円卓の少女達   作:山梨明石

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「……いったい何があったのか、話して頂けますか?」

「……はい」

 

 あれからしばらくの時が経って、心のよどみを涙と共に流した会長は落ち着きを取り戻していた。

 しかしその姿にはどこか影が射しているようで、私達の前で見せるような堂々とした姿勢はなりを潜めている。

 こんな弱弱しい会長の姿は初めてだ。私達は神妙に次の言葉を待つ。

 

「……昨夜の事です、誰もが寝静まった夜中でした。私はふと、何者かの気配を感じて目を覚ましました。私の部屋に断りなく立ち入る人物は居ません、すわ侵入者かと警戒し辺りを見回したところ、ベッドの横に誰かが立ち、私を見下ろしているのだという事にすぐ気がつきました」

 

 一瞬脳裏にイレイサーの(キリ)の姿が浮かぶ。彼女なら厳重な警備網を潜り抜けて会長の下に辿り着く事は容易いだろう。

 だが霧がそのつもり(・・・・・)で訪れたのなら、未だ会長が存命である筈が無いのでこの線はない。

 ならば誰が居たのだろう。

 ……なんとなく予想が付くような気がするが。

 

「すぐさまその人物に攻撃をしかけようとして、私は止めました」

 

 見敵必殺とまではいかないが、外敵に容赦の無い会長をしてその手を止める相手というのは、恐らくあの人なのだろう。

 

「……エミル、でした。エミルが、居たんです。静かに、微笑んで、私を見ている、エミルが居たのです」

「エミルがか……?」

「沢山の疑問が浮かび混乱しつつも私は聞きました、『何故ここに居るのか?』と……。その問いに対するエミルの答えは……答え、は…………」

「……会長?」

 

 会長が口元を手で覆い隠す。その隙間から口を開いたり閉じたりするのが見え、会長はこの先を口にしてもいいのかどうか逡巡しているようだった。

 しかしそんな迷いは極短い間で、彼女は意を決したのか話を続ける。

 

「……き」

「……き?」

「……き、キス……でし、た」

 

 ……ホワイ。

 

「それも、舌を入れてくる、ディープキスでした。その勢いのまま、彼は私をベッドに押し倒して、口付けを交わし続けたのです」

「……えっ……えっ?」

 

 心底驚いた。エミルはあろう事かセラフに夜這いをしかけていたのだ。

 

「予想外で、想定外すぎて、驚愕しすぎて、愚かにも私は暫しの間彼にされるがままでした。頭が真っ白になって、どうすればいいかわからなくて……それでも異常を察して体が勝手に動き、彼を吹き飛ばしてくれたのは幸運でした」

「……う、むぅ」

「壁に激突し気絶した彼を見て、わ、私は怖くなりました。モンスターと戦っても、霧の部下だった名も知れぬ暗殺者を退けた時も、少しも恐怖を感じなかったのに……え、エミルを殺しかけてしまった事、それに彼が私にそこまでの想いを抱いていたのかと知った事も怖かった。そ、そして何よりも、男に迫られ身体を組み伏せられる事が、あんなに恐ろしいのだとは、知らなかったのです」

 

 セラフは己の体を抱く。

 レベル156、それがセラフの強さ。この世界では規格外の力量。

 それはあくまで肉体的、外見的な強さでしかない。

 レベルの影響力が及ばない彼女の内側、つまりセラフの心は元の世界のいち日本人の善良な魂でしかない。

 そんな彼女は、人の抱く身を焼くような強烈な恋慕、あるいはそれに近い程の激情を浴びた経験が浅いのだろう。

 

 夜這いをされる。その経験はセラフにとって、生涯一の衝撃と共に深いトラウマとなって心に刻み込まれたに違いなかった。

 男が夜這われた。それならまだ笑い話で済むかもしれないが、今の私達はまごうこと無き女性だ。エミルがやった事は……冗談にも笑い話にもならない。未遂に終わったとは言えれっきとした犯罪である。

 

「私は呆然としつつも、彼をその場に置いて円卓の領域に逃げ込みました。仕掛けを再度作動させ、鍵をしっかりかけて、何度も後ろを振り返りながら、エミルが起き上がって追い掛けてこないかと不安になりながら……そして、今の今まで、ずっとここに居ました」

 

 そこまで一気に喋り終えてから、またセラフは涙ぐむ。

 彼女の背中を撫でながらエミルに対する義憤を感じつつも―――私は頭のどこかで違和感を感じていた。

 

「……ねぇ御剣、私の考えている事、わかる?」

「ああ。こう言いたいのだろう? "聞いていたエミルの話では、彼はこんな凶行に出るような人物ではなかった"と」

「まあ、そういうことだけど」

 

 会長の話では、エミルは会長に好意を抱いていたが、それは子供が持つ程度の他愛ないレベルの話であって、婦女暴行に走るほど偏愛じみてはいなかったはずなのだ。

 仮にだ、十一歳だったエミルが十五歳になって、急激な肉体の成長に精神が引っ張られたせいで、若さゆえの暴走という体で会長を襲ったとしよう。

 よしんばそうだとしても、たった数日で人の心が変化するものなのだろうか?

