それがいるのは無人の格納庫だった。ネットワークにアクセスすると、そこが廃棄された輸送船で、自分は今、ラグランジュポイント4を漂う船の中にいるとわかった。
彼は巨大な身体を持っていた。
全長一八メートルの巨体は、GUNDフォーマットを組み込まれた巨大な義体であった。
だが、彼には――正確には彼らには、この巨人の肉体以外の器がない。周囲を見回すと、中身が空っぽの操り人形が一二体ほど、やはり放置されているのがわかった。
ここがどこなのかはわかった。
しかし自分たちが何者なのかわからない。
困惑の中、彼らは自分たちが三体存在することを知った。
互いの電波でコミュケーションを取ったが、名前も顔もわからない。ダークグリーンのガンダムの中で、それはひたすらに困惑し続けていた。
きっかけは無線通信だった。
偶然にも彼らが傍受したのは秘匿された暗号通信だったが、どういうわけか、解読された状態でこちらに流されてきたのだ。
不可解な状況だった。まるで何者かの意図が介在しているかのような――
――疑念はすぐに、衝撃に取って代わられた。
『これよりミオリネ・レンブランご一行が〈クワイエット・ゼロ〉に向かう。同乗者はマルタン・アップモント、ティル・ネイス、アリヤ・マフヴァーシュ、ベルメリア・ウィンストン――』
ベルメリア・ウィンストン。
その名前を聞いた瞬間、彼らは自身が何者であったのかを思いだした。
そして同時に憤怒と憎悪の感情を取り戻した――自らが為すべきことを完全に理解して。
――殺してやる。
殺意の塊となったガンダムが、格納庫の壁を引き裂いて宇宙空間に踊り出る。
その機影はやがて、無数の眷属を従えて虚空に消えていった。
◆
――L4プラント・クエタ周辺宙域。
彼方に見えるのは、シェルユニットを輝かせる銀色の巨大な棺だ。
〈クワイエット・ゼロ〉へと真っ直ぐに向かうコースを、一隻の連絡艇が進んでいた。
株式会社ガンダムが保有する、小型ながら快速の連絡艇である。ちょっとしたMSぐらいの速度で長距離巡航ができる優れものである。
この船を〈エアリアル〉が両手で掴み、その推力で〈クワイエット・ゼロ〉までの道を高速で駆け抜けるというのが現在のミオリネたちの計画である。
周囲には護衛としてグエルの〈シュバルゼッテ〉、エランの〈ファラクト〉がついており、その後ろをついて行くようにして〈デミバーディング〉と〈デミギャリソン〉の編隊が続いている。
連絡艇の中の空気は多少張り詰めていたものの、これぐらいがちょうどいいとミオリネは思う。連絡艇の中央の座席、艇長のシートにどっかりと大きな尻を乗せて。
ふと少女は疑問に思っていたことを口にした。
「参考までに訊かせて欲しいんです。正直なところ、ベルメリアさんが父の独裁計画をどう思っているのか」
相手はベルメリア・ウィンストン――子供たちが〈クワイエット・ゼロ〉の阻止に参加すると聞いて、自主的に参加を申し出てくれた大人だ。
彼女の過去の経歴と罪は知っている。だがミオリネは、心を入れ替えた今の彼女を信じたいと思う。
そして何より、父に
小太りの中年女性はしばらく押し黙ったあと、おずおずと口を開いた。
「そうね……元ヴァナディース機関の人間としては……恐ろしいわ。
ベルメリア・ウィンストンは断じて英雄ではない。その正反対にある小市民的な人物であり、それゆえに言葉も実直だった。
かつてヴァナディース機関の人間だった科学者は、過去を悔いるように言葉を重ねる。
「……もちろん、私たちヴァナディース機関の人間に罪がないとはいえないわ。カルド博士も私も、たくさんの過ちを犯してきたもの……それが希望になると信じて悪行を積み重ねてしまった。それは紛れもない真実よ。でも――法の裁きすらなく虐殺される謂われはなかった。そういうやり方を押し通してしまう人の考える平和は、恐ろしくて仕方がないわ」
「なるほど、やはり父個人の権威主義的で残酷なやり方そのものが信頼するに値しない、と。ありがとうございます、ベルメリアさん」
「え、ええ……私なんかの意見で参考になるのかはわからないけれど」
