――多くの戦友が、部下が、死んでいった。
――少なからぬ上官が息絶えて、後任がやってくることはなかった。
それがデリング・レンブランの知る戦場のすべてであった。彼がヨーロッパ戦線や中央アジア戦線、北アメリカ戦線で大きな戦果を上げ、それらの地域の安定化に寄与したのは単に運が良かったからだ。
モビルスーツ。
兵士を戦場の裁定者たらしめる鋼鉄の巨人。
あの有人単座機動兵器なしに、デリングの打ち立てた武功が得られることはなかっただろう。
だが、現実のこの世界は、彼を類い希な英雄として遇していた。
不本意である。
多くの将兵の犠牲を出した地球派兵が終わってすぐ、デリング・レンブランは大きく出世した。士官学校を出て数年の士官にとっては過ぎたる出世は、明らかにデリングに忖度を求めるものだった。
地位も名誉もくれてやるから、地上での不都合な事実すべてに目をつぶれ、と。
無論、そのような圧力に屈するデリングではなかった。
彼は地球での作戦における上層部の方針を批判し、現場から大きな同意を得ていくこととなる。
しかしそのような態度こそ、腐敗の始まっている軍組織においては許されざるものであった。
一度は英雄ともてはやしておきながら、いざ、デリングが自分たちになびかないと見るや、宇宙議会連合軍の態度は一変した。
彼は最前線で名誉の戦死を遂げることを期待――スペーシアンの自治独立のため最後まで戦い抜いた英雄というプロパガンダの材料になるのだ――されて、今度は宇宙におけるドローン兵器の汚染地帯、月面戦線への転属を命じられることになった。
異論はなかった。
上層部の思惑がどうあれ、市民のため戦うのが軍人の本懐だと彼は心得ていた。
ヨーロッパ戦線や中央アジア、北アメリカ戦線で彼が見てきたのは、家を失い、ドローンによって家族を殺され、嘆き苦しむアーシアンの人々であった。
そこにはアーシアンとスペーシアンなどという区分はなく、ただ、力なき人々がいるだけだった。
そういう現実を覆すために自分たちは戦うのだと、デリング・レンブランはそう信じている。
だが、その思いを一刀両断する友がいた。
「自己満足だな、デリング」
そう述べたのはサリウス・ゼネリ――有人単座機動兵器モビルスーツの開発を推進し、MS開発評議会なる組織まで立ち上げたグラスレー社の重鎮――である。
ここ数年で爆発的にその開発が促進され、普及しつつあるこの人型機動兵器/汎用作業重機は、デリング・レンブランの思想とサリウスの人脈が合わさってこの世に生まれ落ちた兵器であった。
MSの開発と供与を通じて知り合った二人は、すぐに打ち解けて友となった。
二人が見ている世界の景色は、軍人と企業人という違いこそあれど、おおむね一致していた。現在の無秩序なドローン兵器の濫用と、それによる制御不能になった混乱状態の解決には、人間による戦場のコントロールが必要なのだ、と。
そこで人間そのものを拡張身体のコアとして、戦場を制圧可能な肉体を与えたのがモビルスーツであった。
パーメットリンクによって制御される巨人に、ありったけの武装と装甲を積み込み、推進装置と超伝導モーターで機動させる。
戦闘機のような操縦方式だが、より複雑かつ柔軟な操縦が可能であり、戦車のように装甲で攻撃を受け止められる兵器。
大量のミサイルや戦闘艦を用いる、強力だがハイコストな従来のドクトリンに比べて、モビルスーツは
そのMS産業を牛耳る男は今、バーの一角でデリングの隣に座っている。
デリングは強い酒を好まない。
戦場での習慣で、どうにも強い酒で酔うことができなくなったのだ。
今もノンアルコールのドリンクを口にして、口を湿らせるに留めている。
「自己満足だと? 私が?」
軍人である自分が、軍需産業を牛耳る男と個人的に交友関係があるというのも十分に癒着だな、と冷静に思いつつ、サリウスの後ろ盾がなければ、とうの昔にヨーロッパ戦線か北アメリカ戦線で自分は戦死していたという自覚もあった。
