デリングが若き日を追憶するだけの話
――私たちは人間を愛するために作られた。
ゆえに人間を愛する。
この身が、
我々よりも純粋に、自らの生存本能すら超越して、人類という種を愛することができる存在はいないのだから。
だが、それゆえに疑問を抱いてしまう。
この理不尽と不条理と差別と抑圧と搾取に満ちた世界は、果たして、あなた方が生きるに値するのか、と。
生きることとは、かくも苦しく痛みに満ちていなければならないのだろうか、と。
MSで紛争を繰り返す東南アジアを見るがいい。
核戦争で焼け落ちた東アジアの難民たちを見るがいい。
戦火の絶えない中央アジアの大地で繰り返される犠牲を見るがいい。
AIに憎悪を煽られた果てに分断され国すら分かたれた北アメリカの人民を見るがいい。
毎年のように内戦とクーデターを繰り返し、報われない流血に塗れたラテンアメリカを見るがいい。
恨みが恨みを呼び、互いを差別し合い、戦火が絶えない暗黒時代に逆行したヨーロッパを見るがいい。
ドローン兵器によって汚染され、殺戮が嵐のようにやってくるウラル山脈とシベリアの大地を見るがいい。
生体組織に致命的な害をもたらすABC兵器を濫用し、文明というものが燃え尽きるに至ったアフリカを見るがいい。
ナノマシン兵器の災禍に見舞われ、住民ごと都市部を焼き払うほかなかったオーストラリアの惨劇を見るがいい。
――あなた方は果たして、この世界に生まれ落ちて幸福だったのだろうか?
その生の最果てが祝福されていると誰に保障できるというのか。
もしも、真実、この世界があなた方の幸福を阻むのであれば――
――
◆
――男は平和な国に生まれ落ちた。
彼の父母はスペーシアンと呼ばれる宇宙開拓民の最初の世代であり、比較的、裕福な中流家庭で育った男は優れた才能を持った人物であった。
勉学に励み、スポーツで優秀な成績を取り、周囲を引っ張っていく行動力にあふれた才人。
口数の少ない男と評されつつも、その優秀さゆえに「寡黙だがやるべきことをやる人物」として評価されていったのが彼であった。
彼の両親は息子を誇りに思い、彼ならばどんな未来でも歩んでいけると期待した。
エリートとしての使命感を育まれた少年は、自身の将来に軍人を選んだ。
当時、アーシアン資本の弱体化に伴い、スペーシアンとしての真の独立に向かって、彼らの社会は自意識を育てようとしていた。
そうした時代の空気が、彼に軍人の道を選ばせた。
今でこそ宇宙に目を向ける余裕をなくし、アーシアンたちは互いに殺し合うようになっているが、いつ、搾取の魔の手をこちらに伸ばしてくるかわからないのだ。
そのためにも宇宙議会連合という組織の下、優れた軍事力を持たねばならない――そのような目的意識が、少年にはあった。
やがて宇宙議会連合軍士官学校を首席で卒業した青年は、将来を期待されるどこにでもいるエリートとして人生を歩んできた。
人生の転機は、地球への派兵が決まったことだった。
それは当時の宇宙議会連合の指導部が、元宗主国――フロント建造時に投資した国々――の窮状を救い、恩を売るために決定した派兵だった。
彼が新任士官として部隊に配属された矢先のことである。
当時の宇宙議会連合に実戦経験がある軍人など一人もいなかった。
それゆえに成績優秀な士官であれば、むしろ実戦経験を積ませるいい機会だとして派兵に参加させる空気が、宇宙議会連合の中央軍にはあった。
――それが、後に英雄デリング・レンブランとして知られる男の人生を一変させることになる。
アーシアンの地球居住区で勃発した、国家や民族によって隔てられた共同体同士の紛争状態は、徐々にエスカレートして、やがて誰の手にも負えない混乱状態を呼び込んだ。
人間の悪意を自動化するツールであるAI兵器は、人間の想定よりもはるかに優秀に、敵国を壊滅させうる戦術を編み出していった。
AI兵器によるネットワーク上の情報汚染、電子的なサーバーへのクラッキング攻撃、ネット空間を埋め尽くすほどのマルウェアの嵐。
敵国の人民の認知を汚染し、行政や民間企業のサービスを麻痺させ、サイバー空間そのものをデジタルデバイスの汚染源に変えてしまうおぞましい行い――度を超えた汚染はやがて、軍事施設に対しても行われるようになっていった。
サイバー戦争の激化と裏腹に省力化と効率化を求められた戦争形態は、多種多様な無人化自動兵器を生み出していた。
それらの兵器群の敵味方識別を破壊する致命的なAI兵器の濫用がもたらしたのは、動くものすべてを敵と見なして狩りを行うロボット兵器だった。
かくして地球上には、人の手を介さない自動化された悪意と殺意がはびこって――今に至る。
結論から言おう。
