箱庭世界《キャンバス》に描く十五ノ夜の流血姫   作:ヨシオ、あん摩師から令嬢へ

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04 無機物の白

「はぁ、はぁ、はぁ…………!」

 

 静謐が支配する、真夜中の葉湖庭学園。

 その校内を、蛇のようなマフラーを身につけた()()の少女、【疑心蛇】は疾走していた。

 髪を振り乱しながら、彼女は遮二無二走り回る。

 その後ろに、大量の足音を引き連れながら。

 

 彼女を追うのは、彼女の仲間たち。

 【解体兎】が、【磔刑鳥】が、【指導者虎】が、【雷子馬】が、【猪侍】が———そして【疑心蛇】が。

 【疑心蛇】を追っているのはこの学校を襲撃した御使い(ヴァニタス)と全く同じ容姿をした存在だった。

 しかしよく見れば彼女らの色は全体的に薄く、目も虚だ。歩き方もふらついており、口からは涎が垂れている。おおよそ理性的なようには見えないだろう。

 そんなゾンビのような御使い(ヴァニタス)のコピーが、校内中から集まり【疑心蛇】を狙っていた。その数は合計で30人以上にも及ぶ。

 

「なんで……………なんで、なに、何が起こってるの…………?!?」

 

 あの白衣の教師に始まり、自分たちのコピー。超常の存在である【疑心蛇】をしてありえないと断言できる異常の数々。

 仲間を失い、何度も危機に晒され、【疑心蛇】の心は疲れきっていた。

 そんな彼女の後ろで、突如轟音が響いた。

 

「ッッ!」

 

 咄嗟に右に飛び退くが、躱わしきれない。

 凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、廊下の端まで弾き飛ばされる。

 なんとか受け身をとった【疑心蛇】は腕をついて立ちあがろうとするが、それは叶わなかった。彼女の左手が真っ黒に炭化していたからだ。

 

「………… 【雷子馬】の…………権能…………!!」

 

 御使い(ヴァニタス)であるプライドからか、あまりの痛みからか。【疑心蛇】は声1つ上げず、目の前に佇む【雷子馬】のコピーを睨む。

 【雷子馬】の権能は単純。地面を蹴り、自らを電気へと変化させながら、前方へ突撃するのだ。

 

(直線の廊下で私を仕留めきれない…………こんなヘマをするってことは…………思考能力は本物より数段下がる…………!)

 

 目の前の存在が、出来損ないのコピーであることを悟った【疑心蛇】は、拳を振り上げる 【雷子馬】に駆け寄り炭化した腕を振りかぶる。

 黒ずんだ腕が途中でちぎれ、その断面から紫色の煙が【電子馬】を包み込むように広がった。

 

「よし…………知能は低そうだけど…………私の能力は効く…………!」

 

 【疑心蛇】の権能。『信じぬ恐怖が破滅を招く』。

 その能力は、「自らのダメージをリソースとして、幻覚を見せる煙を発生させる」ことである。

 ダメージを負えば負うほど、リアルな幻覚を見せることができる。幻覚の内容も【疑心蛇】の思うがまま。相手のトラウマを再現する、など詳細を指定しなくても発動する使い勝手のいい能力である。

 

 【電子馬】は錯乱し、御使い(ヴァニタス)コピーの群れに突っ込んで大暴れを始めた。

 それを確認した【疑心蛇】は全力で階段を駆け上がる。

 

「ふっ………」

 

 走りながら、【疑心蛇】は自らの顔に爪をたてる。

 そしてべりべりべり!! と音を立てながら自らの顔の皮を引き裂いた。

 顔から広がった裂け目は全身に広がっていき、皮が剥がれ落ちる。

 その中から現れたのは、一糸纏わぬ姿の【疑心蛇】だ。炭化したはずの左腕は元通りになっている。

 彼女の権能はダメージをリソースにして発動する。能力を発動した【疑心蛇】は、脱皮をすることでダメージをリセットするのだ。

 この特性のおかげで彼女は何とか猫裏刹(ねこうらせつ)から逃げ延びたのだ。

 

 剥がれ落ちた皮からマフラーだけを掴み取り、【疑心蛇】は疾走する。

 

(もはや怪画(アーツ)の回収は不可能…………第一目標は何としても生き延びること!)

