってできます!」

『流石に赤ちゃんにはできないでしょ!?』

「い、言い過ぎました!」

 

 〈ガーディアン・マリオネット〉が光り輝いたかと思えば、次の瞬間、〈オムニ・アジマス・レーザー〉による全方位レーザー攻撃が襲ってきた。

 マント状のユニットの表面すべてがレーザー発振デバイスであり、出力されたレーザー光線を避ける術はない。

 なんとか連続照射を避けるため、〈エアリアル〉は瞬時に加速――事象改変型推進機構のパーメット8の光輝が、〈シュバルゼッテ〉のFCSによる自動照準を置き去りにして機体を移動させる。

 マント状の〈ガーディアン・マリオネット〉の死角となる場所、〈シュバルゼッテ〉の右手側へと回り込む〈エアリアル〉。

 ビームサーベルの刃を振り下ろした刹那、グエルの〈シュバルゼッテ〉はその動きを見越していたようにカウンターの刃を跳ね上げた。

 

「くぅ!?」

『俺は……お前に進んでみせる!!』

「簡単に進ませはしません!!」

 

 互いの頭部ビームバルカンが連射される――互いのビットステイヴが展開した電磁バリアがそれを防ぐ――ならばと繰り出された蹴りに蹴りが返される。

 まるで鏡映しになったかのようなカウンターの応酬である。

 人知を超えた速度で動く〈エアリアル〉に、〈シュバルゼッテ〉は反射と予測で食らいついていた。

 

 

――強い。

 

 

――グエルさんは本当に強い。

 

 

 心が揺れる。

 その戦う姿の美しさに、スレッタ・マーキュリーは本当に楽しいと思ってしまう。

 この戦いは負けてはダメなのに、ミオリネ・レンブランのわがままな物言いなど否定しなければいけないのに。

 母の遺言という戦いの理由の骨子を見失い、宙ぶらりんになった心のスレッタは、絶対に負けてはいけない理由を戦いに見いだせずにいた。

 そしてそんな少女の迷いを見透かしたように、相手チームの管制室からミオリネの声が飛び込んでくる。

 

 

『うちのクソ親父のクソ計画の穴を教えてやるわ、それはね! クソ親父は全能でも全知でもないってことよ!』

 

 

――スレッタ、これはミオリネの罠だ!

 

 

――話を聞いちゃダメだよ!

 

 

 エリクトからの注意も空しく、スレッタの集中力はミオリネの言葉によって削がれていく。

 それはたぶん、今まで少女が知ろうとしなかったことにもろに刺さるせいで、知らんぷりできなかったからだ。

 畳みかけるように、銀髪の少女が――父親との不仲で有名な悪役令嬢が、口上を述べていく。

 

 

 

『娘の心一つわからないようなダメなおっさんに、世界の全部を任せて上手く行くわけないでしょ! 人間はね、神様になんかなれないのよ!!』

 

「それ、は――」

 

 言いたいことが言葉にならず、結局、スレッタは曖昧な問いかけをしてしまう。

 

「――デリングさんってダメ人間なんですか!?」

 

『それ私に訊く!?』

 

 ミオリネに意識を持って行かれたスレッタに対して、グエルが強引に割り込んでくる。

 

『スレッタ・マーキュリー!!』

「っ!! グエルさん!!」

 

 ビームサーベルとビームブレイドがぶつかり合い、互いの機体が推進器を噴かして、次の攻撃に互いが備える刹那。

 もう何度目になるかわからない〈シュバルゼッテ〉との鍔迫り合いの最中だった。

 ふと、スレッタは気づいた――自分が数秒間、もう一人の少年の存在を完全に失念していたことに。

 そして認識する。

 

 

――視界の隅で煌めく、荷電粒子ビームの光条。

 

 

 危ない、と思ったときには手遅れだった。

 メインカメラからの映像が消失。

 頭を殴りつけられたような衝撃にコクピットが揺れる。

 頭部消失、ブレードアンテナ破損を告げるダメージコントロールAIからのメッセージ。

 呆然としているスレッタは、学園に来てから初めて見るシステムメッセージに目を見開いた。

 

 

 

 

――LOSER

 

 

 

 

『戦いの中で、君が僕の存在を忘れる――()()()()()()()()()()()()

 

 

 両足を喪失した状態の〈ファラクト〉が、この戦いの勝者だった。

 腰のビームカリヴァ二丁を連結・合体させ、大型銃ビームマスケットとして運用。

 激しく動き回る〈エアリアル〉と〈シュバルゼッテ〉の格闘戦の最中に、ほぼ一回限りの精密射撃を成功させるという賭けだった。

 ビットステイヴ同士の射撃戦に心血を注いでる振りをして、自らの存在感を消して、エラン・フォースはずっとこの瞬間を待っていた。

 