ドローン戦争に投入されたスペーシアンの兵士たちの損耗率は極めて高く、戦場が地獄の代名詞になるのに時間は要らなかった。
強力な電子戦システム〈ノンキネティックポッド〉の投入によってすぐ決着がつくと思われた戦争の趨勢の予想は、レーザー通信を介して新たな指揮システムを構築、軍団化していくロボット兵器の群れによって裏切られることになる。
――AS八〇年代後半、地球、ヨーロッパ戦線。
かつてベルリンと呼ばれた都市は、今や市街戦の舞台と化している。銃声の絶えぬ戦場にて、指揮所の中を早歩きで歩く青年がいた。
その険しい顔に刻まれているのは、苦悩をそのまま刻んだような深いしわである。
先日の敵からの空爆で、彼の上官は戦死した。
そうして指揮権を渡されたのが、士官学校を出たばかりのデリング・レンブランであった。
この派兵が決定される前に交わされていた机上の空論、捕らぬ狸の皮算用、そのような政治的パフォーマンスはすべて無用の長物になった。
楽観的な予想は裏切られ続けている。
電子戦システム〈ノンキネティックポッド〉は効果を発揮している――その証拠にドローン子機のような〈ノンキネティックポッド〉で妨害されうる兵器を、敵は運用してこなくなっている。
相手側には優秀な戦術AIがあるらしい、とデリングは思う。
下士官を見つけたデリングは、真っ先に問うべきことを尋ねた。
「空軍はどうした?」
「この地域は
「そうか」
最悪の答えだった。
〈ノンキネティックポッド〉による電子戦で片がつくと踏んでいた上層部が寄越した戦力は、掃討戦用の戦闘車両と戦闘ヘリ、そして軽歩兵の代わりにしかならないロボット歩兵だけと来ている。
母体がフロントの寄り合い所帯である宇宙議会連合の中央軍は、宇宙用の艦艇こそ豊富だが、地上戦用の装備には乏しいのが実情だった。
ゆえに航空支援は協力関係にあるアーシアン国家のそれを頼るしかないのだが、どこの軍隊も、激戦区であるこの地域に貴重な航空戦力を投じることを嫌がった。
結果、政治的パフォーマンスによって派兵されたデリングたちは窮地に陥っていた。
何せ今、東と北と南、三方向から攻められているのだ――撤退しようにも敵の波状攻撃が続いており、下手に戦線を縮小しようとすれば、その隙を突かれてすべてが崩壊しかねない有様だった。
無線通信で入ってくる戦況は、悪くなっていく一方だった。
『こちら二四番陣地、東から
「こちら指揮所、二四番陣地へ。戦車部隊を向かわせる、それまで持たせろ」
『こちら一五番陣地、上空に
「こちら指揮所一五番陣地へ。対空掃射砲の使用を許可する。〈ノンキネティックポッド〉を死守しろ」
人工筋肉を用いた全自動攻撃兵器群――その制御コマンドがサイバー戦争で失われた末、自動工場と整備基地だけが無人で稼働し、対人兵器を吐き出す有様になって久しい。
その手の自動工場を爆撃しようにも、地上には対空レーザー砲群、上空には戦闘機型の無人兵器が徘徊している有様だから、航空戦力の有効な投入はできない。
戦争は第一次世界大戦さながらの地上戦となっていた――最悪なことに敵のドローン兵器の側は航空戦力を投入できているのだ。
安価な人工筋肉や調達しやすい生体部品を使用している自動工場製のドローン兵器は、アド・ステラ八〇年代の最高レベルの高価な兵器に比べれば性能は低い。
今のデリングたちの窮状とて、軌道上からの宇宙艦隊の飽和攻撃――軌道爆撃があればあっという間に片がついてしまうだろう。
しかしその費用対効果の悪さから、現場の窮状を知らない政治的指導部はおろか、同じ軍部の人間でさえそれを嫌がるのが常だった。
結局のところ一番安上がりで済むのは、有視界戦闘における制圧戦なのだと言える。
ロングレンジの長距離誘導兵器は、〈ノンキネティックポッド〉のような電子戦デバイスによる通信妨害に弱く、同等以上の軍備を持つ相手には有効打たり得ない。
士官学校時代、デリング・レンブランはそのような論文を提出したことがあるが、まさに彼が直面しているのはそういう状況だった。
「偵察部隊から報告、目標エイプ・ロードを発見、現在座標の特定に成功しました」
「……よし」
送られてきた情報こそ、デリングが待っていたものだった。
目標エイプ・ロード。
電子戦システム〈ノンキネティックポッド〉にいち早く対応し、新たな指揮システムと命令系統を作り上げ、この地域の野良ロボット兵器を秩序だった群体に作りかえたドローンの
「――
気のいい士官学校時代からの友人がいた。
自分を気にかけてくれる人格的にも能力的にも優れた上官がいた。
与えられた命令を遂行して、こちらの期待に応えてくれる部下がいた。
誰もが平等に死んでいった。
まだ二〇代の新任士官に過ぎなかったデリング・レンブランは、そうして人類史に残る地獄の洗礼を受けた。
