円卓の少女達   作:山梨明石

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 娼館通り。

 そこは王都の繁華街の一部を指してそう呼ばれている。

 全長にして二百メートルも無い通りではあるが、そこに軒を連ねる店舗は全てが例外なく娼館。

 故に娼館通り。まっこと分かりやすい呼び名である。

 

 夜の王都のピンク色の欲望を一手に引き受けるそこは、女性の誘うような笑い声が絶えないと言う。

 夜になれば色々と持て余した男がその声を聞きつけて一人、また一人と誘蛾灯に引き寄せられるように娼館通りに飲み込まれていく光景が見られる事だろう。

 とはいえ、今の時刻は真昼間。客引きをする娼婦の姿はおろか、鼻の下を伸ばした男のだらしない姿すらない。

 普段の騒がしさの無い、どこか気の抜けた娼館通り。

 そんな通りの入り口に、これまたえらく場違いな少女たる私は居た。

 

「……」

 

 ここに来る今までの道中、私の《ホスティリティ・センス》に反応は無かった。

 御剣の言う通りなら私も「教団」の糞っ垂れ共に監視されている筈なのだが、パッシブスキルが反応していないと言う事はその範囲外から監視されているか、もしくは私を監視している人物が私に敵意を抱いていない、という事になる。

 私の探知を逃れる程レベルが高い相手という可能性もあるが、その線は薄いと思われるので除外する。

 何れにせよだ。奴らは容易に尻尾を出すつもりは無いという事らしい。

 臆病者どもめ。

 

「……」

 

 それならそれでいい。せいぜい泳がせておくさ。

 仮に今の私の前にその面を出してみろ。死ぬよりも恐ろしい目に遭わせてやると固く約束してやる。

 

「それにしても、何か変な……?」

 

 人知れず陰惨な決意を固める私だったが、ふと違和感を覚える。

 人通りが少ないのは時間帯ゆえ仕方のないことだが、何かが足りないような気がするのだ。

 だが幾ら考えてもその違和感の答えは出てこない。

 

「……まあいい。今はとにかくルドネスの元に行かないと」

 

 答えの出ない考えに無駄に時間を浪費する事も無い。

 私はかつてルドネスの経営する「魔女の鍋」に訪れた時の事を思い出しつつ、その足を向けた。

 わずかにいる通行人から物珍しそうな視線を一身に浴びるが、そんな物は気にならない。

 

「ラミー……!」

 

 胸中は未だ落ち着かず。圧し掛かる不安は、私を押しつぶさんばかりであった。

 

 

 弾き飛ばすように「魔女の鍋」の扉を開けて、ずんずんと先に進んでいく。

 落ち着いた、しかし煌びやかな印象を受ける入り口の大きなホール。受付に立つ筋骨隆々としたスーツの男が、笑顔と共に私を出迎えた。

 

「ようこそいらっしゃいましたお客様。当店は未成年の方の入店をお断りしております。まことに恐れ入りますが、身分証明証のご提示を―――」

「ルドネスに山吹が来たと伝えてください」

 

 男の話をぶった切って必要な要件だけ伝える。

 

「―――かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

 ぞんざいな対応をされたにも関わらず、男は微塵も笑みを崩さずに見事な礼をして店の奥へと消えていく。

 当然だが、私の他に客の姿は無かった。

 

「……」

 

 らしくも無くテーブルをこつこつと叩き、落ち着きも無く男を待つ。

 ……いや、落ち着いてなぞいられないのだ。

 今もラミーの身に災いが降りかかっているかもしれないと思うと、居ても立っても居られない。

 私自身の事なら屁でもないのに、人の事、特に親しい人の事となると昔からこうだ(・・・・・・)。自分以上に心配して、不安になってしまう。

 

「―――ん?」

 

 一瞬、何か脳裏にノイズが走ったような気がした。

 まあ気のせいだろう。不安に駆られた私が勝手に想像した、意味の無い雑音だ。

 気を取り直して待ち続けると、思ったより間を置かずに男が戻ってきた。

 

「お待たせいたしました。館主様がお待ちですので、ご案内いたします。こちらへどうぞ」

 

 笑顔の男に導かれるまま館の奥へ。

 従業員用の通路や、甘ったるい香りのする、館に勤めている娼婦達の居住区を抜けて先へと進む。

 その道筋はかつて辿ったものとは多少異なっていた。

 館の改装でもしたのだろうか?

