円卓の少女達   作:山梨明石

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―――――――――

 

 いつの間にか出航していた豪華客船タイターン・ニック号の揺れは驚くほど少なかった。

 その秘密は船底と船側の間に備え付けられたミスリル製の魔道翼にある。船体の傾きや波の強さを感知し、自動的に魔道翼を動かす事で船の揺れを最小限に抑えているのだ。

 

「成程。魔法様様というわけだ」

 

 通路を歩む御剣がタイターン・ニック号のパンフレットをぱらぱらと捲りながら言う。

 

「今や我々の生活に欠かせないものとなった魔法。近年では需要の高まりを受け魔法使いを養成する魔法学校が急増し、門を叩く生徒が続出している……ってか?」

 

 隣を歩むタタコは物珍しそうに船の内装を眺めていた。

 そんな少女二人組の姿は、この裕福な人間ばかりが集まるタイターン・ニック号の中ではとても浮いていた。

 御剣はグラン・アトルガム王国では"剣聖"の名を頂く有名人だけあってか目端の利く者が見ればそれとわかるがそんな人間は少数で、乗客の大半からすればやけに赤赤しい少女に過ぎない。

 一方でタタコはと言えば、頭に巻いた黄色いバンダナと袖の短いシャツ、そしてハンマーやらノミやらがいくつも刺さったごつごつとしたベルト。恰好に関して特筆すべきはそれぐらいである。

 その装いは、()()()()()たちの視点からすれば良くて平民。悪くて悪街上がりの日雇い労働者だった。

 

「……あの赤い髪の女はともかく隣のはなんだね。この船は何時から平民どもの乗るぼろ船になった? タイターンの質も落ちたものだな」

「まったくですわ。平民臭いのが移りそう」

 

 ひそひそと囁かれる内容は聞いていて気持ちの良い物ではない。

 プレイヤーとしての性能故か、彼らが小さい声量で交わすその会話の内容は二人の耳に余すところなく届いてはいたが。

 

「ところで御剣よぉ。もう大半見て回ったしどこになにがあるかは把握できたろ?」

「うむ、そうだな」

「じゃあバー行こうぜバー! 美味い酒が飲みてぇ!」

「おいおい、確かに付き合うとは言ったがまだ二時にもなっていないぞ? いささか早すぎるんじゃあないのか?」

「とか言いつつちょっとニヤけてる癖に。このこの、酒好きめ!」

「ハハハ! そう褒めるな。照れるだろう」

 

 ―――そんなものはどこ吹く風だった。

 平民と貴族の確執。どこの世界でもよくあるような格差。そこから最も縁遠い場所にいる二人にとって、心無い上流階級層が向ける上から目線の顰蹙(ひんしゅく)など痛くも痒くもない。

 

「いざ進めや酒場!」

「初めはとりあえずビールで!」

 

 昼間から酒盛りを開始する二人の様子に周囲の人間が眉を顰める。

 嫌だ嫌だこれだから平民は。と鬱陶しそうに扇子で顔を隠す貴婦人の横を通り過ぎながら。

 

 二人は、自分たちを尾行する何者かをどう()()しようかと考えていた。

 

 

 

 船内特設バーは高級感たっぷりのハイソな内装でとても広い。なんと一階と二階とが分けられている程なのだ。一階の中央部には気の利いた生演奏の為の楽器がグランドピアノを中心に所狭しと並んでおり、そこから扇状に広がるスペースは客が社交ダンスを踊る為の領域で、天井から照らされる魔法の温かな光が落ち着いた雰囲気を演出する。あえて光源を少なくしてある二階からそれらの光景を望めば、まさしく上流階級ここにありといった風情である。

 きっとここで過ごす一夜はとても素敵な物になるに違いないと予感される特設バーは、しかし。

 

「乾杯!」

「かんぱーい!」

 

 空いたグラスの数が四十に突入した、たった二人の少女によって見るも無残に打ち砕かれていた!