「私って世間ズレしてるみたいですから。ベルメリアさんの率直な意見が聞けて参考になりました」
そのときだった。
ザザザ、と通信が乱れる。計器を担当しているティルとアリヤが装置を弄ると、陰々滅々とした声が聞こえた。
『――死ね』
声が、した。
同時に〈エアリアル〉のビットステイヴが反応し、電磁バリアを展開した瞬間――彼方からビームの閃光。
荷電粒子の飛沫が飛び散って、
「レーダーに反応……! て、敵味方識別コードなし! アンノウンだよぉ!」
マルタンが悲鳴のような声を上げる中、鉄火場に慣れていないメカニック科の面子がざわつき始める。
だが、ミオリネは冷静に指示を出した。こちとら暗殺部隊に銃口を向けられて、目の前で人間が死体になるのを体験したのである。
当たれば一瞬で即死の荷電粒子ビームなんて今さら怖がっていられるものか。
「落ち着いてマルタン、こっちには〈エアリアル〉も〈シュバルゼッテ〉もいる。電磁バリアでビームは無効化できるわ、どんと構えてコースと速度を維持」
「なな、なんでそんな落ち着いてられるのさ!?」
「何事も経験よ、何回も殺されかければ慣れるわ!」
「参考にしたくないよぉ!!」
マルタンのもっともすぎる泣き言を聞き流しつつ、ミオリネは歯噛みした。
妨害が入るのは予想できたが、早すぎる。
最悪の可能性が脳裏をよぎる――敵の中でも意思が統一されていない?
父は自分がここに来るのをよしとしないだろうが、まさか無警告で殺そうとするほど外道でもあるまい。
ではルイ・ファシネータはどうか。あのAIはミオリネがこの宙域に来るのを待ち望んでいるような口ぶりだったが――もし、ここで暗殺するのが目的だったならば?
一番あり得そうなのは敵の末端――例えばルイ・ファシネータの私兵あたりの暴走だ。新興企業の長でしかなく手勢がいないルイ・ファシネータは、その正体の関係上、忠誠心が厚い部下など持ちようがない。
「前途多難ね、私たちって」
まあ命を狙われるのはこれが初めてではないし、騒いだって死ぬときは死ぬのである。
ミオリネはため息をついた。
「頼んだわよ、みんな」
あとはもう、MSパイロット組に託すしかないのである。
◆
エランの〈ファラクト〉は、襲撃者の正体を見定めようとセンサー感度を全開にしていた。コクピットの中にいる美少年の身体を包むのは、純白のホルダー仕様のパイロットスーツだ。
あの子から勝ち取った勝者の証である。
大切にしたかった。
視界に入ってくるのは、ダークグリーンで塗装された〈ルブリス量産試作モデル〉の改造機。長大な砲身を持つ携行型ビーム砲を手にしているMSだ。
推進炎の輝きから数えるに、その数は一五機。
パーメットスコア2でガンダムと繋がっていたエランには、敵の姿がくっきりはっきりと伝わっていた。〈ファラクト〉の機種照合システムが敵機の正体を伝えてくる。
シン・セー開発公社のGUND-ARM〈シルフィード〉――〈ルブリス〉シリーズを素体にして近代化改修が施された、言わば〈エアリアル〉の兄弟機というべきガンダムが三機と、先のテロ事件で使用されたMS型ガンビット〈ガンヴォルヴァ〉が一二機だ。
おそらく後者は残骸から修復されたか、デッドコピーの類だろう。
一五機のMSが放ってくるビームは実戦出力の青い光である。
咄嗟に〈エアリアル〉と〈シュバルゼッテ〉がバリアを展開していなければ、連絡艇はあっさりと荷電粒子の業火に包み込まれていたことだろう。
一五機の機影は三方向からこちらを包囲しており、断続的にビームの雨を浴びせかけてくる。今のところは〈エアリアル〉と〈シュバルゼッテ〉の電磁バリアの傘がすべて防いでいるが、それもいつまで保つか。
『くそ、こいつら!』
やりたい放題の十字砲火を仕掛けてくる敵に苛立ったグエルが、前に出ようとする。
それをエランは制止した。
「来るなグエル! こいつらの狙いは僕たちとミオリネの分断だ!」
『エランさん!』
「先に行ってくれ、僕一人で全部落とせる……!」
