箱庭世界《キャンバス》に描く十五ノ夜の流血姫 作:ヨシオ、あん摩師から令嬢へ
「で、どうすんの?」
カッターナイフとチェーンソーが勢い良くぶつかり合えば、カッターナイフの方が折れる。そんな光景としては見なくとも、少し考えれば当たり前の結果。
だが、そんな当たり前なことが殺意に呑まれていた私に冷静さを取り戻させた。
慌ててバニーガールから距離を取り、カッターナイフの刃を出す。チェーンソーとぶつかった衝撃か、ほとんどが中折れしていて、最後の一欠片しか残っていなかった。
それでも、こちらの凶器はこれしかないのでそのカッターナイフを強く握りしめる。
そんな私の姿を、バニーガールは笑って見ていた。
「勢いは良かったけど、人間と
「…………そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないですか」
「やったじゃんついさっき。もう忘れたの?」
やってたわ、という感想はさておいて。確かに彼女の言葉は的を得ている。
どれだけ殺意を抱いても、この手に持つカッターナイフであのバニーガールを殺すというのは無謀だ。仮に何度挑戦できたとしても、全て私がバラバラ死体になるだけだろう。
だから、だ。私があのバニーガールを殺すことが出来るとすれば、その方法は一つだけ。
視界に映るあらゆる物を赤く染める幻覚を見て、その最中に彼女をチェーンソー諸共切り裂く。
それ以外にある筈がない。意識して幻覚を見たことはなくても、私にはそうするしかないのだ。
「まあ、忘れたんだったら格の差をもう一度見せてあげても良いけどね」
そんな考え事をせる私を放っておいて、彼女は躍動するチェーンソーを近くにあった木に押し当てた。
当然、木には刃が入り込んで、そのまま通り抜けると同時に────
「はっ…………?」
「ふふ、流石にお馬鹿さんでも格違いを分かったかな?これが私の権限、『
その言葉に私の身体は自然に一歩後ずさった。
怒りでも殺意でも誤魔化しきれない死の恐怖。身が
そんな私の様子にバニーガールは笑みを浮かべてチェーンソーを吹かした。そしてそのまま、一歩、二歩と私に近づいてきて。けれど、私は少しも動けなくて。
思考が停止している私はただそれを見続けることしかできなくて────再び、視界の端に赤が映り込んだ。
それは、血の赤。生命の赤────いや、正確には違うだろう。
だって、それは生命の赤というには
生命の赤というのは、流れて然るべきなのだ。
「…………はぁ?あんた、狂っちゃった訳?」
「狂った?ええ、とっくに狂ってますよ、私の頭は」
自身で切りつけた左腕から垂れていく血を見ながら、私は自信満々に言い返す。
怒りや殺意を死の恐怖が覆い隠すと言うのなら、痛みで恐怖を吹き飛ばせば良い。そして、その後怒りと殺意を思い出せば良いのだ。
流れる血は、生命の赤だ。流す者が生きていることを証明する、生命の赤。
自身のそれを確認すると、自然と視界全てが血を流し始めた。まるで、視界に映る全てが自身は生きているのだと主張するように。相変わらず狂った光景だと思う。
けれど、今はそれで良かった。これで、目の前のバニーガールを殺せるのだから。
なんの迷いもなく私はカッターナイフをバニーガールのへと振るう。
バニーガールはそれに少し驚いたような顔を浮かべて、けれど、最初と同じようにチェーンソーで応戦して────今度は
私は吹き出す血には気にも止めず、そのままカッターナイフで切りつける。そうすれば、チェーンソーは大量の血を流し、やがて刃の稼働も止まった。
チェーンソーを殺したからか幻覚は消えたが、問題はない。向こうの武器は壊した。ここに今ある武器はこのちんけなカッターナイフのみ。けれど、目の前の相手を殺すのには十分な武器だ。
