円卓の少女達   作:山梨明石

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「み、皆さん。お願いします」

「かしこまりました、エミル様」

 

 エミルの呼びかけに応え、部屋の外に控えていた侍女達がワゴンを押し運びながらセラフの部屋に入室する。

 しばらく前から―――具体的にはエミルを蘇らせてからずっとだが、三時になるとエミルはセラフの部屋を訪ねているのだ。

 

「あれから体調はお変わりありませんか?」

「だ、大丈夫です! あんなに苦しかったのが嘘みたいに、元気一杯ですから!」

「ふふふ、それはよかったです」

 

 侍女達の手で手早く茶会の用意が仕立てられる。

 小さな円形のテーブルに着席すると、傍らから音も無く芳醇な香りが立ち昇る紅茶が差し出された。

 カップは白磁で出来ており、縁はおそらく純金製で、取っ手も同じく純金製で溜息が出そうなほど繊細な彫刻が刻まれている。

 受け皿も似たような出来だ。

 セラフは顔には出さないが内心愚痴を零す。

 

「(たかが茶をしばくだけでこんな高価な器使うんじゃねーよ……! 割ったらどうすんだ、これいくらするんだよ!?)」

 

 一般人レベルの審美眼しか持っていないセラフをもってしても、眼前に鎮座するティーセット一式が目の玉の飛び出るような金額の掛かった物である事は察せられる。

 当然価値観も一般人レベルで、金銭感覚も庶民のそれだったセラフはそのカップを手に取るという事ですら躊躇してしまう。

 もし手が震えて落としてしまったら? そんな考えが頭をよぎる。

 恐らく落として割ってしまったとしてもセラフの地位を鑑みれば何も怒られる事はないのだろうが、誰からも『聖女』と崇められている己のイメージの価値を下げる真似はしたくなかったのである。

 別に下げたっていいじゃないか、と思う一方でそうしなかったのには、一つのつまらない理由があった。

 それは他人には絶対理解できない類のものだったし、セラフも理解してもらおうとは思わない、本当につまらない理由だ。

 

「……とても美味しいですね。どんな茶葉を使っているのか、お教え頂けますか?」

 

 気品溢れる動作で―――実際は繊細に気を使いながら―――カップを傾ける。

 すると、エミルの顔がぱあっと輝き次々に語り始めた。

 

「はい! 今日のお茶はですね、僕のお父さんが懇意にしていた商人さんから頂いたお茶で、名前はカリドルノイって言うんです! 豊かな香りと芳醇な味わいが特徴的で、とても高価で滅多に採れない茶葉だそうなんです!」 

「まあ! そんな貴重なものを……。ありがとうございます、エミル様。私、とても嬉しいです」

「い、いいいえっ。こ、これはお父さんの受け売りみたいなものですから、その、あのう」

「うふふふ」

 

 口元を手で隠し微笑みながら、喜んだり恥ずかしがったりと忙しい奴だな、とセラフは思う。

 エミルはただの、年相応の恋する少年にすぎない。彼自身は必死に背伸びをしようとする可愛らしい弟分のようで、見ている分には好ましかった。

 だが、彼の影に見え隠れする何者かの姿だけは、セラフを苛立たせた。

 

「(……その高級な茶葉とティーセットがなんで今更出てくるんだろうな。それらを俺が来る前に売るなりすれば、もっと他国から食い物を買うなりポーションを買うなり出来ただろ)」

 

 ある程度落ち着ける今となっては、セラフも法国の様子を観察できる余裕が生まれた。

 じっくりと腰をすえて法国の事を調べてみると、いくつかおかしな点が浮かび上がったのだ。

 不自然な国庫の出費とそれに伴う治癒ポーションの欠如、不明瞭な入出国の記帳、不可思議な流行病の感染経路。

 誰がどう見ても―――いや、素人のセラフが見ても「何かがおかしい」と思えるそれら。

 法国を影から壊滅させようと狙う何者かの、悪意の手が透けて見えるようだった。

 もしもそんな輩は存在せず、ただのセラフの思い過ごしならそれでいい。

 だが、もしそうでないのなら。法国を壊滅させようとした何者かが実際にいるのなら。

 

「(……絶対に許さねえぞ)」

 

 そいつには沢山の人々を苦しめた罪を、何倍にも返して購わせてやるつもりだった。

 

「……セラフ様? あの、どうかしましたか……?」

 

 知らず知らずセラフは自分の世界に入ってしまっていたのか、エミルが心配そうに顔を覗き込んでいた。

 

「(いかんいかん、集中しろ俺)」

 

 セラフは極上の笑みを浮かべる。

 

「申し訳ありません、あまりにもお茶が美味しくて、少し浸っていたようです」

「そ、それならよかったです! セラフ様に喜んでもらえるのなら、僕はとても嬉しいですから!」

 

 恋する少年の瞳が、セラフの射抜く。

 

「まぁ、エミル様ったら……」

 

