円卓の少女達   作:山梨明石

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「行くぜ! オラァッ!」

 

 初めに仕掛けたのはタタコだった。右足で、だん、と床を踏みこんだタタコが放たれた矢のように一直線になって突貫する。

 

「《ストレートパンチ!》」

 

 拳を主武装とした派生職業の一つである《ウォーモンク》。その職業に就いたものが覚えられる基本的な攻撃スキルの名をタタコは叫ぶ。

 彼女が装備している鋼鉄のグローブ。"いちげきひっさつ"が、敵を食い破る獣のあぎととなってメイド少女に襲い掛かった。

 少女一人の顔面を砕くには十分すぎるその一撃は、しかし、空を切る。

 

「《アヴォイド・バースト》」

 

 メイド少女の肉体から微かな青い気配が放たれていた。

 

「おおっ!?」

 

 タタコは目を見開かせて驚愕する。装備の名に相応しく一撃必殺の思いを込めて放った拳は、少女の顔面を捉えるどころかかすってさえもいない。

 虚しく空を切った拳の横には、それをつまらなそうに一瞥するメイド少女の顔があった。

 戦闘系職業ならば誰にでも適正のあるスキル《アヴォイド・バースト》。

 このスキルは一時的にだが回避能力を大幅に向上する。その上がり幅は非常に大きい。このスキルさえ使用すれば例えそれが格上相手の回避不能な攻撃であったとしても、それを可能にしてみせる。

 

「やるじゃねえ……かっ!」

 

 拳を避けられたタタコは驚きつつもそこで止まらない。すぐさま突き出した拳を捻り裏拳でもってメイド少女を狙いにかかる。

 その拳はまたも空を切った。

 

「…………」

「このっ、おらっ! なにくそっ!」

 

 二度も拳を避けられたタタコはむきになって攻撃を繰り返す。

 繰り返すが、当たらない。酒で酔っている、回避力を向上されている、という点を加味してもこれは当たらなさすぎた。

 子供のように拳を振り回すタタコと、それを冷めた目つきで機敏に回避する二人の姿は対照的だ。

 見ようによってはじゃれあう少女二人と言っても差し支えない。

 

「だああっ! くそっ! ちょこまかとっ!」

 

 息が荒くなりだんだんと余裕の無くなってきたタタコが顔を真っ赤にする。

 いかなプレイヤーキャラクターとして高いステータスを持つタタコであっても、スタミナは無限ではない。

 当たらない拳とそれを避けるメイド少女という構図が何度も繰り返された後、やけくそ気味に放たれた大ぶりのアッパーカットが空を切ったところで、タタコは「ぶはぁーっ!」と息を吐き出した。

 

「だーっ! はーっ! くそーっ! なんであたんねーんだよ! AGI(俊敏)いくつだよお前!」

「…………ふぅ」

 

 肩で息をするタタコは悔しそうにメイド少女を指さして怒鳴る。

 対するメイド少女は息一つ切らせていない。余裕すら感じられる。

 優雅にかつかつとヒールの立てる足音を奏でながら、メイド少女は特設バーの中央、つまりグランドピアノら楽器がある場所へと進む。

 汗をだらだらと流すタタコが憮然と、御剣が無言で見つめる中。彼女は振り返ると。

 

「単調。単純。……勢いだけ、ですね」

 

 ぽつり。とつまらなさそうに呟いた。

 

「――――――っんだとテメェェッッ!!」

 

 ただそれだけの、とても単純な煽りを受けた事で怒髪天を衝いたタタコがメイド少女に飛び掛かった。

 御剣は思わず眉間を抑える。

 

「酒に酔っているとはいえ、それはまさしく単純すぎるぞタタコよ……。"挑発ある時。其れ即ち相手に秘策あり"だ」

 

