箱庭世界《キャンバス》に描く十五ノ夜の流血姫   作:ヨシオ、あん摩師から令嬢へ

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07 可能性の黒

「さて、感動的なシーンはそれぐらいにしておいてだ。これからどうするつもりだ?」

 

 私が真の姿を晒けだして、黒衣さんと本当の意味で友達になって、ようやく涙が止まったといった頃。猫裏先生はそんな空気の読めない言葉を口にした。

 別にずっとこの時間が続けばいいと思ってた訳ではないのだけれど、水を差されたことには間違いない。私はギュッ、と睨み付けた。黒衣さんも同じように思っていたようで、ジト目を猫裏先生へと向けている。なんだそれは、私が受けたい。

 

「まあまあ、落ち着け。お前らの気持ちも分かる。『さっきまで敵だった奴がなんでまとめ役を買って出てるんだ』…………そんなところだろ?」

「センセー、全然違うよ」

「その気持ちもない訳じゃないけど…………違います」

「…………話を戻すぞ」

「あっ、逃げた」

 

 視線が鋭くなったのを感じたのか、猫裏先生は私たちから目を逸らす。そして、そのまま話を続けた。

 

「私たちの目的はこの世界を守り抜くことだ。その為の方法は二つある。一つ目は、この世界の全てを次の世界へと持っていくこと。二つ目は、滅びる運命を回避すること。これ以外の方法はないだろうな」

「私たち…………?」

「私の目的は私たち(天使)が思う綺麗な物を次の世界へと持っていくこと。ただ、その計画はそこの黒衣によっておじゃんになった…………すると、だ。私たち(天使)が思う綺麗な物を保護する為にはこの世界をまるごと保護するしかないことになる。なっ?私たちの目的は一致しただろ?」

 

 そう同意を求めるように、猫裏先生は目線を私たちの方へと戻してから、そう言った。

 嘘をついている様子はなく、味方面が早すぎることを除けば確かに私たちの味方をし始めた理由も納得できる。「天使らしいセンセーが仲間なら頼もしいかも…………?」と黒衣さんは既に猫裏先生を受け入れそうになっていた。

 私と黒衣さんが持っている情報は少ない。そして、その少ない情報も殆んどが猫裏先生から教えられたものだ。だから、世界を救うと言ってもその具体的な方法は検討もつかないし、こんなことでは十月八日には間に合わないだろう。

 そんな私たちでも天使である猫裏先生が味方になるのならば、ようやく世界を救うという舞台に上がれるかもしれない。

 けれど、それでも先程まで敵だった存在をそう簡単に受け入れられる程私はお気楽じゃない訳で。探りを入れる為に、私は質問を投げ掛けた。

 

「私たちの味方をしないと綺麗なものを保護できないって言ってますけど…………まだ他の方法がありますよね?他の人を【流血姫】にするんじゃなかったんですか?」

「あ?なんで…………ああ、そういえばそんなことも言ってたな。悪いが、あれはハッタリだ」

「…………ハッタリ?」

「えっと、センセー。それってメルテっちを説得する為に嘘をついたってこと?」

「いや、嘘をついた訳じゃない。(ひじり)メルテが断れば他の人を【流血姫】にする、というよりはそれしかない。それしかないのだが…………それだと世界の滅びに間に合わなくてな。【流血姫】の造り方は説明したから割愛するが、本来普通の人間が御使い(ヴァニタス)を殺した程度で怪画(アーツ)になれる訳がない。それなりの準備が必要で、その準備に少なくとも一年はかかるのさ」

「…………私は数ヶ月ぐらいでその準備が終わってる気がするんですけど」

 

 私が幻覚を見るようになったのは中学三年生の終わり頃。幻覚中ならなんでも殺せる様になったのが、つい最近。どう長く見積もっても、その間は一年どころか半年もない。

 それ故の疑問だったのだが、猫裏先生はこの質問は想定内だったらしい。すぐにスラスラと答え始めた。

 

「何故だか分からないが、お前の場合はそこ辺りの準備がすくすく進んでな。多分、才能があったんだろ。私も今回の【十五ノ夜】監督役として鼻が高いぞ…………まあ、失敗に終わった訳だが」

「ねぇ、メルテっち。もしかして猫裏先生って結構適当?」

「えっ、今気づいたんですか…………?」

 

 どうやらその原因自体は知らないようで適当な推測(ですらない)を述べられただけだったが。でも、それが逆に猫裏先生らしくて。だからこそ、私には猫裏先生は何かを企んでいて私たちを騙そうとしているとは思えなくて。

 

「なんにせよ、次の人材を探すとなると少なくとも一年はかかる。私の計算では神が設定した世界終焉の日にギリギリ間に合わなくてな。何がなんでも(ひじり)メルテに納得してもらうための脅しだったというわけだ」

「…………分かりました。とりあえず、今は猫裏先生のことを信じます」

 

 仮に何か企んでいたとしても、そもそも猫裏先生は黒衣さんに良い様にされていたのだ。裏切られても多分なんとかなる気がする、なんて考えが決め手だった。黒井さんも「メルっちが受け入れたならよし!」とそもそもあまり警戒していなかったこともあってか、受け入れ準備万端らしい。猫裏先生と握手すら交わしている。

