「自己紹介もひとしきり済んだところで、早速この"メロウ"が置かれている状況について説明させて頂きますねっと」
サリィが新たに淹れた紅茶を前にえちごやが姿勢を正す。
「店内を見て貰えば分かる通り、"メロウ"は王都初の超高級志向な喫茶店です」
「だろうな。でもそこからまず間違ってないか? 道行く奴ら、高級喫茶店って意味わかんねえって面しながら通り過ぎてくだけだったぞ?」
えちごやの説明に初っ端からタタコが突っ込みを入れるが、それは想定の範囲内なのかえちごやは承知した風に頷く。
「それは存じてます、むしろそういった方々は初めから"メロウ"のメインターゲットにはしておりません。"メロウ"が狙う顧客層は、いわば『違いの分かる上流階級』。身も蓋もない言い方をしてしまえば、成金と貴族を狙っているんです」
えちごやの語る話はそれなりに筋が通っていた。高い金額の商品は、それに見合う収入源を持つ相手にしか売れない。商売云々の話以前に、ごく自然の道理である。
「……ふむ。下から上に、ではなく。上から下へ浸透させていくと言う訳か」
今の説明だけで納得がいったのか、御剣がゆっくりと頷く。
「流石は御剣さん、ご理解が早く助かります。御剣さんが仰った通り、まずはメインの顧客層である上流階級の方に"メロウ"へお越し頂き、この喫茶店の素晴らしさを知ってもらう事で、上流階級の間で"メロウ"の噂を流して貰う目的があります。その間は下流、中流階級のお客様はまったく考慮しません、むしろゼロでもかまわないぐらいです」
「ふぅん?」
「上流階級で噂が広まれば第一段階は終了です。一定の顧客獲得が見込めた時点、つまりブランド力が高まった時に第二段階として"メロウ二号店"を中流層の店舗が立ち並ぶ通りに開店します。そこでは中流階級向けに値段や設備を調整し、顧客のニーズに合わせた店舗運営を行います。そこでもまた顧客獲得が終了すれば、第三段階として"メロウ三号店"を下流階層向けに開店。後に網目を広げるように続々とフランチャイズを展開します」
説明を聞く皆は、川の水が上流から下流に流れていく光景をイメージする。茶の川だ。
―――上流で茶を嗜むのは、金満家や貴族達。彼らは口々に"メロウ"のサービスがよい、茶の味が良いと褒め称えている。
それを聞いた使用人や家人が彼らを羨むが、同じ上流で茶を嗜む事は立場的にも経済的にも厳しい。
とぼとぼと下流に下ると、そこにはいつの間にか"メロウ二号店"が出来ている。あの"メロウ"が、と驚くがサービスや値段もそれ相応であり、自分達が憧れた"メロウ"に気軽に入り浸れるとあって、こぞって人が集まり繁盛する。
そんな様子を羨むさらに下流の人たちの所にも、"メロウ三号店"が出張してくる。これもまた、当然繁盛する。
こうして"メロウ"は上中下の全てを制覇し、茶の川の覇権を握る。
大繁盛したえちごやは茶の川から流れてくる金の濁流に笑いが止まらない、というわけだ。
とは言えそれは机上の空論、獲らぬ狸の皮算用。
結果が伴っていない現状では、ただの夢物語に過ぎない。
「うーん……。確かに高級喫茶店っていうブルーオーシャンを押さえた狙いと、その後の展望を聞く分には上手く行けば多大な利益を生みそうな話ですが……。そう、上手く行っているようにはとても見えないんですがね、えちごやさん」
今のところえちごやの言う、『違いの分かる上流階級』が店に訪れている様子はまるでない。
「……そう。その通り、上手く、いってないんですよ」
えちごやは俯き拳を握り締め、ぷるぷると震えだした。
そして、ダン、と机を叩き立ち上がった。
「ひっ」
「まさかうちともあろう者が最初から大コケだなんて、今でも信じられないぐらいです! わざわざ事前に商人ネットワークやら貴族様方を通じて、それとなーく高級志向の喫茶店が出来るらしいですよーって伝えて根回しもしたのに! ちゃんとビラも一杯撒いたのに! あろうことか開店してから二週間で来客数はたったの
恐れ慄くサリィを前に一息にまくし立てたえちごや。最後は反語で締めるあたり相当な悔しさが滲み出ていた。
「……なるほど。そりゃ早めに店を畳んじまった方が傷は浅くて済むかもって思うわな、そりゃ」
