ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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デリング・レンブランが演説するだけの話

 

 

 

 

 

――愛するものを取りこぼしながら、歩き続けた人生だった。

 

 

 

――後悔はある。悲嘆はある。憤怒はある。

 

 

 

――だが、しかしそれでもなお。

 

 

 

――立ち止まれなかった。

 

 

 

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 灰色の頭髪と顎髭を生やし老年に差し掛かった男は、老いてなお壮健な心身の持ち主であった。

 男の名はデリング・レンブラン。

 MS開発評議会を母体として作られた超巨大企業グループ、ベネリット・グループの初代総裁であり、地球圏の経済の一角を支配する事実上の独裁者である。

 彼が今、滞在しているのはベネリット・グループ本社フロントではなく、プラント・クエタ――先のクーデター事件の傷跡も生々しい超巨大生産プラント――の一角にある講堂だった。

 広々としたその空間で壇上に立つ男は、パーメット通信によって太陽系全域にその声を届けるべく、無数のカメラとマイクを前にしている。

 合図があった。

 放送が開始されたのと同時に、デリングは口を開いた。

 

 

「二一年前、私は一つの結論を皆さんに語りました。兵器とは人を殺すためだけに存在するべきだと。一点の言い訳もなく純粋に殺すための道具を手にすることで人は罪を背負うのだと……この結論は今も変わりません。有史以来、人類の歴史は戦争に塗れてきました。戦争のない世界、恒久平和、そんな言葉が理想主義者の戯れ言と笑われるほどに。我々の歴史は戦争と切り離せません。私自身、これまであまたの戦場を経験し、またMS産業に関わるものとして戦争に関係してきました。その罪業は決してあがなわれぬものなのでしょう」

 

 

 その放送は、太陽系のあらゆる場所に届けられていた。

 地球全土、月面都市、地球圏の宇宙フロント群、木星や火星、水星に植民した宇宙フロント。

 アーシアンとスペーシアンの隔たりなく、放送設備のあるすべての地域の人類が、地球圏公用語で話される演説――AIによる自動吹き替え付きだ――を聞いていた。

 デリング・レンブランの演説の出だしは、企業の罪を懺悔するかのように始まった。

 それに続いたのは、未来を想う言葉だった。

 

 

「しかし、だからこそ、思うのです。我々はその罪深さと向き合い、新たな世界秩序の在り方を皆さんに示さねばならないのだと。それだけの責任と力が、我々、ベネリット・グループには存在しているからです」

 

 

 世界秩序。

 その言葉の意味するところを理解している人間がどれだけいるだろう。

 デリングの言葉は企業のトップのそれというよりも、未来を憂う宗教家のように情熱に満ちていた。

 

 

「今の世界秩序はすでに限界に達しています。これはスペーシアンの世界、アーシアンの世界などという分断で語られるべきことではありません。太陽系文明全体の問題として、人類の社会は停滞と縮小の予兆に満ちています。このままでは、我々の世界は滅びてしまうでしょう。ゆえに、私はあらゆる戦争行為を停止させるべきだと考え、その手段を構築してきました」

 

 

 この男が語っているのは、ベネリット・グループ総裁としての保身や自己弁護ではなかった。

 真実、この世界の行く末を憂い、人類の終末を避けるための解決策を提示する――そういう熱に満ちた言葉が、太陽系の隅々にまで送り込まれていく。

 

 

「それこそが〈クワイエット・ゼロ〉――地球圏にはびこるあらゆる暴走AI、暴走ドローン兵器を機能停止させ、ドローン汚染地帯を解放するテクノロジーです。これが実現した暁には、地球は再び活力にあふれた大地として蘇ることでしょう。我々にはそのための投資と再開発の準備もあります……にもかかわらず、それを不都合だと考えるものたちがいます。彼らは戦火に満ちた今の世界を好都合と考えているのです」

 

 

 クワイエット・ゼロ計画の表向きの理想を、男は歌い上げる。

 地球に深い傷跡を残したドローン戦争、その負の遺産の清算――これ以上なく耳障りのいい言葉である。

 このままではアーシアンとスペーシアンは共倒れになる、という危機感に対する回答は、すぐに敵対者への糾弾に移っていく。

 

 

「このような不公平と不平等に満ちた旧弊をよしとする、悪しき時代の産物と、我々は戦わねばならないのです。私はここに宣言しましょう――今またこうして不当な争いを仕掛けてきているものたちに、正義のため抗うことを!」

 

 