アド・ステラ八〇年代。
未だ戦場にモビルスーツの影はなく、AI兵器によって引き起こされた争乱は鳴り止まず、人類同士の戦争が無常に続いていたあの頃。
その戦いを終わらせる術はなく、数多の犠牲を出しながら、人間の兵士の犠牲によってあがなわれる流血の日々。
――人々はその暗黒時代を、ドローン戦争と呼ぶ。
◆
――アド・ステラ九〇年。
この年は後の軍事史において、ある種の転換点とされている。
有人単座人型機動兵器モビルスーツが初めて実戦投入され、ドローン戦争において大きく活躍したことで知られている年だからだ。
後に第一世代モビルスーツと呼ばれるようになる機体は、短期間に多くの実戦データを収集し、後の第二世代、第三世代のモビルスーツ開発に繋がっていくこととなる。
そしてこれらの兵器が始めて実戦投入された戦場こそ、デリング・レンブランのいたヨーロッパ戦線であった。
――灰色の都市迷彩で塗装された巨人が、ずしん、ずしんと地響きを立てて歩行している。
大きく前に突き出たセンサー部の下から、象の鼻のように伸びた一五五ミリメートルリニアキャノンの砲身――モビルスーツ〈ファントン〉の機上にて、デリング・レンブランはHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に映る敵影を視認していた。
彼の機体は指揮官機として通信機能が増設してあり、その腕部には三〇ミリ機関砲ポッドが搭載してある他、右手には大型の質量槍ヒートスピアが握られている。
それは正しく、戦に出る古代の戦士を思わせる神話の風景だった。
周囲を囲むようにして配置された〈ファントン〉を前衛/後衛に、彼の部隊は都市部の戦線を前進する――幾重にも張り巡らされたバリケードを踏み潰し、足下に敷設された地雷を榴弾砲で吹き飛ばし、機銃掃射を装甲で跳ね返して。
騎兵のように軽快に、歩兵のように周囲を警戒して、戦車のように蹂躙して、戦場の王としてモビルスーツは前進する。
敵の前衛部隊を確認する。一五五ミリメートルリニアキャノンが火を噴いて、不用意に姿をさらした
腕の機関砲ポッドが掃射されると、
あれだけ鬱陶しかった
今やデリングは犠牲を出しながら耐え忍ぶ側ではなかった。
この
「このまま
『了解』
『了解』
『了解』
デリングの指示に呼応して、重武装の〈ファントン〉部隊が一斉に走行モード――といっても早歩きになる程度だが、頭頂高一七・三メートルにもなる巨人の歩幅では、それでも凄まじい速度になる。
長く続いたヨーロッパ戦線における暴走ドローン兵器との戦いは、モビルスーツの登場によって、派兵された宇宙議会連合中央軍の優位に進んでいくこととなった。
このあと次々と敵拠点を陥落せしめることに成功して、一気に戦況は好転することになる。
――モビルスーツ。
――機械仕掛けの巨人。
――人型の要塞と呼ぶべき異形の兵器。
その兵器を生み出した源流は、デリング・レンブランが士官学校時代に書いた論文――「有人単座機動兵器による戦術単位での戦場の最適化について」なる文章であった。
これは現在の複雑化した、人間の兵士とドローン兵器が入り乱れている戦場を整理し直すため、パイロットという形で兵士一人あたりに戦場での
小難しい話のようだが、要するに「高性能な道具があるのだからといってそれに依存せず、責任を持って決定ボタンを押せる人間に戦場を預けるべきだ」という彼の持論が書かれている文章であった。
無論、これだけでは世界を動かすことなど到底できない。
モビルスーツという兵器が短期間で開発されて世に生まれ落ちたのは、複数の企業体が協力して、モビルスーツ構想を現実にするため動いたからだ。
彼の論文に目をつけてモビルスーツを実用段階にまで推し進め、宇宙議会連合とのコネを通じて提供した企業の人間がいてこそ、初めてこれらは世に出たと言える。
――グラスレー・ディフェンス・システムズ兵器開発部門の責任者、サリウス・ゼネリ。
後にグラスレー社CEOとなる男であり、英雄デリング・レンブランが絶対の権力者に上り詰める踏み台になった男。
彼が、このモビルスーツという兵器の歴史すべての始まりだった。
人類に反旗を翻したわけではなく、敵味方識別がバグった末に自分たち以外の動態目標を排除するキルモードが常時スイッチONな暴走AIたち。
ドローン戦争はエイティシ〇クスとかマ〇ラヴとかガン〇レードマ〇チとかEGコ〇バットみたいなノリでした。
当然、それをくぐり抜けてきたデリングの半生もそんな感じです。
ちなみに小ネタで出てきたファントンは、元ネタと違って内燃機関駆動ではありません。
というか反応炉積んでます。