円卓の少女達   作:山梨明石

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コーヒーショップ・ウォー4

 少しだけ時間を巻き戻して。

 円卓の皆がトンチキ脱走劇を繰り広げていた頃、その場に居なかったセーラもといセラフは何をしていたのかというと。

 

 

「……王都の散策を、でございますか」

「はい」

 

 王城の貴賓室。

 慈しむような極上の笑みを浮かべるセラフの対面で、リシェロ公爵は心中で深いため息をついた。

 

「せっかく王都に来たのですから、街の様子を見て回りたいと思いまして」

 

 まるでお使いを頼むような調子で言うセラフ。

 そんな彼女に声を大にして「出来るわけないだろう!」と叱り飛ばせられるならどんなに楽だろうか、と。

 

「お言葉ですがセラフ様。聞くところによると昨日は体調不良で一日休まれていたと伺っております。そんな病み上がりの状態で散策に出向くというのは、御身体の事を思い言わせて頂きますが止めておいた方が宜しいのではないでしょうか? 会合も終わった事ですし、本日はお休みになられた方が……」

 

 公爵は言葉を選びながら「ワガママ言ってないでさっさと部屋で休んでてくれ」と遠回しに伝える。

 ……本来ならば彼女の応対を任されたリシェロ公爵は、彼女のご機嫌を取らねばならない立場にあるため、彼女の要望は積極的に叶える必要がある。

 聖女に王国へ好印象を抱かせる事で、国王の身にもしもの事態が起きた際、優先して蘇生してもらえるよう取り計らってもらう。その為のご機嫌取りだった。

 

 だが、リシェロはその大役を引き受けながらも、まともに遂行する気概は全くなかった。

 何故なら聖女が王国の事を気に入り国王を蘇生するようになれば、国王の代替わりがいつまで経っても訪れないからである。

 リシェロが忠を捧げるのは現国王ではなく、その息子であったのだ。

 だからこそ、表面だけは聖女の機嫌を損ねないように取り繕いつつも、殆どやる気のないままにセラフをもてなしていたのだが。

 

「どうかご心配なさらず。昨日一日休ませていただいたおかげで、すっかり元気になりましたから」

 

 この聖女(おてんば)ときたら、まったくリシェロの思惑を察してくれないのだった。

 両手を合わせにこにこと笑みを浮かべている彼女は、まるでただの何も考えていない少女のようだ。

 リシェロは思わず溜息が出そうになるのをぐっと堪える。

 

「それは良い事です。きっとエミル神の恩寵の賜物でしょうな。……ですがセラフ様、そうだとしても王都に繰り出すとなると警備の問題等色々ありまして」

「警備でしたら聖堂騎士団の者がいますから、きっと大丈夫でしょう」

 

 セラフは微笑みながらそう言う。どうやら彼女は一歩も引く気が無いらしかった。

 それでは仕方ない。そう思いリシェロは国王からどうしてもという場面でのみ使えと言われた禁止ワードを使う事にした。

 

「し、しかしですな。お恥ずかしい話ですが、かの"緋刃事件"を引き起こしたヴォーパル(首狩り)らはその本拠地を王国としております。奴らがまた、いつなりともセラフ様に襲い掛かるかわかったものではなく、もし仮にセラフ様に害があっては……」

 

 "緋刃事件"とは最早知らぬ者が誰も居ないとされるほどに大陸中を駆け巡った凶悪事件の名だ。主犯とされるヴォーパル(首狩り)を地下の暗部に抱えている王国は、そのせいで諸外国からさんざ非難された過去を持っている。

 故に、今回行われた国王と聖女の会合を実現するために諸外国への相当な根回しがあった。聖女滞在中は聖女を刺激しないよう、"緋刃事件"やヴォーパル(首狩り)の名は決して出してはならぬと緘口令も敷かれていた程である。

 しかし、今となってはそれを守ってもいられない。

 流石に暗殺という分かりやすい脅威の恐れがあると伝えれば、いかな聖女といえど納得せざるを得ない。そう考え公爵は禁止ワードを使ったのだが。

 

「それについても、()()()()()()()()()()()()()()()()()と神託を受けておりますので、問題ありません」

「……それは、エミル神からの?」

「ええ、相違ありません」

 

 意地でも。セラフは引く気がなかったらしい。

 

「…………」

 