 

 そして今ここに、アスティカシア高等専門学園における学園最強(ホルダー)の地位が、ペイル社筆頭エラン・フォースに移ったのである。

 

 

 

 

 

 

――勝った。

 

 

 学園におけるトップランカー二人を招いてのハンデ戦、さらに自分の舌戦で集中力を乱してようやく掴み取れた勝利だった。

 ミオリネは深々とため息をついて。

 この戦いの結果がもたらす影響のことを考えた。

 

 

――採算を度外視した最新鋭のガンダムとて、無敵の兵器ではない。

 

 

 そう示したことの意味は、きっとミオリネ・レンブランが思っているよりずっと大きいのだ。

 それが実際にはオーバーライドという禁じ手を封じた状態での茶番だとしても、ベネリット・グループの関係者はそうは思うまい。

 株式会社ガンダムにとって、それはプラスになるかマイナスになるかは定かではないけれど――何せ、新しいホルダーは同じガンダムである〈ファラクト〉を使うエランなのだ。

 ホルダーの座を逃したジェターク社には恨まれそうだが、「父さんに権力を渡すとろくなことにならない気がする」というグエルの意思を尊重した結果である。

 あとはグエルが上手く言いくるめるのを期待するしかあるまい。

 そんなこんなで事後処理で頭が痛くなっているミオリネは、ぽつり、とこぼれるような少女の呟きを聞いた。

 

 

『負けちゃった……エリクト、どうしよう……』

 

 

 今にも消えてしまいそうなぐらい、弱々しいスレッタ・マーキュリーの声。

 それを見ていられなくなって、叱咤するようにミオリネはインカムに向けて声を張り上げた。

 

「どうもしないわよ。確かに〈エアリアル〉は株式会社ガンダムがもらい受けるけど、パイロットのあんたを下ろすわけじゃないんだし」

 

『えっ?』

 

「最初からそのつもりよ。ああ、クソ親父のクソ計画には使わせないけどね?」

 

 どうやら横暴なる魔王ミオリネ・レンブランに家族を奪われ奴隷労働、ぐらいの暗黒の未来を思い描いていたらしいスレッタに、ミオリネはこう言い含める。

 すべては間違いに過ぎないのだ、と。

 

「あんたたちに世界の全部を背負われて、何も決める権利がない世界なんてまっぴらなのよ。そういうのをね、不自由って呼ぶのよ」

 

『み、ミオリネさんは、わたしのことをどうしたいんですか!?』

 

「はぁあ? 興味ないわね、勝手にグエルだろうがエランだろうが馬の骨だろうが好きな相手と青春でもしてれば? 一々、世界だの人類だの主語がクソデカいおっさんのクソ陰謀とか忘れちゃいなさい」

 

 すぅっと息を吸い込んで。

 本当に伝えたいことを、ミオリネ・レンブランは口にした。

 

 

「いい、よく聞きなさい――あんたは戦士じゃない、救世主でもない、()()()()()()()()()()()よ!!」

 

 

『なっ!?』

 

()()()()()()()使()()()()()()()()負けるやつが、世界を救うですって!? ちゃんちゃらおかしくてへそで茶が湧くわ! 自分が救世主でございって思い上がってたあんたの顔思い出すとね、向こう一〇年は笑えるのよ!!」

 

『言い方!! 言い方が本当に良くないと思います、ミオリネさん!! っていうか自分で卑劣って認めますか普通!?』

 

 あっはっはっはっは、と勝ち誇って悪辣に笑うミオリネ・レンブラン。

 何でもいいがこの会話、決闘委員会の通信チャンネルのため学園中に放送されているのだが。

 今、絶賛ミオリネのイメージが「真なる悪役令嬢」に更新されているのは言うまでもあるまい。

 そのときだった。

 エラン・フォースの〈ファラクト〉から通信が入ってきた。

 

『おい、エラン、どうしたんだ?』

『グエル、少し黙っていてくれ』

 

 コンソールに映るエランの顔は、ノーマルスーツのヘルメット越しにもわかるほど真剣だった。

 思わずミオリネがごくり、と息を呑んだ瞬間だった。

 爆弾が飛んできた。

 

 

 

『――ミオリネ・レンブラン、()()()()()()()()()()

 

 

 

 まるで要らなくなったちり紙を放り捨てるような無造作な一言であった。

 そしてこれは、学園中の生徒たちと配信を視聴していたベネリット・グループ関係者すべてが聞き届けた珍事である。

 

 

 

はぁああああああああああああああぁああああ!!??

