円卓の少女達   作:山梨明石

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コーヒーショップ・ウォー3

 そして、酷く場違いな面々は"フェティシュ"で一杯だけ茶を楽しみ、店を後にした。

 当然の事だが、霧吹きは頼んでいない。

 

 

 場所は移ってえちごやの"メロウ"。その談話室。

 

「まず、問題点を洗い出そうと思います」

 

 壁に掛けられた黒板の前。

 大きな丸い伊達眼鏡をかけたえちごやが、指示棒で手をぺちぺちと叩きながら言った。

 

「どーーーーーー見ても違法営業の"ファッキン・フェティシュ"は少女を売り物にして荒稼ぎをしています。飲み物の質はあまり良くなかった事から、元々"そのつもりで"営業を始めたのでしょう」

 

 ぺしん。と指示棒が叩きつけられた先は、主にピンク色のチョークで描かれた絶賛違法営業中の"フェティシュ(イラスト・御剣)"だ。

 

「しかし違法営業にも関わらずヤツらはアンタッチャブル。その理由はこの国の腐った貴族共にあります!」

 

 ―――べしん!

 

 えちごやの怨のこもった一撃が、白いチョークで描かれた丸々と太った豚のような貴族(イラスト・御剣)に叩きつけられた。

 

「まずはこいつらをどーにかしないと話が始まりません! なんとかしてこの豚どもを排除してあの店を合法的に潰し、残る真っ当な客である―――真っ当? かどうかはさておき。とにかく! 残った他のお客様、つまりただの金持ちの方々を"メロウ"に引き込む必要があります!」

 

 意気軒昂して主張するえちごや。

 瞳に炎を燃やす彼女の前では、思い思いにソファに腰かけ話を聞く皆の姿があった。

 その中から一つの手があがる、御剣だ。

 

「合法的でなければならない理由でもあるのか? 奴らが既に違法である以上、こちらが合法的な手段に甘んじてやる必要はないと思うが」

 

 円卓勢らしい過激な意見だ。サリィ以外の皆が頷く中、えちごやは首を振って否定する。

 

「その意見には大いに賛成したいところではありますが、それでは奴らと同じになってしまいます」

「むぅ」

「私達ならば違法な手段を用いたとしてもそれを隠し通す事はきっと可能でしょう。ですが、私としましてはあくまで"メロウ"は法に触れる事のない、クリーンな営業を心掛けたいのです! 将来的にはフランチャイズ化する予定ですし! 黒い噂は出来る限りナシということで!」

 

 そう語るえちごやの前で、円卓勢の皆は同じ事を思っていた。

 

 ―――じゃあ今までえちごやがやってきた、他の金策についてはどう説明するつもりなのかと。

 黒い噂どころかコールタールのようにどす黒くドロドロとしたイリーガルなアレやコレは、挙げればキリがない。

 

「……」

 

 しかし事情を知らないサリィが居る手前、口には出さなかった。円卓の少女達は空気が読めるのだ。

 

「まあ、ともかく。それで実際のところえちごやさんはどうするつもりなんですか?」

 

 目的は理解したが、どんな手段を取るか決めなければやりようがない。山吹の当然の疑問に。

 

「……ふっふっふっ」

 

 えちごやがひどくあくどい、えがおをみせた。

 

「悪い。小用を思い出―――」

 

 嫌な予感を覚えたタタコは間髪置かずに席を立ち帰ろうとするものの。

 

「ここで帰ったら報酬はナシですからねタタコさん。あと、他の皆さんも」

「―――ぐぅっ」

 

 続くえちごやの一撃で敗北し、大人しくソファに座りなおす。

 ちなみに他の円卓勢も大体タタコと同じような行動を取っていた。円卓の少女達は空気が読めるし、逃げ足も速いのだ。

 ただ今回は、えちごやが一枚上手だった。

 

「いやぁ、当初の予定ではつまらない作戦しか立てていなかったのですが……。()()()()()()()()()()()()()()()ご参加頂けたので、既存のプランはポイして、面白くなりそうな作戦を考えました!」

「…………」

 

 げんなりした様子の円卓勢と、オーナーの続く言葉を固唾を飲んで見守るサリィ。

 