 どんな神託だそれは。そんなピンポイントに下される神のお言葉があるものか。

 公爵は胃の辺りが痛む感覚を覚える。

 

 神の奇蹟の体現者。彼女の言に疑いはないだろう。しかし万が一という事もある。

 もしも。もしも彼女が再び凶刃に晒された場合、リシェロ公爵はその責を問われ一族郎党処刑されるだろう事は間違いないし、法国との外交問題は最悪の場合戦争にまで発展する恐れがある。

 公爵としては、そんな不確かな情報を頼りに散策の許可を出すわけにはいかなかった。

 

 しかしだ。リシェロはこれでも敬遠な"聖教"の信徒だ。

 自らの主の思惑さえ関係なければ、聖女とはただ一人の信徒として真摯に神について語り合いたいとすら思っている。

 エミル神の存在だって、勿論信じている。毎晩の祈りを欠かした事など一度もない。

 それが神託だと言うのならば、一も二も無く信ずるべきだと、信徒としてのリシェロはそう叫んでいた。

 

「ですので。リシェロ公爵が心配する事はなにもありません。―――ほんの少し、羽根を伸ばしに向かうだけです。ね?」

 

 セラフが白魚のような両手で、たおやかに公爵の堅く握られていた手に触れた。

 その瞬間。公爵の身に電流が走った。

 

「お……おぉ……」

 

 公爵の脳裏に、後光が射した顔の見えない男の姿が浮かび上がったのだ。

 男は厳かに語る。

 

《迷える信徒よ。お前は何も心配せず、疑う事もなく、ただ、受け入れよ》

 

 温かな言葉だ。柔らかな光に乗って運ばれてくるそれは、極上の調べと共に公爵の脳に染みわたっていく。

 

「あなたさまは……エミル……神……」

 

 頬を涙が伝う。全てを赦されている。全てに触れてくれている。その偉大さを前に。

 

《我が娘とひと時、共に在るがいい》

 

 虹色の極光。1080°回転する視界。身体はスープになり、神は食前酒で喉を潤す。

 

「おお…………。おおおおお…………!」

 

 公爵は己の生涯を、生まれたその瞬間から追体験する。神の揺り篭に抱かれ、ただ、幸福の中で。

 

《全て世は、事も無し》

 

 微睡む公爵に、神はただ、そう呟かれた。

 

「―――ハッ!」

「リシュロ公爵? どうされましたか?」

 

 公爵は目を瞬かせた。

 

「い、今のは?」

「今の、とは一体何の事でしょうか?」

 

 セラフが不思議そうに首をかしげる。

 

「……神……いや、そんな……まさか……」

 

 公爵は今しがた、一瞬の内に体験した未知の現象について思いを馳せた。ある意味確信に近い思いだ。

 つまるところ、公爵の前に姿を現したあの男は、恐れ多くも()()()()なのではないか、と―――。

 

「あら?」

「セラフ様」

 

 公爵が片膝をつく。そしてセラフの右手を取り、手の甲に己の額を軽く触れさせた。

 "聖教"で言う所の、神への最敬礼の仕草である。

 普通は教会に設置されている、右手を差し出す神の像に向けてこれをするのが信徒の習わしだが、公爵はそれをセラフに行った。

 それが意味する所は、『あなたを神の如く敬います』という宣誓に他ならない。

 

「ぜひ、王都の散策。そのご案内をさせて頂きます」

 

 この瞬間、公爵は主の忠臣である事よりも、神の信徒たる事を優先したのだ。

 

「……ありがとうございます、リシュロ公爵。私のお願いを受け入れてくれて」

 

 優しいセラフの言葉に、公爵が顔を上げた。

 

「エミル神の信徒として、当然の事です。セラフ様」

 

 男の瞳は美しい川のように、綺麗に澄んでいた。

 

「……ふふ」

 

 セラフは左手を後ろ手に隠す。

 その手の中指に嵌められた、紫色に怪しく光る指輪―――"エルダー・ヒプノーシス・リング"の存在を、誰にも知られぬまま。

 

 ―――そして二人は散策に出る事になった。

 

 円卓の少女達が向かう"フェティシュ"目掛けて、張りきった公爵が呼びつけた私兵と精鋭たる王立騎士団を引きつれながら。

 

 

 

 

 

 

 そして場面は"フェティシュ"に移る。

 

 その日も"フェティシュ"には長蛇の列が並んでいた。客は全て上流階級の男達で、半数は名のある貴族だ。公務すらサボり鼻の下を伸ばす彼らだったが。

 