 ともあれ、ルドネスの部屋たる館主の部屋は昔の記憶と相違ない場所にあった。

 ……その部屋の扉が微妙に真新しいのを見ると少し罪悪感が湧いてくるが、今は心を鬼にして無視する。

 

「館主様。ヤマブキ様がお見えになりました」

 

 男がノックをして呼びかける。

 

「そう。通して頂戴」

 

 少し疲れた風な、そんな声だった。

 男が扉を開き、私は黙って部屋の中に入る。

 そこにはやはり、疲れていそうなルドネスの気だるげな姿があった。

 

「では、私はこれにて失礼致します」

 

 男は扉を音も無く閉めると、静かに去っていく。

 男が完全に去った頃合を見計らって、ルドネスが先に口を開いた。

 

「酷い顔をしているわね」

「……私が?」

「ええ、あなたが。ほら、鏡を見てみて」

 

 ルドネスが手鏡を取り出して、私に放る。

 それを難なくキャッチして確かめて見ると。

 

「……ほんとだ、酷い顔してるね」

 

 今にも泣き出しそうな、怒り出しそうな。何かの拍子に壊れてしまいそうな顔をした私の姿が映っていた。

 

「ははは……まぁでも、私の事はいいんだ。それよりもルドネスに聞きたい事がある。……今、王都で何が起こってるの?」

「何が起こっているか、ね。……丁度お昼にしようと思っていたの、ご一緒して下さる?」

「……うん」

 

 詳細は昼食を済ませながら、という事だろうか。

 頷いたルドネスが、部屋に備え付けのテーブルに置いてある水晶玉のような物体に触れる。

 すると水晶玉は緩やかに発光しつつ。

 

「どうされましたか?」

 

 先ほど私を案内した男と同じ声を発した。

 

「昼食を二人分用意して頂戴。……トマトサラダもつけて」

「かしこまりました」

 

 電話のような機能を持つアイテムか何かだろうか。前はこんなアイテムは無かった筈だが。

 会話を終えたルドネスが、手振りで私を応接用のソファに腰掛けるよう勧めてくる。

 私はそれに無言で応じ、続けてルドネスもソファに座る。

 そして二人して何も喋らずに、ただ料理が出てくるのを待つ。何故か不思議と言葉は出てこなかった。

 やがて受付の男がワゴンを押して部屋に入ってきて、タカの爪が散された、プチトマトやチーズが目立つパスタをテーブルに置いていく。

 続けて橙色のスープとトマトサラダを置いた男は、一礼して部屋を退室した。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 言葉数も少なく食事を始める。

 部屋に響く音は食器がこすれあう音くらいだ。

 パスタを啜って食べる真似はしない。

 

「…………」

 

 ふと。フォークの動きが止まる。

 

「……ラミー」

 

 無意識に彼女の名を呼んでしまう。

 そして、それが契機となった。

 

「……ふぐっ。…………うぅぅっ」

 

 視界がにじむ。涙が出てくる。

 

「ひっ、ひぐっ」

 

 嗚咽が止まらない。狂おしい程の悲しみが襲ってくる。

 横隔膜が震えて苦しい事この上ない。

 

「うっ、ぅぅぅっ……えぐっ、るどねすっ」

「ええ」

「みつ、みつるぎが、ラミーが、死んでるかもしれないって、いってたんだよっ」

 

 口は勝手に言葉を紡ぐ。

 

「ええ」

「もし、もしそうだったら、ど、どうしよう? あの子には、痛い思いも、怖い思いもさせたくなかったのに、わ、わたしの、せいで、酷いめにあってたらっ、わたし、なんてあやまったら、いいのか」