三度目の正直と、全力でバニーガールの喉元へ振るって────
「…………がっ、あっ?」
────
ちらりと右腕を見ると無数の切り傷があった。いや、恐らく右腕だけじゃない。きっと、全身にも同じような傷が無数にある筈だ。
痛みに耐えながら、バニーガールの方に顔を向ければ血のついた鋸を持ったバニーガールがニヤついていた。
「はぁ…………このチェーンソーを壊したぐらいで勘違いされちゃ困るのよね。あらゆる箇所を同時に切る権限は私の物なのだから、切る武器は複数持ってると思うのは当然じゃない?」
その言葉と共にバニーガールはあらゆる武器を私に見せ始めた。
私を切りつけた鋸。万能包丁や刺身包丁などの様々な包丁。同じく種類の多いナイフに、日本刀。ゲームでしか見たことないようなヘンテコな武器もあった。
「…………何処に仕舞ってたんですか、それだけの武器」
「あらら、この服装を見て分からない?隠す場所なんて一つしかないでしょ?」
そう言ってバニーガールは鋸以外の武器を全て胸の谷間へと仕舞い込む。
そうはならないでしょと思ったが、彼女は
「しかしまあ、チェーンソーが壊されたのはビックリしたけどね。ただ切られるなら兎も角、刺さって血が流れるなんてまるで生き物みたい!あなたのそのカッターナイフももしかして
「……もしそうだ、って言ったらどうします?」
「べっつにー?勝負はもう決まってるよ。思ったより切れなかったけど、それでも身体はボロボロでしょ?そんなあなたに私をその
その言葉に対しては何も言い返せなかった。
全身からゆったりと流れる血を見たせいか再び幻覚は見え始めたが、今の私には先ほどまでのように勢いよく刃物を振るうなんてことはできない。
私の幻覚による影響をカッターナイフに押し付けたは良いけれど、そもそも今の私の持ってる刃物はそのカッターナイフだ。解決策には至らない。
────死にたくない。
そんな考えが頭を過る。
────私が死ぬぐらいなら目の前のバニーガールが死ねばいい。
それはそうだが、私を殺そうとしてるのがそのバニーガールだ。
────
そんなのバニーガールしか居ない。けれど、それが出来ないから私は殺されてしまうのだ。
────本当に?
…………なんだ今の。
少なくとも私の思考じゃない。じゃあ、なんなんだという話なのだけれど、私の頭は狂ってしまっているのだ。
幻覚に続いて幻聴が聞こえてもおかしくはない。そう思えば別にたいしたものじゃない気がした。もう死ぬ直前だし。
────真に殺すべきものは、既に目に映っている。
まだ続いてる…………そう思いつつ、謎の言葉の通りに意識を目へと向ける。
視界は相変わらずの赤い景色だ。木々も校舎の壁も、へたり込んでる地面も、そしてこちらに近づくバニーガールでさえも赤い血を流している。
そして、そのどれもが私の手には届かな────いや一つだけ手に届く物がある。今の私でも間違いなく殺せる物が。
「人間にしては頑張った方よ。じゃあ、死んでね」
もう目前まで迫ってきていたバニーガールに焦らされて、半信半疑のまま私はカッターナイフを
────正解。
次の瞬間、噴水の様に地面から大量の血が吹き出た。
「なっ、目隠しのつもり!?今さら抗わないでよ、めんどくさいでしょ!」
そう言いつつも、バニーガールの動きは恐らく止まっている。この目隠しに乗じての私の動きを警戒してだ。実際には私は座り込んだままなのだが。
だから、これは時間稼ぎ程度にしかならなくて、それもずっと続く訳じゃない。
そう思ったのと同時に、吹き出す血の勢いが弱まって、やがて完全に止まった。
「…………はぁ、とんだお騒がせ野郎ねあんた。それともお騒がせ
バニーガールの言葉に私は答えない。
