ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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ミオリネが父親を説得するだけの話

 

 

 

 

 

――怒りが、男を突き動かす信念だった。

 

 

 それはともすれば、正義への忠誠心と見分けがつかない激情だ。炎のように激しく燃え盛るそれが、男の肉体を今日まで突き動かし、その精神を駆動させる蒸気のような圧力の根源となっていた。

 思えば常に不正義が、この世界の根本原理のごとくデリング・レンブランの目の前に横たわっていた。

 あの慟哭と絶望に満ちたドローン戦争の愚かしい戦場で、数字でしか人の命を見ようとせず権力闘争に明け暮れるものたちのはびこる議会で、扇情的に加工された情報に飛びつき咀嚼すること以外を知らぬ民衆の間で――正義が重んじられることなどなかった。

 悪に報いを。罪に裁きを。法の下に罰を。

 そんな陳腐な願いを抱こうと、それが叶えられる日はやってこなかった。

 ゆえに彼は決めたのだ。

 

 

――この手ですべてを正すと。

 

 

 だが、その代償を彼は甘く見ていた。わかったつもりでなお甘かった。

 男は思い出す。

 永遠にこの手の中から失われた、最愛の人の面影を。

 ノートレット。

 今でも彼女の姿は瞳に焼き付いている。まぶたを閉じれば、すぐにでも思い描くことができるほどに。

 

 

――銀の髪。青い瞳。白い肌。涼やかな細面。

 

 

――デリングとノートレットが婚約する前夜。

 

 

――地獄に堕ちようと忘れられない景色。

 

 

 小高い丘の上を、二人は並んで歩いていた。夕暮れ時を再現した照明が、煌々とフロント内部の居住区を照らす中、デリング・レンブランとノートレットは何をするでもなくあたりを散策していた。

 出会いは偶然だったが、一度、顔を合わせてからは、ノートレットの側から積極的に距離を詰めてきたのである。

 一体、彼女が自分の何をそんなに気に入ったのか、とうとうデリングには理解できなかったけれど。

 あれよあれよという間に二人の仲は深まっていった。

 生まれてこの方、自由恋愛というものと縁がなかったデリング・レンブランは大いに困惑していた。二人の交際が周知の事実となって婚約も目前の段階で、こんな最悪の発言をしてしまうほどに。

 

「……今さらだが。私は軍人で、君より一〇も歳を取っている。若い君に相応しい男だとは思えない」

 

 一瞬、ノートレットはきょとんとしたあと。

 ぷっと吹き出した。

 よもや婚約するかどうかの瀬戸際で、こんなことを口にする馬鹿者がいるとは思わなかったらしい。

 

「あら、世間の目が不安? 意外とセンチメンタルなところがあるのね、デリング・レンブランさん?」

 

 デリングの言葉を軽くいなして、ノートレットはくすくすと笑う。

 銀髪の美女はこうして笑っていると乙女のように可憐で、その美貌にデリングは見とれてしまいそうになる。

 

「デリング・レンブランっていう男は、この太陽系でわたしが見つけた人間の中で一番面白い人よ? それじゃあ不満かしら。マリッジブルーを発症するなんて可愛いところあるのね」

 

「面白い……? 可愛い……? 私が?」

 

 自分ほど面白みのない男もおるまいと思っていたので、デリング・レンブランは憮然とした表情になってしまう。

 何を言うべきか迷った末、彼はノートレットの顔を見ていられなくなって、視線を逸らして。

 重たい荷物を下ろすように、ずっと抱えていた思考を吐き出した。

 

「……私はこの手を血に染めて進むことしかできない人間だ」

 

「あなたって自己評価がとことん低いのね……でも、そういうところ嫌いじゃないわ」

 

 けれど、ノートレットはそんな彼のナイーブさを気にもしていなかった。

 夕暮れに溶けていく景色の中、花開くような笑みを浮かべて、彼女はこう言ってくれたのだ。

 