「……ん? なんだね? この騒ぎは」

 

 並んでいた恰幅のいい男が眉根を寄せた。悲鳴と怒号が、だんだんと近づいて来るのを感じて。

 他の男達も何事かと顔を見合わせる。すると、一人の男が遠方を指さして言った。

 

「なんだあれは!」

 

 皆がその方向を見やる。するとそこでは、盛大に土煙を巻き上げながらあられもない格好をした4人の美女が、衛兵の大群を引きつれて"フェティシュ"目掛け爆走している姿があったのだ。

 

「ち、痴女!? なんと美し―――いや、見惚れている場合ではない! 皆逃げろ!」

 

 このままでは自分たちに激突する。そう悟った男達は泡を食って蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとする。

 しかし日頃の運動不足が祟ったか。押し合い圧し合い逃げようとする彼らだが、その動きは亀のように鈍い。

 そんな彼らのいじましい努力をあざ笑うかのように、痴女達はまさしく暴れ馬のような荒々しさで男達の中に突っ込んできた。

 そして。

 

「おおっ!? なんだね君はっ!?」

「し、失礼、えぐっ、しますっ、す、少しの間だけ、かく、かくまって、えぐっ、ください」

 

 涙で顔がべしょべしょになった美少女が、恰幅の良い男の腕にすがるようにとりついた。

 他の美女たちも似たような有様で、思い思いに男を捕まえてその背に隠れるようにして寄り添う。

 

「お、おおう……へへへ」

 

 破廉恥な恰好をした女達にすがられて、男達も悪い気分ではない。鼻の下を伸ばすが、その表情はすぐに引き締められた。

 少し遅れて、大勢の衛兵達が息を切らしながら到着したからだ。

 

「お……お前達……う、動くな……そこの痴女達を……こちらに引き渡しなさい……」

 

 肩で息をする疲労困憊の衛兵達が、震える指を痴女に指す。

 しかし痴女の中で一番に笑顔の女が、首をいやいやと振りながら媚びるような猫なで声で叫んだ。

 

「いやぁん。だって私達この格好じゃないと働けないってオーナーに言われたんだもぉん。文句があるならオーナーに言ってよぉ」

「オーナー……?」

 

 衛兵のうち、隊長格の男が店の看板を見た。店の名は"フェティシュ"である。

 

「……ぐっ」

 

 男の表情が歪む。同様に苦虫を嚙み潰した表情を浮かべる男の姿が、いくつもあった。

 彼らは"フェティシュ"のオーナーから賄賂を受け取っていた。その見返りに、"フェティシュ"の横暴を見逃すよう圧力をかけていたのだ。

 

「……隊長? どうされたのですか? この痴女達を捕えないのですか?」

 

 事情を何も知らない衛兵が問いかける。

 

「……」

 

 賄賂を受け取っていた男達は決断を迫られていた。

 ここで衛兵としての義務を果たし、痴女を捕えるのは当たり前の事だ。

 しかし賄賂を受け取っている以上、そうはいかない理由があった。

 

 何故なら、"フェティシュ"のケツ持ちがヴォーパル(首狩り)である事を知っていたからだ。

 

 あの悪名高いヴォーパル(首狩り)。そんな恐ろしい組織がケツ持ちなどと、賄賂を受け取った時の男達は知る由もなかった。後になってから、"フェティシュ"のオーナーに居丈高にそう知らされたのである。

 それは自己申告であり証拠など無いものだったが、それが本当かどうか調べる伝手はなかった。だがもし仮にその話が本当だとしたら、取引を裏切れば自分の身に何が起こるかわかったものではない。

 

 故に、賄賂を受け取っていた衛兵達は動けずにいた。

 

「……あんたら、一体この騒ぎはなんなんだ。俺に説明してくれよ」

 

 そんな一種の膠着状態の中、"フェティシュ"の中から黒いスーツを着た凶悪な人相の男が出て来た。

 

「オ、オーナー殿」

 

 泣きべその痴女に抱き着かれた、恰幅の良い男が口を滑らせた。

 

「……旦那様。あまり騒ぎにならないよう、皆様方で話はつけているんじゃありませんでしたかね?」

 

 黒スーツの男が恰幅の良い男に近づき、小声で話す。

 

「そ、そうだとも。だがこの騒ぎの原因はどうやら彼女達のようでしてな」

 

