円卓の少女達   作:山梨明石

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「随分と待たせてしまいましたね。けれども、手がかりを得る事が出来ましたよ」

「何!? それは本当かヤマブキさん!」

 

 ミハエルは驚く程律儀に部屋の外で待機していた。もしかしたら会長の部屋の中を見られてしまうかも、という不安は杞憂に終わる。

 散々御剣が煽っただけあって、彼は『聖女』の信頼を決して裏切らなかったらしい。

 ……男としては惜しい事をしたなミハエル。しかしあの下着は童貞にはちと刺激が強すぎるやもしれぬか。

 

「有力な情報です。それを確かめる為にも、まずは昨夜の夜警を担当していた聖堂騎士団員が何処に居るかお教え頂けませんか? もしくは名前、外見的特長でもかまいません」

「昨夜の夜警担当……? たしか、カルロス=ゾーランとボリス=チャックの二人だった筈だ。夜警は必ず二人一組(ツーマンセル)で行う決まりになっているからな」

「カルロスさんとボリスさんですね。背は高いですか? 特徴的な見た目等はありますか?」

「……背は二人とも私より少し低い程度だ。カルロスは鷲鼻で、ボリスは長髪を紐で縛っている」

「なるほどなるほど……」

 

 カルロスとボリス、ね。

 ちら、とアイコンタクトを他の二人と交わす。

 すると御剣がそっぽを向いて顎をしゃくりあげた。

 ―――許せミハエル。

 

「ありがとうございますミハエルさん、とても参考になりました」

「ああ……。しかし、それが一体何の―――」

「ああああああああっ! あ、あそこにいらっしゃるのは『聖女様』ではーっ!?」

「何だとっ!?」

 

 わざとらしく大声を出し指を指すと、面白いようにミハエルがその方向に向く。

 しかしその先に当然『聖女様』が居るはずもなし。あるのはただの寒々しい廊下だけである。

 

「……ヤマブキさん、誰も居ないではない―――がっ!?」

 

 突然ミハエルが糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 

「《みねうち》……すまんなミハエル。少し眠っていろ」

 

 彼を見下ろすのは手刀を構えた御剣だ。彼の首筋を打ち抜いたその手からは、薄く煙が立ち昇っていた。

 

 ―――《みねうち》。

 

 前衛系職業の大半が初期から覚えているスキルで、対象の後背に向けて発動した場合に限り気絶判定を与える能力を持つ。

 ぶっちゃけて言えば敵と正面きって戦う前衛系職業にとってはまるで使えないゴミスキルに近いが、現実と化した世界ではこれが中々に使い所さんに溢れているのである。

 そして超高レベルの御剣が放つ《みねうち》はまさに神技。よほど抵抗力が高くない限りまず間違いなく気絶するし持続時間も長い、ミハエルは後数時間は昏倒したままになるだろう。

 これで私達も動きやすくなる。

 

「せっかくなので会長の部屋に動かしておきますね。見られたらまずいですし」

 

 いそいそとえちごやさんが証拠隠滅にかかり、ミハエルを会長の私室に運び込んでいく。

 きっと彼が目を覚ました時は大変な状況に陥るかもしれないが、これはいわばコラテラルダメージ(必要な犠牲)なのだ。粛々と受け入れて欲しい。

 男は何時だって苦労する生き物なのさ。

 

「良し。では三手に分かれよう。各自目標を発見したら方法を問わず情報を搾り出せ、そして一時間後に結果の有無に関わらず大聖堂入り口に集合。……時間合わせ」

 

 御剣がアイテム・バッグから懐中時計を取り出す。私とえちごやさんも同じように懐中時計を取り出して、ねじを巻いた。

 

「さん、に、いち……オーケー」

「では解散。幸運を祈る」

「らじゃー!」

 

 一時間後にアラームが鳴るように設定した私達は、めいめい気の向くままに大聖堂の各地へと散っていった。

 果てさて、とにかく大聖堂は広い。目標がすぐに見つかればいいのだけれど。

 

「―――ふーむ」

 

 当ても無く彷徨う。大聖堂は以前に訪れた時のようにしんと静まり返っているが、耳をそばだてれば遠くから廊下を駆ける足音と騒ぎ声が微かに聞こえてくる。

 あまりにも大聖堂が広すぎるために、捜索の人手が足りていないのだろう。

 時々誰かとすれ違う場面もあったが、私が声をかける前に忙しなく走り去ってしまった。

 

「私はどう見ても部外者でしょうに。誰何(すいか)すらされないとは」

 

