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「―――それから私は一人になりました。ベルカお姉ちゃんとお母さんの居ない、空っぽの実家で、一人、暮らしていました。ずっと、ずっと」
過去を吐き出したラミーの眼は灰色だった。深い諦念の篭る、昏く淀んだ灰色だった。
「あの日から私は、お姉ちゃんに会うためにキャバリエのお屋敷に行って、結局会えずに夜に帰ってくる。そんな日々を送るようになりました。
友達は、いませんでした。母も居らず、
あれほど流していた涙さえ、枯れ切っている。
「お姉ちゃんから、なんとか年に一度は会えるように交渉した、っていう手紙が届いてからは毎日キャバリアのお屋敷に行く必要はなくなったので、実家に引きこもるようになりました。……みんなで暮らしたダックスはとても綺麗で素敵な街でしたけれど、あの頃の私にとってダックスの街は、とても、過ごしづらい街になってしまいましたから、家でじっとしてるほうが、楽だったんです。あは、あはは。引きこもりなんて、不健康ですよね、笑っちゃいますよね」
乾いた笑い声が、やけに響く。
「ははは……ああ、そうだ、師匠? 心配したかも、と思ったので先に言いますけれど、身の安全は保障されていたんですよ? キャバリエ家の人が、私の事をずっと守っていましたから。お姉ちゃんを連れて行ったキャバリエの人に守られるなんて、とても嫌でしたけれど。でも、だったら逆に利用しちゃえ、って思って、です、ね、本当は、一人で夜の街を歩いた事もあったんです、けれど、笑っちゃうぐらい何も起きなくて、ふふ、ごめんなさい、私本当は嘘をついていたんです。悪い弟子ですね」
ラミー。
「そんな悪い弟子だから、罰が当たったんでしょうか。お姉ちゃんは、ずっと前からこう言っていました。『もし私の身に何か起きたら―――もしも死ぬような事があったら
もう、やめてくれ。
「わたしがわるいこだったからかな。おねえちゃん、やくそくまもってくれませんでした」
そんな。
無理に作った、ひび割れた笑顔で。
話を続けないでくれ。
「…………ししょう」
「…………」
「おねえちゃん。しんじゃったんでしょうか。キャバリエけのメイドさんが、わたしを、みていました」
「…………」
「わたしもおねえちゃんみたいに、キャバリエけにつれていかれて、きぞくになって。しぬんでしょうか」
情けなかった。
私はラミーにかけてやれる言葉が見つからなかった。
私はラミーの事を何も知っちゃいなかった。
私はラミーが抱える苦しみを何一つ理解しちゃいなかった。
私は! 愛しい人の苦悩に! 一歩たりとも踏み込んでさえいなかった!
ただラミーから贈られる愛にぽかぽかふわふわとしてた、今世紀最大級の、大馬鹿者だ!
「……そんな事は、無いよ。ラミーのお姉さん……ベルカさんが、まだ死んだと決まったわけじゃない」
ラミーを励まそうと思って出た言葉は、自分でも驚くほど軽い。
当事者でない私がかける慰みの言葉にどんな重みがあると言うんだ。当たり前だ。
それに何より。ベルカさんは死んでない。そう言った私自身、その線は薄いと感じてしまっている。
御剣が読んでいた新聞に踊っていた一面記事。キャバリエ家令嬢行方不明の報。
ラミーが目撃したキャバリエ家のメイド。その人物から放たれていた明確な敵意、あるいは、殺意。
いかにもお膳立てされたそれらが、何よりも雄弁にこの状況を物語っている。
ラミーのお姉さんは、十中八九、もう亡くなっているのだろう。
「…………」
糞垂れめ。
そんな事をラミーの前で考えている自分に自分で腹が立つ。
そんなだから。
そんなだからお前は―――!
