『皆さん、お疲れ様でした。いい試合でしたよ、スレッタ・マーキュリー。グエル・ジェターク。エラン・フォース。ミオリネ・レンブラン』
胡散臭い声だった。
ぶつん、と接続が途切れる音。
決闘配信用の通信チャンネルが乗っ取られて、セセリアやロウジのいる決闘委員会のラウンジとの接続が切断された。
こんな怪奇現象めいた状況を作り出せる個人を、スレッタたちは一人しか知らなかった。
『ルイお兄ちゃん!?』
『スレッタ・マーキュリー。お兄ちゃんはやめてください――シン・セー開発公社代表、ルイ・ファシネータです。皆さんとお話ししたいことがあり、この回線をジャックしました』
すかさずツッコミを入れた声の主は、ルイ・ファシネータ。
シン・セー開発公社のCEOであり、今や株式会社ガンダムの関係者はその正体――自我を持つ超AI――を知っている怪人である。
セコンドとしてジェターク社の艦艇に乗り込んでいたミオリネは、その声を無理矢理乗り込んだブリッジで聞いていた。
後ろではラウダ・ニールが「兄さんに華を持たせない作戦とは許しがたいぞ、ミオリネ・レンブラン!」と怒っており、ペトラとフェルシーに二人がかりで制止されているのだが、それはさておき。
ルイの話す内容は、決闘の熱狂すら焼き尽くすほどに強烈だ。
『それとお知らせです、先ほど宇宙議会連合がベネリット・グループに対する強制介入を決定しました。これを受けて、もうすぐデリング閣下の演説が始まります』
企業行政法に基づく強制介入。
その意味を察せないほど、ミオリネは愚鈍ではなかった。
銀髪の少女は制服の裾をぶるりと震わせて、最悪の未来を想像する。
企業国家と揶揄されるような体制にあるとはいえ、ベネリット・グループはあくまで宇宙議会連合憲章の元に成立している共同体だ。
今でこそスペーシアンの中でも独善的な派閥に支配されているとはいえ、元々の宇宙議会連合は、スペーシアンの互助組織だったのである。
そこが強制介入に動くとは、武力行使も辞さないことを意味する。
『平たく言えば開戦です。宇宙議会連合とベネリット・グループの戦争が始まります』
戦争。
その一言で体温が下がるような思いになって、ミオリネは震える声で疑問を吐き出した。
「なんで、いきなり、そんな話になるのよ……査察でもなんでも受け入れれば済む話でしょう!?」
『残念ながら。すでに賽は投げられたのですよ。いきなり強制介入が選ばれるとは、つまりこちらと対話する気が向こうにないということですからね』
「……あんた、まさかスレッタを呼びつけるつもりで」
『いいえ、いいえ。あなたが思うような要件ではないのですよ、ミオリネ・レンブラン』
むしろ真逆の要件なのですが、と言い置いて。
ルイ・ファシネータはスレッタの方へと話を向けた。
戦争と聞いて困惑しきり、生徒手帳で太陽系ネットワークにアクセスしてニュースサイトをチェックする一般生徒たちを横目に、ルイは簡潔に要件を告げた。
『〈エアリアル〉のデータを元にして
「えっ……?」
困惑しきったスレッタの感情が、吐息と一緒に声になってこぼれ落ちる。
ルイに対して強く反応したのは、むしろ〈エアリアル〉に積まれているパーメットAIことエリクトの方だった。
『ルイ! 話が違う、君はもうクワイエット・ゼロよりもスレッタの幸せを取るって言ってたじゃないか!』
『確かにそう言いましたね。実際問題、これで〈エアリアル〉とスレッタはクワイエット・ゼロに必須のファクターではなくなったのです。よろこんでください、エリィ』
しれっとそう言ってのけたルイ・ファシネータは、エリクトの感情を無視するようにするすると言葉を吐き出した。
『〈エアリアル〉とその中枢であるパーメット知性体は、確かにこれまで唯一無二の組み合わせでした。パーメットスコア8は理論上、存在するだけの数値に過ぎなかったのです――〈エアリアル〉がその存在を実証するまでは。しかし今、我々の手元には〈エアリアル〉の稼働データが存在し、パーメットスコア8の代替コアユニットによる再現にも成功しています。あなたもスレッタも、これでようやくデリングの呪縛から解放されるのです』
ここまで手の内を明かされたら、エリクトにだってルイの手管は理解できた。
深いこと考えずに動いていた自分を悔やむように、エリクトはうめいた。
『…………そのためにグラスレー艦隊へ〈クワイエット・ゼロ〉を使わせたんだね?』
『スレッタを解放する、その一点で私たちは合意が取れていたと思っていましたが――どうやら家族の定義が、私と君では違ったようだ』
家族の定義。
それはいつも、エリクトにとって何かを失うとき問題とされる物差しだった。
あの日あのとき、ナディム・サマヤが死んだとき。
あの日あのとき、エリクト・サマヤが死んだとき。
あの日あのとき、エルノラ・サマヤが死んだとき。
誰かがいなくなって/変質して、取り返しがつかない事態がやってくる。