「いっそのこと高級レストランにでも鞍替えしたほうが好転しそうですからね。設備も流用出来ますし」
呆れた様子のタタコに続きセーラが提案する。
「それは私も考えましたよ! ですがそれじゃあ意味が無いんです! この辺りは高級飲食店がせめぎ合う激戦区でもありまして、そこへ仮に私のレストランが食い込んだ所で顧客を奪い合う以上得られる利益は高が知れてます! だったらその隙間を縫う形で、食後の一服や憩いのひと時を求める"浮いた客"をがっちりと掴んだ方ががっぽがっぽと儲かる筈なんです!」
そう自論を展開するえちごやではあるが、現実はあまりに無情だ。
「でも、実際のところお客さんはまったく来ていないと」
山吹の言うまでも無い指摘に、えちごやはさあっと崩れ落ちる。
「もうかる、はずなんですよぅ。……うぅー」
「オーナー……」
サリィが心配そうにえちごやの肩を摩る。
「ふむ、では宣伝については一応万全に周知したものと仮定してだ……それでも客が来ない原因は分かっているのか? まずは元を正さねばどうにもならんと思うが」
御剣の質問に、えちごやはバッと顔を上げてぎらついた目を見せる。
「よ・く・ぞ、聞いてくれました。……百聞は一見にしかずです、一旦外に出ましょう。―――変装をして」
恨みがましいその表情は誰を見たものなのか。
更衣室兼談話室のロッカーを一つ開けたえちごやは、その中から人数分の変装グッズを取り出した。
・
「新感覚喫茶」
「"フェティシュ"」
「花も恥らう美少女達が」
「貴方の一服を応援します……?」
「ぎぎぎぎぎぎぎぎ」
王都十七番地スガワ通り―――から一つ離れた王都十八番地ノードス通り。
そこには長蛇の列が並ぶ、ピンクの配色が多めでド派手な外装の目立ついかにもいかがわしそうな喫茶店があった。
客層は悉く男性であり皆羽振りがよさそうな格好をしている。えちごやが狙う所の上流階級達だ。
彼らの表情はだらしなく緩んでいる。道行く女性達が彼らを前に眉をひそめ、そそくさとその場を去っていく。
そんな様子を物陰から探る、怪しさ満点の女の子が六人居た。
「これはものの見事にお客さんが奪われていますね」
普段の白衣からトレンチコートに着替え、被ったハットを指先で浮かせた山吹が呟く。
「えちごやが求めた客層を狙い撃ちか」
暴力的な赤一色の格好から、白黒の燕尾服へと着替えた御剣が携えたステッキを手持ち無沙汰に叩く。
「なんかいかがわしい雰囲気がするのは気のせいか? ……つ、つーか、この格好よぅ……着替えてきてもいいか……? やっぱ合わねぇって……。股下のあたりが、すーすーするし……」
色気が微塵も無い袖の短いシャツを着て黄色いバンダナを巻いていたタタコは、今やゴスロリファッションに身を固めている。あまりのフリルまみれかつスカートの裾が短い格好ゆえに、居心地が悪そうに太ももを摺り寄せて足をもじもじとさせていた。
「なるほど。この感じ、だんだんと読めてきましたね」
純白のドレスを脱ぎ捨て、田舎上がりの農民のような芋臭い格好をした三つ編みのセラフは、かけている伊達の瓶底眼鏡の位置を修正しながら呟いた。
「奴らこそにっくき諸悪の根源……! "メロウ"の開店に合わせるように急に突貫工事で建ててきて、汚い手で客をごっそり奪っていったんですよ……!」
親の敵を見るような目で"フェティシュ"を睨み歯軋りするえちごやは、目以外を全て黒いベールで覆い隠し身体も黒いマントで覆った中東ナイズなファッションだ。
「……あの、私も同行する必要はあったのでしょうか」
サリィはゆったりとした典型的な魔女正装に着替え、その手には実際に魔法の使用に耐える長杖が握られている。無論、サリィに魔法の心得は無い。
以上の六人はその珍妙すぎる格好と姦しさから通行人の視線を集めてしまっているが、大道芸人のような彼女たちには誰も近寄ろうとはしなかった。
触らぬ神に祟りなし。王都の住民は空気が読めるのである。
「いいんですよ! どうせお客さんなんか一人も来ないんですから! だったら一人でも戦力を増やした方がマシですから!」
「それは自分で言ってて悲しくならないのか……?」
「悲しいに決まってますよ!! ですがそれはそれ。今は雌伏の時なので! ―――さぁ、敵陣に向かいますよ!」