 

「――なら、わたしぐらいは同じ道を歩いてあげるわ。あなたが世界中の人に怖がられても、わたしだけは味方でいてあげる」

 

 

 余人は知るまい。知る必要もない。

 にっこりと笑ったノートレットの笑顔に、そのとき、どれほど彼が救われたかなど。

 その微笑みが永遠にこの世から失われたとき、デリング・レンブランは誓ったのだ――たとえこの身を捧げてでも、このような理不尽を、不条理をなくそうと。

 若き日から重ねてきた犠牲の葬列――戦友が、上官が、部下が並ぶその死者の中に、愛する人が加わった日。

 これが報いかと思いもした。血まみれの粛清劇の果てに招き寄せた報復が、自分ではなく妻子を襲った悲劇に慟哭もした。

 だが、足を止めることだけはしなかった。

 歩いて、歩いて、歩き続けた果てに。

 この一〇年間で男は老いた。

 

 

 

――自分自身の人生の一つの結論を、神ならぬデリング・レンブランが求めたのは必然だった。

 

 

 

 

 

 

 そして今、英雄デリング・レンブランの前には愛娘が立っている。

 銀色の頭髪、切れ長の目、透き通るように白い肌――灰色の瞳こそ違うものの、在りし日のノートレットに生き写しの娘だった。

 そんな少女は今、デリングに対して革命者として立ちはだかっている。

 よりよい未来を作るために。

 株式会社ガンダムCEOミオリネ・レンブランの提案は興味深いものであった。それは認めよう、しかし。

 懸念事項は山ほどあった。

 デリングの思考を先取りするように、ルイ・ファシネータが快活な声で参考資料についてアナウンスを始めた。

 

『彼女の口にした数字は事実です、閣下。付け加えるならば産業構造や社会構造の大きな変化によって、これまでにない大きな武力衝突が起きる危険性を孕んでいますが――それについては触れなかったことを責めるのは酷でしょう』

 

「うちの会社の資料を勝手に見たわね、あんた!?」

 

『現在、地球圏のすべての電子情報は〈クワイエット・ゼロ〉の射程圏内にあるのです。隠し事など不可能です、ミオリネ様』

 

「マジで腹立つわねこのAI……」

 

 ミオリネとルイのやりとりを聞きながら、デリングはため息をついた。

 彼は一人の企業グループ総裁として問うべきことを口にした。

 

「仮にアミュレット・システムを市場に解放したとして。その結果生まれるであろう、膨大な利権を誰が束ねるというのだ」

 

 ミオリネは傲岸不遜に胸を張った。

 右手を心臓の前にかざして、少女はとてつもなく自信たっぷりにこうのたまった。

 

「そのための私よ。ベネリット・グループ総裁の娘、経営戦略科の主席、株式会社ガンダムのミオリネ・レンブラン――あんたの娘は、次なる時代を背負うには役者不足かしら?」

 

 よく見知っているはずの娘だった。世間知らずで甘ったれていて、それでもなお可愛がるに足る利発な才女である。

 だが、それだけだ。そのはずなのだ。

 自分の中にあるミオリネ・レンブランの人物像と、目の前のラディカルで苛烈すぎる娘の姿が重ならず、そのギャップに苦しみながらデリングは否定の言葉を吐いた。

 

「子供の夢想だな、世界はそんなやり方で変わりはしない」

 

 そんなデリングの欺瞞(ぎまん)に対してミオリネは敏感だった。

 すっと目を細めて、少女はそれを指摘してきた。

 

「だから独裁者になろうとしてるの? もういい年のあんたが、ろくに継承者もいない王様ごっこなんて笑えない冗談なのよ。人類社会は広くなりすぎたわ、この地球圏だけでも一個人の手には余ると何故、デリング・レンブランともあろう男がわからないのかしら」

 

