ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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デリングがクワイエット・ゼロを起動するだけの話

 

 

 

 

「おのれデリングめぇ!!! 何を考えている!!」

 

 

 ヴィム・ジェタークは荒れに荒れていた。

 ジェターク社CEOの執務室で、荒れ狂う中年男はずかずかと床を踏み周り、縮こまる秘書を放って叫び続けている。

 

「地球の再開発はいいだろう、相手がアーシアンだろうが金になるならそれに越したことはない……だが、宇宙議会連合と戦争など!! 我々の戦力では話にならんのだぞ!!」

 

 何十隻もの宇宙艦隊をいくつも保有し、所有する艦艇そのものも大型で強力な軍艦をそろえている宇宙議会連合は、地球圏最強の列強勢力だ。

 如何にベネリット・グループが私兵による私設軍隊を保有しているとは言っても、それはあくまで「一企業グループとしては破格の戦力」と呼べるに留まっている。

 そこらの弱小フロントや宇宙海賊など歯牙にもかけない最新の軍備を保有してはいても、戦力や人材の層に厚みがないのである。

 一回や二回の艦隊戦ならば、互いの兵力を消耗しながら展開できるだろう。

 だが、それ以降が続かない。

 宇宙議会連合が追加の艦隊を動員できるとき、ベネリット・グループの保有戦力は死に体になっているはずだ。

 その程度の計算は、この話に蚊帳の外のヴィムにもわかる。

 だというのに真っ向勝負で戦争とは。

 正気の沙汰ではない。

 

「く、クワイエット・ゼロは強力な電子戦システムであるとグラスレー社のクーデター時に確認されています……それが彼の勝算なのではないでしょうか?」

 

「ふん、電子戦だけで戦争が片付くならば、ドローン戦争の折にモビルスーツが普及することはなかった。それが答えだ」

 

 話すうちに冷静になってきたのか、ヴィムはどうするかを思案し始めた。

 今からでは宇宙議会連合の側にすり寄るのも難しい。かといってこのままデリングの要請に応じるだけでは、いたずらに戦力を消費するだけだ。

 ジェターク社がどう立ち回るべきか、ヴィムが頭を悩ませていたときだった。

 秘書が端末を操作し、たった今、入ってきた情報に怪訝そうな顔をした。

 

「グエル坊ちゃんから連絡です」

「あとにしろ、俺は今、忙しいのがわからんか!」

「いえ、それが……クワイエット・ゼロについて話したいことがあると」

「何ィ? ……繋げ」

 

 スクリーンに映ったグエルの表情は、この前、会ったときよりも大人っぽくなっているように見えた。

 また大きくなったか、とヴィムが思っていると、グエルが神妙な顔つきで話し始めた。

 

『父さん、株式会社ガンダムで俺が聞いたことなんだけど――』

 

 グエルはバカ正直にすべてを話した。

 〈クワイエット・ゼロ〉の要であるオーバーライドは、パーメットを使用したあらゆる電子機器を掌握する力があること。

 今やデリング・レンブランは地球圏はおろか太陽系全域の支配に王手をかけた状態であり、目先の宇宙議会連合との戦争よりも危険な目論見があること。

 それを止めるためにミオリネ・レンブランを中心にして、デリングを説得する準備を進めていること。

 最悪の場合は〈クワイエット・ゼロ〉の中枢にあるガンダムを破壊し、オーバーライドそのものを阻止すること。

 黙って息子の話を聞いていたヴィムは、要するに、と口を開いた。

 

「――お前はその阻止作戦に参加したいのだな」

 

『……そうです。父さん、どうか俺の参加を許してくれないか』

 

「今まさに太陽系を支配する独裁者になろうとしている男に刃向かうのだぞ? 失敗すればお前はジェタークCEOの後継者の座を失う。その意味をわかっているのか?」

 

 ヴィムの問いかけに対して、彼の息子は押し黙った。

 愚直な子供である。昔の自分を見ているようで放っておけないから、ヴィムはその進路に口出しをし続けてきた。

 そうすれば若き日の自分と同じような過ちを犯さず、我が子が立派に育つと信じているからだ。

 これまでグエルは決闘で結果を出し続けてきた。

 可愛い息子である。

 そんなグエルが今になって、無謀な賭けに参加しようとしている。

 親としては止めるべきであった。

 しかしながら、すっかり精悍な顔つきのグエルは澄んだ瞳でヴィムを見てくる。

 

『父さん、このままじゃデリング・レンブランは絶対的な独裁者になってしまう。そうなればジェターク社も、ペイル社やグラスレー社のように粛清の対象になりかねないんだ。俺はミオリネの策に賭けたい』

 

「ふん、ミオリネ・レンブランの入れ知恵か」

 

『うっ……』

 