 やれやれと呟いた御剣の懸念は的中する。

 タタコが飛び込んだその先で、メイド少女は閉じられていたグランドピアノの蓋を開けた。

 まるで忘れものを取りに来たかのようにその中にあるものを掴み取ったメイド少女は、その切っ先をタタコに狙い澄ませた。

 

「ェェェェええええええっ!?」

 

 未だ空中を舞うタタコの怒りの叫びが途中から困惑のそれに代わっていく。

 メイド少女が取り出した物とは、とてもメイドには似合わないような槍だった。

 鈍く銀色の光を反射するその槍は、穂先に三日月状の斧頭があり反対側には抉るようなピックのある、いわゆるハルバードと呼ばれるモノ。

 そんな凶悪な武器が、タタコの目前でその時を今か今かと待っているのである。

 

「うおおおおっっ!? やべぇっ!?」

 

 咄嗟にガードを固めるタタコだが、もう遅い。

 

「《スピアサイクロン》!」

 

 勢い良く突き出されたハルバードが猛烈に回転しながらタタコに迫る。

 《スピアサイクロン》。

 基本職業である槍の騎士、《フェンサー》が最終的に習得できるスキルがそれだ。

 《フェンサー》の秘奥を極めし者にのみ授けられるそのスキルは、驚異の回転力を得た必殺の一撃。

 岩を砕き城壁を穿ちいかなる敵をも貫くその一撃は、何者にも防ぐこと能わず、喰らえば必死。

 

 ―――より詳細にゲームプレイヤーに分かりやすく伝えるならば、発動者のSTR(筋力)に応じて高倍率のダメージボーナスを与えDEX(器用さ)に応じて高確率で発動する防御力貫通効果を持った攻撃スキルである。

 

「抉れっ……なさい!」

 

 《スピアサイクロン》がタタコに命中する。

 その一撃は顔をガードしたタタコをあざ笑うかのように腹部に突き刺さり、次いで皮膚を裂き臓腑を抉り、背骨を粉砕骨折しながら身体を突き抜けてタタコを血祭りにあげる―――筈であった。

 

「っっっ痛っでええええぇえぇぇぇっ!!!」

「―――な」

 

 筈。であった。

 

「だああああ痛い痛い痛い親方の拳骨並だぞてめー! ふざけんなチキショー!」

 

 腹を食い破られ無様に躯を晒す筈であったタタコは健在だった。

 それも、おなかを抱えて痛みに呻きながら床をごろごろと転げまわるぐらいには、健在だった。

 

「これ、は。一体なんの冗談、なのですか」

 

 そんなタタコの有様を見て、今まで感情を見せる事のなかったメイド少女が初めて驚愕という感情を露わにした。

 茫然としながら、メイド少女は今まさにタタコを貫いた筈の己の武装を見やる。

 

「……っ!」

 

 メイド少女に戦慄が走る。

 その手に握られたハルバードの斧頭は頭を垂れたかのように、折れ曲がっていたのだ。

 

「そんな……父祖様から受け継いだ豪槍が、折れるだなんて……!」

 

 その衝撃がいかほどのものかなど、タタコと御剣には知る由もない。

 ―――無かったが、どうやらそれは天地がひっくり返る程の衝撃であるようだった。

 

「授業料として受け取っておけ。痛く無ければ覚えないからな、いい勉強になっただろう」

「授業料にしちゃたけーなくそーっ! 胃の中がひっくりかえるうううぅぅぅいででででで!」

 

 未だ衝撃から帰らぬメイド少女の元へ、御剣が歩み寄っていく。

 その足音にはっとしたメイド少女は慌ててハルバードの穂先を御剣に向けた。

 

「……私は一向に構わんが、その折れた武器でやるつもりか?」

 

 御剣の何気ない指摘。

 それは、メイド少女の心を酷く傷つけた。

 

「―――父祖様の槍は折れてなどいないっ!」

「いやどう見ても折れているだろうに」

「……っ! うるさいっ! 折れていないっ! 折れていないんだあああああっっっ!!」

 