 具体的な言及は避けていたが、デリング・レンブランが抗わんとしているのは、誰が聞いても宇宙議会連合であることは明白だ。

 地球の浄化とその後の復興という正義を掲げ、保守勢力の敵対者として振る舞う今のデリングは、まるで変革を求める革命家のようだった。

 彼が戦争シェアリングという悪逆の当事者であることなど、見ているものが忘れ去ってしまうほどに。

 それは強いカリスマに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

「レンブラン閣下……やるんだな。どれだけ非難されても……それでも平和な世界を作るために。だったら俺も……どんな敵とだって戦う!」

 

 ドミニコス隊MS母艦〈ユリシーズ〉艦内、食堂にて。

 その演説を聞いていた若手の隊員の一人が、頬を上気させて叫んだ。

 あまりに悪目立ちする行為だったので、周囲の同僚たちが彼をからかうのは必然だった。

 

「おいおい、あんまり調子に乗るなよ!」

「こいつ、スレッタにいいところ見せたいんじゃないッスかあ?」

 

 今はここにいない彼らの小さな魔女(リトル・ウィッチ)を思って、そんな言葉を吐くものもいたが。

 興奮していた若手の青年は、真剣な表情でこう訴えかけた。

 

「そんなんじゃないですよ、俺、真面目ですから! いいじゃないですか、戦争を止めるための戦い!」

「あー、お前、戦災孤児だっけか」

「ええ、だから、こう、総裁の演説すげえよくって……」

 

 興奮している若手をなだめるように、先輩の隊員がその肩を叩いた。

 

「じゃっ、しっかり生きて尽力しないとだな!」

 

 そんな部下たちの様子を見ながら、通りすがりのドミニコス隊司令官ケナンジは、気づかれぬようそっと食堂近くの通路を移動した。

 その顔に浮かぶのは、今の状況――本来、監査組織の特殊部隊である彼らが、スペーシアンとの戦争に駆り出されるかもしれない現実への戸惑いだ。

 ベネリット・グループそのものが解体されかねない状況では、カテドラルもそれに合意しかねない状況であるが。

 まったく胃痛の材料は尽きないらしい。

 

「……やれやれ、上が何を考えているかは知らないが……中間管理職にはつらいシーズンだな」

 

 ケナンジ・アベリーはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

「ははっ、だっさい演説だよね。まるで自分が正義の味方とでも言いたげじゃないか、デリング・レンブラン」

 

 ペイル・テクノロジーズ本社にて。

 その美しい少年は、ケラケラと軽薄に笑っていた。

 デスクに行儀悪く腰掛けてデリングの演説を視聴していた少年は、デスクワークの疲弊も見せず、ペイル社の戦略AI〈ペイルグレード〉に話しかける。

 

「グラスレー社も大変だよねえ。CEOがようやく決まった矢先にこの騒ぎだろ? シャディク・ゼネリにも同情しちゃうね」

 

『そういう我々も他人事ではないのですが、理解していますか? 早速、総裁権限でペイル・テクノロジーズ保有の艦隊戦力の供出が求められていますが』

 

「……うわっ、最悪だな。艦隊の維持だってただじゃないっていうのに」

 

 そうぼやいて、エラン・ケレスはタブレット端末を操作。

 あっさりと艦隊の供出に合意する。

 

『よろしかったのですか?』

「クーデターを起こしたグラスレーほどじゃないにせよ、うちは弱り目だからね。こういうときに忠誠心を見せないと話にならないよ」

 

 半笑いでそう言ったあと、エランはこれから先の展開を思ってニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた。

 

「それにしても楽しみだよ、世界がどうなってしまうのか……ジェタークやグラスレーがどう動くかも見物だね」

 

『この状況で徹底抗戦となると離反する企業もいるのではないでしょうか、たとえばジェターク社などが』

 

「ジェターク社なら心配ない。今さらあのヴィム・ジェタークに状況をひっくり返す力なんてないよ。この状況で自分でトップを張りたがるほど欲深じゃないさ、あのおっさんは……こんな答え、わかってて訊いてるだろお前」

 

 むしろ信用ならないのはグラスレー社の方さ、と呟くエラン・ケレス。

 あのシャディク・ゼネリという若すぎる新CEOは、どうにも信用ならないところがあった。

 

「あと気にかけるべき存在があるとすれば……〈エアリアル〉を所有している株式会社ガンダムかな」

 

『彼女たちにそこまで力があるとは思えませんが、その根拠は?』

 

「ペイル・スキャンダルで猛威を振るった最強のモビルスーツなら、どんなインチキをやってきても不思議じゃないだろう? クワイエット・ゼロとやらが本物かどうかも、こっちはわからないのが難点だよ。ま、なんにせよ――」

 

 一人の若者として、エラン・ケレスは激動の時代に思いをはせた。

 意地の悪い笑みを浮かべて。

 

 

 

「――この世界は()()()()()()()()()()()()()()。僕はそれが楽しみなのさ」

 

 

 

 

 

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