 

 

 

 婚約破棄された悪役令嬢(ミオリネ)は、本気の怒声をあげて怒り狂っている。

 まさか学園最高の美少女(ミオリネの自認)である自分との婚約が、ここまでゴミのように扱われるとは想像もしていなかったからだ。

 

「エラン……どういうつもりよ!」

 

『常識で考えて欲しいな、君と結婚するのは生理的に無理だ』

 

「ぶっ殺すわよ!!!!!」

 

 きしゃーとうなり声をあげるミオリネは、この放送が全校放送なのも忘れてキレ続けている。

 そんな彼女の様子を移動中のシャトルで眺めて、くすりと笑っているシャディク・ゼネリの存在があったりするのは言うまでもない。

 

『ぐだぐだですね……』

 

『あいつららしいけどな……』

 

 ぶちキレるミオリネ、極限まで塩対応を取り続けるエラン。

 あまりにもあんまりオチの付き方に、苦笑するスレッタとグエルだった。

 

 

 

 

――でもそれが自分たちらしいのかもしれない、と誰もが思いながら。

 

 

 

 

――星々の光が、若人たちの喧噪を優しく見守っていた。

 

 

 

 

 












・〈シュバルゼッテ〉※独自設定
白の鬼神。
機体カラーは当初、グエルのパーソナルカラーである赤が予定されていたが、グエル・ジェタークの希望により純白が選ばれた。
T字型のバイザーフェイスの頭部は、ディランザやデスルターに近い意匠。鬼のような前に突き出た二本のブレードアンテナ。

ジェターク社によって極秘裏に開発されていた第五世代MSのコンセプトモデルであり、〈ダリルバルデ〉の発展系たるアンチ・ガンダムMS。
グエル・ジェタークの残した〈エアリアル〉との戦闘データを元に調整されており、その仮想敵は〈エアリアル〉である。
機体としては〈ダリルバルデ〉の発展系であり、開発の進んだ意思拡張AIによるスウォーム兵器の制御を行なう仕様。
ビットステイヴ・システムの制御を意思拡張AIで行う先進的設計思想であり、質実剛健と先進技術の両立を目指したジェターク社のMSの一つの到達点である。
奇しくもビットステイヴの制御に高度なAIを介するという点で、パーメットAI搭載型ガンダムと同じ視座に立ったガンダムならざるMS。
多目的攻防プラットフォーム〈ガーディアン〉による強力なビーム砲、全方位レーザー/収束照射レーザー〈オムニ・アジマス・レーザー〉、電磁バリアを展開可能。

武装
・多目的攻防プラットフォーム〈ガーディアン〉…荷電粒子ビーム砲、高出力レーザー砲、電磁バリア発生器、ビームブレイドを内蔵するビットステイヴ複合兵装。
〈ガーディアン・シース〉…大剣形態
〈ガーディアン・マリオネット〉…ビット装着形態
〈ガーディアン・ドロウ〉…ビット展開形態
〈オムニ・アジマス・レーザー〉…全方位レーザー
〈ビームブレイド〉…実体剣とビーム刃を備えた近接兵装

・腕部内蔵グレネードランチャー×2
・頭部内蔵ビームバルカン×2

※原作18話登場時のバイザーフェイスのシュバルゼッテです。
※この世界では意思拡張AI制御のため、ダリルバルデとシェルユニットも同系統。



推奨BGMはGUNDAM PHARACTとThe Witch From Mercury。

試合運びとしては、エランがビットステイヴ(カヴンの子)の過半数をスレッタから引き剥がして射撃戦に持ち込む→その間にグエルが猛攻を仕掛けるもスレッタが反撃→エランにスレッタが襲いかかって半壊させる→グエルが粘ってスレッタ相手に互角の勝負に持ち込む→ミオリネのレスバで集中力を削ぐ→タイミングを見計らってエランが狙撃でフィニッシュ

グエル単体でもエラン単体でもいい勝負止まりで勝てない相手でしたが、ミオリネの精神デバフ込みでギリギリ勝った形になります。
意識の外からの狙撃、というのは原作シャディク戦オマージュです。

〈エアリアル〉の慣性制御マニューバはコの字を描く感じでいきなりジグザグ軌道になって、瞬時に相手の背後を取ったりできる感じです。
ロックオン範囲の圏外に移動してくるので、相手が射撃機でも格闘機でも厄介極まりないです。

たぶんグエルはSE〇IRO、エランはアー〇ードコアVIのシステムで戦っていたと思われる。




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