ベネリット・グループと宇宙議会連合の艦隊同士の戦闘は、
艦隊戦力の半数を喪失してなお、宇宙議会連合側は戦闘艦の数と質においてベネリット・グループ側を凌駕していたし、質で劣るMSの数もようやく拮抗した程度の損害だったからだ。
つまり宇宙議会連合側は失った戦力の分、積極的な戦闘行動に出づらくなったし、ベネリット・グループ側は勢いに乗っているとはいえ、依然としてうかつに艦隊を動かしては消耗が激しすぎる状態なのである。
結果、散発的な砲撃戦が起きるだけ――それも長距離からの撃ち合いに終始しているため、互いの決定打となる命中弾は得られない。このような情勢下で、ベネリット・グループ側の将校は、先のオーバーライドで轟沈した艦隊の残骸を盾にして接近を試みていた。
高速戦艦〈ブルクハルト〉の艦橋では、オペレーターが艦長に現状を報告していた。
「敵艦隊、残存戦力を結集しています! 〈ガンドノード〉部隊の再展開、間に合いません!」
「ひるむな! 火力を敵艦に集中、一隻でも多くの船を落としてやれ! ケラウノス級は小回りが効かん!」
ベネリット・グループのセキュリティフォース艦隊を指揮する司令官、ハリ・ジャガンナートは部下を鼓舞するように声を張り上げた。彼は宇宙議会連合軍時代からのデリングのシンパであり、同期のラジャン・ザヒと共にデリングについてベネリット・グループへ移籍した急進派の将校だった。
当然のことながら、デリングがまさに英雄と呼ぶに相応しい偉業に挑もうとしている今、彼の士気は高すぎるほどに高い。
両艦隊のビーム砲とミサイルが飛び交う中、ジャガンナートは熱意に満ちた言葉を紡ぐ。
「デリング・レンブラン閣下が勝たねば……この争いに満ちた不条理な世界は何一つ変わらんのだ! 宇宙議会連合の専横を許すような未来、あってはならぬ! 皆の身命、この一戦に注ぐのだ!」
熱烈な英雄デリング・レンブランの支持者である彼は、今回の戦いにアド・ステラ人類文明の未来を見ていた。ゆえに、断じて負けられぬ戦いである。
自身がアーシアンに対して搾取を行っているスペーシアンであるという自覚は、彼にはない。この戦いに参加しているベネリット・グループ側の将兵の多くと同じように、彼が見ているのはあくまで企業の大義であった。
〈ブルクハルト〉率いるセキュリティフォースの艦隊は、巧みにケラウノス級の残骸をビーム攻撃の盾にして、じりじりと敵艦隊と距離を詰めていく。
五〇〇メートル級の大型戦闘母艦が大量に沈んだ先の戦闘の爪痕は深く、それゆえに宇宙空間を漂うデブリの量も大きさも桁違いだ――艦隊行動を取る軍艦の隠れ
やがてケラウノス級の残骸が途切れるときがやってきた。
宇宙議会連合側の艦隊もそれを見越して、ビーム砲による弾幕を濃密に展開してきている。二〇〇発以上の荷電粒子ビームが軍艦の残骸に直撃し、プラズマの光を放って発光する中、ジャガンナートは冷静に指示を下した。
「アンチビーム爆雷投射! 高速対艦誘導弾を敵艦隊に発射!」
「アンチビーム爆雷、発射!」
「ミサイル発射管、一番から八番まで高速対艦誘導弾を発射!」
荷電粒子ビームの拡散を促す特殊な粒子が充填された爆雷が投射され、ビーム拡散膜を形成する。ビーム兵器は強力で使いやすいが、それゆえに対抗手段も用意されているのだ。
これでケラウノス級の砲撃は一時的に無力化できる。次に放たれたのは、ベネリット・グループが製造している最新の対艦ミサイルだった。
長大な射程と高効率推進機関による圧倒的な加速力を持つ高速対艦誘導弾は、ジャガンナート率いる艦隊の虎の子だった。
〈ブルクハルト〉率いる艦隊より発射されたミサイルが、推進炎の軌跡を描きながら宇宙議会連合軍の艦隊へと突進していく。通常、ミサイルの半数近くは迎撃されるのが常だが、高速対艦誘導弾はその優れた加速性能ゆえに迎撃も困難だった。
結果、ケラウノス級の対空砲火が間に合ったのはわずか三割に過ぎず、発射された高速対艦誘導弾の七割がケラウノス級の土手っ腹に直撃した。
爆発。爆発。爆発。
焔の花が咲き、五隻もの五〇〇メートル級大型戦闘母艦が沈んでいく。宇宙議会連合側の艦艇は巨艦であり火力でベネリット・グループ側を凌駕しているが、ダメージコントロールの観点ではお粗末な船だった。
左舷と右舷のMS格納庫と中央部の接続部は特に脆く、高速対艦誘導弾の直撃で真っ二つにへし折れて轟沈する有様だ。