 

 彼女の狙いは窓から外へ飛び出すことである。

 着地の時のダメージは権能で流す。なるべく高い所から勢いよく飛んで追跡を振り切るのだ。

 踊り場の窓が近づいてくる。

 さあ、今日から復讐の時だ。

 沢山の御使い(ヴァニタス)を読んでこの学校を更地にしてやろう。

 そう思いながら【疑心蛇】は足に力を込めて———。

 

 

(……………あれ…………?)

 

 

 おかしい。

 なぜか自分は地面に倒れている。

 なんだここは。階段じゃない。この痛みは。

 

 彼女の頭に大量の疑問符が浮かぶ。

 それとともに世界が歪む。

 地面が溶ける。視界がサイケデリックに染まる。暑いのか寒いのかわからない。

 

(…………違う…………これは…………()()()()()()()()()()…………!!!)

 

 視界が落ち着いてきた。

 身体が冷たい。全裸で学校の廊下に押し付けられているからだ。背中を誰かに押さえられている。

 顔を上げる。様々な武器が自分に向けられている。

 自分と同じ顔が自分を見下ろしている。

 

 そこまで理解して、【疑心蛇】の顔は真っ青に染まった。

 

(今までのは…………幻覚!! 私のコピーの、『信じぬ恐怖が破滅を招く』によって幻覚を見せられていた!!!)

 

 そう、今までの彼女の活躍はまぼろし。

 本当の彼女はなすすべなく御使い(ヴァニタス)コピーの群れに囲まれ、押しつぶされ、幻覚も物量で押し切られたのだ。

 

(まずい……ッッ!! こいつら、おそらく私の権能を考察している………!??)

 

 【疑心蛇】は自分の手足が鈍い痛みを発していることに気づいた。

 そう、『信じぬ恐怖が破滅を招く』は任意で発動する。もしダメージを【疑心蛇】が認識できない状況、つまり幻覚などを見せられている時に【疑心蛇】が致命傷を負えば、あっさり死んでしまうのだ。

 そして御使い(ヴァニタス)コピーは、幻覚を見せられている状態の【疑心蛇】の怪我が治らないことに、すでに気づいている。

 

 【疑心蛇】のコピーが、ゆっくりと【疑心蛇】に傷をつけた手のひらを向けた。

 

「ひ、い、いや………いやぁああっっ!!」

 

 迫り来る死の気配。

 【疑心蛇】は我を忘れ、絶叫を上げた。

 

「やだッッ!! いやだぁっっ! 死にたくない! 助けてぇっ!!」

 

 何人もの人間を死に追いやってきた御使い(ヴァニタス)とは思えない声で、【疑心蛇】は絶叫を上げた。

 無垢な少女のように、みっともなく生への執着を露わにする。

 泣き喚き、体を揺らし、迫り来る死に抗おうとする。

 

「まだしたいことも沢山あるのに! 生きたりないのに!! こんな、こんな……!!!! 助けて、助けて………!!」

 

 かみさま。

 【疑心蛇】がこぼした呟きは、誰にも聞こえずに真夜中のしじまに溶けていく。

 ———その筈だった。

 

 ()()()、と。

 耳障りな音が辺りに響く。

 その後に、ぐちゃりと湿った音。

 【疑心蛇】の顔に、生暖かい液体が降り注いだ。

 

「……あの。大丈夫ですか?」

「え…………」

 

 一瞬だった。

 御使い(ヴァニタス)コピーたちの間に線が走り、彼女らの体が両断される。

 噴水のように血飛沫が飛び交う廊下を作り上げたらしい少女は、髪を揺らしながら【疑心蛇】に問いかけた。

 

