円卓の少女達   作:山梨明石

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「―――それ、は」

 

 霧の誘い。それはきっと、現状において私達が打てる最善の手だ。

 下部組織も含めれば構成員は五百人近いとされる『ヴォーパル(首狩り)』。彼らの手を借りられるのならば、人手不足の問題は解消できる。

 『教団』の監視を掻い潜りながらラミーの捜索を行う事も容易いだろう。

 ……だが、"霧"ではなく『ヴォーパル(首狩り)』に依頼するという事は、つまり。

 

「私は反対ですわ」

 

 ルドネスが静かにつぶやいた。

 

「なんで?」

 

 霧が子供のように問い返す。

 

「……わかって言っている癖に白々しく仰らないで。前々からですけれど、隙あらば山吹さんを殺人に関与(・・・・・)させようとする真似はお止めなさいな」

 

 そう。つまりはそういうことだ。霧は私に、『ヴォーパル(首狩り)』を通じて間接的に殺人を行わせようとしているのだ。

 

 ……暗殺者集団である『ヴォーパル(首狩り)』は、読んで字の如く殺人を生業とする悪の集団。そんな彼らに依頼をするという事は即ち、殺人に手を貸す意味合いを持つ。

 彼らは邪魔者が居れば当然のように殺すし、それが罪無き赤子であっても同じ事。

 私のように人を殺さず事態を解決する―――なんて甘っちょろい事を『ヴォーパル(首狩り)』は許さない。彼らは息を吸うように人を殺す。

 彼らの手を借りれば間違いなく、人死にが出るだろう。

 

 だから、私はその手を選べない。

 

 たとえ間接的だろうとも、私はまだ殺人の罪を犯したくはない。

 ……と言うよりも、私が自らの意志で殺人の手段を選択した瞬間、決定的な何かが失われる。そんな漠然とした、しかし確信に近い何かがあるだけなのだが。

 

「あはは。るどねすの、おもいちがいだよ?」

 

 霧の言葉はあからさまな棒読みだった。彼女は酷薄な笑みを浮かべていた。

 

「……どこが思い違いなものですか。だいたい、山吹さんを手伝うと言ったのは貴女であって『ヴォーパル(首狩り)』は無関係でしょう? どうしてここで『ヴォーパル(首狩り)』が出てくるというのかしら。残された手段は探せば他にもあるでしょうに」

「それこそ、他に手段はない、でしょ? 時間もない。人も足りない。それでいて『教団』にも、対抗できる戦力が欲しい。―――ほら? ぴったし、でしょ? それとも。ルドネスのとこの、従業員のみんな、使っても、いいの?」

「……っ……それは……! あの子達は何の力も持たないただの女の子なのよ!? この状況で外に連れ出したら一体どうなるか、分かっているでしょう!?」

「うん。そうだね。絶対、誰かが死ぬね。……でも、私のとこなら、大丈夫だよ? 襲われても、返り討ちに、出来る。山吹の、役に立つよ?」

 

 二人が睨み合った。空気が淀み、捻じれていく。

 

「ちょっと二人とも、止めてよ! こんな時に!」

「こんな時だからですわ! 山吹さん!」

 

 悪化した雰囲気はいよいよ殺意のそれに近づいていく。ヒートアップする彼女らを諌めようとするがまるで効果がなさそうだ。

 睨み合う姿勢のまま、霧は話を続ける。

 

「ふぅ。……まあ、それに、聞いているのは山吹だし。決めるのは、山吹、でしょ? ルドネスおばさん(・・・・)は、黙ってて?」

 

 そのわざとらしい煽りに、とうとうルドネスの表情にヒビが入った。

 

「―――霧っ!!」

 

 弾かれたように二人が席を立ち戦闘態勢に移行する。ルドネスは胸元に手を滑り込ませ、霧の両手にはいつの間にか漆黒のナイフが握られていた。

 一触即発の空気の中、二人の視線が私に集中する。

 

「ここが最大限の譲歩です、山吹さん。今のお気持ちを聞かせてくださいな」

「山吹。報酬を、支払うだけでいいんだよ? そしたら、ラミーちゃんを見つけて、一緒に、幸せになろ?」

 

 板ばさみになった私がこの場に居なければ、二人は今すぐにでも殺し合いを始めてしまいそうだ。

 いやそれどころか、イエスかノーどちらの返答をしたところでも、結局は争いに発展してしまいそうな気がする。

 あぁもう。つい十分前までいい雰囲気だったのに、どうして円卓のメンバーってこうなるのか……!