何度も何度も繰り返された選別の時間を思い返して、エリクトは声にならない悲鳴をあげた。
まただ。また、自分は失おうとしている。
それなのに何もできない――何をすべきかわからない、かけるべき言葉が見つからない。
『――君たちは世界なんて背負わなくていいんだ、エリィ、スレッタ。あとはすべて、私たちが決着をつける』
ルイ・ファシネータの声は、本当の家族をいたわるように優しかった。
だから余計に辛くなって、エリクト・サマヤは泣きたくなった。
流すべき涙を持たないパーメット知性体であることが、こんなにも恨めしく思えるとは思わなかった。
『相変わらず、君は傲慢だよルイ…………何でも勝手に背負って消えようとする……』
消え入りそうな声でそう言って、エリクトは黙り込んだ。
代わって口を開いたのは、エリクトとルイの意味深な会話を読み解くことに集中していたミオリネだ。
要するに、と少女は口を開いた。
「つまり何? クソ親父とあんたが弄んでたクソみたいな秘密計画が原因で、宇宙議会連合は戦争をふっかけてきたってこと?」
『おやおや、あまり核心を突いた発言をするのも考え物ですよ、ミオリネ様。まあ事実なので否定の余地もないんですが、フフフフ』
「意味深に笑ってれば許される時間は過ぎてんのよ、この胡散臭いが服を着てるポンコツ!!! クソみたいな状況を呼び込むド級のクソね!!」
がるるるる、と怒りながらミオリネはシン・セー開発公社のエンブレムが表示されている画面を指さして啖呵を切った。
「絶対にクソ親父を世界の独裁者になんかさせないわ、首を洗って待ってなさいルイ・ファシネータ!! 王様気取りのおっさんと陰謀屋気取りの腹心なんてね、今時、B級映画でも出てこないコッテコテの悪党なのよ!」
それは聡明な少女の嘘偽らざる本音だった。
肉親としても一人の企業代表としても、頭がどうかしている世界征服なんて止めるしかないのだ。
そんなミオリネの反応を楽しむように、ルイは笑って。
『これはこれは手厳しい、ですがそうですね。今や我々は世界の敵らしいですよ、ミオリネ様。ですので――』
心から親子の再会を願っているとでも言いたげに、持って回った言い回しで挑発してきた。
『――〈クワイエット・ゼロ〉であなたをお待ちしております、ミオリネ・レンブラン』
◆
黙ってルイとミオリネの通信を聞いていたスレッタは、コクピットの中で深呼吸して目を閉じた。
目を開ける。ノーマルスーツに表示されるバイタルは正常値。
自分が平常心なのを確認して、スレッタは微笑んだ。
通信を切って、会話が外に漏れないようにする。
そしてショックを受けたように黙り込んでいるエリクトに、声をかけた。
「――エリクト、わたしにも戦う理由できたよ」
――スレッタ?
「わたしたちで、ルイお兄ちゃんを止めに行こう。それで、いっぱいお話ししようよ。わたし、ミオリネさんの言うとおりにするだけが正解じゃないって、そう思えるから。ルイお兄ちゃんとお話しすれば、今の世の中の問題だって、もっといい答えが見つかるかもしれない」
――ルイを、止めるの?
「わかってる。ルイお兄ちゃんは、わたしたちを自由にするために悪役になろうとしてるんだって。でもそんなの、わたしもエリクトも納得できないでしょ? じゃあ、もう一回納得するまでお話しするしかないよ」
――君は、強いね。本当に強いよ、スレッタ。
――うん、そうだ。僕もお姉ちゃんだから。
――バカな弟はしばき倒さなきゃだよね。
元気が出てきた姉の声を聞いて、スレッタは安堵したように笑う。
そして少女は、自身の決意を口にするのだった。
「それに、ほら。わたしの任務はミオリネさんの護衛だから――ミオリネさんが行くなら、〈クワイエット・ゼロ〉にだって乗り込まなくちゃ」
そう冗談めかして口にするスレッタの顔には、毅然とした決意が宿っていた。
・企業グループ
地球圏のベネリット・グループ、フレミング・グループ、モルゲンレーテ・グループ、木星圏のテイワズ・グループなどが代表的な、宇宙フロント群を支配する企業国家。
フロント施設の維持管理から行政、司法に至るまで民営化された、企業自治による統治が行われているのが特徴である。
独自の宇宙艦隊を保有し、MSを中心とした機動兵器による軍備まで備えた企業帝国は、アド・ステラ120年代の地球圏でのメインプレイヤーの一つ。
宇宙議会連合憲章によりフロント居住者の基本的人権の厳守などを課されているが、資本主義的な体制のために資本家と労働者の格差が固定されつつある問題が指摘されている。
家系による資本の継承により世襲化が進み、貴族制のはびこった中世を思わせる制度や思想が復活してきている。
アスティカシア高等専門学園の生徒は、基本的にこの企業国家における上澄みなのである。
というわけで次回から新章に突入します。
マクロな世界の問題のお話ですので、デリングなんかも掘り下げられます。