バニーガールは自分の勝ちを確信しているのだろう。私だって、このまま自分は何も出来ずに殺されるだろうと思っている。
けれど、もし。もし逆転がここから起こるとするのならば、それは先程の行動が何かを起こすしかなくて。そして、何かが起こるのならばもうそろそろ起きるだろうと確信している。
だって、血が止まったということはそれは刺した地面が死んだことに他ならなくて。じゃあ、地面が死んだというのなら────
答えはすぐに分かった。
「はっ────ぁ?」
「うわっ」
砂の城が波に拐われたように。高く積み上げられたトランプタワーが風に煽られたように。
私たちがしっかりと立っていた(または座り込んでいた)地面は形を失って、私たちは下へと落ちる。
けれど、私の幻覚にも殺せる限界の大きさがあるのか、落ちた距離はせいぜい数メートル程度。広さを見ても、少し大きな落とし穴と言った所だろう。
「ああもう!今度はなんな…………の、よ」
「…………この距離なら私の方が速いですよね」
数メートル落下して倒れ込んだバニーガールにのしかかって、その首元に私はカッターナイフを突きつけた。
なんとなく次に何が起こるのか分かっていたというのが大きかったのだろう。心構えができていた私は落下前に少しだけバニーガールに近づけた。
落下の痛みもあるし、全身の傷の痛みもあるが、まだ我慢できる範囲。間違いなく私はこのカッターナイフを刺せる。
間違いなく、私の逆転勝ちだ。何かは知らないけれど、幻聴には感謝した方が良いのかもしれない。
バニーガールは目に映る光景が信じられないようで、余裕もないような声色で喋り始めた。
「…………嘘、でしょ?私は
「…………ああ、そう言えばあなたは
「ええそうよ!だからこれは何かの間違い────」
「なら良かった。安心して、あなたを殺せる」
「はぁ?────」
悲鳴は耳に入れなかった。ただ、無心にバニーガールを何度か刺した。
幻覚を見てないにも関わらず、手に感じる感触は幻覚で感じたそのままだったが、そんなことを気にする余裕なんて私にはなく。
やがて、完全に悲鳴が止まっていたことに気がついて。それで安心しきったのか、それとも血を流しすぎたのか、はたまたそのどちらもか。
なんにせよ、そこで私は気を失った────。
「知ってる天井だ…………」
目を開くと、外ではなく保健室のベッドの上に居た。とりあえず、身体を起こして周りを見た瞬間に────
黒いロングヘアーに気だるそうな赤い目。明らかにサイズの合っていないダルだるの白衣を着ていて、常に猫背な為に何処と無く疲れていそうにも感じる。
アルコールランプを飲んでいるという光景でも絵になってしまうのは流石美女と言った所だろうか、とそんな風に観察していれば、美女の方も私に気づいたようで。アルコールランプから口を離して、口を開いた。
「おっ、ようやく起きたみたいだな
「…………
「安心しろ、アルコールランプは学校の備品だ。誰だって中身が日本酒だとは思わないさ」
「端から見ればアルコールランプのアルコール飲んでる異常者ですけど?」
残念なことに私はその美女が誰かを知っていた。
猫裏
正直言って、まともな先生ではないのだが、それでも生徒からは結構好かれている。その理由は分からないので、私にとっては七不思議の一つだ。
「まあまあ、落ち着けって。私だっていろいろ仕事に追われて疲れてたんだ。これぐらい飲んだってバチは当たらないさ」
「仕事に追われてって…………また、何かやらかしたんですか?」
「…………やらかした、と言えばやらかしたな。私だけがって訳じゃないが」
「…………?」
その猫裏先生の姿は普段の姿と違っていた。
いつもなら何をやらかしてもへらへらしていて、疲れてなくとも疲れているような雰囲気を出している不真面目な教師、という感じなのだが今は何か違う。
