ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがクワイエット・ゼロに向かうだけの話

 

 

 

 

――ラグランジュポイント1、宇宙議会連合の本部フロントにて。

 

 

「このままデリング・レンブランに敗北すれば、我々はすべてを失うことになりますな」

 

 会議室には重苦しい空気が立ちこめていた。

 道徳的に褒めるところがまるでない、陰謀が大好きな権力者たち――子供兵の運用によるテロリズムを黙認していた――の集会場である。倫理的には地獄のような空間にみっしりと陰湿な中年男性と中年女性が詰まっていた、と思っていただきたい。

 彼らの議題は目下、宇宙議会連合として介入に踏み切った結果、生じたベネリット・グループとの戦争状態についてだった。

 前線からの報告はおおむね、旗色が悪いという内容に尽きた。一体何のために納税者の血税を注ぎ込んで軍備拡張してきたのかわからぬほど、宇宙議会連合の中央軍は無様を曝していた。

 はっきり言って醜態である。

 ケラウノス級戦闘母艦は多数が轟沈し、艦載機であるMS〈カラゴール〉も膨大な数が犠牲になっている。

 そのような状況において、宇宙議会連合の議長である男は、焦ったそぶり一つ見せていない。ただひたすら、他人事のように「不味いことになりましたな」と告げている。

 しかしここに集った理事会の面子はそうではなかった。

 

「本来は開戦から二〇〇時間以内に決着が付くはずだった。どうするのかね?」

 

「マスメディアも我々の動向を注視している。中立メディアはすでにベネリット・グループの肩を持ち始めているのよ?」

 

「理事会として責任を問われる事態だけは避けねばならん」

 

 ここに集った権力者たちにとって、戦争とは政治的パワーゲームの一環に過ぎず、スペーシアンの有力者である自分たちの意向が通らぬ事態など想定の範囲外だった。

 ドローン戦争によってフロント群の宗主国だった地球諸国が政治的にも経済的にも没落し、資本をスペーシアンにむしり取られる側になって久しいために、彼らは長い間、外敵というものを持たずに育った世代なのだ。

 同胞とのパワーゲーム、謀略を用いた権力闘争を勝ち抜いてきた彼らの失点はただ一つ。

 戦争というものに働く力学は恐ろしく理不尽で不条理で、数多の人命と資源を溶かそうと終わってくれない最悪の博打に他ならないという真理を心得なかったことだ。

 堕落したモラルによって暗殺とテロリズムを濫用してきたツケは、こうして彼ら全員の進退に関わる形でのしかかっていた。

 彼らが権力者なのは、これまで権力闘争で勝ち抜いてきたからであり、その実績によって出身フロントで有力者の地位にあるからだ。

 此度の戦争での敗北は、それらすべてをひっくり返してしまう恐れがあった。

 本来、格下の相手である企業勢力との宇宙戦闘で劣勢にあり、何千人もの将兵を失っている時点で取り返しがつかない事態なのだが、彼らの心配事はそのような()()ではなかった。

 その恐ろしく傲慢な姿勢に、内心で感嘆しながらヴィクトル議長は取るべき答えを告げた。

 

 

「……ILTSの使用を提案致します」

 

 

 ざわ、と室内がどよめいた。

 

「議長、それは……」

 

「例のレーザー送電システム、使えるのですか?」

 

 L1惑星間レーザー送電システムILTS――それは極めて高出力で広範囲を破壊可能な自由電子レーザー砲の一種である。表向きは惑星間のエネルギー問題の解決を謳っているものの、その実態は極めて大規模なレーザー発振器を用いた大量破壊兵器である。

 人類の繁栄を謳いながら、その実、それを踏みにじるような兵器を平然と所有する。宇宙議会連合という体制の腐敗を映すようなそれの運用には、さしもの理事会の権力者たちもためらいがあるようだった。

 理事会のメンバーの一人がおずおずと口を開いた。

 

「ラグランジュポイント4の壊滅的被害と引き換えの勝利になる、我々の大義が揺らいでしまうのでは?」

 

()()()()()()()、この戦争に負ければ我々もあとがないのです。ラグランジュポイント4の再開発のいい口実ができたと思いましょう」

 

 偽善者どもめ、とヴィクトル議長は思う。今まで散々、アーシアンの孤児を使い捨ててきたのだ。今さらスペーシアンの末端が大勢死のうと、大した違いはあるまいに。

 そのようなある種、開き直りの境地にある宇宙議会連合の議長は、ざわざわと話し合う理事会のメンバーの顔を見渡して。

 よく通る声でこう言った。

 

「皆さん――決断の時です」

 

 

 

 