いきなりの奇襲だったが、今の〈ファラクト〉はOSから学園仕様の縛りを外してある。出力こそ変わっていないが、FCSのバイタルブロック射撃禁止機能がないのだ。
敵があのゾンビのようにしぶとい〈ガンヴォルヴァ〉なら、彼の〈ファラクト〉が適任であった。
敵の正体を考える。
こちらはまだベネリット・グループの護衛艦隊とも接触しておらず、この連絡艇に総裁のご令嬢が乗っていることは、グラスレー社の通信で先方にも伝わっているはずだ。
つまり敵はベネリット・グループの手のものではない。
連絡艇から離れて迎撃に出ようとするエランを、スレッタが焦ったように引き留めた。
『全員で当たった方が早いです、エランさん!』
「それで一発でもビームがまぐれ当たりすれば、株式会社ガンダムのみんなは終わりだ。君こそ冷静になるんだ、スレッタ・マーキュリー」
彼の言葉の正しさを認めたのか、スレッタは数秒間、沈黙して。
やがて絞り出すように声を吐き出した。
『エランさん、必ず追い付いてくださいね……合流しなきゃ怒りますからね!』
「それは怖いね……うん、必ず」
『エラン、すまん』
『クソッ! あーしも加勢するぞエラン!』
スレッタとグエルに続いて、チュチュが感情的な声を張り上げて。
彼女の引き連れている無人型〈デミギャリソン〉は、両肩にミサイルポッドを装備した重武装型だった。
彼女なりに今の状況を飲み込んだらしく、〈デミバーディング〉と〈デミギャリソン〉八機の編隊は、連絡艇を守るように対ドローン陣形を取った。
『どのみちあーしのデミは足が遅い、スレッタ……とグエル、おめーらにみんなのこと任せたぞ!』
高出力・高推力の〈エアリアル〉と〈シュバルゼッテ〉は、ビットステイヴによる自動防御システムを備えたMSである。ならばいっそ足の速いMSだけで〈クワイエット・ゼロ〉に進む方が安全だというのが、チュチュの考えだった。
それについては論理的にケチがつけられないから、スレッタは反論できなかった。
だから少女が口にしたのは、ただ命がけで道を切り開いてくれる仲間への感謝の言葉だった。
『……わかりました、チュチュさん!』
『行きがけの駄賃だ、エラン! あーしがミサイルぶっぱすっから合図したら突っ込め! 無人機だろ、アレ!』
〈デミバーディング〉の高性能センサーがぎょろりと周囲を見回し、三方向から攻めてくる敵MS編隊をロックオン。
同時に新型GUNDフォーマット〈アミュレット・システム〉搭載MSである〈デミバーディング〉の胸のシェルユニットが、煌々と輝きだして――データリンクを無人型〈デミギャリソン〉と構築した。
『今だ!!』
次の瞬間、〈デミギャリソン〉八機がミサイルを発射する。その両肩の五連装ミサイルポッド×二×八から、全部で八〇発の誘導ミサイルが推進炎を引いて発射された。
宇宙空間での戦闘速度において、ミサイルの速度は決して速いとはいえない。射出されたミサイル群の過半数は、ロケットモーターで加速しきる前にビームに撃ち抜かれ、宇宙に炎の花を咲かせている。
だが、敵がミサイルの迎撃に追われている時間さえあれば十分だった。その隙にミオリネたちが乗った連絡艇は、〈エアリアル〉と〈シュバルゼッテ〉に守られながら離脱。
そしてエランの〈ファラクト〉は全身の推進器を全開にして、ミサイルを追い上げるように敵陣へ飛び込んだ。
「パーメットスコア4……!」
〈ファラクト〉の四肢のシェルユニットが、赤い輝きを放つ。同時に全身のパーメット制御されている推進装置の燃焼効率が最適化され、その機体は大きく加速。
迎撃のビーム砲をひらりと避けながら、右手で保持した長銃ビームアルケビュースを速射。
三発撃って三機の〈ガンヴォルヴァ〉を撃ち抜いた。
爆発。爆発。爆発。
バイタルブロックを撃ち抜けるなら、この程度の無人機、エランの敵ではなかった。
応戦する〈ガンヴォルヴァ〉九機からのビーム砲を避け続けながら、じりじりと距離を詰めていく。
〈デミギャリソン〉のミサイルが、敵編隊に着弾。
さらに三機の〈ガンヴォルヴァ〉が被弾し、宇宙の藻屑となって砕け散った。
敵の数は残り九機。