 彼は本気だが、彼女はそれを飄々と受け流す。

 年相応の可愛らしいエミルの笑み。これが妙齢の美女のものだったのなら、きっとセラフはイチコロだったに違いない。

 けれどセラフは元男だ。ショタコンでもないし、ゲイでもない。だから純朴な少年にときめくという可能性は万が一にもありえなかった。

 そんな相手がまたもセラフの知らぬ間に婚約者になっているのだから、セラフもたまったものじゃない。

 

「(ネトゲーで男を騙すのはいい。けどさぁ、こんな小さな男の子を騙すのは女としても、男としてもいかんだろ……。どうしようなぁ……本当に困った……)」

 

 こうして人知れず、セラフの内側にストレスが蓄積されていく。それは何時の日か爆発してしまうのだが、少なくとも今日ではなかった。

 

 ―――毎日のように続く茶会はエミルだけの意思で始まったものではない。

 彼は自らの足でセラフの部屋に足を運んでいるつもりだが、彼の背を法国上層部の手が後押ししている事を本人だけは知らないでいる。

 

 神の血を引くエミル。彼の両親は二年前に他界しており、他に後継者は居ない。

 本来なら彼が死んだ時点で、法国も国として死んでいる筈だった。

 ただでさえ虫の息だったところに、最後に一人残った国の象徴の凶報だ、後は転げ落ちるように崩壊していただろう。

 そんな折に現われた『聖女』。彼女は神に祈りを捧げ幾多の奇跡を起こし、法国を危機から救った。

 ただ、その中でも死者蘇生の奇跡は特に別格の扱いを受ける。

 

 法国を総本山とする『聖教』の教えにおいて、エミル神は悪魔との戦いで一度死んでしまったが、後に自らの力で蘇ったとされている。

 大陸の歴史を紐解いても死を乗り越えた描写が用いられたのは、フィクションの物語を除いてそれ以外には無い。

 それほどまでに、死者蘇生は宗教的に重要視されてきたのだ。

 では死者蘇生を成し得た『聖女』は一体何者なのか? 死を超越できる存在は、神を置いて他に居ない。ならば彼女はエミル神の生まれ変わりなのか? それとも神の寵愛を受けた神の遣いなのか?

 

 法国は『聖女』の扱いに苦心した。彼女が何者なのかという解釈の次第によっては、『聖教』の教えを改定する必要が出てくるからだ。

 もし改定しなければならなくなった場合何が起こるかは……現代日本に生きる我々ならばよく知っているだろう。

 

 ともあれ。結局、三昼夜をかけて行われた会議の果てに『聖女』の扱いは決定した。

 

 即ち『聖女』とは。

 

 法国の未来を憂いたエミル神が遣わした、神の加護を授かった巫女である。だからこそ死者の蘇生をも可能とし、様々な奇跡を起こす事が出来た。

 加えてとうの昔に子をなす準備が出来ていてもおかしくない年齢であるにも関わらず、未だに月事が訪れないのは神の加護により純潔を護られている証拠である。巫女は乙女でなくてはならないからだ。

 そしてその純潔を捧げうる相手とはつまり、エミル神の血族たる男子、エミル=アークライトである。

 両者が結ばれる事でエミル神に祝福された子が産まれ、法国の未来は約束されるのだ、と。

 

 ―――大体そのような解釈が会議で纏められ、承認され、セラフにとっては事後承諾という形で法国に発布された。

 それを知った時のセラフの心境はいかほどのものか。

 まだエミル=アークライトは十一歳と年若い為、両者の婚姻は男子が成人として認められる十五歳まで延期となったが、セラフとしては気づかぬうちに外堀が埋め立てられている事に恐怖し、積み重なるストレスに嘆き苦しんだ。

 

 そんな背景があったため、エミルは毎日のようにセラフの部屋を訪れているのである。

 

「……セラフ様」

「……はい?」

 

 エミルが机の下で拳を握り締め、唇を一文字に引き締める。

 

「み、皆さんが僕とセラフ様とを、そ、その、夫婦とするのは、神様が下した天命だと仰っていますが、セラフ様は、その……僕と結婚する事について、め、迷惑と思っていないでしょうか?」

「(ぶふぉっ)」

 

 辛うじて穏やかな笑顔をキープしつつ、セラフは悶絶する。

 ここで迷惑に決まってるだろ、と声を大にして言えればどれだけ楽か。

 しかしながらセラフは、この純朴な少年にトラウマレベルの残念な失恋経験を与えたくはなかった。

 自分がそういう立場にあったからわかるのだ。

 セラフはなけなしの勇気を振り絞って女の子に告白してOKを貰ったかと思いきや、数日後には『君の事友達としか思ってないから』との一言がメールで送られたきり振られた悲しい経験を持つ。

 後日女子グループの間でそういう風にOKを出してから振るという、悪辣極まりないブームが蔓延していた事を知り女の子が信じられなくなったのもやむなしと言えよう。

 