 相当に法国は混乱しているらしい。おかげで容易に各所へともぐりこめる。

 食堂。高位神官の私室。シスターたちの共同寝所。図書室らしき場所。

 どこも広く、少し探検をしているような気分になってしまう。大聖堂はちょっとしたダンジョンのように入り組んでいた。

 

「うーん……ミハエルを気絶させたのは実は悪手だったりする? こりゃヘタしたらこっちが迷子になるなぁ……」

 

 ウィスパーチャットやパーティーチャットのような連絡手段が無い以上、時間と場所を決めて落ち合わないとこの世界では連絡もままならない。

 スマートフォンも無ければ当然メールも電話も無いのだ。高度情報社会たる現代日本のありがたみをひしひしと感じる他ない。

 しかし是非も無し。時間は刻一刻と過ぎていく。

 

「まぁ、いざとなれば誰か捕まえればいいかな」

 

 いつの間にか地下から地上まで上がってしまっていたのか、陽光が差し込み花咲き乱れる庭園の中を歩みながら一人ごちる。

 清浄な雰囲気漂う大聖堂の中で、この庭園だけは外気に満ち溢れていた。

 建築に携わった人間の手腕が優れていたのだろう。うまい具合に上部が吹き抜けになっていて、どんな時間帯でも陽の光が当たるように、東西の上部は細い渡り廊下があるだけに配慮されていた。

 大聖堂の淀んだ空気―――という言い方は不適格かもしれないが、ともかく地下と比較すると断然庭園に漂う草花と土のにおいが混じった空気の方が、吸ってて気分がいい。

 あまり外出の出来ないという会長も、ここに訪れては気分を紛らわせたりしていたのだろうか。

 

「……さて」

 

 私はそんな庭園の花壇の中から一つの花、赤いチューリップを手折り、その香りを楽しむ。

 

「大聖堂の警備担当は何をやっているんですかね、まったく」

 

 ―――そして、先ほどから私のセンサーに過敏に反応を示す不審者に向けて言い放つ。

 

「唐突ですが、あまり下手な小細工は弄するだけ無駄だと宣言しておきます。もしお疑いでしたら、試しに一発放ってみてはいかがでしょうか?」

 

 言い終わるや否や、花壇の一部が蠢きそこから一筋の光が放たれた。

 私はそれを確実に視認し、人差し指と中指で受け止める。

 びぃん、と受け止めた衝撃で震動するそれは、先端に毒々しい色合いの液体が付着した一本の矢。

 私のアルケミストとして習得しているスキルのうち、起動の必要が無い常時発動型のパッシブスキルの一つ《毒学精通》がその液体の正体を看破する。

 

「『最期のくちづけ』ですか。ズリアーサの実とヴォイドスネイクの毒液に獣の糞便らを混ぜたもので、その致死率はほぼ100%と名高い高等暗殺毒……。ああ、もし当たったらどうするんです、死んでしまいますよ? 責任取れるんですか?」

「……お前、何者だ。何故我等が秘奥の名を知っている」

 

 花壇の中から、黒い影がぬるりと滑るように立ち上がった。

 闇のような黒色を纏うその人物は、顔面と思われる位置に目玉の意匠が施された仮面を被っていた。

 その手には矢の無いクロスボウが握られている。奇しくも私と同じ獲物であった。

 

「……さぁ? 知っていた、としか言えませんね」

 

 肩をすくめながら答える。

 嘘は言ってない。何せ私が自ら学んだ事じゃない、スキルが勝手にそうだと教えてくれているだけなのだ。

 それに『最期のくちづけ』は『悠久の大地』にもあったアイテムの一つでもある。

 ただ問題なのは、それが消費アイテムだとかの類ではなく、クエスト進行に関わるイベントアイテム(・・・・・・・・)という点なのだが。

 

「ぬかせ。かような戯言を誰が信用する」

 

 私の人を小ばかにした態度に、男が声に不機嫌さを滲ませた。

 

「では直接私の体に聞いてみてはいかがでしょう。あなたはその手の職業の方でしょう? ―――まぁ、私のような女の子に存在を見抜かれてしまうような三流、いや五流さんでは、それも難しいかもしれませんけどね」

 

 私はあえて男を煽った。これで冷静さを多少なりとも失ってくれるのなら万々歳だからだ。

 

 "戦いとは常に冷静でいる者こそより勝利に近づく"。

 

 というのは御剣の受け売りだが、まさにその通りだと思う。

 

「……小娘が。楽に死ねると思うな」

 

 狙い通りに男が乗せられたのか、怒りを湛えた呟きと共に腰を落とす。

 ……まったく、これでは本当に暗殺者として三流もいい所だ。

 