「だららららららら……」

 

 勿体ぶりながらドラムロールの声真似をするえちごや。彼女は伊達眼鏡を外し、きらりと目を輝かせながら宣言した。

 

「ただーん! 作戦名! "アトルガム衛兵24時! 違法営業摘発の瞬間! 男達の汗と涙の記録! ~ドキッ! ポロリもあるよ! ~ ―――です!」

 

 談話室の天井が開き、そこからくす玉が降りてきてパカりと割れた。色とりどりの紙吹雪が舞い乱れる。

 

「……」

 

 そして紙吹雪が収まるまで、誰も口を開かなかった。

 

「……昭和か!」

 

 たっぷり三十秒経ってから唯一ツッコミを入れたのは、我に返った山吹だけだった。

 

 

――――――

 

 

 そして翌日の事。

 

 グラン・アトルガム王国は今日も平和であった。

 

 少なくとも、朝までは。

 

 

「―――いや、俺も信じられなくてさ。まだ夢見てるんじゃねえかと思って、もう一度顔洗いに部屋に戻ったぐらいだもんな」

 

 そう語るのはレジデンス"ノッチ"の5号室に住むタイラーさん(男・25歳独身)。

 彼は身振り手振りを交えながら、あの日何があったのかを衛兵に事細かく伝えていた。

 

「ああ、あんたも見たのか。凄かったよなアレ。……いやぁ、いるとこにはいるもんだな、痴女(・・)って奴は」

 

 タイラーのにやけ面に、インタビュー役の衛兵もつられて苦笑する。

 

「娼館通りであんな事やってたら、まぁ余興の一つか何かだろうって納得するけどよ……聞くところによるとあいつら、金持ちとか貴族が住んでる一番通りから十八番通りのノードス目掛けて走り回ったんだってな? どういう目的があったのかしらねえけど、正直言ってあれは頭おかしいぜ」

 

 タイラーは頭の近くで指をぐるぐると回してみせた。

 

「……俺か? 俺が見たのは丁度ノードスのあたりだ。あの辺で下働きしてるんでな。その時の状況は―――」

 

 

「ひぅっ! ひうぅうぅぅぅぅっ~~~!」

 

 素っ頓狂な叫び声をあげながら遁走するのは山吹だ。

 いや、山吹だけではない。

 

「くそったれめ! やっぱりあいつに関わると碌な事になりやがらねぇ!」

 

 タタコも。

 

「……もう賽は投げられたんだ。諦めろ」

 

 御剣も。

 

「あはははははは! やってみたら案外楽しいですねこれ! 新しい扉が開きそうですよ!」

 

 そしてえちごやも。みんな揃って走って逃げている所だった。

 それは誰から? ―――衛兵からだった。

 

「待て! そこの痴女ども! 待たないか!」

 

 衛兵達が顔を真っ赤にして追いかける。

 その顔が赤い理由は重い鎧を着て走っているせいで息があがっているから、ではなく。

 彼女達のあられもない姿を直視したまま走っているから、であった。

 

「も、もぅ、嫌だぁ……」

 

 半べそをかく山吹の格好は、それはもう凄かった。

 

 ビキニである。

 

 まだ春先もいい所なのに。

 

 ビキニである。

 

 しかもマイクロという頭文字がつきかねない程布面積の少ない。

 

 ビキニであった。

 

 そしてそれは、他の皆もそうだった。

 

「な、なにも、こんなとこまで、昭和っぽく、ならなくてもぉ!」

「まったくだ。下品にすぎるぞえちごや」

「本当だぜ全く。……つーか大体俺にはこんなの似合わねえだろうが。貧相な体つきなんだから」

「いえいえそういうのも需要がちゃんとありますから! 心配ご無用ですよ!」

「別に心配してるわけじゃねぇよこのすっとこどっこい!!」

 

 正気を疑う格好の彼女達だが、こんな事をしでかしても平気でいられるのには理由があった。

 彼女達の口と鼻を覆い隠す、煌びやかな宝石が散りばめられた紫色のヴェールの不思議な力によって、何故かプライバシーだけは守られていたからだ。

 

 ―――"舞姫のヴェール"。それが紫色のヴェールの名だ。

 