 

「……」

 

 一人カウンターで寂しくグラスを磨き続けるウェイターの目は、もうとっくの昔に曇り切っている。

 

 ―――確かに開店前にバーを開けという無茶を仰るお客様は往々にして存在する。それが例え開店前の仕込み中であっても、昼食後のささやかな休憩中であったとしても、待機中の従業員が自分一人しか居なかったとしても嫌な顔一つせずに対応して見せるのは、事前に乗船料として受け取った莫大なサービス料にプラスしてプロとしての矜持があるからだ。

 だから勤続三十年のベテランウェイターたる壮年の彼は対応して見せたのだ、プロだから。

 だが。それでも。それでもだ。まさかこんな少女二人に。

 超VIP向けの高級品ばかりが湯水のように消えていくなどと、想像できただろうか!

 

「キャバリエ・オ・ドレビン。四十五年物。成程悪くない赤ワインだ、どっしりとした味がとても好ましい。フルボディとかいったか? いいな、うむ、いい」

「ついさっきまで清酒パカパカ空けてたおと……女の発言にゃーおもえねーなー? それよかこっちの地ビールも悪くねぇぞ? 世の中には甘いビールもあんだな! それも常温ときた! そのくせ案外飲みやすいったら参っちまうなぁ!」

 

 方やボトル一本五百万。方や一杯四千からの数量限定ビール。

 それらが、底の抜けたタルのようにどばどばと、もうどばどばと無くなっていくのである。

 底なしである。蟒蛇(うわばみ)である。

 

「成程。一杯貰うぞタタコ。……んぐっぐっぐっぐっぐっぷはぁ。ふむ、成程悪くないビールだ。飲みやすさがとても好ましい。栄養価も高そうでダンジョンや訓練の共に良さそうだな。いい、うむ、いいな」

「おーおーいい飲みっぷりだな御剣! ……しかしよぉ。さっきから"いい"ばっかり言ってねぇか?」

「それはあるな。だがいいものをいいと言って何が悪い? いいからいいのだ、真理だろう?」

「確かに! ちげーねー!」

「ははははは!」

「ハハハハハ!」

 

 何が可笑しいのか少女が二人して華やかに笑う。

 そこから漂う尋常ではない酒臭さと空いたグラスの山さえなければ、花も恥じらう乙女で終わってくれたものを。

 ウェイターの瞳の曇りがより一層濃さを増していく。

 

「次だ。シャーブの白、四十七年を寄越せ」

 

 あっという間にボトルを空にした赤髪の少女がウェイターの背後にずらりと並ぶボトルの中から、またも高級品だけを狙い撃ちして告げる。それも最も高価な奴を。

 ウェイターは無駄だと知りつつも、何度か繰り返した抵抗を再び試みた。

 

「……お客様。僭越ながら申し上げますが、そろそろ適量かと存じます」

「何を言うか。まだ本調子にもなっておらんぞ」

「そうだー! まだまだ飲むぜ俺らはよー!」

 

 ウェイターは眉間に皺を寄せそうになって、しかし鋼の精神力でそれを押さえつける。

 

「ではこちら、シャーブの白、四十七年。ボトルでのご希望ですか?」

「無論だ」

「その場合、お値段の方が時価となりますのでかなりの高額となりますが……」

「構わん、聞かせてみろ」

「……そうですね。およそ一千万はくだらないかと」

 

 ここでウェイターは一策を仕掛けた。

 あえて時価という単語を出す事で本来の値段を無いものとし、実際の値段よりも高値をふっかけたのである。

 あまり褒められた行為ではないが、これが案外貴族相手には効く。

 貴族社会とはつまるところ見栄の見せ合いである。果てしない財力を示す為に見栄を切りたい客相手には、こうした方がウケがいいのだ。

 もっとも、今回はそうした理由ではなく、もういい加減高級品ばかり爆買いされるとその手の客の対応が出来ないから勘弁してほしい、という理由からであったが。

 

「了解した。一千万だな」

 

 ―――これである。

 赤髪の少女が懐から金板切手を十枚小銭のように取り出してカウンターに放った。

 細やかな細工の施された金板切手が微かな光を反射して煌めきながら、ちゃりんと音を立てて散らばる。

 まるで露店で気安くジュースを買うかのような振る舞いだ。

 

「……確かに、一千万で御座いますね」

 

 ウェイターはやはり瞳を曇らせながら、金板切手を丁寧に十枚揃えてカウンター下部の金庫の中に仕舞う。

 もうこれで虎の子さえ使い切った。後はせいぜいあってもボトル一本百万以下の安い酒しかない。

 

「どうなっているんだ一体。というか、金板切手は小銭じゃないんだぞ…………」

 