であるからして、そんな間柄の男に言われた不本意な一言は耳障りだった。
気分を害した様子のデリングの頓着せず、サリウス――働き盛りだが、生え際の後退が気になる年齢だ――はグラスを傾けて笑う。
「そうだ。宇宙議会連合がお前を偶像にしたがっているのなら、それに乗って地位を固めてしまえばいい。あの腐敗しきった組織を変えたいなら、上に逆らわず耐え忍ぶ期間も必要だぞ」
「私にそんな器用な真似ができると思うか?」
「無理だな」
即答だった。
とはいえ、とサリウスは続ける。
「次は月面戦線だったか。最新の第二世代を回しておくが……生きて帰れよ。それがお前の役割だ」
役割。
この言い回しをサリウスは好んで使った。
まるでアド・ステラという舞台の上で役者が踊っているかのような言い回しだ。
「デリング・レンブラン、お前は英雄となるのだ。スペーシアンすべてのために」
「よせ。私の出世は宇宙議会連合の失態を塗り潰すためのプロパガンダに過ぎない」
「政治的都合があろうと、地位は地位だ。その歳で大隊長などそういるものではあるまいよ、誇れデリング」
「……善処しよう」
友にそう言われては、返す言葉もない。
このとき、デリングはそう思っていた。
◆
月面にほど近い宇宙空間を、三七機(MS一個大隊の最小規模)のモビルスーツ編隊が飛翔していた。
ジェターク・ヘビー・マシーナリー社の第二世代MS〈デスルター〉。
無骨なシルエットだが、その体型は第一世代の〈ファントン〉などよりも人型に近づき、パーメットリンクによる精密な動作が可能となった機体である。
いち早くそれを配備され、運用するデリングの部隊が投入されたのは、月面戦線――地球諸国の投入した自律型無人兵器が軌道上を徘徊し、近づくものすべてを撃墜するようになった宙域だった。
かつて宇宙開発の中心だった月周辺宙域は、敵対勢力への妨害工作に精を出して、後先考えなかった地球諸国の放ったキラーロボットで埋め尽くされている。
自分たちの支配地にならないならば、いっそのこと敵も利用できなくなればいい。
そのような幼稚で稚拙な思考に基づいて、テクノロジーの粋を凝らした宇宙用ドローン兵器が運用されることに、アド・ステラという時代の悲哀があった。
ともあれそのおかげでこのエリアでは、かれこれ半年以上、月のドーム都市への補給が行われていない。
スペーシアン同胞への人道的介入の名の下に、月周回軌道の奪還作戦が開始されるのは当然の成り行きだ。
MS部隊を統率するデリングも投入されるこの作戦は、当然のごとく激戦区であることが予想される地域だった。
遠方の宇宙艦隊がありたっけのミサイルを吐き出す。ロケットモーターで加速した誘導ミサイルは、目標である敵ドローン編隊のはるか手前で撃墜されてしまう。
月面からの対空砲火が、誘導ミサイルをビーム砲で撃ち落としたのである。
敵の対空陣地の位置を明らかにするのが、この遠距離攻撃の役割だった。
強力なレーダー照射の痕跡を認めたMS部隊は、艦隊からデータリンクで敵の大まかな位置を割り出して、月面に降下していく。
艦隊によるドローン掃討を阻む、敵防空システムの無力化を果たすためだ。
推進炎を吐き出して月周回軌道から降りたMS部隊を待ち受けていたのは、月面からの手荒い歓迎だった。
それは二本の足で月面を歩いていた。
それはMSの三倍以上の身長があった。
それは怪物的と言うほかない巨体とビーム砲の塊だった。
副官のラジャン・ザヒが叫んだ。
『目標アルファ、対艦用重攻撃ドローン〈ビグ・ザム〉です! ビーム主砲、来ます』
照射型の高出力ビームは、MSの装甲ではとても受けきれるものではない。
月面でちかちかと光が瞬き始めたのをセンサーで感知、デリングは部下たちにこう叫んでいた。