 我が子の反応はわかりやすく、目に見えてうろたえている。

 俺の息子をたぶらかすとは雌狐め、と思いつつヴィムは考える。

 作戦そのものは悪くなかった。

 このままではデリングの一人勝ちになるから、それを上手いこと掠め取るという作戦は着眼点がいい。

 何よりあのデリング・レンブランに吠え面をかかせられるというのが気に入った。

 最悪、グエルがしくじってもラウダに跡を継がせればジェターク社へのダメージは最低限で済む。

 困ったことに、ジェターク社CEOとしてはやらせてもいい、と思える提案だった。

 だからヴィムの懸念は、親としての忠告に絞られた。

 

「〈シュバルゼッテ〉の修理と持ち出しまでは認めてやる。あとはすべて我が社には関係ないことだ」

 

『……父さん!』

 

「いいか、ラウダを巻き込むなよ」

 

 それがヴィム・ジェタークにとって譲れない一線だった。

 彼の息子、グエル・ジェタークは覚悟を決めたように頷いた。

 

『わかってる。これは俺の戦いだから』

 

 通信が切れた。

 深々とため息をつくと、ヴィムはぽつりと呟いた。

 

 

「…………バカ息子め」

 

 

 

 

 

 

――なんだか劇場版ウィッチ・フロム・マーキュリーって空気になってきたよね、スレッタ。

 

 

「突然何を言い始めたのエリクト……その言い方だとTVシリーズはいつやったの?」

 

 地球寮MSハンガー、〈エアリアル〉コクピット内にて。

 スレッタ・マーキュリーは駆動系の自己診断プログラムを走らせながら、姉のエリクトとパーメットリンクで会話していた。

 少女の姉はどこまでも自由人であり、ルイ・ファシネータからの宣戦布告に等しい発言を聞いたときの動揺はどこへやら、今は完全に俗物としてアニメ映画をエンジョイしていた。

 めちゃくちゃ気が散る。

 

 

――暇だからずっと昔好きだったアニメの劇場版見ててさあ……やっぱ挿入歌あると盛り上がるよね! エンディングテーマも昔の音楽チームが再結成されて感動したよ僕は……アニメは自由(フリーダム)じゃないとね……

 

 

「エリクト!? 真面目にやってよ、外ではみんなが〈エアリアル〉修理してくれてるんだからね?」

 

 

――僕にできること何もないじゃん。ならアニメ見ながら時間を潰すのが時間のちょうどいい使い方じゃん? 修理って言ってもエランに吹っ飛ばされた頭部の交換だけだしさー。

 

 

――そういえばスレッタ、もうホルダーの白い制服じゃないんだね。

 

 

「うん。今のホルダーはエランさんだし……花婿の座は婚約破棄でどっかに行っちゃったけど」

 

 

――あいつ大人しそうな顔してやることがえげつないよね。まあ婚約関係面倒くさかったし助かったけど。

 

 

――それはそうとこのSFアニメさー、TVシリーズでは人間がマイクロ波で爆発したり、核ミサイルが炸裂したり、超巨大ガンマ線レーザー砲で宇宙艦隊が消し飛んだりしてて……いや、今にして思うと八歳児に見せるアニメじゃないね。何考えてんだあいつ(ルイ)

 

 

 何の話かさっぱりだが、思いのほか殺伐とした内容のアニメを見ていたらしい。

 そこで聞き捨てならない相手の名を聞いて、スレッタはMSのコンソール画面から顔を上げた。

 

「ルイお兄ちゃんが選んだアニメだったの?」

 

 

――昔、僕とお母さんとルイは一緒に過ごしてたからね。忙しいお母さんの代わりに子守してたのがあいつだったのさ。

 

 

「いいね、なんだかそういうの。本当の兄妹みたいで」

 

 

――ちょっと待った、僕の方が姉だからね!? っていうか、ルイのことはお兄ちゃん呼びで、僕は呼び捨てっておかしくない!?

 

 

 エリクトからのツッコミに対して、スレッタは困ったように眉を寄せてうめいた。

 

 

「うーん……エリクトはエリクトだし、お姉ちゃんってつけるのはなんか違くない?」

 

 

――ひどい! 差別だ! お姉ちゃん差別反対!!

 

 

 エリクトからの抗議を「はいはい」と聞き流しつつ、自己診断プログラムの結果を見やる。

 激しい戦闘のあとだが、駆動系に異常は見当たらない。

 フレームごと新調されたばかりの〈エアリアル〉の調子はバッチリ、と言っていいだろう。

 よし、と小さく呟いたときだった。

 不意にエリクトがこう言った。

 

 

――僕たちの問題に、また君を巻き込んじゃってるよね。

 

 

「今さらでしょ、エリクト。それにさ、わたしたちは姉妹なんだから――全部ひっくるめて、一緒に解決していこうよ」

 

 

――ありがとう、スレッタ。

 

 

 狭いコクピットの中で、生身の少女とパーメットに記述された魂は語り合う。

 奇妙な姉妹の時間は、何事もなく穏やかに過ぎていった。

 まどろむように、祈るように。

 

 

 

 

 

 

「……スレッタ・マーキュリーは敗れたか」

 

『はい、閣下。決闘により株式会社ガンダムが勝利し、〈エアリアル〉の所有権は彼らに譲渡されました』

 