 ウェイターはカウンターの下で小さく呟く。

 少女達は湯水のように酒をぱっかぱっかと飲み干していくと思えば、懐から出てくる金はまるで際限がない。

 飲んだ酒がそのまま金に替わっているんじゃないかと想像させてしまうほどには、底が無かった。

 最早呆れかえるほかない。本日の売り上げはタイターン・ニック号処女航海以来のものとなった。開店すらしていないというのに。

 

「んぐっんぐっんぐっ……。ふむ、さわやかな味わいだ。とてもいい。フルコースの食前酒として最適だろうな、これは。うむ、いい、実にいいな」

「おーいおっちゃん! これ同じのもう一杯!」

「……畏まりました」

 

 ウェイターが立ち上がるとそこではどのようにしてやったのか不明だが、底部が鋭利な断面で切り取られたボトルが転がっておりその中身はジョッキグラスの中に注がれ、それを赤髪の少女がごくごくと飲み干しているところだった。

 隣のみすぼらしい恰好をした少女の方は、もう空いたジョッキグラスの数は数えるのが馬鹿らしいほど。

 

「……っ!」

 

 ワインはそうやって飲むものではない!

 という叫び声が喉から出かかりそうになり、すんでのところで何とか抑えきる。

 頭を振ったウェイターは中身がもうあと少ししかない横倒しになったビール樽の蛇口にジョッキをあてがい、蛇口を捻る。

 その瞬間、何か鋭い風切り音のようなものが聞こえた。

 続けて、とっ、という何かが突き立ったような音も。

 ウェイターが不振に思い顔を上げれば、そこには樽に突き刺さった小ぶりのナイフがあった。

 

「うわああっ!?」

 

 もんどりうって倒れるウェイターの耳に、肉食獣を思わせる楽し気な少女の声が飛び込んでくる。

 

「さて、そろそろ迷惑料も払い終えた頃だ。腹ごなしならぬ酒ごなしの運動を始めるとしよう」

「だな。飲酒後の運動はあんまり体にはよくねえらしいけど」

「うむ。アルコールがそのまま汗となって排出されるわけではないからな。という訳で、水を二杯用意しておいてくれ、ジョッキでな」

「あ、ついでに塩を小さじで一杯とレモンも頼むぜー」

 

 ちょっと買い物を。ばりの気楽そうな態度の少女達が席を立つ。

 

「おっとと」

「むぅ。飲みすぎたか? そんなに飲んだ覚えはないのだがな」

 

 その足取りは少々危うい。だが、当人たちはさして気にした様子もない。

 

「―――来い、アメノハバキリ」

 

 どんな手品を使ったものか。赤髪の少女の腰から、視認しただけで吐き気を催すような邪悪な刀が飛び出してくる。

 

「酒場で喧嘩たぁ趣があるぜ。久々に、いっちょ派手にかましてやっか!」

 

 いつの間にその手に装着したのか。みすぼらしい恰好の少女のその両手は、実直な見た目の武骨な鋼鉄のグローブで包まれている。手の甲にはウェイターも見たことがある、ジャポ特有の文字である()()()が彫り込まれていた。

 ウェイターにとっては知る由もないが、その文字の意味は左手が"一"、右手が"激"である。

 

「…………」

 

 そして、そんな少女達の前には突然に現れたとしか言いようのない不自然さで登場した、メイド服を着た女半犬人(ハーフドッグ)の姿がある。

 やや釣り目のその顔立ちは、几帳面さを思わせた。

 

「対話は、不要です」

 

 丸眼鏡をかけたその女半犬人(ハーフドッグ)は、見た目らしく几帳面なメイドのように粛々と告げる。

 

「ですが、これだけはお伝えさせて頂きます。……誠に不躾ではありますが、お二方のお命を頂戴致します」

 

 カーテシーと呼ばれる見事な挨拶と共に告げられた殺害予告。

 まさに慇懃無礼の言葉が似あう姿だった。

 

「嫌いではないぞ。そういうのはな」

 

 赤髪の少女が獰猛な笑みを浮かべる。

 

「俺もだぜ? ヘッ!」

 

 みすぼらしい恰好の少女が両手の拳を合わせ、がつん、と打ち鳴らす。

 

 それが、開戦の合図となった。

 

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