円卓の少女達   作:山梨明石

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 山吹が命からがら窮地を脱し、その足をからくり昇降機へ向けていた頃。

 彼女は暗闇の中でひとり、膝を抱えて座っていた。

 

「……」

 

 服の色から髪の色まで、全てが赤、赤、赤。

 鮮烈なまでに赤一色で統一されたファッションは、着ている者の苛烈な性格と生きざまをそのまま写したかのようだ。

 滾る血のように猛り狂い。

 飛び散る鮮血のように残酷で。

 流れ行く血の様に冷酷。

 

 彼女は。

 御剣は、そんな女だった。

 

 ()()は元々、そんな女だった筈だ。

 

「―――違う!!」

 

 彼女は頭を振って、悲痛な感情を隠す事無く叫んだ。

 一人残らず気絶させられ地に倒れ伏している巡回兵たちは、その声に目覚める事もない。

 だというのに。

 

「……違うよ」

 

 御剣は、恐ろしかった。

 目に見える物の全てが。

 自分自身が。

 周囲を取り巻く状況が。

 何もかもが、怖かった。

 だって。知られてしまいそうだったから。

 

「……()()は、そんな凄い人じゃないんだよ。ぼくが凄いんじゃない。凄いのは、御剣なんだ」

 

 逃れられない恐怖から少しでも遠ざかりたくて、身を縮こまらせる。

 ぽつぽつと呟くのは、恐ろしいのをごまかしたいから。

 

「ぼくは、何もできない、だめなやつなんだ」

 

 暗闇に溶けていく言葉。答える何かは、無い。

 腰のベルトの中で眠る存在も、今は沈黙を貫いている。

 

「……はぁ」

 

 深いため息は、もう何度目かわからない。

 

「こんなんじゃ、山吹おねえちゃんに呆れられちゃうかな。円卓の皆にも、サラさんにも、ソードマンギルドのみんなにも」

 

 弱音なら、それこそ数えきれない程で。

 

「……ぼくは、御剣じゃなきゃいけないのに」

 

 零れ出た涙など―――前の世界も合わせれば、ちょっとしたプールだって作れるぐらいだった。

 

「御剣になりきらなくちゃ、いけないのに」

 

 抱えた膝の中に頭を埋め、外界から己を切り離す。

 昔からずっと繰り返してきた、彼女の癖だ。前の世界から彼女―――彼はそうやって現実逃避に耽ることで、己を保っていた。

 そうしなければ、とてもじゃないが生きていけなかったのだ。

 

「だめなぼくは居なくて。強くて、カッコいい、誰にも負けない、御剣が居なきゃいけないのに」

 

 ―――何をしてもダメ。何をやってもダメ。学校ではいつもいじめられていて、不登校になるのも必然で。

 名家に生まれた自分への期待は嫌になるほど高くて。

 両親は味方になってくれなくて。兄弟には蔑まれ、一族の恥とまで言われて。

 身体も弱くて、気が付けば重い病気を患っていた彼は厄介払いのように病室に閉じ込められて。

 家族との時間よりも、一人で居る時間のほうが人生の大部分を占めるようになって。

 おもちゃやゲームにパソコンはいくらでも買ってくれたけど、絶対に愛情だけはくれなくて。

 そんな彼がオンラインゲームに逃避するようになったのも、当然の結論で。

 日に日にやつれる彼には誰も面会に来てくれないから、やがて彼は独りぼっちになって。

 

 そしてついには。

 最後の最後の、最期になっても。

 親にも看取られる事がなくて。

 

「みんなの憧れの、真っ赤な剣士に成らないと、だめなのに」

 

 そんな可哀想な彼にも、手を差し伸べてくれた何かはあった。

 消えゆく意識の中で、彼女を救ってくれたのは■■■■■だった。

 だから彼は。

 

「だってそうじゃないと。―――ぼくがここに居る意味はないんだから」

 

 ■■■■■の言う通りに、御剣という創造したキャラクターに同化する事を良しとした筈だったのだ。

 だというのに。

 

「……なのに、なんで。ぼくは御剣じゃなくて、ぼくになる時間が増えてるんだろう」

 

 涙が溢れて止まらなかった。

 