「……あなたのせいではないわ。全ては『教団』とかいう、不届き者がしでかした事でしょう?」

「で、でもっ! 原因を、ひきよせたのは、わたしなんだよっ!?」

 

 こんな様を見せ付けに来たわけじゃないのに。

 

「そうだったとしても。……山吹さんが気に病むべき事ではないわ」

「気に、やむよ! る、ルドネスは、知らないでしょ!? 死ぬときって、すごく、すごく、痛いんだよ!? すごく、苦しくって、こ、この世のすべてが、遠ざかるような、魂が底にぬけてくような、辛さを味わうんだよ!? だから、あの子がもし死んでたら、死んでたらっ……! いや、それならまだいいっ! 蘇ることも、できなくなったら!」

「…………」

「わたし、あの子にどう謝ったらいいのか、わかんないんだよ……!」

 

 子供みたいに、感情をぶつけてしまう。

 

「……そう」

 

 そんな風に泣き喚く私を、ルドネスがそっと抱きしめた。豊かな胸に迎え入れられ、彼女の体温が伝わってくる。

 感情の荒ぶりが緩やかになっていく中、ルドネスは優しい口調で言った。

 

「私はあの子とほとんど関わりがないから、どう謝ればいいのかなんてまるで想像もつきません。けれど……。もしかしたら、ラミーちゃんはまだ死んでいないのかもしれませんわよ?」

 

 私だってそうあってほしいと思ってるさ。

 でも、現実はそう甘くはない。

 

「……気楽なこと、いわないでよ」

「言いますわよ、楽観的である事は一概に悪いこととは限りませんわ。それに、よしんば最悪の事態にあったとしても、そこは山吹さんの腕の見せ所じゃなくて?」

「……どういうこと?」

「そこはもう、白馬の騎士のようにズババーンと。敵をばっさばっさとなぎ倒し、ラミーちゃんを救い出すのよ!」

「……そんな単純な問題じゃないよ!」

「単純な問題ですわよ!」

 

 涙で溢れる私の目元を、ルドネスがハンカチで拭う。そして、微笑んで言った。

 

「好き、なんでしょ? あの子の事。だったら、思いの丈はきっと伝わる。絶対に大丈夫、あの子はきっと無事ですわよ」

「……っ」

 

 ―――ああ、そうさ。結局は、そういう事なんだ。

 もうここまで来て自分の気持ちに嘘を吐くのはヤメだ。

 私はラミーが好きなんだ。だから、彼女の身に何かあったのではと思うと、心が千切れ飛びそうになるんだ。

 だからラミーには無事で居て欲しい。私みたいに、死の痛み、苦しみ、絶望、虚無を味わって欲しくないのだ。

 

「……好きだからこそ、楽観的ではいられないんだよ、ルドネス」

 

 ルドネスの腕を解き、乱暴に目元を拭う。

 最後に深呼吸をすると、幾分か気分は落ち着いた。

 どうやら思った以上に精神的ダメージを受けていたらしい。御剣は本当に容赦がない。

 泣き喚くなんて、一体何時振りやら。恥ずかしい所を見せたものだ。

 

「……むぅ。もうちょっと山吹さんを慰めてあげたかったのに」

 

 ルドネスが残念そうに手をわきわきと動かした。

 

「余計なお世話です。……いや、やっぱごめん。正直助かった、御剣には冷静でいろって言われたけど、とても冷静ではいられなかったから」

 

 というかラミーが死んでるかもなんて言われて、私が冷静で居られるはずもないでしょーに。

 憮然とした表情でいると、ルドネスがぽかんとした様子でこちらを見た。

 

「あら、驚きましたわ。山吹さんがデレるなんて」

「誰がデレか。怒るよ!」

「いやんっ」

「っていうかどうしてルドネスは……、私がラミーの事を好きだって知ってたのさ、誰にも言わずに秘密にしてたのに」

 