「このために代替コアを準備していたのか、ルイ・ファシネータ」

 

『はい、閣下。不測の事態に備えるのが()()()()()()ですので』

 

 超巨大構造体(メガストラクチャー)たる銀色の棺――〈クワイエット・ゼロ〉内部の管制室に、一人の男が立っていた。

 男の名はデリング・レンブラン。

 つい先刻、太陽系全域に対して演説を行い、宇宙議会連合との対決姿勢を鮮明に打ち出したベネリット・グループ総裁、事実上の指導者である。

 今のところ、ベネリット・グループ内部でデリングに対する離反の動きは出ていない。

 何の交渉の余地もなく強制介入を宣言した宇宙議会連合のやり方は横暴だったし、ペイル社とグラスレー社に対する粛清により、ベネリット・グループ内でのデリングの権威は逆らいがたいほどに高まっているからだ。

 とはいえそれも、彼が勝利者であり強者だと認識されているからに過ぎない。

 企業体の集合体であるベネリット・グループに独裁者への忠誠心など望むべくもない。

 彼が一度でも敗れれば、雪崩打つように離反者が続出するだろう。

 そういう現実がわかっているから、〈クワイエット・ゼロ〉の起動シークエンスを見守る男の顔に油断はない。

 

『ペイル社とジェターク社は艦隊戦力の供出に同意しました。グラスレー社は艦隊再編を理由に承認を渋っていますが、如何なさいますか?』

 

「構わん。もとよりクーデター直後のグラスレーを護衛に使う気はない」

 

『では〈クワイエット・ゼロ〉の護衛にはドミニコス隊を?』

 

「そうだ、カテドラルに通告を。これはベネリット・グループの存続に関わる問題だと伝えろ」

 

『承知しました』

 

 ルイ・ファシネータからの同意のあと、デリングは自分がいる管制室を見下ろした。

 技術者とオペレーターたちが進めているのは、ハードウェアとしての〈クワイエット・ゼロ〉――巨大な移動要塞の起動準備である。

 プラント・クエタの建造区画に収まっている銀色の棺は、それ単体で数キロメートルの全長があり、尋常ではない質量を秘めている。

 フロント・ビルダーを改装して用意した専用ドックの天蓋が、ゆっくりと開いていき、外部から太陽光線が〈クワイエット・ゼロ〉に差し込む。

 銀色に輝く機動要塞は、その威容を世界に表そうとしていた。

 

「コアユニットとの接続正常、シェルユニットの同調開始……現在、パーメットスコア4相当まで進行。目標進行度の五〇%を達成」

 

「〈クワイエット・ゼロ〉表面の相転移装甲、起動完了。アンチ・キネティックエネルギー構造体、活性化プロセス進行」

 

「メインエンジン、サブエンジン、オールグリーン。出力三〇%、角度九〇度補正で噴射――〈クワイエット・ゼロ〉、発進します」

 

 艦艇用の推進器を束ねたサブエンジンが噴射され、〈クワイエット・ゼロ〉の巨体が浮かび上がる。

 音もなく虚空へと進み出た、白銀に輝く巨人の棺。

 怪物の目さながらの亀裂にシェルユニットが敷き詰められた異形の構造体が、宇宙空間へと飛び出していく。

 それは正しく、この悪に満ちた時代(カリ・ユガ)を滅ぼす白の騎士(カルキ)

 人類を黄金時代に導かんとする意思の結晶であった。

 

 

 

――超大型移動式パーメットAIプラットフォーム〈クワイエット・ゼロ〉。

 

 

 その建造者たる男は、強い意思を込めて頷いた。

 

 

 

「――我々の戦争の始まりだ」

 

 

 

 













・〈クワイエット・ゼロ〉(1)
パーメット干渉波増幅機構〈クワイエット・ゼロ〉。
プラント・クエタで建造されていた超大型移動式パーメットAIプラットフォームであり、またそれによって遂行される計画のこと。
全長数キロメートルの超巨大構造体(メガストラクチャー)であり、対デブリ用の超強度構造体で覆われた船体を小惑星移動用の超大型エンジン使用した主推進装置、艦船用エンジンを束ねた副推進装置によって移動させる機動要塞。
キロメートル級の超大型艦船とも表現できる。
新型GUNDフォーマットの中枢であるパーメットAIサーバーの正体であり、デリング・レンブランが進めるオペレーション・ピースキーパーの要である。
内部には数百機の遠隔操作型機動兵器〈ガンドノード〉が収納されており、これを中継器として様々な物理現象を引き起こすことが可能。
その実態は根源的情報元素パーメットによる超光速干渉波の出力・増幅を目的とした巨大なアンテナ、太陽系全域を影響下における事象改変装置(フェノメノン・チェンジャー)である。
一度、完動状態で起動すればそれ自体が事象改変装置として自己修復を行い、半永久的(外部からの干渉によって破壊は可能)に稼働し続ける究極の永久機関。
正しく使われれば、その存在は人類の夢と言えよう。





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