遠くで光点が瞬くのを確認しながら、ジャガンナートは逸る気持ちを抑えて「潮時だな」と呟いた。これ以上、ここに長居すれば敵艦隊の反撃を浴びて壊滅することになるからだ。
「全艦、回頭! M5A1方向に全速力で移動する! 〈クワイエット・ゼロ〉の側に撤退するのだ! アンチビーム爆雷を切らすなよ!」
かくしてベネリット・グループ側と宇宙議会連合の小競り合いは続く。
最新テクノロジーを駆使するベネリット・グループ艦隊と、物量と火力で勝る宇宙議会連合艦隊の衝突は、泥沼の様相を呈していた。
◆
「参ったわね……」
ミオリネ・レンブランは捕らえられ、独房にぶち込まれていた。如何にも悪の要塞然とした〈クワイエット・ゼロ〉の中にも、罪人を閉じ込めておくスペースはあるらしい。
少し安心したのは、株式会社ガンダムの面子とは引き剥がされて牢に入れられたことだ。これから先は彼らを巻き込めない。
博打をするのは自分だけで十分なのである。
とはいえ、こうして独房に入れられるとやることがない。ノーマルスーツ姿のミオリネは、とりあえず酸欠で死ぬ心配がない与圧された空間をよろこぶことにした。
『何だお前は――ぐおっ』
しばらく暇を持て余していると、どさ、と物音が聞こえて。
ロックされていた独房のドアが開き、見慣れた顔の知らない誰かさんがやってきた。
そいつはノーマルスーツ姿で手には銃器のようなものを保持しており、エラン・ケレスの顔をしていたが、あの若社長でもなければ少女のよく知る無愛想な強化人士でもないようだった。
何せ、薄ら笑いが生理的に無理な感じなのだ。誰だこいつ、と思いながら声をかけた。
「遅かったじゃない、待ちくたびれたわよ――ルイの使いね?」
「はじめまして、ミオリネ・レンブラン――僕はエラン・フィフス。君らの知ってるエランの元同僚さ。お察しの通り、今はシン・セー開発公社の使いっ走りをしてる」
「ああそう、わかりやすくていいわねエラン
ミオリネはやれやれとため息をつくと、独房の入り口付近に倒れている見張りの警備員を見た。白目を剥いている。
ないとは思うが、一応尋ねた。
「……まさか、殺してないでしょうね?」
「流石に君のために人殺しになる気はないね。安心して欲しいけど、テーザーガンで撃っただけさ」
エラン・フィフスはそう言うと、肩をすくめた。それって当たり所によっては普通に死ぬわよね、と思いつつ、ミオリネはあえてこの問題を無視することにした。自分は全能の神様でもなければ、今さらモラルの問題を口にできるほど綺麗でもないのだから。
新しいエラン――オリジナルと四号に続いてこれでミオリネが会うのは三人目だ――の差し出した手を取って、彼女は外に出た。
「それじゃあ、デリング・レンブラン総裁のいる部屋まで案内するよ。監視カメラは誤魔化してあるからなんとかなる」
「そっ。お願いね」
同行してきた株式会社ガンダムのメンバー――マルタン、ティル、アリヤ、ベルメリアには悪いが、彼らにはここで大人しくしていてもらおう。
ミオリネと
当たり前の話だが、誰もが企業グループトップのご令嬢の顔を覚えているわけではない。そして本来は情報の共有を促すはずのデジタルデバイスは、ルイ・ファシネータによって管理されているため、ここでは彼女の味方だった。
それでも緊張するものはするので、ミオリネはつい、身体が
「堂々としていてくれ、その方が怪しまれない。それにこのままだと間に合わなくなるかも」
「間に合わなくなるって?」
ミオリネが問いかけると、美貌の少年は妖しく笑った。
「僕らがスパイ映画ごっこしてる間に、世の中は進んでるってことさ」
◆
『送電準備フェーズ、フェーズ3からフェーズ4に移行』
『友軍艦隊からの観測情報を元に目標の軌道予測を開始』
ラグランジュポイント1、宇宙議会連合本部フロントにて――その男は通信で実況されている情報を閲覧し、にやりと笑う。
理事会からの許可は下りた。
保守的な老人たちには困ったものだが、こうして許可さえ出てしまえばこちらのものだ。
巨大なモニターには現在のILTSの様子とそのステータスが表示されており、ゆっくりとその巨体――ILTSは全幅三〇キロメートルにも及ぶ巨大兵器なのだ――を噴射で姿勢制御する様子が一目瞭然だった。
彼は呼びつけた黒服の男――工作機関オックスアースの長に向けて、笑みを浮かべながら話しかけた。