半ばヤケクソ気味なえちごやが我先にと"フェティシュ"に並ぶ列の最後尾に進んでいく。
残る五人は顔を見合わせながらも、やれやれといった風にその後に続く。
それから待つ事三十分ほど。御剣が待つのに飽きていい加減に痺れを切らそうかという頃合になって、ようやく一行は"フェティシュ"内部への潜入を果たした。
『いらっしゃいませ、ようこそフェティシュへ!!』
ドアベルの音と共に幾重にも重なった少女の声が一行を出迎える。
「申し訳ありませんお客様。現在満席でして、お席が空くまでそちらにかけてお待ちいただけますでしょうか?」
駆け寄ってきた店員もやはり少女。しかしその格好は思わず目を見張るものがあった。
かなり際どい常時チラ見えしそうな裾の短い紺色のスカート。
店の印か、胸の辺りにワンポイントがある白色のブラウス。何故かボタンの数は不自然に少なく、胸の辺りをギリギリ留める程度しかない。袖は大胆にカットされており、肩口が露出している。
そんな全体的に露出の多すぎる格好をした少女は、上半身が水で濡れて透けていた。
その透け具合は、笑顔で接客する少女の胸が頑張れば見えてしまうぐらいだった。
……恐るべき事だ。なんとノーブラなのである。
「……なっ」
「ほう」
「あら……」
「うぇっ」
「ちっ……」
「ひゃぁぁ」
六者六様の反応が起きる。
あまりの乱痴気模様を前に固まりつつも案内されたベンチに腰掛けると、遅まきながらえちごやが呟いた。
「……ご覧の通りです。ここで接客する彼女達は、皆大体同じ様な格好をしています。これがお金持ちの紳士的な方々に大好評でして、『合法的に少女の裸体が拝める新感覚風俗店』として今や破竹の勢いで繁盛しているというわけです」
「どっ、どこが合法的なものかっ! 思いっきり見えてたじゃないですか、あれ! 衛兵は何をしているんですか!」
「まったくだ。だが外を見てみろ山吹。衛兵の人っ子一人いやしないぞ」
御剣が親指で店の外を指し示す。その言葉の通り店の前には下品な表情を隠そうともしない男どもしかおらず、街の平和と安全を守る衛兵の姿はどこにもない。
本来であれば"フェティシュ"のような風俗店はきちんと国に申請を出して、かつ営業を許可された特定地域でなければ営業が出来ない。
仮にこんな店を衛兵が見つけたのなら、即刻営業停止が言い渡されるだろう。
だがそれが成されていないということは―――。
「やっぱりいかがわしい店じゃねえか。通りのまん前で、しかも真昼間からよく堂々とこんな店がやれたな、おい」
「本当ですわね。こういうお店はルド―――し、娼館通りの方々の管轄でしょうに」
「わ、わわ、うそ、あれ丸見え、丸見えですよオーナー! いいんですかあんなの!?」
小声で会話する彼女達の目の前ではテーブル席でぎらぎらとした目を光らせる男達が、あくせくと働く少女達の姿をその目に焼き付けんと実にスケベな視線を送っている。
「すまない、君。コーヒーを一杯頂けるかな?」
「はいお客様、ただいまお持ちいたします!」
ふと、恰幅のいい男がコーヒーを注文する。
紳士的な態度の彼のテーブルには空いたカップと、何故か霧吹きが一つある。
ややあって少女が替えのコーヒーを持ってくると、男は咳払いを一つして銀貨を数枚と金貨を一枚取り出す。
「前払いだからな。これは注文の分」
銀貨を数枚少女に握らせると、続けてこちらが本題とばかりに金貨をつまみ少女の前にちらつかせた。
「熱いコーヒーを飲んで身体が熱くなったようでね。空気を冷やす為に霧吹きを使ってもいいかね?」
白々しくうそぶく男は、ねばついた視線を少女の胸元に送る。
すると少女は顔を俯かせ、ほんの少し悩んだそぶりを見せた後顔を赤らめながら答えた。
「……はい。どうぞ、お客様のお好きな様になさってください」
「結構。では初めようか」
男が少女の胸元に手を伸ばしその谷間に金貨を一枚、地肌には手を触れないようにして器用に落とした。
「危ない危ない。"お触りは厳禁"だからな」
「っ……」
続けて手元の霧吹きを取り、躊躇なく少女の上半身めがけ満遍なく吹きかけていく。
「ひゃっ……冷たっ……」