 今までの冷徹な態度が嘘のようだった。

 先ほどまでのタタコの焼き増しのような有様で激昂したメイド少女は、折れたハルバードを腰だめに構えながら御剣に突撃していく。

 そんなメイド少女の瞳には、いろいろな感情がないまぜになっていた。

 ただの殺意によるものだけでは出せない、色にして表現すればマーブル模様のようなそれ。

 

「……ふむ」

 

 迫るメイド少女の瞳の中にどんな色を見たのか。御剣はおとがいに手を当てて何か考えるそぶりを見せる。

 ただ、それも一瞬の事で。

 

「まあ、事情は後で聞くとするか」

 

 諸々の事柄を解決するにはやはり暴力が一番である。とばかりにその手を腰にやった。

 

「あああああっっ! 《スピア・ストライク》!!」

 

 メイド少女が強烈な槍の一撃を加えるスキルを発動する。

 赤い気配を纏ったハルバードが御剣を貫こうとその牙を剥き―――。

 ―――"凶刃アメノハバキリ"の銀線が、それよりも早く無数に奔った。

 

「―――ともあれ、種明かしをするのであれば、だな」

 

 御剣は淡々と語りかける。

 

「タタコはああ見えてステータス振りがVIT(体力)寄りなんだ。信じられるか? あのすべすべとした柔肌は柔らかそうに見えてその実、山吹が召喚するゴーレムの防御力を凌駕する。おまけにパッシブスキルで防御貫通も無効化しておりまさに鉄壁という奴だ。

……普通モンク経由の鍛聖といえば、鍛冶に必要な高STR(筋力)を活かす為に手数を増やすステ振りのSTR(筋力)AGI(俊敏)が基本にして王道だろう。一体何をとち狂えばそんなステータスになる? えちごやといいタタコといい、私は未だに理解ができん……」

 

 まったく理解に苦しむとばかりに頭を振る御剣。

 そして抜いた姿もまるで見えなかったというのに、ぱちん、と音を立てて納刀した。

 その次の瞬間、がしゃんと大きな音を立ててメイド少女のハルバードが細切れになり砕けちった。

 

「―――あ。……ああ。……嘘。……こんな、ああ。……嫌……父祖様の……槍が……」

 

 メイド少女が絶望し膝を付く。

 その姿を見て戦う意思は失せたと判断した御剣はメイド少女を捨て置きカウンターへと向かう。

 そこにはいつの間にか、水が並々と注がれたレモンの輪切りが浮いたジョッキが二つ置いてあった。

 ウェイターの姿はない。だが、ウェイターのプロの仕事を前に御剣は頬を緩める。

 そんな御剣に向けて、未だごろごろと転がりまわるタタコから苦言が飛んだ。

 

「う、うるせー余計なお世話だ御剣! だいたい俺だって知ってりゃそーしたっつーの! でもその方が強いってみんな言ってたからよぉ!」

「その"みんな"とは誰だ?」

「むす―――違う。友達に教えて貰った掲示板の奴ら? だ!」

「……そうか。騙されたんだな。可哀想に」

 

 タタコが振り分けたステータスの謎を解明した御剣はジョッキの水を黙って飲み干しにかかった。

 

「嘘よ……こんなのってない……私は……父祖様……ベルカ様……」

 

 その傍では泣声が入り混じり始めたメイド少女の慟哭が聞こえている。

 

「だま……ええっ!? 俺騙されてたのかっ!? 嘘だろっ!? だって実際強かったんだぞっ!? お、おい!? 御剣きーてんのか!? おーい!」

 

 痛みに呻くタタコは未だローリングを続けている。

 

「……想像と違う展開だな? うむぅ」

 

 悲しみと苦悶の交差するその只中で。

 ―――御剣は血を吸っていない愛しい刀の癇癪をどう嗜めようか、頭を悩ませていた。

 

―――――――――

 

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