 色々言いたい事はあるが、ひとまずそれらは棚に上げて返答せねばならない。

 

「……っ」

 

 心情的には霧にNOと言いたい所だ。

 だが、それではラミーの救出は絶望的だ。私の中のつまらない(人を殺せない)決まりを遵守した結果、ラミーが二度と帰ってこれなくなったら、それこそ私は自分を二度と許せなくなる。

 『ラミーだけは一度きりなんだ』、という御剣の言葉が思い起こされる。

 あの子の事を。あの子の笑顔を。あの子との日々を。これからも大事にしていきたいのなら。殺人の罪ぐらいが何だと言うのか。

 私は何を失う事を恐れているんだ?

 私に選べる選択肢なんて、もう、他には無いのに。

 

「……霧、私は」

 

 悩む時間は僅かだった。腹を括り、答えを出す。

 ―――『ヴォーパル(首狩り)』に依頼します。

 そう続けようとした時。

 

「……えっ? 何これっ!? 何の音!? いや、何の()!?」

 

 奴ら(・・)は、現れた。

 

 

 *

 

 

 貴族の邸宅で流れていそうなピアノのBGMがどこからともなく聞こえてくる。

 勿論この部屋にピアノはない。だと言うのに、その音楽は直接脳内に聞こえているのである!

 明らかに異常な事態が発生している。発生しているのだが。

 なんだか私の胸のあたりがプルプル震えてこそばゆいので、嫌な予感が物凄くするのは気のせいだろうか。

 

「この魔力反応っ! まさかボスモンスター!? 一体どこから現れたっていうの!?」

「いいところなのに。邪魔しないで、欲しい」

 

 臨戦態勢だったルドネスと霧は流石生粋の戦闘職というべきか、お互いに背を向けて死角をカバーし合う。

 喧嘩はしていても仲間は仲間だ。いざという時は背中を任せあえるレベルの連携力はある。

 普段ならその絆に感動の一つでもしようものだが、胸のあたりに無視できないレベルの振動が発生していて私はそれどころじゃなかった。

 

「バイブか……きさん(貴様)はっ……!」

 

 そうツッコミを入れながら服にこびり付いた《原初の幼角》を引きちぎろうとした時、脳内に厳かな声が聞こえてくる。

 

「―――武器を下ろすがいい。闇に咲く蠱惑的な少女とドブ川にへばりつく藻よ」

 

 つい最近聞いたばかりのあのクソったれな気障ったらしい身の毛もよだつボイスが、直接脳内に届いてくる。

 続けて壁際に神々しい光の洪水と共に楕円形に切り取られた謎の空間が出現し、そこから、パカラパカラ、と間抜けな足音と共に奴らが現れやがったのだ!

 そう! 変態ユニコーンどもが!

 

「ユニコーン? それも会話しているだなんて……? 一体どういう……?」

「……? 山吹が、言ってたユニコーンって、こいつら?」

 

 事情を知らないルドネスと、私から説明を聞いていた霧。二人は違う反応を見せつつもユニコーン共に興味津々のようだ。

 だが、私は彼女達のように突っ立っているわけにはいかない。

 

「……久しいな、我らが妻、ヤマブ―――ギハァッ!?」

「先手必勝。死ねぇッ!!」

 

 ここで会ったが百年目だ。

 狭い室内に四匹も団体様でお出ましやがった変態のボス格の鼻っ面に有無を言わさず右ストレートをぶち込む。

 

「や、山吹さんっ!?」

 

 ルドネスの驚いた様子を尻目に左ジャブを交えたワンツーパンチに移行。この隙を逃す私ではない。変態が妻とかなんとかよく分からない事をほざいていたがスルーだ。

 

「ま、待て。いくら久方ぶりの逢瀬とはいえかような苛烈な歓迎はいささか暴力的にすぎ」

「うるさい! お前も、お前も、お前も! 一体何をしにここに来たんですかつーかどうやって来た何故場所が分かった!?」

 

 ボス変態の首にアームロックを仕掛ける。たまたま余っていた《ストレングス・ポーション》の服用も忘れない。

 

「おお。それ以上、いけない」

「痛っ、痛いっ! やめてくれ折れる!」

「折りにいってんですよ! 黙って聞かれた事だけに答えろ去勢するぞ!」

 

 続けて《アヴソリュート・クロスボウ》を取り出して変態共の股間に狙いを定めると、奴らは小さく嘶いて身を寄せ合い始めた。

 

「酷い事をする! それを捨てるなんてとんでもない!」

「ヤマブキも分かっていよう! 我らが《原初の幼角》の絆によって異空間のゲートをこじ開け汝が危機に馳せ参じたのだぞ!?」

「……なん、ですって……!」

 

 ユニコーン達の思わぬ返答に、不覚ながら力が抜けてしまう。異空間のゲートをこじ開けただって?