 恰幅の良い男が、自分の腕にすがる女を指さして言った。

 

「ふむ? 確かに綺麗どこのようですが……この下品な格好の女達が、何か?」

「なんでもこの格好でないと働けないとあなたに言われたとか。―――いやぁ、中々悪くない趣向ですが、少々派手にすぎますぞ?」

「……? いや、そんな話は聞いちゃいませんが……?」

 

 男達が訝しむ。そのタイミングで。

 

「―――ふふふ。丁度いい頃合いですねぇ」

 

 一人の痴女―――えちごやみるくが、男達の陰に隠れながらほくそ笑んだ。

 彼方から訪れた、聖女を目撃して。

 

 

 

 

 

 

「―――これは一体何の騒ぎか!」

 

 大きく声を張り上げたのはリシュロ公爵だった。

 彼の後ろに続くのは、大陸で最も有名な聖女であるセラフ=キャット。

 その周囲を公爵の私兵と王国騎士団が、蟻の一匹も通さぬようにして守りを固めている。

 

「リ、リリ、リシュロ公爵に聖女様!?」

 

 その叫びは誰の者だったのか。衝撃的な名を聞いたその場に居た者は全員、跪き頭を垂れた。

 

「そこの衛兵。答えよ」

「はっ!」

 

 公爵に呼ばれた衛兵が、汗をだらだらと流しながら直立する。

 

「この騒ぎは何事だ」

「はっ! 街の安寧を乱す痴女を追跡したところ、この店に辿り着いたのであります!」

 

 殆ど叫びに近い報告。それを聞いた公爵は、一時硬直した。

 そして五秒程経過してから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……何だと? 今のは私の聞き間違いか何かか?」

「恐れながら公爵様! お聞き違いではありません! 事実であります!」

 

 報告する衛兵も衛兵で、俺は何て馬鹿な報告をしているのだろうかと思っていた。

 しかし事実は事実である。ありのままを報告する義務が、衛兵にはあった。

 

「…………そこの女、こちらに来い」

 

 呆れ顔の公爵が、一番近くで跪いていたあられもない格好の女に声をかけた。

 その女はえちごやみるくだった。

 

「はい、公爵様」

 

 寄ってきた女の姿を見て、思わず公爵は顔を歪めた。あまりに下品な格好だからだ。

 近くに控えていた私兵に顎をしゃくり命令する。

 

「何か着させてやれ、目の毒だ」

 

 すぐさまマントが一着用意されるが、私兵に差し出されたそれをえちごやは首を振って断った。

 

「公爵様の御慈悲に感謝致します。ですが、まことに申し訳ありませんが、それはどうかご遠慮させて下さい」

 

 貴族の。それも公爵の下賜を平民が断るなど、一も二もなく打ち首に処されてもおかしくない言動だった。

 実際にえちごやが断った途端に私兵が刃を抜いていたが、公爵はそれを手で制して止めた。

 彼の背後にはセラフがいたからだ。聖女の目の前で流血沙汰を起こすわけにはいかなかったのだ。

 

「なぜ断る? 答えよ」

 

 代わりに公爵は問いかけた。えちごやは深い笑みを浮かべながら、朗々と答える。

 

「この格好でなければアルバイトの面接に合格できないとオーナーに言われたからです、公爵様」

「……何?」

 

 公爵がちらりと視線を向け、店の名を読み上げた。

 

「フェティシュ……その店の事か?」

「その通りでございます」

 

 えちごやが深々と頭を下げた。

 ―――じつにあくどくげすいえがおをうかべながら。

 

「ま、まて! そいつは俺の店とはなんの関係も―――」

 

 慌てて黒スーツの男が叫ぶ。しかし、二の句は告げなかった。

 

「貴様! 公爵様の許可なく何を喚いておるか!」

「あぐぁっ!」

 

 黒スーツの男は駆け寄った私兵と王立騎士団に取り押さえられ、猿轡をはめられてしまう。

 

「女よ」

「はい、公爵様」

「今の男、あいつは誰だかわかるか」

「件のフェティシュのオーナーです」

「……ふむ」

 

 顎をさする公爵は、振り返ってセラフに近づいていく。

 

「セラフ様」

「はい」

「神託の通りにございましたな」

「ええ……痛ましい事です。きっとあのお店の中に、助けを待つ少女達が居るはずでしょう」

 