 

 


 

 

 

(は、裸マフラーの美少女が…………)

 

 普段であれば眼福だとこの光景を目に焼き付けるが、そんな状況ではない。

 保健室のベットで体を休めていたら、誰かが暴れるような音がひっきりなしに聞こえてきた。

 何だ何だと様子を見に行けば、こいつらが雁首揃えて1人の全裸の女の子を囲んで嬲っていたのだ。

 ……明らかに、()()()()目的の行為である。

 

(………許せない)

 

 この落書きどもは。

 悪戯に美少女の命を奪うだけでなく尊厳をも奪うのか。

 

「……あの。大丈夫ですか?」

「え…………」

 

 私は、()()()()()()()()()()少女に声をかける。

 保健室で目覚めてから、ゾンビどもを何人も切ったが普段とと違いこの幻覚は覚める様子がない。

 ゾンビどもを蹴散らすには都合がいいが、彼女の怪我が本物かそうでないかがわからない。

 

「立てますか?」

「あ…………、はい……………」

 

 私は自分の上着を彼女に被せてやると、彼女は立ち上がり頭を下げてきた。動きはスムーズだし、そこまで大きな怪我はないらしい。彼女の首から流れる血も私の幻覚のようだ。

 保健室に置いてあったカッターナイフとハサミを構え、ゾンビ軍団に向きなおる。

 ゾンビどもも私の殺意に反応したのか、十字架が、指揮棒が、拳銃が、拳が、刀が、チェーンソーが一斉にこちらに向く。

 

 上等だ。

 1人たりとも生かして返さない。

 

 最初に動いたのは、ポニーテールの女だった。

 落雷のような派手な音とともに、彼女の体が紫電に変わる。

 私は反射的にカッターナイフを突き出す。

 気がつけば勝負は決していた。

 ポニーテールの女の腹が私のカッターナイフに突き刺さっている。

 私が腕を振れば、彼女はそのまま両断された。

 

 気づいたことその1。

 私は、「エネルギー」も殺すことができる。

 

 バニーガールの振るうチェーンソーが、私のカッターナイフを破壊しようとして逆に破壊された時のことを思い出す。

 あの時、カッターナイフは高速回転するチェーンソーの刃にも屈さず、チェーンソーに突き刺さった。

 幻覚中はありとあらゆるものに刃が刺さるとはいえ、脆いカッターナイフが無事でいられる道理はない。

 そこで私は、エネルギーを殺せることに思い至った。

 

 例えば私が線路に立って迫り来る電車に向けてカッターナイフを突き出した場合、電車はカッターナイフに刺さった時点で停止、そのまま電車は破壊されるのだろう。

 まぁ、私が把握していないだけで殺せるエネルギー量に限度がある可能性はあるが。

 

 私はポニーテールの女の死体を踏み越え、全力で両腕を振る。

 ただそれだけで、目の前に立ち塞がる全てが壊れていく。

 バニーガールを、侍のような少女を、薄い金髪の少女を、修道服の少女を。

 そしてその中に、先ほど助けた蛇のようなマフラーを身に付けた少女を見つけた。

 

「!」

 

 思わず動きが止まる。

 そしてその隙を逃さず、彼女は私の首を締め上げてきた。

 

「ぐっ……!?」

 

 思わず腕を振り回す。

 左手に持ったハサミをマフラーの少女そっくりのゾンビの腕に刺すが、拘束は緩まない。

 彼女は手に持った拳銃の銃口を私の腕に向ける。

 

 パァンッという破裂音とともに、私の左腕に穴が空いた。

 パン、パン、パンと続けて3発。

 

「あ、がぁああぁああぁあああぁああああああああ!!!」

 

 耐えがたい痛み。日常生活で体験したことのない、肉を抉られる感覚。

 思わず目尻に涙が溜まる。

 そんな私に、マフラーの少女そっくりのゾンビは私に腕の切り傷を向けてくる。

 マズイっ、何か能力がくる!