 それはつまり、私達が円卓の領域に飛ぶような転移魔法を、魔方陣も無しに自力で発動させたという事だろうか。

 これが事実なら恐ろしい事だ。こいつらはモンスターの癖に、私達プレイヤーが元の世界で行えていた、課金アイテム"転移鏡"によるワープ移動の真似事が自力で出来たという事なのだから。

 

「……あ、あのう。山吹さん? その、どう見てもユニコーンな方々……方々? は、一体……?」

 

 一連の流れにぽかんとしていたルドネスがようやく再起動し、もっともらしい質問を投げかける。

 

「……ウヴォェェッ!」

 

 すると突然ユニコーンどもが悶え苦しみ始めた。

 

「な、なんと醜悪な非処女の悪臭なのだ! 鼻がもげてしまう!」

「然り! 一体どれほどの男と交わってきたのか! まさにドブ川並の悪臭よな! これほどの逸材は近年稀に見る! 終身名誉淫売(ビッチ)と名づけるべきであろう!」

「だから娼館など来るのはよしておけと進言したのだ長よ! せめて街中の人目の無い怪しい雰囲気の場所でロマンチックに現れるべきだと!」

「だがヤマブキの危機にもう我慢できぬと抜かしたのはお主であろう!」

 

 馬共がルドネスを目の前に好き放題言いたい放題やらかしている。

 こんな後ろめたさの無い罵詈雑言は私も久々に聞いた。

 

「……は? …………は?」

 

 ルドネスはルドネスで突然の暴言を前に、額に青筋が浮かんでいた。……そりゃあそうだ。いきなりビッチ呼ばわりされた挙句ドブ川並みに臭いだの言われて、ルドネスのプライドが傷つかないわけがない。

 このままでは怒りに任せてルドネスお得意の極大呪文が部屋の中で炸裂しかねないので、非常に不本意だがユニコーン共に事情の説明を求めてみる。

 

「ちょっと」

「おお。なんであろうか、ヤマブキ。我らが妻よ」

 

 黙って肘を目玉にぶち込む。

 

「……なんであろうか」

 

 片目を真っ赤に腫らしたボス変態が話を聞く姿勢を整えたようなので、やさしく説明する。

 

「話がややこしくなるので三行で事情を説明しなさい」

「ふむ、三行とな。しかし我らには語るも涙、聞くも涙の深く長い話が」

「分かりました。去勢ですね」

「待て待て待て待て待ってくれわかった。わかったから! ……皆よ!」

「応!」

 

 ボス変態の呼びかけに応じてか、取り巻きの三体がえっちらほっちらと横並びになっていく。

 そして一番端の子分から順番に答えていって。

 

「ヤマブキに《原初の幼角》を預けてから、そなたの事情と行動はこちらで殆ど把握していた」

「しかるに、乙女に涙をこれ以上流させるわけにはいかぬ。これは我らが出番であると理解した」

「よって、大儀式を行いゲートを繋げこの地へと馳せ参じたというわけである」

「報酬はヤマブキ十分ぺろぺろ券四枚が妥当と判断する。適正な価格だと思うぞ、我らが妻よ」

 

 そんな事をのたまいやがったのだった。

 

「―――本当最悪。死ねばいいのに……。つーか四行だし喧嘩売ってるんですかね……」

 

 ああ。頭が痛い。

 私の私生活が実はこいつらに筒抜けだったとか、こんな奴らでも助けに来てくれたのをほんのちょっぴりでも嬉しく思っている自分がいる事とか、こいつらの手を借りれば『ヴォーパル(首狩り)』の手を借りなくてもいいかもしれない、なんて思っている自分が居る事とか諸々全てのせいで頭が痛い。

 まさか今までの道のりは全てこの瞬間のためのフラグだったとでも言うのか。

 やっぱり運命の女神とやらはクソったれだ。

 †ゆうすけ†さん。どうにかしてくれませんかねこれ本当。

 心中にて訴えかけるも、私の神は今日も相変わらず答えを返してくれなかったのだった。

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