 ミオリネは自信満々に口上を垂れた。

 一度、口を開けばありとあらゆる口車を駆使して喋り倒すのが、ミオリネ・レンブランという少女の特技であった。

 ほぼ詐欺師の才能である。

 

「今の社会に満ちあふれている搾取構造を変えたいなら、やるべきことは単純よ。破壊的な革新――既得権益を構造ごとぶち壊すような、テクノロジーによるパラダイムシフトだけが、このクソろくでもない世界を救うのよ」

 

「お前のそれは救済ではない。ただの破壊だ。多くの嘆きをスペーシアンにもたらし、アーシアンにすら恨まれることになる。何より、莫大な利権そのものが腐敗と独裁を招く――その意味がわからぬお前でもあるまいに」

 

 ミオリネは笑った。

 ツッコミどころが常識的すぎて、我が父ながら愚直すぎると思ったのだ。

 

「太陽系唯一の独裁者になろうって男がそれを言うの? 一応、私なりのセーフティも考えているんだけどね。永遠不変の哲人王の方がよっぽど子供っぽい夢想じゃない……人間は世界平和のために我が身を犠牲になんてできない、私利私欲のためみっともないことを平気でする生き物よ。だから私は利益で地球の再開発と復興を結びつけるわ。そうすれば少なくない数のスペーシアンを味方にできる。たとえ差別感情があろうとね」

 

 もっともらしく聞こえるミオリネの言葉には、しかし看過しがたい欺瞞が潜んでいた。

 デリングはここが管制室であることも忘れて、ふつふつと湧いてきた怒りを言葉に込めた。

 怒り。

 彼の人生をここまで突き動かしてきたもの。

 すべての不正義を憎む男にとって、娘の提案に潜む悪性は許せるものではなかった。

 

「お前はそうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだぞ……これは戦争を招き寄せる行いだ……!」

 

()()()()()()()()()()()。そもそもこの世界は、スペーシアンとアーシアンなんて区分だけで割れるほど綺麗にできていないのに、みんなそれが自明の理のように振る舞っている。それこそが欺瞞であり間違いなのよ」

 

 デリングの糾弾に対して、ミオリネは胸を張って反論する。

 とっくの昔に破綻している、腐りきった血まみれの怠惰を平和と呼ぶような真似を、ミオリネ・レンブランはしたくないのだと。

 真っ向からデリングの意思とぶつかってくる愛娘は、逆に彼へ問い返してくる。

 

「それじゃあ訊くけど――デリング・レンブラン総裁はこのあと、どうやって世界を統治する気なのかしら? 兵器システムへの介入なんてこれ以上長引けば不信感を溜め込ませるだけよ? 人間が人間のまま、地球全土を統治なんてできるわけがないのよ」

 

 どうせマッチョイズムあふれる意思の力とやらをご高説で垂れるんでしょ、とミオリネは挑発的に笑ったけれど。

 彼女の父の返答は、易々と彼女の想定を超えていった。デリングは仏頂面のまま、とんでもないことを言い出したのである。

 

 

「容易いことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、この〈クワイエット・ゼロ〉を未来永劫管理する()()()()()()()()()。――それがクワイエット・ゼロのフェーズ3完遂の道筋だ」

 

 

「……えっ?」

 

 デリングの言葉に衝撃を受け、ミオリネは目を見開いた。

 まさか日頃からAIの濫用を否定し、人の尊厳を説いてきた父親が、自らをAI同然の存在に転化させる気だったなど――想像しうる最悪の可能性だったのは言うまでもない。「なによそれ」と小さく呟いたあと、ミオリネはルイ・ファシネータのドローンを睨み付けた。

 どう考えてもこいつが悪い。

 

「……ルイ・ファシネータ、あんた、そのつもりでGUND技術をクソ親父に公開したわね?」

 

