円卓の少女達   作:山梨明石

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 夕日を背に受けながら空を飛ぶ。

 眼前に広がる夕焼け色に染まった山々と森林は、見ているだけでどこかノスタルジィな気分に浸らせる。

 それは一つの額縁に収まった絵画のようですらあり、緑茶の一杯でもあればゆっくりと飲みながら、陽が沈むまでずっと眺めていたい程の美しさがあった。

 きらきらと光る世界の中を、編隊を組んで空を飛ぶ鳥の群れが横切った。

 普段なら見上げる光景であった筈の彼らは、今は私の眼下にある。

 

「……綺麗だな」

 

 まるで世界そのものを俯瞰しているような錯覚を覚える。

 この光景だけは他の何物でも代えられない、ここでしか見る事の出来ないものだ。

 これを見たいが為にアトルガム航空に無茶を言って、あえて夕方に飛行させるワガママな客も多いと聞く。

 その分高い料金をぼったくられるが、仕方のない事だろう。それだけの価値が、この光景にはある。

 

「スクリーンショット……なんちゃって」

 

 両手の親指と人差し指で枠を作って、世界を切り取る。

 プリントスクリーンボタン一発で記録できたスクリーンショット機能は当然この世界にはない。

 写真もない。それに近い魔法もない。映像を記録に残す方法は、絵に描いて残すしか今のところ方法が無い。

 だから、私はこの光景を心の中のフォルダに保存する。

 誰かに見せる事も出来ないし、口で聞かせてもその感動は十分の一も伝わらないかもしれないが十分だ。

 時々静かに、自分の中で思い出せればそれでいい。

 

「……ラミー」

 

 ただ、ふとラミーの事が気に掛かった。

 この光景を彼女と一緒に見れたのなら、それはとても素敵な事だと思ったのだ。

 私一人だけで見るのは、少々勿体無い。

 

『師匠! すっごく、すーっごく綺麗ですね! 本当にもう、言葉に出来ないぐらい……!』

 

 彼女の明るい声が、風でばたばたと騒ぐフードの合い間から聞こえてくるようだ。

 きっと笑顔だろうその表情を想像でしか見れないのは、少し寂しい。

 

「……いや、でもなんかほら、クサいじゃん、そういうの私のガラじゃないし」

 

 そういうのが似合うのは御剣……いや、似合うか? とても微妙な気がする。

 会長はむしろ招待される側だし、えちごやさんは空を飛ぶのに金を使うなら投資しろとか言いそうだ。

 霧は……よくわからない。タタコさんは『綺麗だな』の一言で終わりそう。

 こう考えると、こういう状況を一番そつなくこなしてみせそうなのはルドネスだろうか。

 彼女は男も女も両方喰ってしまう性の怪物だし、ロマンチックなシーンをこなす程度お茶の子さいさいかもしれない。

 もしそうなら、ルドネスに教えを請うておいたほうが後々役立つのかも―――。

 

「いや、いやいやいや。何考えてんの」

 

 頭を振る。

 風の音で職員に聞こえないのを良い事に独り言が多すぎる。

 そんなだから変な考え事が頭に浮かぶんだ。

 最近の私はちょっと調子がおかしい。どうした、らしくないぞ。

 

「―――ん? レッドアイゼン、どうした!?」

 

 おかしいと言えば職員と尻の下の様子もおかしかった。尻の下とはつまりレッドアイゼンの事だ。

 今まで問題なく飛行していたのに、急に飛び方を荒立て始めたのである。

 

「わ、わわっ!」

 

 咄嗟に手すりを掴んだ。一瞬脳裏に『墜落』の二文字が浮かぶ。

 流石にこの高度から墜落したらいくら私でも無事にはすまない。骨の二十本三十本は覚悟せねばならないだろう。

 つまり死に掛けるか、死ぬという事だ。

 

「お、おい!? なんだどうしたんだ!? 落ち着け!」

 

 職員が必死にレッドアイゼンをなだめている。

 その様子を後ろで見ていると、昔に見たインターネットに転がっていた飛行機事故の記録にあった、警告音声の『pullup!(上昇せよ)』という恐怖を煽る無機質な声を思い出す。