 

「………」

「……?」

 

 どたんっ! という音とともに、マフラーの少女そっくりのゾンビの体が崩れ落ちた。

 腕の傷からは絶え間なく血が噴水のように溢れ、私の体を汚していく。

 

「………助かった………」

 

 気づいたことその2。

 私に傷をつけられた存在は、たとえどれだけ傷が小さかろうがそのうち死ぬ。

 傷が小さければすぐには死なないが、数秒後には死ぬ。

 傷からは凄まじい血が溢れ出すが、本人に痛みはないようだ。

 試してないがもしかすると、爪で引っ掻くだけで相手を殺せるのかもしれない。幻覚が続いている間は、人からは離れておくべきだろう。

 

 まだ修羅場は終わっていない。

 腕を動かさなければ死ぬ。

 私は両腕に力を入れ——すんなり立ち上がることができた。

 

「……?」

 

 左手腕を見る。()()()()()()()

 

「……マジ?」

 

 ...気づいたことその3。

 私のつけた傷から流れる血は、()()()()()()()

 単に回復......ってよりは、輸血した分だけ時間が逆行してるような印象を受ける。

 

 他人の血を吸って回復とは、吸血鬼にでもなった気分だ。嫌悪感が拭えない。

 まぁ、とにかく便利なことには変わりがない。精々活用させて貰おう。

 

 さぁ、殺し合いの続きだ。

 

 

 

 

 

「ふう。こいつで最後で最後かな……。もう大丈夫ですよ」

 

 私は最後の1人の頭にハサミを突き刺しながら、裸マフラーの美少女に向かって声をかける。

 彼女は私の顔を見るなりビクゥっっ!! っと飛び上がり、震え出した。

 ……まぁ仕方ないか。私のつけた傷から流れる血は、他の人にも見えるようだし。

 しかしこの場に取り残す訳にもいかない。私は彼女の方に足を進める。

 

「来ないで!!!!」

 

 足を踏み出した瞬間、彼女は泣きながらマフラーの下から拳銃を取り出し、銃口を私に向けた。

 ……いま、彼女はどこから拳銃を取り出した?

 バニーガールが胸の谷間から様々な武器を取り出したことを思い出す。

 あのゾンビの中に、彼女と瓜二つの存在がいたことも。

 

「……御使い(ヴァニタス)

「ッッ!」

「あなたも、そうなんですか?」

 

 歩みを進める。

 もう私に、人型の存在を傷つけることに躊躇いなんかない。

 

「答えてください。あなたも、人間を殺すんですか? 私の敵なんですか?」

 

 銃口に意識を集中させる。

 私の問いに、彼女は一際大きく震え上がり。

 

 そのまま、泣き出してしまった。

 

「——うわぁああああああぁあああああん!!! びぇえええええええええええっっっっっっっ!!!!」

「えっちょっ」

「やだぁあああっ、殺さないでぇええええええええっっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

「………つまり、あなた達は御使い(ヴァニタス)と呼ばれる存在で、怪画(アーツ)の回収と人類の絶滅を活動目標にしていると。その中でも武力担当なのが動物の名前を冠する野獣(ビースターズ)

「うえっ、そ、そうですっ」

「マフラーの下から武器を取り出したのは?」

「あ、れは、ハンマースペースって言って、怪画(アーツ)には基本的に備わっているんです……………。誰でも使えるんです…………」

 

 ……困った。

 人型の存在を傷つけることにもはや躊躇いはない。彼女らは美少女に、世界の至宝に手を出した。

 しかしこうやって、子供のように泣きじゃくる相手を傷つけるのは………あまりにも。あまりにも良心を傷つけるというか。

 この子が誰かを傷つける場面を一度も見ていないのも大きいだろう。

 結果、私の敵意は行き場をなくした。今はこうやって彼女……【疑心蛇】をなるべく刺激しないようにしながら、彼女らの情報を引き出そうとどうにか取り組んでいる。

 