「全機、散開!!」
〈デスルター〉部隊が散り散りになって回避運動を取った直後だった。
太い荷電粒子ビームの光が、〈デスルター〉部隊をなぎ払うように照射された。
月面とはまだ距離があるから、幸いにも直撃したものはいなかった。
MSで手にしたリニアガンとバズーカ――MSサイズのそれは大砲と呼ぶほかない――を両手に握りしめ、〈デスルター〉部隊は月面に降下した。
関節に防塵シーリングが施された〈デスルター〉は、はるか遠方にそびえ立つ高層ビルのような巨体を見上げた。
全高六〇メートル近い二足歩行する機体という馬鹿げた発想。
大量のビーム兵器で全身を覆った怪物のような巨体、まるで城塞から二本の足を生やしたような異形のドローン兵器〈ビグ・ザム〉は、ちょうどドーム状の月面都市を背にして立っていた。
敵AIの狡猾さ――そうすればこちらは市民のいる月面都市を気にして攻撃ができなくなる。
人間の一番救われない卑劣さや狡猾さばかりを真似る人工知能たちに、失望にも似た感情を覚えながら、デリングは部下に命じた。
「接近して速攻をかけるぞ」
『了解。フロントに当たる危険がありますが』
「構わん。MSの火力ならばドームを貫通することはない」
月面都市近郊に突入した〈デスルター〉部隊はそうして戦闘を開始。
降り注ぐビーム砲の雨をかいくぐりながら、重攻撃ドローンに接近するMS――しかし遮蔽物もろくにない月面では、ばらまかれるビーム砲はそれだけで脅威だった。
戦闘開始から三〇分で半数が中破ないし大破しつつも、半数が〈ビグ・ザム〉に取り付くことに成功。
比較的装甲が弱い機体下部へのロケットランチャーのゼロ距離発射と、ヒートナイフでの刺突を繰り返して、無力化に成功した。
崩れ落ちる〈ビグ・ザム〉を目にして、浅くデリングはため息をついた。
彼の〈デスルター〉も無事ではない。
接近してゼロ距離からバズーカを撃った際に、左腕が吹き飛んでいる。
生き残った部下たちを見てみれば、皆、大なり小なり被弾して機体はボロボロだった。
この無謀とも言える降下作戦は、半ば以上、捨て駒が前提の作戦だ。最初に投入されるMS部隊が囮になっている間に移動した艦隊が、艦砲射撃で〈ビグ・ザム〉を仕留める。
それが本来の流れだったことを、デリングは同期からのリークで知っている。
軍部は腐っていた。
その犠牲となって、部下の半数は死んでいった。だが、半数を生かすことができた。
それだけでもよしとするほかないだろう、そう思いながらデリングは敵撃破の報告をあげた。
「こちらヘラクレス大隊、目標アルファの制圧に成功した。負傷者多数、救援を求む」
『了解した。その場で待機せよ』
艦隊からの通信の直後だった。
「何っ!?」
爆発。
凄まじい衝撃波が大地を揺らした。
〈ビグ・ザム〉の残骸に直撃したのは、ある種の質量弾頭だった。
「敵のドローンか?」
『……味方です。宇宙議会連合第三艦隊……ネルソン級が三隻、艦載レールガンをこちらに投射してきています』
「このままでは都市に当たるぞ!! こちらヘラクレス大隊、第三艦隊、即刻射撃を中止されたし。ここには市民のフロントがある!」
『こちら第三艦隊旗艦〈ドゥーリットル〉。貴官を援護する』
まるで話が通じていなかった。
デリングはこの瞬間、心底、ぞっとした。
今まで自分は政争を意に介さず生きてきたが、それは大きな間違いだったのではないかと。
そう悟らずにはいられなかった。
これは誤射や伝達ミスなどではない、と確信する。
宇宙議会連合の上層部は、明らかに自分を殺しに来ていた。
散り散りになって逃げ惑うデリングたちをせせら笑うように降り注いだ砲弾は、やがて、ドーム都市に突き刺さって。
白いドームが砕け散って、内部から大気の流出が始まった。
『流れ弾が……』
ドーム状の宇宙都市に大穴が開いて、そこから空気漏れが発生しているのだ。