「い、いいえ。私はそうは思っていません。ですが、エミル様はまだ十一歳ですから。私のようなつまらない女ではなく、もっと素敵な女性と巡り会えるかもしれませんよ?」

 

 キリキリとした胃の痛みを覚えつつ、セラフはなんとかしてこの少年の気を自分から逸らせやしないかと努力する。

 なのだが、それは逆効果に終わってしまった。

 

「セ、セラフ様はつまらない人ではありませんっ!」

 

 エミルはらしくもなく怒ったように立ち上がり、セラフに詰め寄った。

 

「僕はセラフ様のような素晴らしい人を他に知りません! セラフ様は綺麗で、優しくて、強くて、それにとてもいい匂いがして、僕のお母さんにも似てて、その、あ……あの……」

 

 言っている途中で自分が何を口走っているのか気がついたのか、別の意味で顔を赤くし始めるエミル。

 そんなエミルを見て、セラフは困ったように笑みを浮かべつつも心を痛めた。

 

「(……可哀想に。俺がもっと早く来てれば、エミルの親父さんもお母さんも生き返らせてあげられたろうにな……)」

 

 アークビショップであるセラフは死者を蘇らせられる。だが、それは制限がないわけではない。

 「悠久の大地」と同じように前提条件が揃っていなければ、死者の蘇生はできないのだ。

 まず対象の死体がある事。そして対象が死亡してから一定時間内である事。大前提としてこの二つだ。

 エミルの両親は後者をクリアしていなかった。さすがに骨だけとなってしまった死体では、セラフをもってしても蘇らせる事はできなかったのである。

 

「と、とにかく、僕はきっとセラフ様に見合うような男になってみせますから!」

「あっ……」

「エミル様!」

 

 恥ずかしさが限界点に達してしまったのか、エミルは逃げ出すように部屋を出て行ってしまう。

 その後を侍女達が慌てて追いかけていき、セラフは一人部屋に残された。

 

「…………」

 

 じるるるる。と汚い音を立てて紅茶を啜る。

 

「味なんてわかんねえよ…………俺にどうしろってんだ、クソエミル神め」

 

 貧乏舌のセラフにとっては、高級茶葉も安い茶葉も、どちらも色の付いた味の薄い茶としか感じられなかったのだった。

 

 

「……おい、話が長い」

「ちょっと御剣、今いい所なんだから急にぶった切らないでよ風情がないなあ」

 

 思った以上に長いセラフの話に苛立ちを抑えきれなくなったのか、話の核心が近そうなのに御剣が先を急がせる。

 

「風情も何もあるものか。私達はセラフの悩みを解決しにきた、セラフはその悩みを話す。ならば要点を纏めて話すべきだろう」

「そりゃ確かに御剣の言う通りだけどさあ……」

 

 言っている事はもっともなのだが、もうちょっと融通を利かせて欲しいものである。

 今まで会長が秘密にしていた転生直後の話を聞けたのはよかったし、一般人が知る事の出来ない法国の裏事情を聞けたのは収穫だった。

 

「すみません、つい人と気軽に話が出来るという状況にもう口が回る回るという感じで」

 

 セラフもセラフで気兼ねなく喋れるという事にそれなりに満足だった様子。

 

「毎週いつも喋ってるだろう。あれだけでは足りないのか?」

「足りるわけないでしょう! ……まぁいいです。確かに時間がないと初めに言ったのは嘘ではありませんし、仕方ないですが後三行で説明しましょう」

「短っ!」

「最初からそうしろ……いやいい、セラフも辛いんだったな、許せ」

 

 御剣が頭を下げ、セラフが首肯で返す。

 そして弛緩した空気を引き締めるように、セラフが三行で状況を語った。

 

「エミルはまだ十一歳だから結婚出来ない筈なのに、今週の初めから急に十五歳になりました。

 事情を聞いたら、遠方より取り寄せた『歳を取るポーション』を飲んでそうなったらしいです。

 つきましては彼をどうにかして十一歳に戻して下さい。じゃないと結婚してしまいます助けて」

 

 そこまで一口に喋り終えて、セラフは土下座した。

 

「どうかこの通り!」

「―――了解した」

「即答!? ちょ、ちょっと待ってよ、『歳を取るポーション』ってどう考えても『課金アイテム』でしょ!? もう課金できない私達がその反対の『若返りポーション』をどうやって手に入れるのさ!?」

「さあ、成せば成るだろう」

「成るかーーーーーーっ!!」

 

 私は珍しくも大声を出して叫んだ。

 こ、このあんちくしょうめ。いくらなんでも安請け合いしすぎだ!

 いくら私達でも、初めから無い物を作り出すなんて事は出来ない!

 そんな無理難題、クリアできるはずが無い!

 

「成るさ」

 

 しかし。御剣はそうは思っていなかったらしい。

 

「心当たりがあるからな」

 

 御剣はにぃっと笑みを浮かべ、腰のベルト―――ウェポンスタッカーを愛おしそうに撫でた。

 

 

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