「見たまえ、これこそがL1惑星間レーザー送電システムILTS――現在、人類が保有する
「議長、ではついに」
「ああ、理事会からも許可が下りた。これより我々はデリング・レンブランとその一派が率いる〈クワイエット・ゼロ〉に対して、ILTSを用いたレーザー攻撃を行う」
「よろしいのですか?」
黒服の男に対して、ヴィクトル議長は鷹揚に頷いた。
「構わんさ。友軍艦隊には予想進路からの退避を命じてある。これから起きるのは単なる事故だ」
「よく理事会がL4の壊滅を飲みましたね。議長の手腕には驚くばかりです」
「我々とて人間だ、敗北の恐怖に駆られれば何でもするさ……君を呼んだのは他でもない、あのデリング・レンブランの最期を見せてやりたくてね」
オックスアースの男の肩が震えた。黒服の男の表情は見えないが、凄まじい激情が渦巻いていることは誰にでも予測できる。彼は旧オックスアース・コーポレーションの元社員であり、あの悪名高い〈ルブリス量産試作モデル〉の販売にも関わっていた人物である。
デリングによるヴァナディース事変ですべて――当時、オックスアース社にいた婚約者もそのとき命を落とした――を失い、心底、デリング・レンブランを憎んでいる男はその後、あらゆる方法で報復を心に誓った。
非人道的なガンダムの開発と子供兵による運用を推進し、時にはベネリット・グループの社員を買収して情報を取得し、執拗にデリングの関係者の命を付け狙ってもきた。
――
デリングの妻が凶弾に倒れたのは彼にとって最高の戦果だった――返す返すも、アスティカシア高等専門学園でのテロが失敗に終わったのが悔やまれる。
上手くすれば、デリング・レンブランとミオリネ・レンブラン、忌まわしきレンブランの血筋を根絶やしにできたものを。
復讐に捧げて来た彼の人生は今日、大量破壊兵器の使用によって終止符が打たれるのだ。
男は万感の思いを込めて呟いた。
「……ついに、皆の仇が……」
「
「凄まじいものですね、宇宙議会連合の力は……」
「ああ。企業を黙らせたあとは本来の用途……レーザー送電システムとして使えばいいのだ。これから起きるのは些細な事故に過ぎない」
宇宙議会連合のヴィクトル議長は、そうしてにやけ面に晴れやかな笑みを浮かべる。
これから訪れる人類の黄金時代を祝福するように。
「人類の宇宙進出は種の悲願だ……その適切なコントロールこそ早急の課題であり、暴利をむさぼる企業には枷が必要なのだ……我々、宇宙議会連合こそがその裁定者に相応しい」
二人が会話する間にも、L1惑星間レーザー送電システムILTS――全長一〇キロメートル、全幅三〇キロメートルにも及ぶ
ILTSを構成するのは、一対二枚の長大なソーラーパネルと、三対六枚の比較的小型――といっても一辺が数キロメートルあるのだが――のソーラーパネルだ。
それらが中央部の超巨大なレーザー発振器から、まるでムカデの足のように突き出ている。
巨大なシリンダー状の突起物であるレーザー送電システムは、直径一二〇〇メートル圏内を焼き尽くす超高出力のレーザー兵器でもある。
この装置の仕組みは単純だ。
太陽光をソーラーパネルで受け取り、そのエネルギーを電力として蓄積し、中央部の突起状の構造体――レーザー送電システムからレーザービームとして照射する。
個々の技術そのものは、二〇世紀の頃から存在するような既存技術の集合体である。
それをとてつもなく高効率に大規模に行うことに、この恐るべき戦略兵器の価値があった。レーザー光線は当然のことながら、光の速さで進む。それはすなわち、何人にも回避不可能な破壊そのものを発射できることを意味していた。
『送電準備フェーズ、フェーズ5に移行』
『アレイ設定、誤差範囲内』
『位相制御システム、問題なし』
『照準情報、軌道予測完了』
『惑星間レーザー送電システム、大出力照射実験――開始します』
レーザー発振器に超伝導回路を通じて膨大な量の電力が注ぎ込まれ、ILTSが光り輝く。
直径一二〇〇メートルの光子の渦が、怪物の
――そして、すべてを焼き滅ぼす光は解き放たれた。
『ILTSの使用を確認しました。――
「やれ」
デリングは頷いた。
ルイ・ファシネータはあらかじめ宇宙議会連合の管制システムに仕込んでおいたバックドア――ことサイバー戦において彼は無敵の存在だった――から、宇宙議会連合によるILTSの使用を知った。そして光の速さゆえ、探知から数秒で到達するILTSのレーザー攻撃に対しても彼は備えがあった。
