円卓の少女達   作:山梨明石

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 オーラムの街を発ち馬車に揺られながら私はずっと考えていた。

 ラミーはどうして帰って来ないのだろうか、と。

 私の店を出てから日数にしてもう二十日になる。元々の二週間という予定に多少の誤差が生じたとしても、いい加減に帰って来ていないとおかしい時間が経っている。

 

 もし予定が変わって遅れるというのなら手紙で伝えてくれてもいいはずなのに、それすらもない。

 あの気の利く優しいラミーが、連絡の一つも寄こさないというのは実に考えにくい。

 

「……はぁ」

 

 簡単に思い浮かぶ理由は三つだ。

 一つ。久しぶりに会った姉との水入らずのひと時だ。楽しさのあまり連絡を忘れ滞在日数が延びているだけ。

 二つ。ラミーが私の事を見限ってバックれた。

 三つ。もしくは連絡の一つも出せない状況下に置かれている。

 

 一番現実的なのは一だ。

 

 二は絶対にありえない。

 私はこれまでちゃんと理想的な雇い主として彼女に優しく接してきたし、少なくとも()に勤めていたブラック企業のような人権度外視の対応は一度もした事がない。給料も待遇も最高だと自負してるし、セクハラもパワハラもアルハラもしていない。だから絶対に二はないのだ。

 

 そして最もありえないのは三だ。

 彼女に持たせてあげたお守り―――《地神の呼び声》というアクセサリーは、私が持っている装備のうちエピック等級の強力な装備だ。

 装備した人物に危機的状況が迫った時、自動的にアクセサリーに込められたゴーレム系召喚魔法を自動で発動する効果がある。

 

 アクセサリーの中には私が最強装備によって性能を大幅に向上させたアイアン・メタルゴーレムが入っており、それは御剣をして刀を抜かねば手こずるほどの力を持つ。

 以上の事実からラミーの身体的安全は確実に守られている。仮にそれが破られる事態があったとすれば、王都が壊滅するレベルの大災害が起きていない限り無理だろう。

 そしてそんな事態は円卓勢から報告されていない。よって三はありえないのだ。

 

 だから、だから一しかありえないのだ。

 

 二とかもう本当にありえないし。嫌われるような事してないし。それにラミーはこちらに好意を抱いているような質問をしてたじゃん。『私の事、どう思いますか?』ってさ。

 

 ……でもそれって私の自分勝手な勘違いだったのかもしれないよな。ただの独りよがりな考えでそう思っているだけで、実際にラミーが思う私の印象は最悪極まるものだったのかもしれないし。

 だからとうとう我慢が出来なくなって逃げたとか。うん、十分ありえる、だって私も同じ事経験してるわけだし。

 

 人は時には面と向かって言わずとも行動で示す事は多々ある。

 それに手紙の一つも送ってくれないのが、私を嫌っている何よりの証拠じゃないのか?

 

『もう顔も見たくないんです、一緒に居るのが耐えられません』

 

 っていう言外のメッセージのような気もする。

 ……だとしたら私みたいな奴はラミーに会わないほうが宜しいのではないだろうか。

 きっとその方がお互いの為になるような―――。

 

「……ぐすっ」

 

 あ、やばい、ちょっと涙出てきた。これはいけない。急いでポケットからハンカチを取り出す。

 

「ど、どうかされましたかな?」

 

 向かいの席に座る老人の男がぎょっとして私を見た。

 

「い、いえ。なんでも、ないです、大丈夫です、お気になさらず」

 

 私は精一杯取り繕って老人を手で制した。

 どうにも以前男だった時と比べて感情的になりやすくなったせいか、涙脆くなったような気がする。

 

「そ、そうですか……」

「はい、ぐすっ。大丈夫です、大丈夫ですから」

 

 ああもう、私は傷心旅行中の女の子か何かか。

 落ち着け、冷静になれ。全ては私の考えの範疇を出ない事だろう。そうと決め付けてどうする。

 事の真相はラミーに出会って確かめればいい。その後どうするかは―――その時考えろ。私よ。

 

「ふぅ……うん?」

 

 目元を拭いつつ深呼吸していると、ふと、手元のハンカチが誰の物だったのか気がついた。

 これはラミーが持たせてくれた、花柄のハンカチだ。

 

『師匠、ちゃんとハンカチ持ちましたか? 女の子なんですから、それくらいきちんとしなきゃ駄目ですよ?』

 

 ハンカチを見つめていると、外出時にいつもそう言ってハンカチを持たせてくれたラミーの姿が脳裏に浮かんでくる。

 屈託のない笑顔と元気いっぱいの声だ。普段は癒されるそれが、今だけは私の心をかき乱す。

 

「……すーっ……ふぅーっ……」

 

 また泣きそうになったので、私はひくつきそうになる横隔膜を根性で抑えた。

 乙女の涙はそう易々と見せていいものじゃないからだ。少なくとも赤の他人に二度も見せてはならない程度には。

 

「……くっ」

 

 ……まぁ、どう取り繕った所で悲しい気持ちで一杯なのは認めるけれども。

 

 

「お客さん。ベネリアに着いたよ」

 

 御者台からの眠たそうな男の声。

 オーラムの街から馬車で東に街道を進んで約三時間程度の場所に、ベネリアという街がある。

 都会すぎず田舎すぎもしない普通の街だが、少し珍しい名物がある。

 それはゲームだった頃には無かった筈の、この世界オリジナルのものだ。

 