 

 

――グラスレー・ディフェンス・システムズ護衛艦隊旗艦〈アド・アボレンダム〉第一格納庫。

 

――〈エアリアル〉コクピット内にて。

 

 

「パーメットスコア、スコア6までの上昇を確認……エリクト、いつでもいけるよ」

 

――オーケー、データストーム流入量の調整中……コード自動生成機能の最適化完了、アミュレット・システム、スタンバイ。

 

「了解。アミュレット・システム、起動――」

 

 理論上は大丈夫なはずだった。

 しかし実際のところ、エリクトにもスレッタにもそれが可能であるという一〇〇%の確信はなかった。

 だから〈エアリアル〉を管制機にしたアミュレット・システムの起動に成功したとき、二人の胸中をよぎったのは圧倒的な安堵であった。

 グラスレー社護衛艦隊旗艦〈アド・アボレンダム〉の格納庫内部で、エリクトとスレッタの姉妹は、新型GUNDフォーマット・アミュレット・システムの起動試験に成功していた。

 アミュレット・システムをインストールした子機MSすべてからのデータを超光速通信でやりとりし、〈エアリアル〉の演算処理装置を通すことで外部からのオーバーライドを無効化する仕組み――言わばオーバーライドという無敵の侵食能力に対する抗体を得るのが、今回、エリクトが完成させたアミュレット・システムの意義だった。

 もちろん従来のアミュレット・システム同様、人体に有害なデータストームのフィルタリング機能もあるのでガンダムユーザーには朗報といえよう。

 全部で六〇機近い子機MSの管制をするエリクトの負担だけが、スレッタにとっての懸念事項だったが。

 

「エリクト、大丈夫? 辛いなら子機MSの数を減らしてもらうけど」

 

――へーきへーき、このぐらいなら存外大したことないよ。元々、〈エアリアル〉の計算資源(リソース)はダダ余りしてたから、モビルスーツぐらいのデータストーム負荷って僕にはそよ風みたいなもんなんだよね。

 

「ならいいけど……」

 

――それにスレッタ、MSはこれ以上減らしても作戦行動に支障があるのはわかってるよね? いくらグエルやエランが強いって言っても、所詮は一介のMSだ。僕らの安定した作戦決行には、グラスレー社の協力が欠かせない。

 

「そうだね。ミオリネさんの説得が成功するまでは耐えてね、エリクト」

 

――僕はいいけどさー、スレッタこそ本当にいいの?

 

 エリクトの問いかけに、コクピットシートに座るスレッタはびくっと身体を震わせた。ちょっと視線を宙にさまよわせる少女は、口笛でも吹きそうな白々しい表情だった。

 妹の醜態に呆れた様子で、エリクトはため息をついた。

 

――この件、ケナンジには話してないんでしょ? 僕は構わないけどそれでいいの?

 

「い、今のわたしはウィッチ1じゃなくて株式会社ガンダムに出向中のスレッタ・マーキュリーだから……」

 

――お気持ちが極まってきたねスレッタ。ドミニコス隊が聞いて呆れるぜ!?

 

 姉からのツッコミはもっともだったが、そんなことを言われても困る。

 パイロットスーツを着て〈エアリアル〉の中に待機しているスレッタは、その豊かな赤毛の髪を弄って気を紛らわせた。

 

「それにさ、報告しない分にはケナンジさんも気づいてなかったふりができるから……あの人、わたしに連絡が来ない時点で黙認してると思う」

 

――いや、通じないでしょそんなの!? 社会人ってそういうもんじゃないでしょ!?

 

「エリクト、通常の任務ならともかく、今の宇宙議会連合との戦争状態はドミニコス隊の職務の範囲外のイレギュラーだよ。わたしのアクションは紛争解決のためのやむを得ないものだってミオリネさんも言ってた!」

 

――ひどい言い分だ……あの女やっぱろくな人間じゃないって絶対……!

 

 それについてはスレッタもちょっと否定できなかった。復活後のミオリネは悪辣さが絶好調すぎてすごいと思う。無言になったタイミングで、いきなり通信ウィンドウが開いた。ミオリネからだった。

 びっくりしすぎて悲鳴が口から飛び出た。

 

「わひゃあ!?」

 

『なぁに素っ頓狂な悲鳴上げてるのよ、スレッタ』

 

「み、みみみ、ミオリネさん! な、なな、なんでしょう!」

 

『そろそろ作戦開始時刻だから。あのね、あんたに一つ言っておくことがあるわ』

 

「お話、ですか?」

 