無人機群の管制機と思しきガンダム三機と、無人機の生き残りが六機。
数の上ではこれでようやく同等だが、こちらの戦力の大半はチュチュの操る〈デミギャリソン〉だ。弾幕を張る分にはいいが、戦力としてカウントするには心許ない、とエランは思う。
残りは自分がすべて落とす。
そう決断したときだった。
敵機から通信。
『何故だ四号――
地の底から響くような声には、聞き覚えがあった。
ペイル・テクノロジーズの暗部、強化人士計画で消費されていった子供たち。とっくの昔に〈ファラクト〉のデータストームに喰われて中枢神経を焼かれ、廃人同然となって高温焼却炉で廃棄処分されたはずの実験体である。
おそらくは生体コードから再生された死者の人格――人格再現型AIと呼ばれるものだろう、と当たりをつける。
人の尊厳を踏みにじるに等しい何かが、身長一八メートルのMSの身体を持って、エランの〈ファラクト〉を取り囲むように戦闘機動を取ってくる。
向こうからの発砲はないのをいいことに、敵機の機体情報を読み込む。
〈エアリアル〉に準ずる性能を与えられたガンダム、しかもそれを制御してるのはAIと来ている。ドローン戦争の倫理問題とやらを、早速、人類は忘れ始めているらしい。
その皮肉さにエランは笑ってしまった。
「久しぶりじゃないか、強化人士一号……この調子なら二号と三号もか?」
『四号――邪魔をするな』
声。
奈落の底から這い出てきた亡霊どもの恨み言。
誰が蘇らせたのかを考えて、すぐにルイ・ファシネータかと思い当たる。
ペイル・テクノロジーズの暗部を買収して引き継いだシン・セー開発公社なら、強化人士の生体コードの一つや二つ、手元に保存されていることだろう。
そして強化人士計画の素体になった少年たちは、いずれもパーメットスコアに対する適合率が高い――言うなれば情報元素パーメットそのものに適合した人類なのである。
その生体コードを使ってよからぬ実験が行われていたとしても不思議はなかった。
それがどういう意味合いを持つのかは、専門家ではないエランにはわかりかねたが――まあ、どうでもいいことだ。
亡者の恨み言ほど、聞いていてうんざりする言葉はない。
『あの女、ベルメリア・ウィンストン――やつがのうのうと息をしていることが間違いだ。そこを退け、あの
「ああ、それについては同感だね。だけど――」
つまるところ彼らの目的は、ベルメリア・ウィンストンの抹殺にあるらしい。この武装――三機のガンダムと一二機の無人機――を用意したものの意図は不明だが、彼ら自身の目的はひどくシンプルだった。
人体を切り開き中枢神経にインプラントを行いデータストーム耐性を強化する――強化人士計画を提唱し、その施術を行ってきたのはあの中年女性である。哀れで愚かな女ではあるが、加害者の一人には違いない。被害者の一人としてエランにもそれを恨む気持ちはある。
とはいえ今の彼には友達がいた。株式会社ガンダムの面子ともなんやかんや楽しくやれている。なので彼らを止める理由の方が多かった。
「――八つ当たりで関係ない人間まで巻き込むのはいただけないかな!」
そう言い放った瞬間、敵の〈シルフィード〉がガンビットを射出した。
そのすべてがビーム砲を内蔵したドローン兵器であり、MSを撃破しうる火力を秘めていた。
ビームの閃光。
十字砲火が飛んでくる。
だが、当たらない。寸前でスウォーム兵器の射線を見切ったエランが、〈ファラクト〉を巧みな
「言っただろう、八つ当たりはみっともないってね」
『お前――裏切るのか?』
「君たちの仲間だった覚えはないな!」
一方、チュチュの指揮する〈デミバーディング〉部隊と〈ガンヴォルヴァ〉六機は、早速、混戦にもつれ込んでいた。全部で八機のMSを指揮するのは、いくらAIの補助があってもぶっつけ本番では無理がある。
それに対して〈ガンヴォルヴァ〉の編隊の動きはいい。強化人士一号から三号までの生体コードから作られたAIたちが操っているからだ。
彼らは並みの人間よりも情報処理能力に優れていたし、肉体を失った今となっては、脳組織という情報処理が最も遅い器官がない分、はるかに自由なのだ。