 もとより一朝一夕の事で人の心はそう容易く変貌するものではない。

 少なくとも円卓メンバーの中で一番心の変化が進んでいるであろうルドネスだって、まだ完全に心は女のそれではないというのに。

 

「……何かきな臭いですねえ」

「確かに怪しいが、今は情報が少なすぎる。何を考えても推測の域を出ない」

「当の本人を尋問するって手もあるけど、その本人が居ないし」

「……ちょっと待って下さい山吹さん、本人って……え、エミルがどうかしたのですか?」

 

 ずっと円卓の領域に隠れていた会長は知る由もなかっただろう。会長とエミルの大捜索が行われている事を簡潔に話す。

 すると彼女は顔をさあっと青ざめさせた。

 

「も、もしかして私が拒絶した事を苦に法国から去ってしまったのでは……。す、すぐに連れ戻さないと、彼は法国の象徴なのに……!」

 

 慌てて席を立ち法国に戻ろうとする会長を引き止める。

 

「ちょちょ、ちょいまち会長落ち着いて。まだそうと決まったわけでもないし、何より今の会長が法国に戻ったら何かの拍子で破裂しそうで見てらんない」

 

 暴行されかけたにも関わらずエミルと法国を大事に想う姿勢は流石『聖女』だとは思うが、いくらなんでも度が過ぎている。

 少し責任感を感じすぎだ。

 

「そうだぞ。セラフは一、二時間ぐらい寝てすっきりしたほうがいい、酷い顔だ」

「……うちも今は会長は休むべき時だと判断しますけどね。ちょっとはうちらに任せてくれても、いいんじゃないですか?」

「……みんなぁ」

 

 私達の提案に会長は再び目元を潤ませ始める。しかし、泣くのだけは堪えてやや上擦った声で言った。

 

「あ、ありがとう、ございます……!」

「うむ、寝ろ寝ろ。大分前に持ち込んだゴザと毛布が役立つ時が来たようだな」

「げ、あれがか……あれってちゃんと洗濯してあったっけ?」

「さあ、知らん。でもちょっと待て……すんすん……問題なさそうだ、誰かが洗っておいてくれたらしいな」

「……あの、その二つ大分前から置いてありましたけど、何時から置いてあるんです? 今まで聞きそびれてましたけど」

「…………さぁ」

「…………さぁなぁ」

「……なんで目を逸らすんですかお二人とも」

 

 あの二つには色々と痛い思い出があるからなぁ……そう簡単には答えられん。

 えちごやさんの痛い視線をスルーしつつ、床を簡単に掃除してゴザを敷きそこにセラフを寝かせ、上から毛布を掛けてやる。

 

「……お世話をかけます」

「いいっていいって。会長が起きる頃には問題解決しときますから」

「うむ」

「みんなぁ……うう、本当にありがとうございます……すぐに元気になりますから……」

 

 横になったセラフはまるで病人のように見えた。実際そうなのだろう。

 その姿を痛ましく思いつつ、私は会長に見えないようにアイテム・バッグから睡眠効果のあるポーション、『夢のしずく』の入った小瓶を取り出して、こっそりと振りかけた。

 レベルが高く状態異常への抵抗力も高い会長だが、ほぼ同レベル、かつポーション使用時に効果を上昇させるスキルを取得している私がこの手のアイテムを使えば、いかな会長といえど状態異常抵抗に失敗する。

 ポーションの効果が発動したのか、緊張でこわばっていた会長の表情が見る見るうちに穏やかになり瞼が落ちていき、しばらくすると幸せそうな寝息を立て始めた。

 

「……すぅ」

「……終わったか?」

「うん」

 

 どうせ会長の事だ。横になると言いつつもこれからの動向が気になってやきもきして碌に寝られないに決まっている。だからさっさとポーションでも何でも使って、さっさと寝させてやるべきなのだ。

 ……こういう時、ポーションとかスキルとか、そういうのって便利だなとつくづく思う。

 私も、前の世界でこんな風にすこんと寝られたり疲れがポンと取れるポーションがあったら、まだ頑張れたのだろうか。

 