 ……そんなバカな。

 

「どうかしましたか!?」

 

 嫌な予感を覚えつつも、なるべく平静な声で叫ぶ。

 

「わかりません! 今まで何の問題も無く飛んでいたのに! ……レッドアイゼン! おい、どうしたんだ!? しっかりしろ!」

 

 話す最中にもレッドアイゼンの荒れ様はますます強まっていく。

 一応空を飛ぶ体は成しているものの、翼の動きはぎこちなく何かの拍子で失速してしまいそうだ。

 定位置にあった頭も忙しなく上下に動いている。

 もたげた首の先の頭部。

 一瞬見えたレッドアイゼンの瞳は血走っており、口角には赤色の泡が付着していた。

 

「――――――!」

 

 私はとっさにアイテム・バッグから各種の状態異常治癒ポーションを取り出そうとして―――。

 

「しまっ……!」

 

 アイテム・バッグを覆い隠すコートを脱がなければ、それは出来ないのだと気がついた。

 急いでコートを脱ごうとするが、間に合わない。

 

「ギョオアアアッ!!」

 

 まるで断末魔のような叫びの後、がくん、とレッドアイゼンが震えた。世界が傾いていく。

 

「墜落する!! 避難器具をっ……!?」

 

 職員の男がレッドアイゼンの首に括り付けた袋のような物に手を伸ばすのが、辛うじて見えた。

 しかし時既に遅し。彼が袋を掴む前に世界は反転し、伸ばされた手は虚しく空を切った。

 

「うわああああああっ!?」

 

 きりもみ回転しながら私達は墜落していく。

 

「………………」

 

 全くもって嫌な予感だけはびしばしと当たる。

 ……何が良い空の旅だ! 生きて帰れたらアトルガム航空に賠償請求してやる! 首を洗って待っていろ! 畜生め!

 

「……あああああもおおおおおおお!」

 

 やるせなくなって叫ぶ。

 ここ最近内容の濃いイベントがありすぎではなかろうか。

 こういうのはもっと別の人が受けるべき災難だ。例えば御剣とか御剣とか御剣とか御剣とかだ、後は御剣とかだと思う。

 

「ぐっ、うぁぁっ、あああああっ!!」

 

 遠心力による強烈なGを感じながらも、私達は命綱とシートベルトによって空に放り出されるのだけは防いでいた。

 しかしだからと言って助かっているとは到底言い難い。

 血が頭に上っているのを感じつつも、ひとまずコートのボタンを外してアイテム・バッグに手を伸ばした。

 地面に激突するまでどれだけの猶予があるかわからないが、私達が無事に生還する為に最善を尽くさねばならない。

 

「落ち着け、落ち着け、落ち着け……!」

 

 念仏を唱えるように呟きながら、必死に《アンチドート》等のポーションをアイテム・バッグの中から探る。

 

「《アンチドート》、《夢の終わり》、《正気水》!」

 

 対毒、対睡眠、対混乱用ポーションを取り出してそのまま鞍に叩き付けて割る。砕けたガラス片と共に、レッドアイゼンの身体にポーションの中身がぶちまけられた。

 レッドアイゼンの異常が状態異常によるものなら、これで治る筈だ。

 

「……ああもう、なんでっ!?」

 

 しかし状況は一向に好転しない。

 

「レッドアイゼン! レッドアイゼン! 起きろ! おい! レッドアイゼン!」

 

 職員がレッドアイゼンに必死に呼びかける。

 状態異常ではないのか、ならばと思い《エクス・ヒールポーション》を同様に試してみる。

 だが、それも駄目だった。レッドアイゼンは完全に沈黙し、聞こえるのは猛烈な風の音と悲痛な職員の叫びだけだ。

 

「……まさか」

 

 私は最悪の可能性に思い至った。

 状態異常も、HPの回復も無意味。それが示す所はつまり。……レッドアイゼンは既に死んでいるという事だ。

 生きていれば如何様にも治療法はあるが、事切れた生命をどうにかする手段は私には無い。

 終わってしまったものを再び取り戻せるのは、会長だけだ。

 かつては私にもそれ(・・)が出来たが、今はもう出来ない。

 

「……ファーック!」

 

 Fワードを叫んだ所でどうにもなりはしないのだが、叫ぶのを止められない。否、これが叫ばずに居られようか!