「ありがとうございます」

「ご苦労さん」

 

 私と相乗りの老人は御者に切符の半券を渡して降りる。

 その折に空の様子を見たが、別段荒れていないようなので今日は運行しているだろう。

 

「お嬢さん」

「はい?」

 

 空を見上げていると、隣から老人の控えめな声が掛かる。

 

「何か辛いことがあったのかもしれんが、めげちゃいかんぞ」

「……ありがとうございます」

 

 馬車に乗ってる間ずうっとネガティブなオーラを垂れ流しにしていたせいか、親切な彼の励ましは心がこもっていた。

 こちらを気にしつつも歩み去っていく彼の背を見ながら、私は頬を両手でぱしんと叩く。

 

「馬鹿。しゃんとしろ」

 

 行きずりの他人にいらぬ世話をかけられるようでは情け無いにも程があろうよ。

 こんな調子でラミーを探せるのか。探せた所でどうするつもりなんだ。

 一度深呼吸をして心を切り替える。

 

「……さて」

 

 私は目的地に向けてベネリアの街を歩み始めた。

 人ごみ……というレベルではないが、それなりの量の人の間をすり抜けつつ早足で進む。

 普段なら露店を見て回ったりするのだが、今回は全て無視だ。

 以前辿ったルートを思い出しながら進む事十数分後。私は目的の建物へとたどり着く。

 

 アトルガム航空ベネリア支社。

 

 航空という名が示す通り、そこは簡易ながらも飛行機の発着場を思わせるつくりをしている。

 

 建物は三階建てでかなり大きく、横にくっつく形で高い柵に囲まれた横にとても長い広場がある。

 広場の隅には数匹のドラゴン―――キャリアードラゴンと、その世話をする調教師らの姿があった。

 私は建物の中へと進み、一直線に受付の下へ向かう。

 

「アトルガム航空へようこそいらっしゃいました、本日のご用件は?」

「王都行きの便に乗りたいのですが、ありますか?」

「はい、丁度空いておりますのですぐにでも出発できますが、どうされますか?」

 

 受付の女性が置時計を確認しながら言う。現在時刻は朝の九時を回った頃だった。

 

「それじゃあその便でお願いします。女一人で荷物等は無し、出来るだけ急ぎたいので特急でお願いします」

「……特急をご希望ですか? そうなりますと、かなりの追加料金が発生してしまいますが、よろしいでしょうか?」

「大丈夫です」

 

 私は財布から金を出してカウンターに置く。

 それは料金表に提示されている金額のうち、上から数えて三番目と同額だ。

 訝しげな様子だった彼女の瞳が一瞬大きくなる。

 

「……かしこまりました。それでは直ぐに手配いたしますので、係りの者が呼ぶまで席に座ってお待ちください」

「ありがとうございます」

 

 私は番号札を受け取ると近くに空いていた椅子に腰掛けた。番号札の数字は一。他に客らしい客は見当たらないが、これは別段珍しい光景というわけではない。

 アトルガム航空はグラン・アトルガム王国の領土内で、飛竜を用いた荷物と人の運搬サービスを行っている。しかしそのサービスを受ける為の価格は通常の馬車と比べるとべらぼうに高いので、客はどうしても少ない。

 

 理由としては二つある。安全性と速さだ。

 大陸において地を闊歩するモンスターは山ほどいるが、空を飛ぶモンスターは数も少なく、特定の地域にでも迷い込まなければ大抵はキャリアードラゴンが追い返せる程度の強さしかない。

 加えて空を飛ぶだけあってか地形を無視して進む事が出来るので、馬車よりも早く目的地にたどり着く事が出来る。

 『スレイプニール』のような例外を除けば、この世で今のところ一番早い乗り物は飛竜において他は無いだろう。

 

「失礼します、お飲み物をお持ちいたしました」

「ああ、どうも」

 

 そんなわけで、アトルガム航空の利用客は金持ちかやむなき事情を抱えた人の二種類に大別される。

 私はその前者と判断されたらしい。受付が湯気を立てるティーカップを盆に乗せて持ってくるくらいには、サービスしておいたほうがいいと思われたのだろう。

 しかも茶菓子まで付いていた。たっぷりと白砂糖をまぶした、ここら辺ではポピュラーな揚げ菓子だった。

 

「……緑茶か」

 

 軽く息で冷ましてから頂く。

 

 ―――それにしても常々思うのだが、緑茶をティーカップで飲ませるとは一体どういう了見なんだろう? 驚く事に何処に行っても緑茶も紅茶もコーヒーも全部一緒の器なのだ。

 取っ手のあるカップにソーサー、それが基本にして全て。

 これがこの世界の文化らしいので文句は言わないが、緑茶といえば湯のみじゃないのか? 謎は深まるばかりだ。

 

「……」

 

 ……そういえばラミーもうちに来た当初は湯のみを前に不思議そうにしていたっけかな。

 

『これが師匠の故郷の茶器なんですか? 取っ手が無いなんて不思議な器ですねー……』

 

 ラミーとの思い出が蘇る。

 

「……がりがり」 

 

 不覚にもまた涙しそうだったので、私は揚げ菓子をつまみ口の中に入れて、悲しさを誤魔化すように音を立てて食べた。

 歯が痛みそうなぐらい甘くて、いかにも苦い緑茶と相性が良さそうなのが妙に癪だった。

 

 

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