 "悠久の大地"の期間限定イベントである、『西方よりの使者』のクリア報酬として手に入るそれは、女性専用頭装備として非常に人気のある品だ。

 それを装備すると『西方よりの使者』……つまり砂漠の国から訪れた美しい踊り子―――という肩書でお忍びで訪れた砂漠の姫君―――がそうだったように、装備中はプレイヤーの名前を舞姫という名で上書きする効果を持つ。

 そしてその効果は"悠久の大地"が現実と化した事で形を変え、"装備者の正体が分からなくなる"という偽装効果に昇華していたのだった。

 

 さて、そんな"舞姫のヴェール"だが、何故プレイヤーの間で人気だったのか?

 

 それは本当に単純な理由で。

 それを装備した女キャラクターの表情が、シンプルにすけべでえっちだったからだ。

 だからえちごやは"舞姫のヴェール"を何着も用意していたのである。主に転売用としてだが。

 

「しかし"舞姫のヴェール"はその効果から、この世界の住人相手に販売するには危険すぎて倉庫の肥やしと化していた。そんな埃をかぶっていた代物が、このようにして日の目を見る。それはなんとすがすがしい事なのでしょう。そうは思いませんか? 私は正しい事をしたんですよ? だからその殴る為に上がった手を下げてくれませんか?」

 

 えちごやは後に、恥ずかしげもなくそう語ったという。

 

「―――うぅぅぅ。はずかしい、はずかしいよぉ。やっぱりやめておけばよかったぁぁぁぁうわぁあぁああぁぁぁん!」

 

 とうとう山吹が羞恥に耐え切れず泣き出した。本来なら羞恥のあまり気絶していてもおかしくはなかったが、自分の他にも同じ格好をしている仲間が傍にいることが、彼女の意識をギリギリでこの世に繋ぎとめていた。

 

「恥ずかしいのは私とて同じだ。辛いだろうが耐えるしかあるまい」

 

 溜息をつく御剣。彼女は早く走るものだから、胸がばるんばるんと揺れて衛兵達の注目を一身に集めている。

 

「…………けっ」

 

 タタコはあまり視線を集めていない。むしろ、向けられてくる視線は少しねばっこい、厭らしい感覚があった。それが気持ち悪くて、走りながら地面に唾を吐く。

 

「目的地はすぐそこですよ! もうひと頑張り! あははは!」

 

 色々とヤケになっているえちごやが高らかに笑う。

 金の為なら本当になんでもする彼女は、この作戦実行にあたりいの一番にマイクロなビキニに着替えていた。

 そして物陰で渋る皆を引っ張り出して、王都の一番通り、それも衛兵詰め所の近くで派手に騒ぎを起こし―――今に至るというわけだった。

 

 なお、彼女達の名誉の為に補足するが、彼女達の行為はグラン・アトルガム王国の法律に照らし合わせると合法である。

 派手な騒ぎ―――即席ポールダンスは芸の一種と解釈でき、道端で披露する芸事は許可制ではないため合法。

 とんでもない格好―――ビキニは裸ではないので当然合法。"フェティシュ"と同じ理屈である。

 そして衛兵達が彼女達を追い回している理由は、単純に"どう見ても不審者な女達に職務質問をしようとしたら逃げたから"だ。

 これもまた、合法である。衛兵達は己の職務を忠実に全うしているだけだった。

 恐らく、半分ほどは。

 

「うえええええぇぇぇん!!」

 

 割と本気で泣きの入った山吹を先頭に、彼女達は十八番通りめがけ一直線に進む。

 当初は少なかった衛兵達も、今ではもはや何十人という規模。

 逃げ切らずにつかず離れずといった距離を維持して走っていた彼女達は、いよいよ目的地に近づいていた。

 

 その目的地とは、もはや説明するまでもなく"フェティシュ"である。

 

 時は午前十一時ごろ。

 書入れ時が近く、この頃になると"フェティシュ"は長蛇の列を生む。

 その最高のタイミングに、これだけの衛兵を引き連れて店内に突撃すればどうなるだろうか。

 

 作戦名・アトルガム衛兵24時以下略の第二段階が、今まさに始まろうとしていた。

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