 霧を見習え霧を。

 彼女ならそもそも潜伏を見抜かれた時点で撤退するし、そうでなくとも奇襲が塞がれたのならそれを想定した第二第三の刃を用意している。

 ましてやペラペラと言葉を交わすなどもってのほか。交わすならつや消しした黒塗りのダガー、そして思いつく限りの殺戮行為だ。そういう容赦のなさが、一流の暗殺者には求められる。

 

「イルドロン様の名の下に、その命を捧げろ」

 

 それに極め付きはこれだ。さも重要そうな人物の名をこれみよがしに垂れ流してくれる。

 欺瞞情報の可能性もあるが、はてさて、この男がそこまで考えているのかどうか。

 

「……まぁ、いずれにせよあなたの口を割れば済む話ですしね。じゃあ、やりましょうか」

「貴様……! 雛鳥のようなその口、我が刃で縫い付けてくれる!」

 

 とうとう激昂した男が滑るようにサイドステップし、恐るべき速度で再装填を果たしたクロスボウを発射してきた。

 散り舞う花弁に紛れてその矢が隠れ、その手腕に思わず関心する。

 

「って危なっ」

 

 格好付けてやった二指取りをまたやったら失敗しそうなので、素直に横っ飛びして回避する。

 矢の先端の毒液に触れたのか、舞っていた赤い花弁が一枚急速に萎れ、そして枯葉の如き無残な姿を晒すのが見えた。

 

 あれが『最期のくちづけ』に触れた者の辿る道だ。

 『悠久の大地』のフリークエストで製作を依頼されるそのアイテムは、復讐に燃える未亡人の女が、夫を殺した盗人の男を毒殺する為に要求するアイテム……だった筈だ。

 場末の娼婦を装い近づいた未亡人は、紆余曲折の果てに盗人の男の毒殺に成功する。

 しかしその結末は共倒れだ。未亡人の女は復讐を果たすために、己の唇に毒を塗り盗人の男と接吻したからである。

 

 まるで昼ドラのようにドロドロとした内容からか、『悠久の大地』の中でもトップクラスに展開が重いクエストで非常に有名で、だからこそ私は『最期のくちづけ』の事を覚えていたのだが、何故それが普通のアイテムとして使われているのだろう。

 戦闘中ながらも疑問は尽きない。

 

「お尋ねしたいのですが、『最期のくちづけ』はあなたたちの間ではポピュラーな暗殺毒なんですか? 少なくとも『ヴォーパル(首狩り)』一派の方々はこんなもの使ってませんけど」

「―――ッ、貴様、ヴォーパルの人間か!」

「違います、ただの薬屋です!」

 

 まことに失敬な。あんな暗殺大好きキ印軍団と一緒くたにしないで欲しい。

 返答と共に、袖のポーションのパッチ―――ウェポンスタッカーから、アブソリュート・クロスボウを抜き放ちざまに一発お見舞いする。

 足を狙ったその一発は、男の見事なバク転宙返りで回避された。矢の命中地点を中心に周囲が氷結し、花壇を白く染める。

 

「クッ! 貴様その武器は何処から出した! しかも属性付与だと!? ……いや、武器自体に属性が宿っているのか!? 信じられん!」

「ええ、エピック等級……って言ってもわかんないでしょうけど、まぁそんな感じです」

 

 アイテムには等級が定められている。

 エピック等級とは即ちアイテムの価値及び強さについて、最上級から二番目に位置する性能を示す。

 ちなみにだが、最上級からレジェンド、エピック、レアー、マジック、ノーマルと等級が定められている。

 例を挙げればエクス系ポーションの等級はレアー。

 ゴブリンロードの王錫はマジックだ。

 そして、私の武器であるアブソリュート・クロスボウの等級はエピックである。

 この世界においてエピック等級のアイテムは……平たく言えば、伝説や伝承に謳われる類のアイテムだったりするので、彼の驚きようは当然の事だった。

 

「ふざけるな! たかが薬屋如きが伝説級の武器を持っている筈が無い! やはりお前はヴォーパル一派の人間に違いない!」

「だから違うと……ああ、もういいです、ヴォーパルの人間でいいですよもう」

 

 男の勘違いを正す事に意味があるとも思えないし、戦闘を続行する。

 なるべく動きを封じるように立ち回りたいのだが、いかんせん思った以上に男の動きは素早い。

 伊達に暗殺者っぽい格好をしているだけあってか、私の放つ矢は惜しい所までは行くのだがこれといって命中してくれない。

 

「ええいしぶとい!」

 