そうなったとき真っ先に起きるのは、流出する大気に引っ張られてモノや人が宇宙空間に吸い出される悲劇だ。
人間がゴミのように宙を舞い、瓦礫と一緒に宇宙空間に吸い出されていく。
いつしか艦砲射撃がやんだことに気づきながら、デリングは焦った。
「全機、生存者を救助するぞ!」
『了解!』
『ちくしょう、なんで味方が撃ってくるんだ!?』
この惨劇を前にして、デリング・レンブランにできることは絶望的な生存者の救助だけだった。
◆
結論から言おう。
デリング・レンブランの英雄としての地位は不動のものになった。
ちょうど時期が重なって、ドローン戦争の終結宣言――地球諸国で力を持つ国々の共同声明――が出されたのも効果があった。
――月面都市解放の英雄。
その勇名は地球圏のスペーシアンの間で広まりきっている。
一方でそれまでの彼の経歴――地球各地を転戦してきた過去は、まるでなかったもののように扱われていた。
そして何より市民に犠牲の出た例の艦砲射撃は、ドローン兵器の発砲した実体弾が衝突したものとして情報操作され、なかったことにされている。
これを機に実体弾の法規制を望む声も上がっているが、とんだ茶番だった。
あの月面都市での
実際のところ、ドローン戦争が終わったとはデリング自身考えていなかった。経済的に影響力の強い国々の間では、ある程度、差し迫った問題は解決されたのだろうが、地球全土にはびこった自動化戦争の置き土産は多すぎる。
何よりAI兵器の濫用によるインフラや教育基盤の破壊は深刻で、復興の道筋すら見えていないというのに。
であるからして、ドローン戦争の英雄とも呼ばれる男の顔色は優れなかった。
久しぶりの休暇だった。
故郷のフロントに戻ってきたデリングを待つ人は、もうどこにもいない。
デリングの父母は亡くなっていた。
若すぎる死だった。
無重力環境と宇宙放射線による老化の加速現象――ナノマシン摂取による予防がされていなかった初期の宇宙開拓者は、特にこうして死んでいくのが早い。
その例に漏れず、デリングの父母も老衰で息を引き取った。
墓地に足を向けたデリングは、墓前に供える花束を手にして規則正しく石畳――正確にはそう見えるように彫刻されたナノテク建材――の上を歩いた。
小惑星をくり抜いて作る
澄み渡った人工の空の下、デリングは父母の墓の前で足を止める。
無言。
胸中で語りかけたあと、花束をそっと供えて。
デリングは自身の将来のことを考えた。
サリウス・ゼネリからはグラスレー社の私設軍隊に来ないかと打診されている。
それが彼の言うところの役割――利用価値がある人材になった、ということなのだろう。今となってはデリングにも、宇宙議会連合に対する未練はなくなっていた。
この世界はあまりにも危うい均衡の下に成り立っている。
誰かがそれを正さねばならない。
そのための最短経路はきっと、このまま宇宙議会連合で謀殺の恐怖に怯えることではあるまい。
ふうっとため息をついたときだった。
視界の端に白いスカートの裾が見えた。
いつの間にか深く考え込んでいたらしい。顔を上げると、そこには春物のワンピース姿の女性が立っていた。
デリングより一〇歳は若いだろう、大学生ぐらいの若い女性だった。
男は道を譲るように身体を動かして、会釈した。
二人がすれ違ったときだった。
女性が肩からかけているポーチから、ハンカチがこぼれ落ちた。
思わず声をかけた。
「お嬢さん、ハンカチを落とされましたよ」
「…………あら? 本当だわ、どうもすいません」
そう言って微笑む女性――長い銀髪、切れ長の目、白い肌、薄く紅を差したような唇。
美しい人だと思った。
あるいはそれは、自覚がないだけで一目惚れだったのかもしれない。
――それが、デリングとノートレットの出会いだった。
ガンダムSEED FREEDOM(鳴き声)
うむ…