円卓の少女達   作:山梨明石

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 客室番号008。そこが私達にあてがわれたスイートルームだった。

 

「私が先に入るぞ」

 

 先頭の御剣が短く言い、私達は首肯し各々のウェポンスタッカーに手を伸ばす。

 

「……ふむ」

 

 ドアを蹴破ろうとして足を上げた御剣だが、少し考え直したのかそれは止めて普通にドアノブを回した。

 状況が状況とはいえ、流石に後々トラブルの種になる行動は避けたのだろう。御剣らしからぬ実に淑女的な行動に敬意を表したいところだが、それはひとまず後にする。

 ドアを開き素早く中を確認した御剣は音もなく部屋の中に滑り込む。

 壁を背にする形でぴたりと張り付き、油断なく腰を落としながらすり足で進む。

 短い通路を進み部屋のリビングまで到達した御剣は素早く周囲を見回り、ややあって左手を後ろに向けて、くいくい、と手招きをした。

 

「―――」

 

 来い。のハンドサイン。

 それを確認した私達は私とタタコさんでラミーを守護するポジショニングのまま中へ。

 鋭い鷹のような目つきで警戒していた御剣は、私達が完全に入室したと同時に振り返り腰に置いていた手を放した。

 部屋のドアに鍵をかける。

 もう、《ホスティリティ・センス》に反応は無かった。

 

「山吹よ、とりあえず罠の類は無さそうだ。私が見る限りでは、だが」

 

 戦闘的、生物的なセンスにおいては円卓随一である御剣のお墨付きだ。

 これでようやく、私達は安全地帯を確保できたという訳である。

 

「御剣が無いって言うならそうだと思う。……でも、魔法的な罠の線は?」

「ありえん。あれば私の装備が警告を発している。……まぁ仮にだが、私の装備が看破出来ない程高レベルの罠という可能性もあるがな」

 

 いつの間に装備していたのか、御剣が右耳に付けた小さな鈴のピアスを私に見せながら言った。

 あれはたしか《罠食いの鈴》という超レアアイテムだった筈だ。

 それを装備している場合、装備者が持つレベルの70%以下の難度を持つ周辺のトラップを常時無効化し露呈させ、更に五時間に一度だけ任意のトラップが有する特殊効果を自身の物として吸収する力を持っている。

 罠の扱いにも長ける(キリ)からすれば悪夢のような装備だ。御剣はこのような何千、何億というゲーム内マネーが必要になる高価な装備を幾つも所有している。

 これこそ、御剣が円卓最強と呼ばれる所以の一つだ。

 ありとあらゆる状況に高水準で対応できる彼女の存在は、その性格と突拍子もない行動さえ除けば非常に頼りになる。

 

「……そっか。まぁそれなら、よほどの事が無い限りは大丈夫そうだね」

「なんともねーならいいけどよ。でさぁ、一体何がどうなってんだ? 詳しく説明してくれよ」

 

 タタコさんがリビングに備え付けの大きな四つのベッドのうち一つに、どかっと腰掛けて言った。

 

「……」

 

 その視線の先には、先ほどから俯いたまま無言を貫いているラミーがいる。

 

「ラミー」

 

 私はそんな彼女の手をとり、優しくベッドに座らせてやる。

 されるがままのラミーは茫然とした様子で、意思というものが抜け落ちていた。

 

「ラミー。……ラミーはさっき、あそこで何を見たの?」

 

 ラミーは潤滑油の足りない機械のように、ぎこちなく顔を上げる。

 その瞳は濁っていて。

 絶望。という単語がまっさきに思い浮かぶような、悲壮な表情をしていた。

 

「…………し、しょう。……ごめ、んなさい。わたし、もう、ししょうの、おそばには、いられなく、なっちゃい、ました」

 

 つっかえながらもそう口にしたラミー。

 ―――その言葉の意味するところを理解した途端、私の中に吹き荒れた感情をどう表現すればいいのだろうか。

 

「うぐっ……ひっ……そんな、おねえちゃん、だって……げんきだったのに……いや……やだよぅ……ううっ」

 

 ラミーの大きな瞳から、涙がぽろぽろと零れだした。

 

「なんでぇ……? ひぐっ。どうして……? わたし、ししょうといっしょに、いたいよぉ……」

 

 私はその涙を、無意識にハンカチで優しく拭う。ハンカチは、ラミーがくれた花柄のものだ。

 

「ししょう……! いやっ……いやぁっ……! わたし、まだししょうと、したいことが、いっぱいあるのに……っ! ししょう……!」

「―――ラミー」

 

 小さな子供のように"いやだいやだ"と首を振るラミーを、私は抱きしめた。

 ラミーの涙で私の胸元が濡れていくのがわかる。

 