()()()()()()()()()()()()、ミオリネ・レンブラン。その結果として閣下が永遠の守護者となるならば、私はよろこんで〈クワイエット・ゼロ〉の番人の座を降りましょう。生体コードからの意識体の作成については()()()()()()()()()()()()。この方法ならばデリング・レンブラン閣下がご高齢である健康上の問題も解決されるでしょう? ミオリネ様、すべては人類の平和を願う私の誠意なのですよ』

 

 実際のところ、シン・セー開発公社において彼が行っていたいくつかの実験――たとえばペイル・テクノロジーズの強化人士の生体コードから、人格型AIを生み出すプロセスは、彼に有用なデータをもたらしていた。

 エリクト・サマヤという実例があるように、生者から生体コードを吸い出してパーメットに焼き付ける形であれば、ほぼ完璧な意識体の作成が可能になる。高齢のデリングの肉体がその負荷に耐えられるかという問題はあるが、肉体側が死んでしまっても生体コードさえ完全に保管できれば問題はないのだ。

 そういう話を、ルイ・ファシネータはさも当然のようにしていた。

 白々しすぎてミオリネは怒りに震えた。

 

「こ、このクソAI……よくもまあペラペラと思ってもいないことを喋れるわね!」

 

『自由意思とそれによる決断は、人間が持ちうる最も尊い行いであるはずですが?』

 

 わなわなと震えだしたミオリネと向かい合い、デリングは懺悔するように自身の決意を述べた。

 ついぞ父親らしいことをしてやれなかった娘に詫びるように。

 

 

「……クワイエット・ゼロはノートレットの残した最後の願いだ。この太陽系の文明世界に永遠の安寧をもたらせるのならば、私はよろこんでこの身を捧げよう」

 

 

 

 

 

 

 ぶちっ、と頭の中で何かが切れる音。

 デリングの言葉を聞き終えた瞬間、ミオリネは吠えていた。

 

 

「――ふっっっざけんじゃないわよクソ親父!!!!!」

 

 

 頭の中にあった、どうやって父親を説き伏せるかの詳細なプランなんて吹っ飛んでいた。

 沸騰するように湧いてきた激情に支配され、竜が口から火を噴くようにミオリネは罵詈雑言のドラゴンブレスを吐き出す。

 

「スレッタもそうだけど、なんなのあんたたち? 自分が背負う自分が背負うって、汗臭いマッチョイズムに脳みそ染まっちゃって、もっとマシな未来を作ろうって頑張ってる私たちのことなんか眼中にないってわけ?」

 

 ああ、ああ。

 自分は今とんでもなく愚かな行いをしている。

 涙で視界が歪む。

 ミオリネ・レンブランは泣いていた。

 この期に及んで全人類のためなどと抜かして、遠くへ行ってしまおうとする父が許せなかった。

 

「ミオリネ。お前の想いは受け取ろう……だが、その上で私がすべてを掌握する。この世界は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞いた刹那。

 ミオリネは自分の中の理性がこうささやくのを聞いた。

 それを口にする。

 

 

 

「――じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 場の空気が凍り付いて、物音一つすら立てられぬような緊張感に支配される。

 〈クワイエット・ゼロ〉の管制室は今、親子の口論で張り詰めた空気になっていた。パーメット情報集積体の制御を行うオペレーターたちは、ちらちらと後ろを振り返っては、この絶対権力者とその娘を固唾を呑んで見守っている。

 これを無視して仕事に徹しきれる職業人は流石にいなかった。

 その空気を無視して、ミオリネはじっと父の顔を見つめる。今まで気にもしていなかったけれど――自分がアスティカシア高等専門学園に入学してきた頃より、父は老け込んだ気がした。

 いけ好かない人権ガン無視のクソ親父、権力にものを言わせて娘の心情を無視する頑迷な父親。そんな男であっても歳を取るのだと、ミオリネは今さらになって気づいた。

 口からこぼれたのは、それでもなお直視するほかない現実だ。

 

「愛していたからでしょう、私を」

 

