円卓の少女達   作:山梨明石

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――――――

 

「くぅ…………んぐぁ…………けほっ」

 

 気だるげな身体がゆっくりと覚醒していく。

 一人用のベッドには二人の重みと熱があり、もう一人分の熱は私に絡みついていた。言わずもがな、彼女の熱である。

 

「あー……あ゛ー……」

 

 声はガラガラだ。―――小鳥のようにぴぃぴぃ鳴かされてばかりいたら、そりゃあそうなる。

 起き上がる気力が湧いてこない。―――疲労困憊の末に気絶させられたのだ、無理もない。

 甘く抱きしめてくる彼女が心地よい。―――もう本当この娘なんなの底なしなの。

 

「…………」

 

 眉間をぐりぐりと指で揉み解し、手探りでベッド脇に置かれた水差しを手に取り注ぎ口を直に口に運ぶ。

 ぬるい水は驚くほど美味で、私の身体に染みわたっていった。どれだけ私の肉体が水分を欲していたのかがよくわかる。

 水差しの中身を半分減らした所で私はようやく一息つくことが出来た。

 

「はぁ…………」

 

 水差しを戻し、天井を見上げ、ぽつりとつぶやく。

 

「…………すごかった」

 

 何が。

 とは決して言うまい。

 決して。

 決して!

 

 

「よし! 証拠隠滅完了!」

 

 冷静に考えるまでもなくここは私達のでも、私のでもなく、タチバナさんの部屋だ。その為私は非常に常識的な観点からして早急にベッド及びシーツを洗い清めるべきとの結論に至り、行動を開始した。

 具体的には窓を開け換気しつつ、出力を抑え小型化したゴーレムを多重召喚し、彼らに寝具を綺麗さっぱり洗濯させ、ついでに私とラミー共々心身ピカピカになるまで身を清め、その後出力を調整した《ヒートウェーブ》で諸々を乾かしアイロンを掛けベッドを整え今に至るという訳である。

 

「誰が見ても、ここでは何も無かったように見える筈だ!」

 

 何の変哲もない平凡なルームと化したタチバナさんの部屋をぐるりと見渡した私は大変満足しながら頷いた。

 ―――ははは。なぁに誰が見ても"あれが有った"と気づけなければそれは初めから無かったのと一緒なのだ。完全犯罪とはつまるところそのようなものなのだ。

 犯罪ではないにしても。

 

「……むぅ。別にそんなに躍起にならなくてもいいじゃないですか」

 

 過剰なまでの私の清掃活動に何か思うところがあるのか、ラミーがむくれた。

 ……いやいやラミーさんそこで拗ねてくれるのは可愛いけれど意味が分かりません。故に反論致します。

 

「いや、あのね、別に汚いからとかそういうのじゃなくてねラミー。これはその、マナーというか、ね? 流石にタチバナさんに申し訳ないという気持ちから起きた行動であってね、決して嫌な意味では無いんだよ?」

「……そーですか」

 

 なのだが。ラミーさんはどうにも納得がいかないご様子。

 そんな彼女はそそそ。と私の傍に寄り添って、私の袖をついと握りしめ、犬耳をぱたんと閉じて、俯きながら小声でささやいた。

 

「せっかく師匠に一杯()()()()()出来たのに、師匠のいじわる」

「ほわっ」

 

 ホワット。

 においづけですって。

 それは一体如何なる理由に基づく行動なのでしょうか。

 

「そ、それって、どど、どういう意味なのかな?」

「……それは、ですね。タチバナさんに"嗅がせて"やるつもりだったんです、私達のを。それで、師匠は私のなんだって。私は師匠のなんだって。思い知らせてやりたかった。ただ、それだけです」

 

 脳天に雷が走った。

 ―――突然だがラミーは半犬人(ハーフドッグ)だ。半犬人とはすなわち言葉通り、半分犬である。

 運動能力も犬の半分あれば、当然嗅覚も犬の半分ある。人間の何千倍と言われる知覚能力を備えた嗅覚の半分を、半犬人は誰であろうと生まれながら有しているのだ。

 そんな彼ら彼女らは、人間よりも匂いによるコミュニケーション能力に長ける。

 人の匂いを嗅げばその人の体調が分かる。空気の匂いを嗅げば直前までそこに誰が居たのかが分かる。

 

 あれやそれに励んだ後の人達の匂いを嗅げば、誰と誰がそういう事をしたのかも、分かる。

 

 半犬人の間にとって、それの匂いを纏うという事は即ち。『私達はそういう仲なんです!』と大声で周囲に叫んでいるに等しい。

 

 まぁ。要するに。

 事もあろうにラミーはそんな、とてもとてもとても! 大胆な事を! 公に宣言しようとしていたのであった!