銀色の巨人の棺〈クワイエット・ゼロ〉が、そのシェルユニットを妖しく明滅させる。
青白い光がほとばしって、L4宙域に展開していた〈ガンドノード〉部隊が、あらかじめ配置されていたとおりに巨大なフィールドを展開し始めた。
――それは破滅の色、奇跡の証、神域の光。
――
光速で飛来するそのレーザー攻撃を探知できた人類はほとんどいなかった。ただ気づいたときには、凄まじい光がL4宙域で爆ぜており――それが〈クワイエット・ゼロ〉の前面に展開されたフィールドによるものなのだと理解するまで、数秒の時間を要したのは言うまでもない。
艦隊行動の最中にあったセキュリティフォース司令官、ハリ・ジャガンナートは、その光景を呆然と眺めていた。
『なっ……なんだというのだ、この光は……バリアなのか……?』
その光の圧力は凄まじく、もしも直撃していれば、ジャガンナートの指揮する艦隊など容易く溶解してしまったであろうことは想像に難くない。だが、現実問題、彼の艦隊を襲っているのは凄まじい発光現象だけであり、あのバリアのようなフィールドがそれを防いでいるのは疑うべくもなかった。
先ほどのオーバーライドのときと同じく、〈クワイエット・ゼロ〉が光り輝いていることに気づいたジャガンナートは、歓喜の声を張り上げた。
『閣下のご采配だ……!』
実際のところ、ジャガンナートら前線の将兵が「光を防いでる」と認識したフィールドは、ただのバリアではない。
ILTSによる破壊的なレーザー照射を利用して、その莫大なエネルギーを受け止めているのだ。
パーメットによる干渉フィールドの発生は、〈クワイエット・ゼロ〉とガンダムがパーメットスコアオーバー8を実現して初めて可能になった超物理現象の一端である。
本来、惑星間レーザー送電システムであるILTSのレーザー攻撃を、そのまま送電システムとして利用する。
それこそがクワイエット・ゼロ計画のフェーズ2――地球圏全域を覆い尽くすほどのデータストームの空間化に必要不可欠なエネルギーの調達方法だったのだ。
ILTSの存在も、それを宇宙議会連合が悪用するであろうことも、すべてデリング・レンブランとルイ・ファシネータにとって既知の内容であった。
「受光フィールドにILTSからのレーザー送電を確認」
「エネルギー変換システム正常稼働、目標値達成しています」
「各エレメントから多層コール」
「データストームの空間化、開始」
管制室に詰めているオペレーターたちの報告を聞きながら、五〇代半ばの男は真剣なまなざしで充填されていくエネルギーを示すモニター表示を眺めて。
数秒間、目を閉じたあと。
その
「これよりクワイエット・ゼロ第一計画――オペレーション・ピースキーパーのフェーズ2を開始する」
――見まごうことなき。
――英雄譚の始まりである。
・L1惑星間レーザー送電システム〈ILTS〉※独自設定です
宇宙議会連合の建造していた惑星間レーザー送電システム――に偽装された戦略兵器。
「太陽系での効率的なレーザー送電によるエネルギー事情の改善」という名目で予算が通り、宇宙開発促進の名の下に建造されていたが、これはすべて名目上のものである。
その実態は大出力レーザービームの照射により着地点の物質を加熱し、蒸発・融解・破砕させる超長距離攻撃用レーザー兵器システム――全長10キロメートル、全幅30キロメートルにも及ぶ巨大なミラーユニットと、レーザー発振ユニットからなる超巨大構造体である。
太陽の膨大なエネルギーを受光用ソーラーパネルで受け止め、電力として蓄電ユニットに溜め込み、レーザー送電システムから放出する機構を持つ。
恒星を動力源とする本システムは絶大な破壊力を誇り、従来の耐レーザーコーティングなどでは無効化できない他、その破壊規模も凄まじい。
〈クワイエット・ゼロ〉に照射された場合、着弾時に生じる膨大な熱と光、電磁波やプラズマなどにより、L4に建設されたフロント群全体が壊滅的な被害を被ると予測されている。
熱核兵器すら破壊範囲が限定される宇宙空間において、ILTSは比類なき大量破壊兵器なのである。
ガンダム狩りのスレッタ時空はアーサー・グッドマン(ガンダム00)VSハリ・ジャガンナート(ガンダムSEED FREEDOM)が実現する夢の空間という説もあります。