 悲しそうに顔を伏せるセラフ。

 そんな彼女を前に、公爵は深く頷き。

 

「で、あれば。これを放置しては貴族としての名折れですな」

 

 神に導かれた聖騎士のように、腕を振るって号令をかけた。

 

「グラン・アトルガム王国の名誉ある貴族、リシェロの名において命ずる! ―――この場の者ども、全員一歩も動くな! 取り調べの為、拘束する!」

 

 公爵の命の下、私兵と王立騎士団、そして衛兵達が弾かれたように動き出した。

 衛兵達の中には顔色が青い者が多くいたが、それでも動くしかなかった。

 約束を反故にすれば、ヴォーパル(首狩り)の制裁があるかもしれない。

 しかし今動かなければリシェロ公爵に反逆の意ありとされ、処刑されかねない。

 結局のところ、それは今死ぬか後で死ぬかの違いしかなかったからだ。

 

「こら、動くな貴様! 大人しくしろ!」

 

 その場に居た者は、誰一人として例外なく拘束されていく。

 その中には。

 

「や、やめないか、私は貴族だよ君ぃ!」

 

 平民ではなく真っ当な貴族もいたが、リシェロ公爵と比べれば貴族としての格は木っ端のようなものだった。

 金も権力も通用しないとあっては貴族も弱いもの。早々に大人しくなり、しょっぴかれていく。

 そんな中、結局マントを着させられた4人の痴女も他の皆と同じく連行されていたが。

 

「お前たちはこっちだ」

 

 彼女達の行き先は、お店の中から保護された少女達と同じ馬車の中だった。

 

 痴女達と聖女がその際、密かにアイコンタクトを交わしていた事は、他の誰も気が付かなかった。

 

 

 

 

 さて、それからの顛末はといえば。

 

 結果的に、"フェティシュ"は廃業に追い込まれた。

 

 "フェティシュ"のオーナー。彼の本業は暴利の金貸しであり、そこで借金をこさえた家族から借金のカタに美しい少女を引き取って無理やりに店で働かせていたようだ。

 届け出無しの違法風俗営業。衛兵への恐喝。大きくその二点の罪状により、彼は禁錮30年の刑を言い渡される事となる。

 ちなみに、彼がうそぶいていたケツ持ちがヴォーパル(首狩り)という話は真っ赤な嘘だった。これは(キリ)の証言によって裏が取れている。

 もし本当にケツ持ちがヴォーパル(首狩り)だったのなら、今頃彼は生きていない。証拠隠滅の為に消されている。

 

 なお、金貸しの方は違法ではない事を付け加えておく。グラン・アトルガム王国において民間の金貸しに利率の制限は定められていないからだ。

 

 衛兵達や貴族については、賄賂を受け取っていた者は無給や減給等の処分を受け、"フェティシュ"のオーナーに賄賂を渡すよう指示していた複数の貴族達は王城への登城を一年間制限され、国王より領地の一部剥奪及び貴族位の降格という重い処罰が下された。

 

 働かされていた少女達は借金を返す相手が居なくなったため、全員が開放され元の家庭に戻っている。

 

 そして肝心の痴女達と"メロウ"はといえば―――。

 

「はぁ……えらい目にあったよ、本当」

「まったくだ」

「二度とするかよあんなの。こっぱずかしいったらありゃしねぇ」

「うふふ……なんだか私だけ楽をしてしまったようで、少し申し訳ないですね」

 

 7()()は座れそうな大きなテーブル席で、4人の少女達が香り高いコーヒーを楽しんでいた。山吹、御剣、タタコ、そして変装したセラフだ。

 そこは喫茶"メロウ"の中でも、決して余人が訪れる事のない隠された個室VIPスペースである。内装にかけられた金額は恐ろしい程高く、居心地の良さは決して他の高級店に引けをとらない。

 レコードが奏でる音割れのない緩やかなバイオリンの調べをBGMに、少女達は会話に花を咲かせる。

 

「で、あれからラミーとやらとはどうだったんだ」

「え、え? ら、ラミーと? そ、それは、うん、よかったよ。ご飯凄く美味しかったし、夜景も素敵で、とても喜んでくれてた」

 

 えへへぇ。と頬をとことん緩ませまくる山吹。

 