「いやだ」

 

 恐ろしい。

 

「いやだ。バレたくない、ぼくがぼくだって、バレたくない」

 

 今まで己が築いてきた、御剣という人物像を壊したくない。

 英雄としての彼女を。

 傍若無人な彼女を。

 頼りになるブレイドマスターの彼女を。

 円卓No.02、皆のジャイアンな彼女を。

 こんな、なさけない、生きている価値があるかどうかもわからない、ぼくで壊したくない。

 

 ただそれがひたすらに、何よりも恐ろしかった。

 

「……怖いよぉ」

 

 このところ、ぼくと御剣が入れ替わる頻度が増えてきている。

 というよりも―――御剣という殻に覆われていた、ぼくという中身が少しずつ零れてきている、という表現の方が正しい。

 ■■■■■が語る話によれば、この世界で暮らすにつれてだんだんと御剣という存在に馴染んでいき、最後には御剣とぼくは完全な同一化を果たす。

 そう説明されていたのに、近頃はどうも話が違う。

 ついさっきまで御剣だったのに、ふとした拍子にぼくになる。そんな事が多くなってきた。

 多少の事なら演技で何とかなる。けれど、それにも限界がある。

 このままではぼくがぼくであると知れ渡るのに、そう時間はかからないだろう。

 

「誰か、助けてよ」

 

 その結末だけは、何があっても避けなくてはならない。

 家族も。たった十数年ぽっちしかなかった人生も。何もかもを向こうに置いてきた彼にとっては、御剣だけが全てだったから。

 御剣ではないぼくには、何も存在価値なんてなかったから。

 

「山吹おねえちゃん……」

 

 気が付けば、その名を縋るように呼んでいた。

 この世界で出来た初めての親友。

 彼女なら、御剣を、ぼくを、助けてくれるだろうか。

 きっと、そうかもしれない。山吹なら、いつもの仏頂面で優しく手を差し伸べてくれるだろう。

 

 けれど、御剣は、ぼくは、助けを求められない。

 何故なら。御剣はそんな女じゃないからだ。

 こんな風にめそめそと泣いて、うじうじとしている御剣は御剣じゃない。

 そんな御剣はいちゃいけない。だから、助けを求められない。助けを求めちゃいけない。

 自分一人でなんとかしなくちゃいけない。

 だから、こんな事をしている場合じゃないのに。

 

「助けてよ……」

 

 なのに、口をついて出るのは、救いを求める声だけだった。

 

 ―――孤児のような彼女は、ただひたすらに己の殻に閉じこもる。

 そのせいで、普段の敏感な察知能力であれば気が付けた筈の山吹の異変には、ついぞ気が付く事がなかった。

 

 

 

 

 

 

 ガオウとヨリトモの戦闘から5分が経過した。

 未だ追手の気配は感じられない。しかし城の警備は確実に強化されていた。

 

「……」

 

 どたどたと廊下を駆けまわる幾人かの足音に集中しつつ、私はとある部屋の中の物置に隠れ潜んでいた。

 

「……行ったか」

 

 こうして隠れるのもいったい何度目か。

 足音が過ぎ去ったのを確認して、恐る恐る部屋の襖を開いて廊下に顔を出す。……誰も居ない。

 

「よし」

 

 安全を確認した私はすぐさま廊下を駆けだした。もう足音がどうこう言っていられる状況ではないので、全速力だ。

 不定期に訪れる麻痺でいつ身体が動かなくなるか分からない以上、移動は最小限かつ最速で済ませたい。

 それにガオウとヨリトモの件もある。あの二人に追いつかれない為なら、これぐらいのリスクは大した問題じゃない。

 

「あともう少しで……!」

 

 城内見取り図によれば、あと少しで件の"からくり昇降機"に辿り着く頃合いだ。

 そのエレベーターは荷物の運搬も兼用するらしい。

 当初の予定ではそこで"卑怯者の薄絹"を用いて6階まで行く予定だったのだが、今は《応報》のデバフ影響下にあるため、それは不可能。

 なので、荷物の陰に隠れる等すれば途中で乗り合わせる誰かに見つらずに済む筈だ。

 

「それっ! …………ここかな?」

 