 神妙な顔つきになったあと、銀髪の美少女――とにかくミオリネ・レンブランという少女は容姿がいいのだ――は懺悔するように目を閉じて。

 深呼吸のあと、一息にこう言った。

 

『私がガンダムをあんたから奪い取らなければ、あんたはクソ親父の支配する世界の勝ち組でいられた。それについては本当に悪いと思ってる』

 

「い、今さらですね!?」

 

『ええ、そうよ今さらよ! その上で言ってやるわ――私があんたたち姉妹を、クソ親父のディストピアより愉快な世界に連れて行ってあげる! だから――私にあんたの命を預けなさい、スレッタ・マーキュリー』

 

 呆気に取られたスレッタは、しばらくの間、呆然としていたけれど。

 やがて衝撃的すぎるミオリネの宣言に、口の端がつり上がってしまうことを自覚して、声を出して笑った。

 

「ふ、ふふ、ふふふ……ミオリネさん、なんだか大げさすぎませんか?」

 

『大げさじゃないわよ、こっちはこれからMSがうじゃうじゃいる宙域に、あんたとエリクトを頼みの綱にして突っ込むんだから。正直、あんたから私は奪ってばっかりのクソみたいな立場だと思うわ。でもね、約束する――私、ミオリネ・レンブランは、あんたとエリクトが退屈しない世界を用意してあげる!』

 

「こ、こ、こういうのって普通、平和とかを約束するところじゃないんですか!?」

 

 漫画やゲーム、アニメの中でなら、尊い平和に満ちた世界を約束するべき場面であろう。

 けれどミオリネ・レンブランという少女はどこまでも正直で、平和なインテリジェンスと無縁で、騒々しいまでに破壊的だった。

 

『バカね、平和を約束するならクソ親父のディストピアの方がなんぼかマシでしょ? でも私はこれからそれを否定する。きっとたくさんの人の命が失われる現在を前提にして、まだどこにもありはしない未来の空手形を売りに行くのよ。そういうわけだから約束できるのは静寂に満ちた世界(クワイエット・ゼロ)の正反対ね』

 

「それでも、やるんですね」

 

『ええ、だって――デリング・レンブランが絶対の王様なんかになれないって、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 万感の思いに満ちた呟きだった。

 母殺しの宿業から庇われていた娘だからこそ、少女は父が公平でも平等でもないと実感した。

 そこにあるのは、デリング・レンブラン総裁の一人娘ミオリネ・レンブランとしての感情であり、同時に論理的帰結としての独裁者の否定だった。

 絶対の賢人王は有史以来、絶えず人類が求めてきた理想の指導者像であり――必ず裏切られる期待なのだ。

 〈クワイエット・ゼロ〉という絶対兵器の存在を以てしても、その実現は不可能であるというのが、ミオリネの見立てだった。

 

「ミオリネさんらしい約束ですね――じゃあ、わかりました。向こう一〇年ぐらいのわたしの人生、ミオリネさんに預けますね?」

 

『はぁ!? なんでよっ!?』

 

 今度はミオリネが慌てる番だった。まったく話の流れが見えない返答に、泡を食っているミオリネの姿は可愛らしい。

 ふふっ、と微笑みながらスレッタは言った。

 

「だってわたし、たぶんこの作戦終わったら、いい加減、ドミニコス隊クビになっちゃいますよ? そしたら株式会社ガンダムで雇ってくださいよ、ミオリネさん」

 

『しょーがないわねえ……ええ、任せておきなさい! あんたの人生、楽しく愉快に壮大な人類の未来に付き合わせてやるわ!』

 

「わっ、スケールが大きいですミオリネさん!!」

 

 大言壮語するミオリネに対して、スレッタは笑った。たぶんこういう話をしてるときのミオリネのことが、スレッタは好きだった。

 彼女らしい大げさで口先ばかり上手くて、でも苦労してあとで帳尻を合わせようと奔走する姿が好きなのだ。

 きっとこの作戦も大丈夫だと、心の底からそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 この会話から三〇分後。

 王殺しの作戦、オペレーション・ゴールデンバウが開始された。

 グラスレー社の協力の下、開始されたこの作戦の主力はあくまで株式会社ガンダムである。

 出撃したのはミオリネ・レンブランおよび株式会社ガンダムのメンバーが搭乗する連絡艇が一隻。

 その護衛として〈エアリアル〉、〈シュバルゼッテ〉、〈ファラクト〉、〈デミバーディング〉および無人型〈デミギャリソン〉八機が随伴していた。

 艦隊旗艦〈アド・アボレンダム〉からこれらの艦艇およびMSが発進してから一五分後。

 

 

 

――予期せぬ戦闘が開始されることになる。

 

 

 

 

 

 


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