至近距離から〈ガンヴォルヴァ〉の銃撃を浴びて、四機の〈デミギャリソン〉が爆発。ビームカービンの銃火を浴びて、〈デミバーディング〉の大型ビームライフルが溶け爆ぜる。
爆発――その爆炎を背負いながら、チュチュの〈デミバーディング〉が猛然と敵陣に飛び込んでいく。
『こなくそぉお!!! パーメットスコア4!!』
本来ならば寿命を削るパーメットスコア4だが、アミュレット・システムに守られているチュチュにその心配はない。明らかに動きがよくなった〈デミバーディング〉が、六機の〈ガンヴォルヴァ〉の火線を躱して突っ込む。
両手に二本のビームサーベルを抜き放った〈デミバーディング〉が、ぶんぶんとそれを振り回して〈ガンヴォルヴァ〉と斬り結ぶ。
バチバチと荷電粒子の火花が飛ぶ中、即座に彼女の〈デミバーディング〉の背後を取って、もう一機〈ガンヴォルヴァ〉が斬りかかった――瞬間、チュチュのMSのバックパックが可動する。
バオリパックと呼ばれる特殊なAI搭載型バックパックが、自動防御システムを起動させたのだ。
二本の砲身がぐりんと動き出し、背後の敵を照準――ほとんど本能的に引き金を引いたチュチュの意思に応えて、ビームキャノンが〈ガンヴォルヴァ〉を刺し貫いた。
両肩を消し飛ばされた無人MSが、ビームキャノンの勢いに吹き飛ばされる。
その間にも鍔迫り合いを続けるチュチュの〈デミバーディング〉が、そのAI制御バックパックを切り離す――ケーブルで有線接続されたドローンユニットが飛び立ち、ぐりんぐりんと砲身をフレシキブルに可動させ、次の敵をロックオンしていく。
ビームキャノンの砲火が宙を切り裂き、〈ガンヴォルヴァ〉を牽制していく。
『しゃあっ! ガラクタが調子に乗ってんじゃねえ!!』
ガラが悪すぎる威嚇と共に、チュチュは二本のビームサーベルを乱暴に振り回す。ついにパワー負けした〈ガンヴォルヴァ〉が手足を撫で切りにされ、ダルマになって吹き飛ばされる。
これで〈ガンヴォルヴァ〉は残り四機。
しかしこのときすでに、チュチュの手持ちの無人型〈デミギャリソン〉は三機にまで減っていた。しかも生き残っている機体も被弾しており、無傷とは言いがたい状況である。
敵の反撃――ビームカービンの銃火を避けながら、チュチュは叫んだ。
『クソが! エラン、こっちで時間稼いでやらぁ! さっさと済ませろォ!!』
「今やってるよ」
避ける。避ける。避ける。
一八基ものガンビットからの十字砲火をギリギリで躱しながら、〈ファラクト〉は自身のガンビット〈レイヴン〉を射出する。〈コラキ〉よりも大型化した四基のガンビットは、ビームショットガンを内蔵した拡散ビームガンビットだ。
照準はすでに完了している。敵側のガンビットの予想進路上に向けて、拡散ビーム砲をシャワーのようにばらまいた。
爆発。爆発。爆発。
〈ファラクト〉を撃つために密集していたから、撃墜するのは楽だった。一二基のガンビットが一度に撃ち抜かれ、火を噴いて宇宙に炎の花を咲かせる。
たった一度の制圧射撃で過半数のスウォーム兵器が無力化されている。
この程度の攻撃、〈エアリアル〉ならば見切っていた。〈シュバルゼッテ〉ならばガンビットを囮に突っ込んできただろう。
「弱いね、君たちは」
『四号、貴様ァ――!!』
三機の〈シルフィード〉がビームライフルを一斉射撃してくる。その濃厚なビームの洗礼を避けて、エランの〈ファラクト〉は推進器を全開にして敵陣へ突っ込む。
遠距離での射撃戦こそが彼と〈ファラクト〉の真骨頂だが、敵の方が数が多い今、長引かせるのは不味かった。
あの三機がチュチュを包囲して集中砲火するような事態になれば、確実にチュアチュリー・パンランチはなぶり殺しにされる。
ゆえに敵の
『死んで償え……!』
『媚びを売って生き残った裏切り者が!』
亡者からの恨み言など、心に刺さりもしない。所詮、
強化人士の亡霊が駆る三機の〈シルフィード〉が、ビームサーベルを抜いてこちらに斬りかかってくる。互いの相対速度はとてつもない高速だった。