 矢を放った後、遮蔽物として丁度良さそうな木の裏に身を隠す。

 すると一瞬の後に木の幹に矢が数本刺さり、毒の効果か木に生えていた葉っぱがぱらぱらと舞い落ち始める。

 酷い環境破壊もあったものだ。顔に当たる木の葉を払いつつ、私は木の陰から辺りに隠れている男の姿を探った。

 

「少し面倒になってきたな……」

 

 思わずぼやきが口に出る。

 そんな中、憮然とした男の声が届いてきた。

 

「貴様……その武器、その技術、その能力……。そうか、分かったぞ……お前が『ヴォーパル』の頭領なのだな! ならば私の存在と毒の秘密を言い当てたのにも納得が行く。あどけない少女の姿を隠れ蓑にしているという噂は、真だったのか……!」

「ぶっ」

 

 いきなりなんだかとんでもない勘違いをされてしまった。

 いや確かに霧はあどけない少女っぽい感じで生活して、裏の顔を隠しているとは聞きますけど!

 

「だから違います! 私は片田舎で薬屋を営んでる普通の女の子なんですって!」

「それを誰が信じる! この状況が何よりも雄弁に答えを物語っているだろうが!」

「チッ! この頭でっかちめ!」

 

 なにが悲しくてあの(キリ)ングマシーンと勘違いされなくちゃいけないんだ。

 御剣とはまた別ベクトルで危険な霧がこの事を聞いたら、恐らく嬉々としてこの男を殺しに来るに違いない。

 『……山吹に間違われるなんて心外。私が直接、暗殺とはなんたるか教えに行く』

 そんなセリフが頭に浮かぶ。

 

 ちなみに教えに行くとはイコール殺すから身を持って覚えろという意味である。

 実際に数回殺された私が言うんだから間違ってない。……いやあアレは痛くて苦しかったなぁ。

 

「頭領相手なら出し惜しみはしてられん! 行くぞ! 秘技! 《シェイドクローキング》!」

「……むむ」

 

 辛い思い出を思い返していると、不自然に男の気配が辺りから消失する。

 この感じは、イレイサーも使う事の出来る隠密系スキルのそれに似ている。

 恐らく肉体を不可視化したか、光学迷彩のように身体を背景と同化させて隠れているのだろう。

 この手のスキルは使うと移動速度が落ちたりする代わりに非常に強力で、スキル効果中の相手を見つけるのは至難の業だ。

 よって、私が取るべき手段は一つである。

 

「……会長ごめん。あと大聖堂の皆さんも」

 

 私は隠れるのをやめ、その身を晒す。いい的だろうに毒矢は飛んでこない、警戒しているのだ。

 

「……貴様、なんのつもりだ。まさか我が秘技を前に抵抗を諦めたなどと世迷いごとを言うつもりはないだろうな」

 

 どこから聞こえてくるのか検討のつかめない男の声。これもスキル効果によるものだろう。音で位置がばれないよう対策をするのは当たり前の事だ。

 

「いいえ。ただこれからやる事は、後で会長のお叱りを受ける可能性も高いだろうなと思ったので、先に謝っておこうと思ったんです」

「……何?」

「いやね、影でコソコソ隠れているゴキブリをあぶり出すのには、いぶした煙が有効なんですよ。バルシンっていうんですけど、知ってます?」

 

 私は庭園の壁を背にして、右手の平を前方に―――庭園に咲く花々へ向けて狙いを定める。

 

「……なに?」

「それにこういうセリフも一度言ってみたかったんです、有名ですしね」

 

 そして、これぐらいなら死ぬ事はないだろうという程度の威力に調整して、無詠唱の魔法を発動した。

 

「《ヒートウェーブ》……汚物は消毒だぁーっ!」

 

 私の手の平から高熱の熱波が放たれ庭園全てを覆い尽くす。

 実際に火炎を伴って放たれた《ヒートウェーブ》は、氷結した花壇や花々を溶かしつつ、庭園を炎の海と化した。

 しかるに、隠れ潜んでいた男はどうなるだろうか。

 

「―――っ、かっ、がああああっ! ぐああああああっ!」

 

 当然火達磨になって燻り出されるというわけである。

 このように、1対1における戦闘時の姿隠し(クローキング)は非常に有効な一手である一方で、致命的な弱点も孕んでいる。

 それがこの(エリア)(オブ)(エフェクト)だ。

 平たく言えば範囲攻撃である。それを相手が居そうな所に適当にぶちまけてやれば、何処に隠れていようが関係ないわけだ。

 プレイスキルの高いプレイヤーなら、攻撃を回避する、あるいは相手にAoEという選択に誘導するという駆け引きに持ち込めるが、この場合はそれらを考慮する必要もないだろう。