「任務って言いましたが、誰からの任務なんですか?」

「えぐっ、そ、その、神様から…………」

「神様?」

「その、怪画(アーツ)を描いた、本物の神様からなんです。私達は神様に言われて活動を行なっていて………」

 

 神、ときたか。

 確かになにか、超常的な存在が関わっているとは思っていたが……。

 

「ほんとなんです、神様は新しい世界を作りたくて、そのために私達は……………」

 

 

 

「おいおい、何やってんだよ」

 

 

 

 彼女の声を遮るように、私の後ろ。階段の踊り場から、聞き覚えのある声がした。

 「ひぅっっ!?」と怯えたように【疑心蛇】が声を上げる。

 マズイ、血だらけの私を見られるのはマズイ!

 

「猫裏先生、これには訳が——」

 

 顔をハンカチでぬぐい、言い訳を考えながら振り向く。

 

 踊り場の上に立つ存在を見た瞬間、全身の肌が粟立った。

 

 私の視界に映る、赤の世界。

 あらゆる物体がルベライトの液体を垂れ流す中、彼女だけが()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、そもそもあれは血なのか? 全身が頭のてっぺんから吹き出す真っ白な液体で覆われ、表情すらわからない。

 異常な世界の中で、さらに異常。不気味。イレギュラー。

 

「せん、せい?」

 

 私は、そんな間の抜けた声を出すしかなかった。

 

 

 


 

 

 

「せん、せい?」

 

 (ひじり)メルテが、震える声で私に話しかける。

 ……はて。なにかしただろうか。そこの御使い(ヴァニタス)に何か吹き込まれたか?

 考えながら階段を数段降りて、廊下が御使い(ヴァニタス)の贋作の死体で埋まってることに気がつく。

 

 ……あー、もしかして【流血姫】との同調率、上がってる感じか?

 そっか。私は【神の血】で描かれている基本世界の存在じゃないから、【流血姫】が見れば私が普通じゃないってわかっちゃうのか。

 しまったなぁ。もっと先生でいたかったんだが。

 

「人間………じゃ、ないですよね……?」

 

 聖メルテが、引き攣った声で私に問いかける。

 仕方ないな。さっさと自己紹介するか。

 収納しておいた銀色の円環を私の頭上に出現させ、聖メルテに向き合う。

 

「...改めて自己紹介しようか。私は猫裏刹。お前のクラスの担任にして、今回の十五ノ夜の監督役として遣わされた天使(エンジェル)だ」

 

 …………。

 反応が悪いな。そりゃいきなり天使とか言われたらそうもなるだろうけどさ。

 

「私はお前への説明役も兼ねてる。少し話させてくれ」

 

 私は頭の上の円環に手を突っ込み、美術館から【流血姫】の怪画(アーツ)を取り出す。

 描かれているのは、月のように似合わない笑みを浮かべる聖メルテ。そして聖メルテを取り囲む、血河の世界。

 

「それ、は…………怪画(アーツ)………?」

「そうだ。だが世に出回ってる、神の描いた本物じゃねぇ。S・T・N(サタン)……私と同じ天使が描いた、偽者の怪画(アーツ)だ」

 

 私は絵の中の聖メルテを指差す。

 

「この絵はな、未完成なんだ。だから人間を取り込んで完成しようとする。聖メルテ。お前は、今怪画(アーツ)になろうとしてるんだよ」

 

 聖メルテの顔がこわばる。

 自分の体が別の存在に作り変えられようとしていると聞いて、いい気持ちの奴なんかいないよな。

 