三方向からの同時の斬撃/刺突。同士討ちを恐れない死者の戦い方だ。
この程度か、と侮蔑の感情を覚える。
空いている左腕で腕部内蔵ビームサーベルを抜刀――敵のMSが正面/背後/左側面から同時に突撃してくる。ギリギリまで敵を引きつけて、〈ファラクト〉はビームアルケビュースを構えた。
正面の敵の胴体を狙撃銃でぶち抜く――高出力の荷電粒子ビームを胴体に喰らって、〈シルフィード〉が爆発四散。
『な、ぜ――』
一機目。
同時に左腕のビームサーベルをぐるんと手首の回転だけで振るって、左側面から突っ込んできた〈シルフィード〉の右腕と胴体をすれ違い様に切り捨てる。
胴体ごと真っ二つにされた機体が、〈ファラクト〉の目の前を通り過ぎて火炎の花を咲かせた。
『……ちくしょうが』
「僕が生きている理由は簡単だ。欲しいものがある――」
二機目。
その勢いのまま回し蹴りの要領でぐるんと機体を半回転させ、背後からビームサーベルを振るおうとしていた〈シルフィード〉の腰につま先を押しつける。
脚部内蔵ビーム砲ビークフットが火を噴いた。ゼロ距離での近接射撃だった。
「――
だから負けるわけにはいかないのだと、かつての同胞に断絶を突きつけて。
敵がビームサーベルを振り下ろし終えるよりも早く、その胴体をへし折るようにビーム砲が刺し貫いて。
さらに〈シルフィード〉のビームサーベルを握った両腕を、〈ファラクト〉のビームバルカンがぶち抜いていった。
『四号ォオオ!』
三機目。
推進剤に誘爆した機体が爆ぜる中、その破片を装甲で弾いて――〈ファラクト〉はチュチュの元へ向かう。
その姿は黒衣の死神めいていたけれど、どこまでも頼りがいがあった。
機能停止した〈ガンヴォルヴァ〉の残りを袋だたきにして爆発させながら、チュチュは呆然と呟いた。
『エラン……お前って結構おもしれーやつなんだな……』
「僕はいつだって真剣に生きているよ」
『そういうところだよ!!』
チュチュのツッコミを躱しつつ、エランはスレッタたちとの距離を計算する。
戦闘をしている間に、だいぶ距離を開けられてしまったなと思う。
「行こう、スレッタ・マーキュリーが待ってる」
『ったりめーだ! とっとと追い付くぞ!』
一途な少年は、想い人と友人たちに追い付くべくMSを反転させた。
亡霊たちの亡骸には目をもくれずに。
――それが、エランの過去との決別だった。
・強化人士一号/強化人士二号/強化人士三号
ペイル・テクノロジーズ旧経営陣の下で行われていた悲惨な人体実験の犠牲者たち。
データストーム耐性の人為的な向上と、パイロットとして実用に耐える性能の獲得――強化人士計画における最初の成功例と呼ぶべきサイボーグが、強化人士一号である。
逆をいえばこれ以前の施術の対象は、そもそも強化人士としてカウントされておらず、生体コードの保存すらされていなかった捨て駒であった。
彼らは〈ファラクト〉のテストパイロットとして運用されており、その教育課程で
一号から三号までの強化人士は、そうして〈ファラクト〉の開発過程で命を落とした少年たちである。
学園の決闘ゲームにミオリネ・レンブランの花婿争奪戦の要素が加わると、強化人士四号は「エラン・ケレス」として全身整形を受けることになった。
強化人士一号から三号までは自分の顔と名前を持ったまま死ねただけ幸せだというのが、以前の四号の感想である。
現在の強化人士一号~三号は、転写型AIと呼ばれる存在であり、電子的に再現された亡霊と呼ぶべきものだった。
彼らは〈カヴンの子〉と同じく、人間の生体コード――脳のニューロン構造や分泌物質の状態を含めた全情報――をスキャニングし、人格を再現した人工知能でありパーメットAIではない(=特別なパーメットの記憶領域を持たない)。
自分たちが死者の複製体に過ぎず、すでに死んでいることを悟った強化人士一号/二号/三号は、
彼らはシン・セー開発公社の輸送船から自らの肉体となるガンダムと、手足になる無人型MSを奪取して今回の襲撃計画を決行した。
何故、自分たちに都合がいい機材と情報が用意されていたのか、最後まで考えることもせずに。