 

「ぐぬあああああっ、き、きさまあああああああっ!」

 

 黒い男から燃え盛る男になった男が、壮絶な叫びと共に私に迫る。

 

「すみませんね。私、これでもちょっと面倒くさがり(・・・・・・)なもので」

 

 忌々しいが御剣がラミーに指摘したように、確かに私は面倒くさがりな所がある。

 私のレベルと装備にアイテムを駆使すれば、花壇を燃やす事なくこの男を無力化できただろう。

 しかしなんだ。最早面倒臭かったのだ。男の相手をしているのに疲れたというのもあるし、何より。

 

「それに大体ね。―――会長を泣かせたかもしれない相手に、どうして手加減しなきゃいけないんです?」

 

 私は無表情で燃え盛る男の両足の甲に一発ずつ矢を放つ。

 

「がっ、あ、足があっ!?」

 

 武器の効果であっと言う間に氷結していく下半身と、未だ燃え盛る上半身。

 下は極寒、上は灼熱ならぬ、夜にも珍しい悲惨な光景だが、私はそれをちっとも痛ましいとは思わない。

 

「はい、どうぞ。死なれては困りますので傷を癒してあげます」

 

 私はアイテム・バッグの中からミドル・ヒールポーションを取り出して男の上半身に投げつける。

 瓶が割れて中身を被った男の火が消え、傷がみるみる内に癒えていくが凍った足はそのままだ。なにせ氷結は状態異常なので、HPが回復した所で治りはしない。

 

「き、きさ、ま……!」

 

 いつの間にか仮面が剥がれ落ちたのか、苦痛に歪む男の顔が露出する。

 男の顔を見て私は驚く。鼻が鷲のように高かったからだ。

 

「おや……もしかしてですけど、あなたはカルロスってお名前だったりしませんか?」

「……っ」

 

 ……こいつ本当に暗殺者か。あからさまにびくっとしたぞ。

 私の中でこいつはカルロスだとほぼクロになったが、証言を得たわけではないので一応拷問を開始する。

 

「……だんまりですか。それもいいでしょう……ですけど、さっさと口を割らないと、痛い目に遭いますよ?」

「くっ、だ、誰が貴様になぞ……!」

「そうですか。では一発目行きましょう」

 

 私はウェポンスタッカーから何の変哲も無いクロスボウを取り出す。ノーマル等級の、NPCから購入出来る程度の弱いクロスボウだ。

 そして、だからこそいい。

 私はそのクロスボウの狙いを男の腕に定めて躊躇無く引き金を引いた。

 

「っぐああああああっ!」

 

 男の腕に矢が刺さり、夥しい量の血が流れ始める。

 

「質問です。あなたはカルロスという名前ですか?」

「ちが―――」

「では二発目ですね」

「があああああああああああっ!?」

 

 次は太ももだ。

 

「質問です。あなたはカルロスという名前ですか?」

「ち―――」

「では三発目ですね」

「っぎいいいいっ!」

 

 次は横っ腹。ここはさぞ痛いだろうなぁ、私のココロはちっとも痛まないが。

 

「質問です。あなたはカルロスという名前ですか?」

「―――」

「無言は否定と判断します、では四発目ですね」

「ま、まて、やめ―――ああああああああっ!!」

 

 次は左肩。そしていい加減流れる血の量が致死量に近づいているので、男にエクス・ヒールポーションを投げつけて全快させてやる。

 

「はい、傷は治りましたね? まだいけますよね? じゃあもう一回聞きましょうか。あ、ちなみにこれはあなたが正直に答えるまで終わりません。なるべく早く答えたほうが身のためだと思いますよ」

 

 体に刺さっていた矢が再生した肉に押し戻されて抜け落ち、からんと音を立てて転がる。

 未だ燃え尽きぬ火の海に囲まれたまま、男の瞳の中には黒い絶望が浮かんでいた。

 

「質問です。あなたはカルロスという名前ですか―――」

 

 そして、男の絶叫が庭園に響き渡る。

 結局、男は十一回目の質問で心を折った。

 

 

 

 

 

 

「……やりすぎた」

 

 しかしなんだ。

 あれだけ拷問しておいてなんだが、私は思った以上に憤慨していたらしい。

 そんな私でもこれだけで済んだが、果たして御剣やえちごやさんはどうなっているやら。

 そこまで怒っていなければいいのだけども。

 

「まだ運が良かったですね、私が相手で」

 

 ゴーレムに担がせた簀巻きの男―――傷は全て癒えている―――を見ながら、他の襲撃者の未来を予想した。

 

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