『……■■日未明に始まった宇宙議会連合とベネリット・グループの武力衝突は、宇宙艦隊同士の会戦によって宇宙議会連合側が大打撃を受けつつ、現在も戦闘が継続されています。戦場となっているL4周辺宙域では、現在も軌道封鎖が続いており、商用航路の制限などにより宇宙経済への影響が心配されています。ベネリット・グループ企業軍のラジャン・ザヒ司令官は、宇宙議会連合中央軍がコペルニクス条約違反の質量投射兵器を用いたとして、これを激しく非難しています。宇宙議会連合の広報官は条約違反の疑惑を否定しており、戦場は混迷を強めるばかりです』
『番組では軍事に詳しい宇宙戦闘の専門家イサク・チバ氏にお越しいただき、今回のベネリット・グループと宇宙議会連合の武力衝突について解説していただきます。チバ先生、今回の武力衝突の発端は何なのでしょうか?』
『今回の戦闘はですね、まずベネリット・グループの大量破壊兵器の所持疑惑が発端となっています。ベネリット・グループ側は宇宙議会連合憲章に違反するような兵器は保有していないとして、これを否定していてですね。その結果、両者は交渉が決裂して、軍事力を行使することになってしまったわけですね』
『ベネリット・グループに対する強制介入はすぐに発表されていましたが、これはそれだけ、宇宙議会連合が確度の高い情報を掴んでいたからですか?』
『そうですね、今回の武力衝突の焦点は、デリング・レンブラン総裁の発表していた〈クワイエット・ゼロ〉の危険性です。私は今回の宇宙議会連合の動きは拙速だったと考えているんですよ、ええ。強制介入というのは本来、企業自治に対する最終手段です。本来であればベネリット・グループに対する査察などを経て、慎重に行われるべき手続きでした。今回の強制介入……つまり軍事力を伴った介入にはですね、建前はあっても内実が伴っていないのです』
『L4の戦場には〈クワイエット・ゼロ〉の姿も確認されていますが、これは宇宙議会連合が〈クワイエット・ゼロ〉を確保しようとしているからなのでしょうか?』
『そう考えるのが自然でしょう。〈クワイエット・ゼロ〉がどのようなものなのかは詳細が不明ですが、L4の武力衝突では宇宙議会連合側に多数の死傷者が出ているとの情報もあります。本来、宇宙議会連合の動員している兵力はベネリット・グループ側の三倍以上と言われておりまして、すぐに決着が付くと考えられていましたので、我々もですね、とても驚いています。このような戦況に何らかの影響があったのかもしれません』
『デリング・レンブラン総裁の演説では、〈クワイエット・ゼロ〉を用いた地球のドローン問題の浄化について触れられていました。それについてどうお考えですか?』
『あの演説の内容とベネリット・グループの公式見解を信じるならば、〈クワイエット・ゼロ〉は地球規模のネットワークに介入する力があると考えられます。それは天文学的な情報をですね、やりとりできるということを意味しているんです。これは使いようによってはとても危険なテクノロジーですよ』
『チバ先生、ありがとうございました。番組では今後も独自の観測ドローンを駆使し、L4の戦闘について報道を続けていきます――さて、次のニュースは月面都市で流行のペットについてです。最新の遺伝子操作生物について特集を――』
◆
『実はグラスレー社のクーデターを鎮圧したときに、〈クワイエット・ゼロ〉に接続してね。そこで〈アミュレット・システム〉のプログラムをコピーしてきたんだ。これを上手いことインストールして〈エアリアル〉を管制機にすれば、
「なるほどね、水星ちゃんのお姉さんは抜け目がないってわけだ」
地球寮のMSハンガーにセセリアの悲鳴が響き渡ったあと――グラスレー社の保有する護衛艦隊旗艦〈アド・アボレンダム〉の艦内にて。
中世ヨーロッパの城塞を思わせる巨大な艦艇の内部、グラスレー・ディフェンス・システムズCEOとその関係者だけが立ち入ることを許された一室に、シャディク・ゼネリの姿はあった。
