円卓の少女達   作:山梨明石

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――――――

 

 これはきっと何かの悪い夢だ、そうに違いない。

 

「REP! REP! GOFDES! GOFDES! ARR!」

 

 百名規模の即応部隊に続く、六百名を超す大部隊壊滅の報。生存者は皆無。

 その報告を受けたのが僅か一時間前の事。

 

「GOAF! NOWE! GOAGOA!」

 

 最下級クラスといえど、七百名を越す兵士の損耗は看過できない。

 これは久々に強者が現われたかと、不敵な笑みを浮かべた王が配下を引き連れて訪れた戦場で目撃したのは、この世の地獄だった。

 

「NYEHEEEEEEEEEE―――GEB」

 

 泣き叫び逃げ惑うゴブリンの背に、ニンゲンが放った数本の矢が突き刺さる。断末魔の呻き声を契機に、その体が瞬間的に氷結した。

 出来の悪い氷像と化したゴブリンが前のめりに倒れ、地面に激突するとバラバラに砕け散る。そのかけらを、天高くそびえるような鋼鉄の巨人が無造作に踏みつけて地面のシミに変えた。

 

「GOAAAAAAAA!」

 

 敵の最大戦力であろうその巨人に、ゴブリンの精鋭達が立ち向かっていく。

 ゴブリンアーチャーが放つ豪速の矢は小うるさいハエのように弾かれ、ゴブリンランサーが突いた疾風の槍は穂先が潰れた。

 ゴブリンキャスターが唱えた極大呪文の『アイス・ランス』に勝利を確信したのも束の間、放たれた氷の大槍を鋼鉄の巨人があろう事か投げ返し、ゴブリンキャスターは自らが放った魔法に突き刺されて絶命した。

 まるで勝てない、どうにもならない。そんな強大な鋼鉄の巨人は一体だけではない、四体も居る。

 誰もが絶望した表情を浮かべる中、戦場に更なる悪夢が広がっていく。

 突然ゴブリンの部隊の中心で爆発が発生した。高熱を伴う衝撃波に煽られ、王は顔を手で覆い目をひそめる。

 爆発の後に広がるのは夥しい量の死体たち。恐らく二十人は下らない数が犠牲になっただろう。

 今のは魔法か何かか、まるで皆目検討も付かない。全く未知の攻撃手段に、どう対応すればいいのかがわからない。

 

「GO……WHA……」

 

 足元が覚束なくなり王はたたらを踏む。それが幸いしたのだろう。

 王の頬を掠めるように飛んでいった矢―――何か小さい筒のような物が乗っていた―――を幸運にも回避した瞬間、後方で爆発が起き護衛のゴブリン達が大勢死んだ。

 

 もしや今のが攻撃の正体なのか、たった一本の矢が!?

 

 唖然とする王の耳に、「やっばい、ボス殺しかけちゃった……」というニンゲンの意味が分からない声が届く。

 

「BASYEEEE―――! BUH?」

 

 状況を覆そうとしたのだろう。

 力強い雄叫びを上げながらゴブリンバーサーカーが突撃したが、次の瞬間には赤黒い血しぶきを吹き上げながら細切れに分割されてしまった。

 彼はゴブリンの王国中最強の力を持つ優れたオスであり、王も一目置いていた猛者だった。そんなオスが尻を拭く木の葉をほうり捨てるように、命を散らしていく。

 彼の最期の瞬間を離れて見ていた王だけは、何が起きたのかある程度だけ把握できた。

 

 赤い影だ。

 

 赤い影がゴブリン達の間を縫うように走り抜けながら彼に迫り、瞬き一つの間に彼の命を奪って行ったのだ。

 既にその赤い影は別のゴブリンの部隊に飛び込み、鮮血を撒き散らしながら縦横無尽に暴れている。

 同族の濃い血潮の臭いに混じって、ほんのりと鼻孔をくすぐる甘ったるくて脳が茹だるようなメスの芳香が漂っていた。

 それはオスなら誰も逆らえないような淫靡な香りで、哀れな犠牲者を誘う食虫花の香りに似ていた。

 