「そういう御剣こそ、刀のほうはどうだったのさ」

「ああ、あれはコレクションに加える事にした」

「へぇ」

「いやなに。刀を受け取った時、あまりにも美しくて浮気をしそうになったがそうするわけにもいかなかったのでな」

 

 御剣が腰のベルトを叩く。山吹は表情を歪めて舌を出した。

 

「……そっちの方がやっぱり好きだって?」

「ああ! やはりこいつの残酷さには叶わんな! "滴り"では上品すぎる!」

 

 毎度毎度鮮血の結末を迎える世紀末な刀のどこがいいのか。山吹は理解を拒む様に首を振って呆れてみせた。

 一方、タタコは。

 

「ちっ……なーにがどれだけ熱しても溶けない不気味な鉱石だよ。期待持たせやがって」

 

 不機嫌そうにコーヒーをじるじると啜っている所だった。

 

「あれは残念でしたね、タタコさん」

「おーよ。期待して鉱脈のある洞窟まで行ってみれば、ただの"ヒヒイロカネ"じゃねえか! しかも大した量もありゃしねぇ! 商売あがったりだぜ! まったくよぉ!」

 

 頭の後ろで両手を組んだタタコがぶーたれる。

 円卓の少女達にとって、"ヒヒイロカネ"とはそこそこにレア度の高い鉱石ではあるが、それ以上でもそれ以下でもない。これが精製して純度を増した"純ヒヒイロカネ"であればまだ話は違ったが、精製できる程の量も採掘できなかったため、タタコはこうして不貞腐れているというわけだった。

 

「まぁまぁ。私達は世の中の為に良い事をしたわけですから、それにこうして"永久コーヒーチケット"も頂けたんですし」

 

 にこにこと微笑みながら、紙巻タバコ"シュガー"を美味しそうに吸うセラフがなだめる様に言った。

 彼女の手元にはプラチナを薄く延ばして、表面に『このチケットを所持する者は、"メロウ"各店での支払いは全て無料となる。―えちごやグループ代表取締役・えちごやみるく―』と刻まれている"永久コーヒーチケット"があった。

 そしてそれは、他の皆も全員所持しているものだ。

 

 先の一件の後、あんまりにもあんまりだった作戦の内容に抗議して、えちごやを殺しかける勢いで皆が追い回したため、その謝罪としてえちごやが皆に渡した品である。

 これがあれば"メロウ"での飲み食いは一生タダというわけだ。

 

「けっ! ……まぁ、味がいいのは認めるけどよ。たまにはコーヒーもわるかねぇな」

 

 タタコはぶつくさと言いながらも、コーヒーを美味しそうに飲んだ。

 

「それにしても、随分繁盛してたねぇ、メロウ」

 

 山吹がここに来るまでに見た大勢の客達を思い出しながら言う。

 

「そうだな。客の流れが正常になったおかげか、これからもどんどん客足は強まるだろうな」

「結局えちごやさんの思惑通りになってしまいましたね。―――やっぱ御剣の言う通り、"LUK極振り実は最強説"が正しいんじゃねぇのか」

 

 格好と口調を崩したセラフが、少しげんなりとした様子で呟いた。

 彼女も彼女で、よくよく考えてみればこのタイミングで王国との会合が重なった事や、応対していた公爵が聖教の敬遠な信徒である事だとか、そういった事柄がどうしてこうも都合よく重なるのか少し恐ろしくなったぐらいだからだ。

 全てはえちごやの極端に高いLUKが原因なのかどうか。

 それは神のみぞ知る所である。

 

「んなこたどーでもいい!」

 

 ぺしん。とタタコがテーブルを叩く。

 

「えちごやの奴は一体どうしたんだよ、あいつから『お礼しますから来て下さいよぉ~』なんて言った癖に、全然姿を見せねえじゃねえか!」

「言われてみれば確かにそうですね」

 

 首をかしげる山吹。苛立つタタコ。頷く御剣。足を組むセラフ。

 そんな彼女達の前でどたどたと足音が響き、勢いよくドアが開かれる。

 

「―――すいません遅れました! 実はですね、新しいお金儲けの方法を思いつきましてですね! 皆さま方におかれましては是非に! ご協力頂きたいなと!」

 

 眼を$マークに変えた、実に嬉しそうなえちごやが登場したのだった。

 

「…………」

 

 一同は沈黙し、そして。

 

「ふざけんな!!」

 

 と、合唱したのだった。

 

 

 

 コーヒーショップ・ウォー おわり。

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