通信の相手は〈エアリアル〉に宿ったパーメットAI、エリクト・サマヤである。
内部の権力闘争を根回しによって勝ち抜き、無事にグラスレー社CEOの座に納まったシャディクは、早速、その権力を駆使して様々な工作活動を行っていた。
あえてデリングと距離を置いて宇宙議会連合との停戦を取り持つために方々に働きかけているのもその一環だったのだが――彼の本命は、どうやってデリングのクワイエット・ゼロ計画を止めるか。
まさにそれに尽きた。
そんなところに〈エアリアル〉――もといエリクト・サマヤからの連絡が入り、切り札の存在を教えられたのであった。
「聞いておきたいんだけど、その
『うーん、そうだね。流石に大型の艦艇なんかは無理だけど、ベネリット・グループ製のOSなら余裕。僕もパーメットAIだからね、MSとミオリネたちを乗せていく連絡艇ぐらいはカバーできるよ』
「それを聞いて安心したよ。エランを今さら寿命を削るガンダムに乗らせて死なせたくはないからね」
『それで〈クワイエット・ゼロ〉までの移動は、君のところの護衛艦隊がやってくれるんだっけ?』
「ああ、株式会社ガンダムがベネリット・グループ総裁へ陳情に赴くのを、御三家として手助けするだけだ。これぐらいはデリングへの裏切りでも何でもないってわけさ」
『あ、そろそろミオリネが代われってうるさいから代わるね。じゃあ、みんなをよろしくシャディク・ゼネリ』
数秒間の沈黙のあと、通信チャンネルが切り替わって見慣れた幼馴染みの顔が画面に映る。
ミオリネ・レンブラン――シャディクの想い人であり、ビジネスパートナーである銀髪の少女。
彼女はシャディクにとって久しぶりになる声を聞かせてくれた。
『CEO就任おめでとう、シャディク。早速で悪いんだけど、あんたのところの艦隊の力を借りるわよ?』
「ああ、頼ってくれて構わないよ。〈クワイエット・ゼロ〉に近づくのは簡単だ。ペイル・テクノロジーズも消極的にサボタージュしてくれることになった。みんなデリングの独裁は嫌なのさ」
『我が父ながら人望なさ過ぎでしょクソ親父……』
ミオリネからの現状報告は中々に有意義なものだった。
あのジェターク社もこのミオリネによるクーデター紛いの
エリクトが入手した〈アミュレット・システム〉を元にした抗体プログラムの作成も順調に進んでいるらしく、現在はそのインストール準備を進めているところだという。
シャディクは今、一人のMS乗りとしてミオリネの下に駆けつけることはできない。だが、グラスレー社CEOとしての権力で、株式会社ガンダムを助けることはできる。
それが今の彼にできる、精一杯の幼馴染みへの手向けだった。
そのとき、ミオリネから圧縮データファイルが送られてきた。CEO直通の暗号回線だからセキュリティ上の問題はないが、妙に馬鹿でかいデータである。
「これは?」
『あんたに預けておくわよ。エリクトが作ったオーバーライド抗体プログラムのデータと、その認証アカウント。両方そろわないと意味がない代物だからね』
「……頼りにされてるって考えていいのかな」
それなりにね、と呟いてカメラから目をそらすミオリネは、天邪鬼で素直じゃない可愛い幼馴染みのままだった。
そして彼女は不意打ちみたいに、シャディクの方を向いて、釘を刺してくるのだった。
『あんたが全部背負うような真似したら、あることないこと言いふらして暴露本出してやるんだから……シャディク・ゼネリの幼馴染みです、真実をお話します……ってね』
「真面目に嫌な方向の仕打ちだな、それ……」
引きつった顔になったシャディクは、絶対にそんな仕打ちをされないようにしよう、と心に誓うのだった。
◆
ジェターク寮のMS格納庫では、急ピッチで〈シュバルゼッテ〉の修理が進んでいた。破損していた手足は全交換になったし、激しい格闘戦を繰り広げた関節はメンテナンスが必要な状態だったが、ジェターク寮の優秀なメカニックたちは難なく短時間でこの修理・再調整を終えていた。