「うううぅぅぅ。うううぅっ……。おねえちゃん……やだよぉ……」

 

 しゃくりあげる彼女を抱きしめ続ける。

 御剣とタタコさんは、ずっと黙っていた。

 

「―――」

 

 私の中で、暗い決意が固まっていくのを感じる。

 ラミーを()()()()()奴。状況。あるいは、何もかもが、憎くて憎くてたまらない。

 私の愛しい人をこんな目に遭わせた全てが憎い。

 怒りと、悲しみとがないまぜになって、私の中を冒していく。

 

「……許すものか」

 

 その一言は蚊の鳴くような声だった。だが、それは紛れもなく私が発した一言であり、私自身でさえ信じられないような、憎悪に満ちた一言だった。

 事と次第によっては、私にとって破ってはならないルールたる殺人さえもいとわない。

 それほどの覚悟が、今の私にはあった。

 

「山吹」

 

 そんな暗い感情を渦巻かせる私を落ち着かせるような、優しい声音があった。

 御剣だ。

 

「"何時いかなる時であろうとも、冷静である者がより勝利に近づく"」

 

 その一言を聞いて、約半年前の出来事が脳内にフラッシュバックした。

 私が初めてこの世界のダンジョンを攻略した日の事を。

 私が初めて御剣と出会った日の事を。

 私が初めて、死んだ日の事を。

 

「………よもや、忘れてはいまい?」

 

 御剣の嫋やかな笑み。

 私はそこでようやく、私らしい感情を取り戻すことに成功した。

 ……深呼吸を一つ。そして、心の中の撃鉄をゆっくりと、危険物を取り扱うようにして、優しく下す。

 

「忘れてない。忘れてないよ御剣」

「そうか。なら、大丈夫だな?」

「……うん、私は平気。私は大丈夫。取り乱したりしない。私は平気だよ、いたってクール……大丈夫、うん。ラミーがいるからね」 

 

 感情に身を任せたままの行動が碌な結果にならない事は、身をもって学んでいる。

 何時だって頭は冷静に、けれど心は熱く。でなければ、この状況の解決、イコール勝利は望めない。

 ……相変わらず、普段は物凄く傍若無人でムカつく事も多いし出来ればトラブルを持ち込んで欲しくない御剣だっていうのに。

 こういう時ばかりは。

 助けられてばかりだ。

 本当に、本当に頼りになる()()()だ、御剣は。

 ……元男だという事実は除くとしても。

 

「……うっし。わかんねーけどわかった。とりあえず御剣よぉ、俺らはその辺ぶらぶらしてくるとすっか」

 

 タタコさんが膝をパシンと打ち立ち上がる。

 

「そうだな、地理の把握ついでに施設を見て回るとしよう。……そういえばタタコは先ほど避難ボートの位置を確認していたな。ついでにそこを案内してもらおうか?」

「おう、いーぜ? そのついでのついでと言っちゃなんだが、俺は船内バーが気になっててよぉ。後で一杯付き合ってくれな?」

「ははは、心得たぞタタコ」

 

 そうして気を使ってくれた二人は部屋を退出していく。

 

「……ふっ」

 

 去り際の御剣のアイコンタクト。

 

 "お前が守ってやれ"。

 

 御剣の意味深な笑顔を最後に、客室番号008、スイートルームは私とラミーの二人だけになった。

 

「……そんなの、言われずともわからいでか」

 

 誰に言うでもなく、ぽつりと返答する。

 

「ひっく、ひぐぅ、うううぅっ。おねえちゃん、ししょう……」

「……大丈夫、大丈夫だからね。ラミー」

 

 泣き止まないラミーを抱きしめながら、彼女をあやすように頭を撫でてやる。

 

「私があなたを守るから」

 

 ラミーの途切れ途切れの言葉から得られた情報は少ない。

 私と離れ離れになってしまう事。

 姉が元気だったのに、という事。

 今私が得られた情報はその二つだけ。

 ……いや、もう一つある。ラミーを怯えさせた何者かが居るという事、その三つだ。

 そこから現状を把握するのにはかの名探偵ホームズでも厳しいというものだ。

 可及的速やかに情報を集める必要がある。

 だが。

 

「ししょう……ししょう……!」

 

 絶望的な感情に全てを支配され泣きじゃくる今の彼女からそれを聞き出せるほどに、私は無神経ではない。

 

「大丈夫。絶対誰にも、傷つけさせたりなんかしないから……」

 

 ……彼女が落ち着くまで、幾らでも抱きしめてあげよう。

 未だくすぶる様なものが私にもあったが、彼女を抱きしめている間に、私のこの、騒めく様な感情も、いくらか落ち着く筈だったから。

 

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