「……ねぇ、ラミー、今から言う事をよく聞いてほしい」
内心の葛藤を心の奥底に押し込めて、力の無いラミーの両手を取り握りしめる。
空っぽみたいなラミーの瞳を見つめて、私は告げる。
「私はさ、約束したよね?」
「……やくそく?」
「ドラゴンに乗って旅をした途中、テントの中で、私はラミーの事を守るって約束した」
「……はい」
「その時は指切り、しなかったよね?」
そして、握りしめていた両手を解いてあげて、私の小指とラミーの小指とを絡ませた。
「ほら、もう一度約束しよう?」
つたないわらべ歌のリズムに合わせて、手を上下させる。
「―――ゆーびきーりげーんまーん。嘘ついたら針千本のーます……ほら、ラミーも、言って?」
精一杯の笑顔でそう伝えると。
「―――ゆびきりげんまん。うそついたらはりせんぼん、のーます……」
ほんの少し色彩の蘇った表情で、そう返してくれた。
「……指切った」
そっと、手を放す。
「……大丈夫だよ。ラミーのお姉さんも死んでなんかいない。ラミーも死なせない。そんな事には、私が絶対にさせないから」
今のは、子供がするような契約事項だった。
酷く稚拙だと思う。
けれど、今の私には、それが最善に思えた。
「……師匠の指切りって、私達のとは、ちょっと違うんですね」
「そうなの?」
「はい。……私達のは―――指切り誓う。嘘吐かずは
「……そっか」
「……ふふ。針千本なんて飲まされたら、きっと死んじゃいますね」
そして、きっとそうだったのだ。
ラミーには、ラミーの色が戻りつつあったから。
「うん、というか普通に無理だと思う。……だから、この約束は絶対なんだ。何があっても、破られる事は無い。
私も針千本飲みたくないからね、それはもう必死に守るよ! ドラゴンより、悪魔より、御剣よりもよほど大ごとだからね!」
少しおどけた風に言うと、ラミーは可笑しそうにくすくすと笑ってくれた。
そして、私の胸にぽふんと頭を預けてきた。
「……ごめんなさい師匠。気を遣わせてしまって」
「……そんな事、ないよ」
「そんな事、あります」
「ないったら」
「ありますよ、もう……」
「……ラミーも、変なとこで頑固だよね」
「きっと、お姉ちゃんに似たんです」
「そっか」
「そうです」
ラミーが顔を上げる。
「……もう、大丈夫です」
そこにはもう、普段通りのラミーが居た。
「本当に?」
「はい」
「……そっか」
居住まいを正したラミーが、意思の蘇った瞳と共に言った。
「師匠、私、キャバリエ家のメイドさん―――タチバナさんと話してみようと思います」
「うん」
「お姉ちゃんはああ言ったけれど、もしかしたら私の早とちりかもしれません」
「うん」
「でも、あの時は、その、昔の事とかを色々思い出して、ちょっとパニックになってしまって、ですね」
「うん」
「また、あの人を見ると、怖くなってしまうかもしれないので、その」
「うん?」
「……あの人と話す時は、一緒に居て、手をつないでいてくれませんか?」
少し恥ずかしげに、その手をおずおずと差し出したのだった。
「……お安い御用だよ。ラミー」
私はその手をそっと取り、まるで騎士がお姫様にするみたいに、手の甲に口づけを落とし―――。
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ばきゃり。
「わひゃっ!?」
「誰だっ!?」
ぞろぞろどかどか。
「―――そろそろ話が付いた頃と思い下手人を連行してきたぞ! 山吹!」
「ただいまぁ―――おおう、御剣よう。こればっちり最悪のタイミングだと思うぜ?」
「――――――ラ、ラミー様!?」
はじけ飛ぶように開かれた部屋のドアと共にずかずかと入り込んでくる赤と黄色に引きずられるメイドさんを前に、何もかもが色々とこの瞬間台無しになったのだと悟ったのだった。
悟ったの、だった!
―――もー本当に
確かに暗い雰囲気は吹き飛んだので嬉しい部分はさもありなんですがしかし!
しかし! あああああああ! 感謝とやるせない気持ちが板挟みでああああもおおおお!
後で一杯奢れ! もう! もう!!