「で、十五ノ夜ってのは、人間が怪画(アーツ)になろうとすると起こる現象なんだ。【美術館】……神のいる空間と、この基本世界の距離が縮まっていろんな異常がこの世界に発生する。人間に私達も知らない力が宿ったり、未知の災害が起こったり……。そうなると、当然【ルネサンス】の連中が動く。私は、そういうイレギュラーを捌きながら【流血姫】を完成させるのが仕事なんだ」

 

 もし、聖メルテが【ルネサンス】に殺されてしまえば十五ノ夜はおしまい。私の計画も振り出しに戻る。

 そうならないために、適度に御使い(ヴァニタス)と【流血姫】を戦わせて、いい感じに【流血姫】の同調率を上げるのが私の役割なのだ。

 

 …………それをあのクソ演劇女。

 こんなに御使い(ヴァニタス)の贋作を学校に放ちやがって。もし聖メルテが死んだらどういうつもりだったんだ。何で私が御使い(ヴァニタス)を追い返したと思ってる。疲れてるであろう聖メルテを休ませるためなんだよ。

 あいつマジでバカなんだよな。シンプルに。今まで十五ノ夜が成功しなかったのはあいつに計画性がないからじゃないか? 絶対待ち合わせとか遅刻するよあいつ。

 まぁ贋作との連戦のおかげで同調率はだいぶ上がったようだが………。

 

「十五ノ夜は【流血姫】と御使い(ヴァニタス)が接触してから始まる。つまり昨日の昼だな。そこから360時間後、10月の8日。そこまで生きれば、お前は晴れて怪画(アーツ)の仲間入りだ」

「……私を怪画(アーツ)にして、何をしたいんですか? それであなた達にどんなメリットがあるって言うんですか!?」

「お前はな、いわばノアの方舟なんだよ」

 

 神が洪水を起こす前にノアが作った、箱形の大舟。中にはあらゆる動物のつがいが乗り込み、洪水で生き物が絶滅をするのは免れた。

 私達が作りたいのはまさにそれだ。

 

「この世界はな、滅びる運命にある。神が人類に嫌気が刺しちまったんだよ。理由は知らない。人間っていうデザインに飽きちゃったのかもな。それでバーっと消しゴムかけて、世界を消してしまうことにした。でもそんなのあんまりだろ? 天使の中にもこの世界が好きな奴はそれなりにいたしな。でも神もなかなか意思を曲げない。それで私達は妥協して、『じゃあ綺麗なものを保護させてください』って話になった」

 

 本当なら、1999年にはこの世界は綺麗になくなる予定だった。

 私達がゴネまくった結果、怪画(アーツ)をばら撒いて人類が面白くなるか様子を見るって話になったんだが。

 

「【流血姫】には基本世界を構築する物質である、【神の血】を回収することができる。お前が切った傷から流れ出した血は、実はお前の中に全部吸収されてるんだよ。お前には回収した【神の血】を使って、【箱庭学園】って怪画(アーツ)に絵を描いてほしい。この世界の綺麗な物、大事な物、残したいものを。お前とお前が描いた存在だけは、次の世界にも残る」

  

 聖メルテは顔を青くしながら私を見つめる。

 そしてしばらく逡巡した後、口を開いた。

 

「......私が拒否したらどうするんですか」

「別の人間が【流血姫】になるだけだ」

「............世界のすべてを残す、っていう選択は取れないんですか?」

「無理だ。描くための【神の血】が足りなくなる。世界全てを残そうとすれば世界全てを殺さないといけないな。いくらお前でも、10月の8日までに世界中の存在を殺し尽くすのは無理がある」

 

 いきなりこんな突拍子もない話を聞かされているのに冷静だな。

 いや、現実感が感じられないから逆に冷静になれたのか?