 

「どうする!? どうすれば助かる!? 何をすれば良い!?」

 

 徐々に迫る大地と凄まじいスピードで回転する視界の中、知恵熱が出そうな程必死に脳みそを捻る。

 仮にここで私が死んだとしても、円卓の皆が助けてくれるだろう。―――なんて甘い考えは破棄する。

 辺り一体は森林地帯だ、野生動物もモンスターも居る。ならば野ざらしとなった私の死体目当てにそれらが集まってもおかしくない。

 

 この世界の死者蘇生のルールを思い出す。

 死者が蘇るには死んでから一定時間が経過する前かつ、死体がある事が絶対条件だ。

 

 つまり私が獣らに食われて原形が無くなってしまった場合、蘇生できる保障はない。

 そうなったら、本当に終わり(・・・・・・)だ。

 会長監視の下で霧に付き合ってあげるような、助かると分かっている死じゃない。完全なる終焉である。

 ……そんなのはまっぴら御免だ、まだ私はこの世界で生きていたい。それに、せめて死ぬのならラミーにもう一度会ってからだ!

 

「考えろ……考えろ私……!」

 

 命綱等を切断して一人で脱出する? ―――危険すぎる。助かる保障も無い。

 魔法で落下スピードを抑える? ―――不可能。そんな都合のいい魔法は覚えてない。

 ゴーレムを召喚してどうにか―――出来ない。

 クロスボウ―――何をどうするつもりだ。

 ポーション―――。

 ……ポーション?

 

「……」

 

 光明が射すように浮かんだ案があった。

 それは見込みの薄いか細い線だが、少なくとも試す価値はある。

 

「酷い出費だよ、ちくしょう!」

 

 もうやるしかない。悩んでいる時間は無い。

 

「これで半年間の稼ぎがゼロだよくそったれーっ!!」

 

 畜生! と叫びながらアイテム・バッグの中を探り、それら(・・・)をがむしゃらに掴んで目の前の職員の背中に叩き付けた。

 割れたガラス片が光を反射しながら空中を舞い、色とりどりの液体が職員の背中と私の手を汚す。

 

「がっ!? なにっ―――」

「もう一回!」

「がああっ!?」

 

 同じようにごっそりと掴んだ物達を再び叩き付ける。

 

「これでカンバン!」

「何をすっ、うわああっ!?」

 

 最後に数本しかないそれらも同じようにする。

 それら―――。

 

 最大HPを一時的に大幅に増加する《マキシム・ライフアップポーション》。

 防御力を一時的に大幅に増加する《マキシム・ディフェンダー》。

 体力ステータスを一時的に大幅に増加する《マキシム・バイタリティポーション》。

 一定時間体力を回復し続ける《マキシム・ライフリジェネレート》。

 etc、etc。

 

 この世界では製造がとても難しい超レアな能力強化系ポーション―――の総額およそ時価にしていっせんさんびゃくまん近く。

 

 庭付き二階一戸建て立地良し日当たり良し、そんな庶民の夢が一括購入出来る金額が、私達の体にしみ込んでいく。

 あぶれた雫が夕焼け空に散っていくのを見送りながら、私は次に迫る衝撃に備えて身を固めた。

 せめて頭から地面に激突(クリティカル)せず、死んでしまったレッドアイゼンの身体をクッションにして激突したいものである。

 

「ああもう、本当最悪ーーーっ!」

 

 最早神に祈るほかなし!

 ‡ゆうすけ‡さんよ、私達を助けたもう!

 

「エミル神よ、御許に参りま―――!」

 

 職員が最期を察して、神の名を叫ぶ。

 一瞬視界に入った地面。そして激しい衝撃。

 それを最後に、私の意識は途絶えた。

 

 

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