 ああ、そうだ。私はラミーの事が好きだ。心底、誰よりも。

 彼女が同性だからだとか、自分が元男だからだとか、そういう事に悩んでしまってこの気持ちにずっと蓋をしていた。

 二か月近い間、自分自身にさえ嘘を吐いてまで隠していたこの気持ち。どうしてそれをルドネスがさも当然の如く知っているのか。

 

「えっ。……もしかして、今までバレてないとお思いでした、とか?」

 

 問いかけてみると、いかにも信じられないといった様子のルドネス。

 ……何か嫌な予感がする。

 

「ちょ、ちょっと、それってどういう事?」

「どういう事も何も、普段からラミーちゃんの事となると『でへへぇ』って感じでニヤけながら惚気ていたでしょう? あんなの、誰がどう見てもバレバレですわよ」

 

 そ、そんな馬鹿な。でへへぇって。でへへぇって! そんな気持ち悪い事言った覚えは無い!

 

「じゃ、じゃあもしかして」

「ええ、円卓の皆は全員承知の上です。あのタタコさんですらご存知ですわよ?」

 

 信じられない。鉱物と武器防具にしか興味がないようなタタコさんをしてまで、私の秘密に感づいていただなんて。

 

「……う、うぅぅぅぅぅ」

 

 恥ずかしくなって両手で顔を覆う。

 上手に隠してきれていたつもりがその実バレバレだったなんて、恥ずかしいったらありゃしない!

 

「うーんご馳走様ですわねぇ。……思ったんですけれど、私なんかよりも、よっぽど山吹さんのほうが女性化が進んでいるのではなくて?」

「知らないよそんな事……うぅ」

 

 くそう。前の世界の年齢も合わせたら二十ウン歳だぞ。今更こんな惚れた腫れたで赤面してどうするんだ私よ。

 そうやってうーうー唸っていると。

 

「―――でも、とにかくかわいいのだけは、たしかだった」

 

 と、突然今朝方聞いたばかりのあの平坦な声が、耳元から聞こえて来た。

 

「うひゃぁぁぁああっ!」

「きゃあああっ!?」

「……やっほ」

 

 何時の間に現れたのか。

 今までそんな気配は微塵もなかったのに、突如部屋の中に薄汚れた格好をした霧が現れたのである!

 

「なっ、かっ……! き、霧!? 一体何処からっ……!? っていうか、何時から!?」

「……? はじめから、ここにいたよ?」

 

 嘘をつけムスビ。どう見ても不法侵入だろうに!

 昨日の事もそうだったが、どうにも霧は悪戯好きな所があるらしい。

 可愛らしい癖だと言えばそれまでだが、霧の職業を思えば次の瞬間には死んでいるかもしれないので、それは割りと洒落にならない。

 

「な、なんて心臓に悪い。私達ですら見抜けない姿隠し(クローキング)を用いたのでしょうが、悪戯が過ぎますわよ!」

「ザル警備だった、から。つい」

「ザルって……これでも練りに練った防犯設備を整えたつもりですのに、自信無くしますわよ……?」

 

 ルドネスが肩を落とす。そんな彼女を霧は相変わらずの無表情で見つめたが、その瞳にはどこか勝ち誇ったような雰囲気があった。

 

「とも、あれ。説明してよ。ルドネス、何が、あったの?」

 

 霧が何事も無かったかのようにソファに腰掛ける。

 そこに居るのが当然だと言わんばかりに、私の隣に。……何故隣に座るんですかね。

 ともあれ霧の事は極力放っておいて話を先に進める。霧の行動の意味を理解しようとするだけ無駄だ。

 

「……おほん。そ、そうだよ。そもそも私はそれを聞く為にわざわざ来たんだから」

「そ、それもそうでしたわね。では、お話しましょう。王都で何が起きているのかを」

 

 気を取り直してルドネスは口を開いた。

 

「事の始まりは、そう。先週の土曜日の事でした―――」

 

 彼女の口から語られたのは、不幸とは一回だけに留まらず重なるものであり。

 運命の女神とは実に性悪な性格をしているのだ、という話だった。

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