 まぁいい、私にしてみれば好都合だ。

 

 最初はあの演劇女にイライラさせられたが、結果だけ見ればこれ以上ないくらい上手く行っている。

 後は【ルネサンス】の妨害がなければ完璧なんだが...。

 

「そう簡単にはいかないか......」

 

 私が懐に隠していた生きている人間を探知する怪画(アーツ)から反応があった。

 何者かがが深夜の学校に侵入したらしい。【ルネサンス】の連中だろう。やけに行動が早いな。

 

 ふむ。どうしようか。

 聖メルテは十二分に育っているようだ。多くの御使い(ヴァニタス)を倒し、【神の血】もなかなかの量をストックしている。

 

 そうだな、聖メルテには()()()()()1()0()()()()()()()()()()()()()

 眠らせておけば勝手に動き回れれることもない。その方が聖メルテを守りやすい。

 そして10日で日本にいる【ルネサンス】を壊滅させ、残りの5日で聖メルテに絵を描いてもらう。これが一番安全だろう。

 

 私は指で四角を作る。いわゆる指フレームってやつだ。

 指でできた四角を通して、廊下の隅っこでガタガタ震えてる裸の御使い(ヴァニタス)を見つめる。

 

 私達天使は【美術館】を管理するために生まれてきた存在。

 絵を生み出すような能力はないが、絵の魅力を十二分に発揮できるようにしたり、特定の要素を強調したりするのは朝飯前だ。

 

額縁用意(クランクイン)

 

 悲鳴を上げる間もなく、裸の御使い(ヴァニタス)が全身から血を吹き出してぶっ倒れた。

 この能力は、いわば怪画(アーツ)の改造だ。

 例えば、人を治すだけの学校の保健室に置かれているような無害かつそこまでの力を持たない怪画(アーツ)

 それを、対象の体に流れる血液を一気に増加させ、全身の血管を破裂させる殺戮兵器に変えたりできる。

 

「【疑心蛇】さんっっ!!?」

 

 聖メルテは絶叫をあげ、倒れた御使い(ヴァニタス)に声をかける。

 ......はぁ。困るんだよな、そういうの。

 御使い(ヴァニタス)ってのは、【流血姫】を成長させるために作られた供物だ。御使い(ヴァニタス)の体に流れる血は、他の怪画(アーツ)を成長させる力がある。

 彼女らが怪画(アーツ)の回収と人類の絶滅を使命に設定されてるのも、【流血姫】にぶつけて殺し合せるため。

 神はこいつらに本当に人類を絶滅させて欲しいわけじゃない。

 

 ......正直哀れだと思う。だが、【流血姫】に御使い(ヴァニタス)が戦わなくてもいい存在だと認識されるのは困る。

 

 私は指フレームの間から御使い(ヴァニタス)を見つめる。

 御使い(ヴァニタス)怪画(アーツ)だ。私に支配できない通りはない。

 

 裸の御使い(ヴァニタス)はむくりと起き上がる。

 

「【疑心蛇】さ——」

「アガガッガががあざざざざざざ————しね、にんげん」

 

 聖メルテが言葉を言い終える前に、御使い(ヴァニタス)が全身から紫色の煙を全方位に放つ。

 聖メルテはなすすべなく煙に飲み込まれ、廊下に崩れ落ちた。

 御使い(ヴァニタス)に使わせた権能は最大出力。

 指定したのは「聖メルテにとっての理想の世界」。今ごろ聖メルテは自分の心の傷を癒してくれるような、優しい夢の中でまどろんでいるだろう。

 

「ゆっくり寝てろ、聖メルテ」

 

 

 


 

 

 

「あれ?」

 

 私は何をしていたんだっけ。

 気がつけばもう給食の時間が終わり、昼休みに入っている。

 

 右を見る。

 いつもの教室だ。いつものクラスメイトだ。

 左を見る。

 窓の外から見慣れたグラウンドが見える。

 下を見る。

 私の胸元に、ピカピカの名札が止めてあった。

 

『八幡小学校 5ねん2くみ 聖メルテ』

 

 そうだ。

 私、小学5年生だった。

 当たり前のことを考えながら、私は給食で膨れたお腹をなでた。

 

 

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