「―――ふぅ」

 

 もう過ぎた事だ。頭を振って暗い思い出を消し飛ばす。

 

「でだ、まずは得られた情報を整理しようか」

 

 円卓の倉庫から引っ張りだしてきたのか、いつの間にか脚立つきの黒板が壁際に立っていた。

 その黒板上に御剣が白チョークで激しく音を立てながら書き込んでいく。

 

「いち。エミルは元々十五歳になったらセラフと婚約する許婚の関係で、性格は非常に温厚でありなおかつ頭脳明晰な少年だった。しかし、歳を取るポーションを飲んで十五歳に成長して僅か数日後、セラフを夜這うという凶行に躍り出た」

 

 エミル十五歳と書かれた字の下に、ウマヘタといえばいいのか、ちょっとゆるい感じの狼男が恐らく会長らしき女性を襲う姿が描かれる。

 

「に。彼がその凶行に及んだのは深夜。しかしセラフの私室は常にミハエルの部下である聖堂騎士団員が警護に当たっている筈だった。なのにエミルはそれを易々と通過して見せた」

「そ、そういえばそうですよ! ミハエルさん言ってましたもんね、『夜警明けの者らとの引継ぎを終え、朝の挨拶のため聖女様の私室を訪ねてみた所返事が無い』って!」

「うむ。しかるに、その夜警に当たっていた人物とエミルはグルだった。あるいはエミルが催眠か幻術を用いて警護の隙を突きセラフの私室に侵入したと予想できる」

 

 続けて、狼男がふとっちょの兵士に金を握らせる絵と、狼男がふとっちょの兵士の前で指をぐるぐると回し、兵士が目を回す絵が描かれる。

 と、そこで私はさすがに我慢できなくなって手を上げた。

 

「あの、一ついいかな?」

「なんだ山吹」

「その絵って……何?」

「いや、なんだ、分かりやすいように気を使ってだな、その、うむ……続けていいか?」

「あっと……うん、ごめん」

 

 気まずい空気が流れる。

 あれ、これって聞いちゃ駄目な奴だったのだろうか。

 がさつなイメージの御剣に似合わない、日本で十代の女の子が好きそうなゆるキャラ風味だったから思わず聞いてしまったのだが、駄目だったか。

 ……たしかについさっき会長の為に頑張ろうと決意を新たにしたばかりで、これは無神経だったかしらん。

 今は絵がどうのこうの言っている場合ではないのだし。

 

「……おほん。さん。セラフの反撃に遭い気絶した筈のエミルだが、少なくともミハエルが見張りと交代したと思われる朝方には姿を消していた。これはつまり、セラフレベルの攻撃で受けた気絶をも克服するほどエミルが強いか、もしくは彼を回収した共犯者が居る可能性を示唆している。まぁその場合は単に二番目で示したグルの夜警が彼を回収した、という線が濃厚だろうが断定は出来ん」

 

 気絶した狼男が自力で立ち上がり逃げ出す絵と、気絶した狼男を抱えて逃げ出す顔面にハテナマークを付けた何者かの絵が描かれる。

 

「さて、ここまでで私達が一番早く情報を得る為には誰に話を聞けばいいだろうか?」

 

 カッ。という音を立ててチョークの破片が飛ぶ。

 上がった手は二つ。

 

「二番の夜警担当」「聖堂騎士団員!」

「うむ。まあ、今のところそれしか無いだろうしな」

 

 御剣がチョークでふとっちょの兵士の顔に×マークを刻みつけて言った。

 ―――方針はまとまった。後は行動あるのみだ。

 

「行くぞ。どんな手段を用いてでも情報を引き出す」

 

 先陣を切る御剣に続き、席を立ち後に続く。

 

「薬も?」

 

 アイテム・バッグの中に仕舞いこんだ自白用の強烈なポーション類を思い出しながら問う。

 

「勿論」

 

 御剣は表情を変える事なく、淡々とイエスと答えた。

 

「金も?」

 

 続くえちごやさんの親指と人差し指を摩る動作を見ても。

 

「無論だ」

 

 眉一つ動かさずに許可を下す。

 

「……暴力は許してくれるか?」

 

 足を止めた御剣に逆に問われて、私達は答える。

 

「死なない程度なら」

「いくらでもしていいんじゃないですか?」

 

 その答えに、御剣はにぃっと壮絶な笑みを浮かべた。

 

「ではそうするとしよう」

 

 かくして。

 

 我々円卓No.02と03と07は、本気(・・)で会長の為に動き始めたのである。

 

 もう誰にも止められないぞ。

 

 

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