 

「……ら、らみー?」

「はい」

「あのね。その気持ちはね、とても嬉しいと思う」

「はい」

「けど……その……」

「……はい」

「もうちょっと、その、手心と言いますか……なんと言いますか……」

 

 ああもう。この娘は。この娘は……。一体何度私の顔を真っ赤に染め上げれば気が済むんだろう……?

 

「……師匠! 手心も何もありませんよ! 私は師匠の事が、誰よりも、世界で一番大好きです! それを宣言する事のどこが恥ずかしいって言うんですか!?」

「全部だよぉぉ……」

 

 くそぅ。瞳がまっすぐすぎる。直視出来ない。

 一体どういう事だろう。ラミーがつよすぎる。何を以って強いと判断するかは置いといて、とにかくつよい。

 恋愛は勝ち負けではないのだろうけども、夜も昼も朝も負け続けの私は、一体いつに成ったらラミーに勝てるのかなぁ。

 

「うぅぅぅ……っ」

 

 この恥ずかしさと嬉しさと愛おしさで三倍満の赤ら顔では、恐らく何年経とうとも無理な気がする。

 そんな情けなさ増し増しの私の元へ、清らかな朝を告げるけたたましいドアバンの音が聞こえてきた。

 つまり、奴らが来たという事だ。

 

「邪魔するぞ!」

「……ぉはよ゛ぉ……」

 

 相変わらず健康元気活力全開の御剣と、一目見ただけで二日酔いのそれと理解できるタタコさん。

 それに。

 

「おはようございます。ヤマブキさん、ラミー様……っ!?」

 

 何故か驚天動地の驚きを見せ顔を赤らめたタチバナさんが居た。

 ……何故顔を赤らめたのだろう。嫌な予感しかしない。

 

「まさか、そんな……っ! ミ、ミツルギさん!? あなたはこれをご存知でっ!?」

「うむ? ……うむ。だから昨日は決して部屋に戻るなと、そう告げたのだ」

「あっ、あなたという人は……っ! あああっ! 怪しむべきだった……! それと気が付いていれば私はラミー様を意地でもお連れしたというのに! 看病をするからと、いかにもありきたりな嘘に気が付けなかっただなんて……っ! 私はアレイスタ様になんとご報告すればいいの……っ!」

 

 まるでこの世の終わりのように狂乱するタチバナさん。

 ―――はっはっは。どう考えてもタチバナさんが私達のあれそれに気が付いているご様子なんですがこれは一体どういうトリックなんでしょうかラミーさん。

 

「らみ、らみー? ど、どして?」

「……そういえば師匠。ベッド類はきちんと綺麗にしましたけど、()()()()()()()()()はお洗濯していませんでしたよね」

「……」

 

 そういえばそうでした。

 私のうっかりミスですねこれは。

 ははは。

 

 しにたい。

 

「しばらくたびにでます」

「もう旅をしてる真っ最中だろうに。少しは慣れろ山吹よ」

「ぐぇっ」

 

 窓際から海にダイブしようとした私を御剣が首根っこひっつかんで部屋の中に引っ張り戻す。

 反動で首が絞められ、後頭部を強く床に打ち付けた私はちかちかと点滅する視界の中思った。

 

 この、あからさまな羞恥耐性の弱さは間違いなく何者かによる手が加えられているに違いないと。

 

 そしてその元凶は見つけ次第死ぬよりもひどい目に遭わせてやると。

 海よりも深く天よりも高く誓ったのであった。

 主に†ゆうすけ†さんあたりに。

 

 

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