「ふふふ……ほら、君の身体がびちゃびちゃに濡れていくぞ? 薄い生地のせいで服が透けて大事な所が丸見えだ、こんな恥ずかしい格好で接客して平気なのかね?」
「そ、そんな事は……」
「いやいや、言わなくてもいい。私は十分に理解しているとも。ここは店員への金払いが良いからね、君も並々ならぬ事情で働いているのだから、きっと本心ではないのだろう? しかし、しかしだ」
男が語る最中にも霧吹きの手は止まらない。シュッシュッ、と音が鳴る度に他の客達がにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら、恥辱を受ける少女を嘗め回すように見つめている。
「―――現に君は最早裸同然の格好で見知らぬ男の前にただ呆然と立っている。穢れも知らぬような少女たる君がだ。私のようなデブの前で。お金が欲しいという理由だけでだ。……ん? どうかね? この歴然たる事実を前に、君はどう思うかね?」
男の好き勝手な言い回しに、とうとう少女は涙を浮かべ顔を背けてしまう。
しかし、それでも彼女は答えなければならない。何故なら彼女はその羞恥を対価に金銭を得ているからだ。
「…………し」
「なんだね?」
「死ぬほど恥ずかしい、です。すごく。顔から、火が出そうです」
震える声で少女は答える。
答えを聞いた恰幅のいい男は満足そうに笑みを浮かべ、大声を上げた。
「聞いたかね諸君! 彼女は今死ぬほど恥ずかしいそうだ! 実に可愛らしい! 羞恥に打ち震える少女の姿は最高だ、そう思わないか!?」
立ち上がり拳を振るう男に、周囲の客達が同調する。
「まさしくその通り! 恥じらいこそ少女を最も引き立てる!」
「こなれた大人にはこの絶妙な塩梅は引き出せない!」
「少女万歳! "フェティシュ"万歳!」
熱狂的なムードに包まれていく"フェティシュ"。
途端に霧吹きの音があちこちで鳴り、少女達の可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。
湧き上がる男達の劣情。宙を舞う金貨。そして圧倒的な経済力を前に従うしかない可哀想な少女達。
"フェティシュ"の内情とは、つまるところそのような物だった。
「―――ゲスめ」
「抑えろ山吹。ここで手を出せばいかな私達といえど庇いきれんぞ」
立ち上がりかけた山吹の膝を無表情の御剣が抑えた。
「でも!」
「客を良く見ろ。相手は殆ど名のある貴族達だ。お前がここで暴れて奴らを制裁するのは一向に構わんしむしろ存分にやればいいが、それで迷惑を被るのはお前だけではないという事を忘れているぞ」
「……わかった」
脳裏に半犬人の姿が過ぎった山吹は、ふて腐れながらもハットを深く被り直す。
「そういう事です。普通なら即摘発即お縄の"フェティシュ"がこうして堂々と営業している理由が、彼らというわけです。彼ら貴族様方の圧力が掛かっているおかげで、ここは衛兵達に
「おいおい、王都の法律って結構適当だな? こんなんじゃ幾つも穴がありそうだぜ?」
えちごやの説明にタタコが苦言を呈すが、これもまた致し方の無い事である。
王都の法律は基本的に王族や貴族が有利になるよう作られている。
学の無い庶民は見せかけだけは平等に作られた法律に仮初の安寧を覚えているが、その実、税や就職の不自由、低所得者が這い上がり難い社会構造に囚われ、真綿で首を絞められるように搾取され続けている。
グラン・アトルガム王国とは、そのような国なのだ。
「でも、だからといって放ってはおけませんよね?」
農民姿のセラフが瓶底眼鏡の位置を正す。
「そうですよオーナー! これは女として許せません!」
義憤に瞳を燃やすサリィ。
皆の表情を確認したタタコは、重々しく頷く。
えちごやは拳を握りしめ、小さな声で言った。
「やっぱり現場に案内して正解でした。現状を正しく認識して貰えたので、これで皆様の思惑も統一できたと思います。……つきましては、取り合えず敵情視察がてら一杯飲んでから帰りましょう。それから"メロウ"に戻って私の立てた作戦をお話します」
『異議なし』
女性として非道な男達の悪行許すまじ、と少女達は団結し意を新たにする。
……その中に本当の意味での女性はたった一人しかいないのだが、それは言わぬが花だろう。