「GEBO!」

「GYUB!」

「VOT!」

 

 未来あるゴブリンの勇士達がなすすべも無く倒され、その命を燃やしていく。

 相手はたかがニンゲン三匹だというのに、二千からなるゴブリン王国の誰もが一矢報いる事さえも出来ずに死んでいく。

 

 

「CAPTCAPT! TRUMED! FUTHI!」

 

 だが王とて、その光景を呆然と見つめていたわけではない。

 伝令を飛ばし、作戦を伝え、相手の行動を読もうと必死に努力した。

 しかし。

 何もかもが無意味だった。

 

 巧みに隠した巨大な落とし穴は、そもそも始めに鋼鉄の巨人がそこにゴブリンの死体を投げ込んだ事で露呈した。

 吊り上げ罠も、巨人に踏み壊された。投げ編み縄も獲物を捕らえたかと思いきや、赤い影が取り付くとみじん切りにされてしまう。

 ならばと無防備なハンマーを持ったニンゲンに狙いを定めるも、そのメスが持っていたハンマーが急にそのサイズを何倍にも大きくし、横なぎに振るわれた事で箒でチリを掃除するかのようにゴブリン達が吹き飛ばされぐしゃぐしゃになった。

 ひしゃげたゴブリンの死体から光る小石がいくつも出てきて、それをニンゲンのメスが何よりも大事そうに拾い集めていく。

 一体このメスはゴブリンに何をしたのか、その光る小石は何なのか、何故そうまでして小石に執着するのか、そしてどうしてそんなに楽しそうなのか。

 

「GO……GER……BAS……CAS……」

 

 王は気が狂いそうだった。

 この惨状の中自分だけが死なずに居る事に何故という疑問すら浮かばない。

 それでも必死に王は配下と共に抗い続けた。

 戦力の逐次投入という愚策を行ってまでも、抗い続ける。

 

 二千だ。二千という数、それで押しつぶしてしまえば、たかがニンゲン三匹くらい、倒せるのだ!

 ゴブリンの王として今まで培ってきた矜持と、常勝無敗を誇った戦の常道手段。

 その二つが、王に逃走という二文字を許さなかった。

 

 とはいえ。

 

 もっとも、この場から逃げたところで、きっとどうにもならなかっただろう。

 

「GOF! GOF!……GO……F……?」

 

 いつの間にか陽が傾き、世界は夕日でオレンジ色に染め上げられていた。

 そして、王は気がついた。

 周りに動いているゴブリンが、誰一人として居ない事を。

 

 夕日が射す戦場で物言わぬ死体の山と、流れ出る夥しい量の血が川と池を作っている。

 それらを音を立てて踏みつけて進む鋼鉄の巨人が四体、感情を感じさせないのっぺらぼうな頭部で王を見下ろしている。

 足元には、ニンゲンが三匹―――違う。あれはニンゲンではない、断じて違う。ニンゲンの皮を被った何かだ。

 これから、この獲物をどう捌こうかという目つきをして王を観察している。

 普段自分たちが豚などの動物に向ける視線だ。王はそれを初めて受けた、こんな事は生まれて初めてだった。

 

「GO……A……」

 

 著しい程の恐怖。王は気づかぬ内に失禁してしまった。暖かい液体が股の間を通る気持ち悪い感触が伝わってくる。

 足は棒にでもなってしまったかのように動かない。歯の根はカチカチと鳴り響いたままだ。

 恐ろしい。死にたくない。こいつらは、こいつらはなんなんだ。本当に同じ生き物なのか。

 

「これで二千匹目か? ちゃんと全部殺しつくしたか?」

「別にカウントしてたわけじゃないですからねえ」

「自動のゴーレムが動いてないから、このボスモンスター以外は辺りに居ないと思いますけど」

「ふむ。……まぁ、会長も約二千と言っていたしな。これで目標の二千匹でなかったとしても、私達の責任ではあるまい」

「一応義務は果たしたという事で納得してもらいましょう。じゃ、最後にえちごやさんお願いします」

「あいさい任されました! さてさて、『四葉のペンダント』に『ラビットフット』、『ベニテンストラップ』を装備しましてと……」

 

 その会話は一切理解できない。

 しかしながら、王はこの先自らを待ち受ける命運だけは理解できた。

 絶対に逃れられない、死。

 ―――それだけは、嫌だ。

 

「――――――G……GOAAAAAA!」

 

 自分はこんな所で死んでいい存在ではない。いつか世界を席巻すべき、偉大なる王としての使命がある。

 まだ死ぬわけにはいかない!