何か、本当に何かがあって、それを深刻そうに受け止めているかのような雰囲気で。
そんな私の疑問に答えるかのように、猫裏先生は口を開いた。
「とりあえず、現状を話すか。今日の五限目の授業だな。幾つかのクラスで授業に出てなかった生徒が居てな。それぐらいなら普通は遅刻かサボりかで済ますもんだが…………あるクラスのうち一人が来てない生徒を探し始めたんだ。何人かの生徒もそれに便乗してな。それで…………それで、事件が発覚した」
「事件…………?」
「
その言葉に息を呑み込んだ。
思い出されるのは何人かも分からないバラバラ死体と、その犯人であろうバニーガール。
別に、あの戦いを夢だと思っていた訳ではない。ないのだけれど、あれは確かに現実だと見せつけられたようで、少し胸が締め付けられた。
「当然、そんな事件が起きたのに何もしない訳にはいかないだろ?すぐに警察に通報して、生徒全員集団下校させてと、やってきた警察に事情説明もして…………とまあ、色々大変だった訳だ」
「…………そうですか」
「んで、分かってるとは思うが…………唯一の生存者は
「…………少なくとも痛みはないです」
生き残りは私だけ。
その言葉が私に重くのし掛かかった。生きるべき人は他に居たのではないかという考えが頭に浮かぶ。
私がどう足掻いたって誰も助けられなかっただろう。それはそうだ、あの場に居た生存者は私とバニーガールだけ。
それでも、それでも考えてしまう。罪深き私よりも生き残るべき人が居たのではないかと。
何かを殺すことでしか生きられない私よりも、普通に生きていた彼女たちが生き残るべきだったのではないかと。
誰を傷つける訳でなくとも、咎められる訳でなくとも。ただ、幻覚という物を消すためだけに何かを殺すという行為は、私にとってはそう自分を卑下するには十分な程罪悪感を感じる物だった。
しばらく時間が流れる。心地好いものではなく、ただただ、気まずい無言の時間。
猫裏先生はそれをわざとらしい咳で破り、口を開いた。
「…………いいか?私からは何も聞かない。それは警察の仕事であって、教師の仕事じゃないからな」
「…………えっと、なんの話ですか?」
「別にたいした話じゃないから最後まで聞け。全く…………もう一回言うが、私からは何も聞かない。お前が話したいことだけ話せ。楽しかった話だとか、幸せな出来事とか…………あっ、絵の話は聞くなよ?授業外で講義は御免だ」
そこまで聞いて、ようやく猫裏先生が私を励まそうとしていることに気づいて、私は少しだけ笑った。
らしくないな、と思いつつ。けれど、こういう所が猫裏先生がなんだかんだ好かれる所なんだろうと納得して。
私は今日一番の幸せな出来事を口にした。
「今日、
「前から思ってたんだけど、お前たまにめちゃくちゃキショくなるよな」
「急に辛辣過ぎじゃないですか???」
前言撤回。なんでこんな先生が好かれるんだと、私は再び思った。
「弔いをしましょう」
葉湖庭学園の裏門、二人の警官を踏みつけて修道服を纏う赤髪の少女はそう言った。
二人の警官は痩せこけているだけで外傷はなく、けれども間違いなく死んでいた。赤髪の少女はその上に立ったまま更に言葉を続ける。
「嗚呼、憐れな解体兎よ!偉大なる使命を抱きながら、その道半ばで倒れた解体兎よ!貴女は
そして、その少女の後ろから四人の少女たちが葉湖庭学園の敷地内へと足を踏み入れた。
「────この学園に、我々を脅かす何かが居ると教えてくれたのだから」
一人は虎を模したパーカーを着込む金髪の少女。
もう一人は蛇のようなマフラーを身に付けたセーラ服を着た緑髪の少女。
次の一人は陸上選手のような服装のポニーテールが似合う茶髪少女。
最後の一人は二つの刀を持った侍の格好をした黒髪の少女。