 意識するのは、在りし日の母のたたずまいだ。自分が生前の母親そっくりの美貌の持ち主であることを、ミオリネ・レンブランはよく心得ていた。

 こうしていればきっと、父は自分から目を離せないと――そう、彼女は知っていた。

 きっと同じ立場なら、自分だってそうなると信じられた。

 自分と父はよく似ているから。

 

「お父さん、あなたは私だけを特別あつかいして、籠の中の鳥にしてでも守ろうとしていた。母さんの死の真相を隠してまで、私の心を守ろうとしてくれていた。それがあなたの思いやりで、優しさで、()()()()()()()()()だったって、私はもう知ってる」

 

 これは呪いよ、と言い置いて。

 ミオリネ・レンブランは悲しげに微笑んだ。

 自分がこれから、父の願いの根幹をへし折ることになるとわかってしまったから。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 デリングは動じない。

 だが、わずかにその瞳が揺れたのを、ミオリネは敏感に感じ取っていた。

 ゆえに言葉を重ねる。

 

「そんなあなたに、永遠不変の理想の王なんて荷が重いのよ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 父の身体は動かない。

 だが、その瞳が確かに動揺しているのを、ミオリネは見逃さなかった。

 

「……それは」

 

 反論の余地なんて与えない。

 デリングの言葉を言葉で塗り潰すように、銀髪の少女は問いかけを発した。

 

「母さんが育ててたトマト、覚えてる?」

 

 ルイ・ファシネータは沈黙している。ラジャン・ザヒは親子の対話を黙って見守っている。

 ならば勝機はあると信じた。

 

「あの人、ゲノム編集でトマトの遺伝子にメッセージを仕込んでたのよ。びっくりよね……」

 

 ルイ・ファシネータから知らされ、学友の伝手で遺伝子解析してもらってわかったイースターエッグ。

 ゲノム編集技術で加工された遺伝子には、くっきりはっきりとアルファベットでメッセージが仕込まれていた。

 

「ノートレットの残した最後の願い……そう言ったわよね、でもそれ、間違いよ。〈クワイエット・ゼロ〉はお母さんの発案だったかもしれない、だけど」

 

 息を吸い込む。

 ミオリネは一息に、一字一句も聞き逃させまいと言葉を(つむ)いだ。

 

「お母さんは世界の全部を停滞させる平和なんて望んでなかった――いい、あの人が残してたメッセージはね――『()()()()()()()()()()()』、これだけよ」

 

 デリングが目を見開くのがわかった。

 父の顔の浮かんでいるのは、驚愕と困惑と――()()()()()()()()

 自分が途方もない間違いを犯していたのだと突きつけられ、今さらになってそれに気づいたものだけが浮かべる感情である。

 生まれて初めて目にする父の表情だった。その灰色の瞳を見つめながら、ミオリネ・レンブランは一喝した。

 

 

 

 

 

 

あんたの勘違いの独り相撲に世界すべてを巻き込むんじゃないわよ、デリング・レンブラン!!」

 

 

 

 

 

 

――その瞬間、何かが砕け散る音が聞こえた。

 

 刹那、デリング・レンブランの身体が、ゆらりとよろめいて。

 重力に従って崩れ落ちてしまいそうな男の肩を、副官のラジャン・ザヒが支えた。

 その足下が揺らいだ理由など、余人にわかろうはずもない。

 数秒間、誰もが無言だった。

 やがて、ゆっくりとデリングが口を開いた。憮然とした表情のまま、彼はこう問うた。

 

 

「……ミオリネ、お前は……戦いの待つ荒れ野に、自ら踏み出そうというのか」

 

 

 父たちの築こうとしている、永遠不変の今日を否定するのか、と。

 そう尋ねられて、ミオリネ・レンブランは答えた。

 祈るように、願うように。

 

 

 

 

 

「――それでも私は明日が欲しいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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