 王は最後に残ったなけなしの気力を振り絞り、踵を返して全力で走り出す。

 走り出して―――。

 

「それっ、《ダブルアップチャンス》!」

 

 ごしゃりという脳裏に響いた音を最後に、王の意識が消失した。

 

 ……たった二歩。

 

 それだけが王に許された逃走距離となった。

 

――――――

 

「あら……?」

「どうかされましたか? セラフ様?」

「いえ、今とても悲しい声が聞こえた気がして……きっと気のせいでしょう」

 

 今まさにゴブリンの王国が滅亡したその頃、聖女たるセラフは非常にナイーブな男の子と共に、大聖堂内部の大庭園で花の香りを楽しんでいる最中だった。

 

「……もしかして、まだあの頃の事を思い出されているのでしょうか?」

「……かもしれませんね。今でこそかつての姿を取り戻した法国ですが、時折あの頃の孤児達の姿が目に浮かぶ時があります」

 

 セラフをエスコートするのは、すっかり伸びた背と男らしく変わった声に、まだ子供らしい面影を残しつつも年頃の男性らしい凛々しい顔つきとなったエミル=アークライト二十七世。

 彼はその端整な顔つきを苦痛に歪めつつ、セラフの手を取って真正面から見つめる。

 ぐんと伸びたエミルの背丈は既にセラフの身長を追い抜いてしまった。そのためセラフはエミルを見上げる形となった。

 

「法国は他ならぬセラフ様の手で救われました。貴女の献身は、きっと煌々たる輝きと共に歴史に記される事でしょう」

 

 普段ならどもったりつっかえているであろうに、今のエミルは満ち溢れる自信に後押しされてか、その口調は堂々としたものだ。

 

「ですが、だから何だと言うのか。いくら他人を救ったところで、他人は他人。今度は他ならぬセラフ様が救われるべきです」

 

 セラフは困ったように笑みを浮かべる。

 

「エミル様、ですが私は……」

「分かっています、貴女は恐らくそんな事は望んでいないのでしょう。ですが、それでは……死から蘇った僕が、僕の気が済まないんです! だからお願いです、どうか! どうか僕と結婚して下さい! 貴女と共にこの国を救い、導いて行きたいんです!」

 

 熱烈な、それでいて哀願するようなエミルのプロポーズ。愛の告白を受ける『聖女』と、神の血縁者エミルの二人の姿はまるで物語のワンシーンを抜き出したかのように荘厳だ。

 絶世の美女たるセラフと、絶世の美男子たるエミル。二人を祝福するかのように、大庭園の花が咲き乱れている。

 この一瞬を画家に描かせたならば、きっと後世まで伝わる最高の宗教画の一つになっていただろう。

 実際、二人を遠くで警護しているミハエル=ザカイエフは己が目から零れ出る涙を抑え切れなかった。

 このような神聖な場に立ち会えている事に、感情の触れ幅が限界を迎えていたのである。

 そんな一方でセラフはといえば。

 

(やめ、やめろ、やめろォ! そのプロポーズ何回目か数えた事あるのかもう7回目だぞ7回目!? 全部断ってるのにまだやんのか!? メンタル強すぎだろその強さ俺にも分けてくれよなぁエミル!?

ってあああああああそんな瞳で俺を見るなああああああああああなんでそんなイケメンに成長してんだよ目が光ってんだよっあああああああああ!!!!!!?)

 

 その美しい笑顔を崩さぬまま、大爆発一歩手前のラインを反復横とびしていたのだった。

 

 

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