「けっ、解体兎がしくっただけなんじゃねーのか?」
「解体兎は強かったし、それはないと思うけど…………でも今このタイミングでくる必要はあるの…………?今この学校を警備している警察って銃を持ってて学生より強いんだよね…………?」
「疑心蛇、磔刑鳥が踏み潰しているのがその警察ですよ」
「なんにせよ、強き者と戦えるならなんでもええじゃろ!」
統一感はなく、バラバラに個性を出し合っている少女の集団。だが、一つ共通点があるとすれば────彼女ら全員が
もしもこの場に、女観客が居たのならばそれぞれにこう説明していただろう────
「『磔にて人は死ぬ』!神の子すら一度は殺した磔刑術!【磔刑鳥】が悲鳴と共に今日も鳴く!」
「『歪んだ思想が軍を操る』!個を数で押し潰す集団戦法!【指導者虎】の指揮が敵を追い詰める!」
「『信じぬ恐怖が破滅を招く』!疑心暗鬼を引き起こす恐怖の蛇が居るだけで誰もを殺す!【疑心蛇】があなたの傍に!」
「『罪深き者を雷は罰する』!文字通りの電光石化!【雷子馬】がただただ元気に駆け回る!」
「『二つの刀が交差し切り裂く』!猪突猛進と止まらぬ彼は神すら恐れぬ!【侍猪】の殺人剣術をしかと見よ!」
────と。
五人全員が【解体兎】に引いて劣らぬ権限持ち。人を殺す為だけに生まれた殺人道具。
その五人が【解体兎】を殺したであろう障害を殺すために校舎内へと侵入して────
「そこの貴女、アルコールは身体に悪いですよ」
「突っ込む所はそれでいいのか?」
「警官でも無さそうだよね…………この人が解体兎を殺した敵かな?」
「………?どこかで見たことがあるような」
「切って良いのか、こやつ」
その美女は五人の奇妙な集団に、恐れることも逃げ出すこともせず、まるでその五人を待っていたかのように口を開く。
「よっ、お前ら
「ああ?だったらなんだって言うんだ?」
「さっさと手を上げろ。一番最初に上げたやつだけ許してやるよ」
美女のその言葉に一瞬沈黙の時間が流れて、けれど次の瞬間には五人全員が鼻で笑った。
そして、殺人道具たちがそれぞれ権限と共に武器を構える。
「成る程、まずは貴様から殺してやろう!」
「命の危機が分からないなんて可哀想…………殺すね」
「では、この方の悲鳴を弔いとしましょう!デス弔いです!」
「はっ、最初に殺すのがこんなバカ野郎とはな!」
「待って、こいつまさか────」
そして、
「なっ…………!?」
【磔刑鳥】が。【指導者虎】が。【疑心蛇】が。【雷子馬】が。
瞬きが一度できるかできないかの一瞬。叫び声も上げることも、倒されたことに気づく暇もないまま、【侍猪】を除く四人全員が一瞬で敗北していた。
あまりにも突然で異様な光景に【侍猪】の動きが止まる。
「なっ、何者だ貴様…………!」
「猫裏刹、単なる教師だと言っても納得はしないだろうが…………まあいいや。さて捕虜くん。生かしてやった理由、分からない訳じゃないだろ?」
「くっ…………」
神すら恐れぬ筈の【侍猪】が、目の前の教師を恐れ動けなくなる。二つの刀もこうなれば単なる飾り。猫裏刹も目の前の相手を既に警戒から外していた。
こうして、第二の
「とりあえず死体を片付けるか。死体が警察に見つかったら面倒だしな。捕虜くんも手伝えよ…………って、ああ?」
猫裏刹が死体から目を離したのは数秒程度だっただろう。唯一生き残らせた【侍猪】に対して目を向けていた数秒の時間。
たったそれだけの時間しか目を逸らしていない筈なのだが────
猫裏刹はしばらくその階段を見た後、慌てて振り返ったが時既に遅し。【侍猪】も既に逃げ去った後で、そこには誰もいない。
猫裏刹は、先程までの余裕を失くしたような真剣な声色で、一言呟いた。
「…………成る程、完全にやらかしたな」