 全速力で廊下を駆け、その勢いのままスライディングして物陰に隠れる。

 そこからそっと顔を出した私は、鉄の歯車が幾重にも絡み合う大きな昇降設備らしき物を見た。

 大きさとしては、ちょっとしたコンビニぐらいの広さがある。それぐらいのエリアの中心部に、いかにもといった様子のレバーが見える。あれがスイッチだろうか。

 

「……」

 

 周囲の様子を伺う。人の気配は感じられないし、私の《ホスティリティ・センス》にも反応はない。

 恐らく安全だろうが、しかし、それでも警戒は怠らない。先の一件もある。

 物陰から出て、歩いて進む。全神経を張り詰めて進む中、私は何の不意打ちを受ける事も無くレバーに到達する。

 ガオウやヨリトモよりも先にここに辿り着けたという事だろうか。

 或いは―――。

 

「っ!!」

 

 《ホスティリティ・センス》が私に警告した。上だ!

 私は咄嗟に前方に向かってがむしゃらに飛び込んだ。そうしなければ、間に合わないと思ったからだ。

 そしてそれは、正解だった。

 私が触ろうとしていたレバーは、上から落ちて来た男の刀によって縦に両断されてしまったのだから。

 

「今のを躱すか。女だてらにたいしたものだな」

 

 不格好にごろごろと転がる私に、不意打ちが決まらず憮然とした様子の男の声が投げかけられた。

 数分前に聞いた声だ。忘れる筈も無い。ヨリトモの声だ。

 

「そりゃ、どうもっ!」

 

 褒められた事に舞い上がる余裕すらない。

 返事をしながら"アヴソリュート・クロスボウ"の一撃をお見舞いする。

 ヨリトモは目にも止まらぬ一閃でそれを叩き落してみせた。

 ―――やはり、動きが遅い。とてもじゃないが、今の私ではクロスボウだけで勝てる相手じゃない。

 

「伊達に死ぬような訓練をしてませんので。……それはともかく数分ぶりですね。相方のほうはどうされたんですか? お姿が見えないようですが、喧嘩でもされましたか?」

 

 立ち上がりつつ、時間稼ぎを狙って軽口を叩いてみる。《応報》デバフを解除する為の時間は少しでも欲しかったし、実際に姿の見えないガオウの事も気にかかったからだ。

 

「いやなに、あいつは別件だ。他にも曲者が居たようでな、そちらの対処に向かっておる」

 

 ヨリトモは何気なくそう答えた。

 

「へぇ、それはまた奇遇ですね。私以外にもこんな城に忍び込むようなもの好きがいましたか」

 

 ―――表情に出さないまでも、その返答に内心穏やかではいられなかった。

 ガオウが向かったとする他の曲者とは、恐らく御剣かタタコさんチームの方だ。

 できれば前者であって欲しい。御剣なら間違いなく勝てるだろう。

 だが後者であったのなら、タタコさんは負けはしないとは思うがタチバナさんとラミーの事が心配だ。

 確かめねばならない。

 

「ちなみに、その曲者っていうのは一人ですか? それとも複数?」

「それを答える必要があるとは思えんな……ッ!!」

「くっ!!」

 

 問いかけの返答は刃だった。

 恐ろしい速さのすり足で迫るヨリトモが上段から袈裟懸けに切りかかってきた。

 私はそれをバックステップで回避する。しかし、危うい所だった。もう少し反応が遅れるか、麻痺していたら死んでいただろう。

 

「くそっ……」

 

 タタコさんチームの事が。特にラミーの事が心配だが、そうも言ってられない。

 目の前の戦闘に集中すべく、意識を切り替える。

 

「‡ゆうすけ‡さん、タタコさんを、ラミーを、タチバナさんをどうか守り給え」

 

 神に祈りを捧げる。どうか彼女らに我が神の加護が有らんことを願いながら。

 

「ふむ? 聞き取れなんだが、異国の祈りとはかくも珍妙な事よ」

 

 納刀し居合の構えをとったヨリトモと、"アヴソリュート・クロスボウ"の狙いを定めた私の視線がかち合う。

 

 決して負けられぬ戦いが、始まった。

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