株式会社ガンダムから送られてきた怪しげな抗体プログラムのインストールには難色を示されたが、寮長であるグエル直々のお願いに、メカニック科のカミルが折れた。
「お前が命を預けるMSだ、グエルの意思を尊重するが……」
そう言って困ったように笑う彼を見て、グエルは得がたい友を得たと思う。
荒れに荒れたのはラウダとの会話である。株式会社ガンダムによるクワイエット・ゼロ計画阻止作戦に、ただ一人、グエル・ジェタークとして参戦する。
そう伝えたときの異母弟の動揺振りは、グエルの想像を超えるものだった。
彼は如何に兄が無謀で無責任であるかを訥々と語り、考えを撤回するよう兄に懇願した。
しかし今さら後に引けるほどグエルは甘い覚悟で志願したわけではない。
そして当然、大喧嘩になった。
このグエル・ジェタークとラウダ・ニールが家族になってから、生まれて初めてするような兄弟喧嘩だった。あれほど激しい口論になったのは本当に初めてだな、と思いながらグエルはジェターク寮のMS格納庫から出た。
ピカピカに新品同然に磨き上げられた〈シュバルゼッテ〉は、まるで白いタキシードみたいに綺麗な純白だ。
その機体を目に焼き付けたあと、MS格納庫の前の地面を踏みしめて。
はぁ、っと夕暮れ時の空を見上げる。
おそらくきっと、大企業の跡取り息子としてはラウダの言っていることの方が正しい。自分の将来を棒に振る危険まで冒して、成功するかも危うい子供の考えた作戦に命を賭けるなど正気の沙汰ではない。
だが、こう思うのだ。
恋するものが正気でいられるわけがない。今まさにグエル・ジェタークは恋という事件の真っ只中におり、また〈クワイエット・ゼロ〉がもたらす未来が正しいとも思えないから、命を賭けると決めたのだ。
危険を冒さなければ、ジェターク社の未来も、恋した少女の心身の安全も、守れない気がしたのである。
愚かな感傷なのかもしれない。自分の瞳は曇っているのかもしれない。だがしかし、それでもグエルはやり遂げると決めたのだ。
どうやってラウダともう一度話すか決めあぐねていると、さくさくと地面を踏みしめる音が聞こえた。聞き慣れた足音は、グエルのよく知る少女のものだった。
振り返る。
燃えるような赤毛の少女――スレッタ・マーキュリーがそこにいた。
「スレッタ……? どうしたんだ、こんなところまで」
「あ、あぁ、あのっ、グエルさんとラウダさんが喧嘩したって聞いて、それで……」
「ああ……ペトラか」
あいつ結構こういうところで世話焼きだな、と思いつつ、グエルはスレッタの顔を見た。
今のスレッタの身を包んでいるのは見慣れた白の制服ではなく、一般生徒と同じグリーンの制服である。
新鮮だった。
「制服、色変えたんだな」
「はい、今はエランさんが真っ白なの着てるんですよ! すごく似合ってました!」
「……譲っておいてなんだが、ホルダーの座が俺も欲しくなってきた」
「えぇ!? い、今から決闘ですかぁ!?」
明らかに本気で慌てているスレッタは、目を丸くしてグエルの顔を見上げている。
それを見ていると、ラウダと喧嘩してささくれ立っていた
「……冗談だよ、
「び、びっくりしました……からかわないでくださいよぉ!」
「ははっ、すまん」
グエルは笑った。
空に投影された夕日のまぶしさも気にならないほど、晴れやかな気持ちだった。
改めて確信する。
自分はこの娘のことが好きなのだと。
おずおずとスレッタが口を開いた。
「きっと誠意を持って話せば……ラウダさんもわかってくれると思います……その、危険な作戦に巻き込んじゃってるわたしが言うのも何ですけど……」
「あぁ……もう一度、話してみる。その、な……スレッタ」
「はい?」
「ありがとな、励ましてくれたんだろ?」
グエルがそう言うと、スレッタは顔をほころばせて。
まるで花が咲くように笑った。
「――はいっ!!」