 やっぱり、美少女同士の絡みはなんであっても絵になるな…………と端から見ていたら、黒衣さんに引っ張られ私も猫裏先生と握手を交わし、あと何故か黒衣さんとも握手という幸福体験を行い、そこから数分。

 猫裏先生が何かの怪画(アーツ)をホワイトボードへと変化させて、口を開いた。

 

「さて、授業を始めるぞ。世界が滅びるタイミングは十五ノ夜が完全に成されるタイミングだ。この日が十月八日だが…………これ自体は、十五ノ夜を中断、もしくは失敗させることで引き延ばし可能だ。だから、私たちが意識すべき締め切りは神が設定した世界終焉の日────今から一年後の十月三十一日。それが世界が終わる日だ」

「一年後…………思ったより余裕があるんですね」

「すぐに行動しないといけないって考えけど、そんだけ時間があるなら余裕かも…………?」

「流石にそんなことはないがな。一年というのは長いようで短い。少なくとも、一つ目の方法は世界の人間全てを(ひじり)メルテが殺し尽くしその全てを絵に描くというものだが、その方法は間違いなく間に合わないだろうな」

「と、なると二つ目の方法、滅びの運命を回避するしかないってことだね」

「…………猫裏先生、その具体的な方法はあるんですよね」

「ある。だが、それを教える前にどう世界が終わるかを説明するぞ」

 

 猫裏先生はそう言うと、ホワイトボードに丸で囲まれた『世界』と『美術館』と書いて、その二つの間に矢印を引く。そしてそれぞれの周り人らしき絵をいくつか描いた。美術館側の人の頭の上には輪っかがあるので、恐らくそちらは天使なのだろう。

 

「十五ノ夜は人を怪画(アーツ)化させる方法でその際にこの世界と【美術館】の距離が近づくと説明したが…………世界を滅ぼすにはこの距離が最大限近づいていることが重要なんだ。何故ならこの距離が近ければ近い程()()()()()()()()()()()()()()()()

「センセー、しつもーん!巨大な怪画(アーツ)って普通の怪画(アーツ)と何か違うの?」

「良い質問だな。絵というものは描く土台が大きければ大きい程、より細かく、より多くの情報を詰め込める。そして、怪画(アーツ)の権限、強度、大きさ。あと、生物なら頭脳とかだな。兎に角、それらはその情報によって強化されるんだ。つまり、普通サイズの怪画(アーツ)だと情報が足らずいくつかのステータスを抑える必要があるが、巨大ならば多くの情報が詰め込めるため、全てのステータスを満遍なく上げられる────つまり、その分強くなるということだな」

「巨大な怪画(アーツ)を持ってくる理由はなんですか?通常サイズの怪画(アーツ)でも数があれば、十分世界を滅ぼせる気がするんですけど…………」

 

 例えば最初に出会ったバニーガール。彼女は人を直接切断することに拘っていたからこそ私は勝てた訳だが、もしも彼女が人以外も狙っていたならば、被害はあんなものでは済まなかった筈だ。建物を少し切るだけで建物を破壊し、どこに逃げ込んでも障害物を切って近づいてくる。

 例えば大量に学園に居たゾンビ達。動きは鈍いが力は強い。使ってくる頻度はまちまちだったがどうやらバニーガールと同じような権限を持っていて何度か攻撃をくらいかけた。その度に幻聴が聞こえて助かっていたが、こんなよく分からない声が聞こえる人は多くない、というか居ないだろう。

 この私が出会った怪画(アーツ)だけでも十分に強力で、一人では無理でも数さえあれば簡単に世界を滅ぼせてしまいそうだと私は思ってしまうのだが…………天使である猫裏先生はそうは思っていないらしい。

 

「確かに御使い(ヴァニタス)や人にとって脅威的な怪絵(アーツ)を大量に用意すれば幾つかの国を滅ぼすのは簡単だろう。だが、この世界にはそう言う怪画(アーツ)を専門とする【ルネサンス】とかいうグループがいるからな。それに、国の軍だって十分な戦力になる。普通の怪画(アーツ)だけじゃあ世界人口を半分まで減らすか減らせないかが限界って所だろうな」

「普通の怪画(アーツ)だとどれだけあっても力不足ってことですか…………分かりました」

「さて、納得いただけた所で、その世界を終わらせてしまう巨大な怪画(アーツ)がなんなのかって話だが…………タイトルは【地球(ドッペルゲンガー)】。権限『対消滅(To show metz)』。使われるだけで地球をまるごと消滅させる、現状最も恐ろしい怪画(アーツ)だ」

 

 地球をまるごと消滅させる────その説明だけでも背中がゾッとした。

 私の知っている一般的な怪画(アーツ)、そしてここ数日で出会った脅威的な怪画(アーツ)。それらとは比べものにもならない、反則的で恐ろしい権限。これが巨大な怪物(アーツ)という存在…………と、私はただ言葉を失うことしかできなかった。

 

「…………でっ、でもセンセーはその怪画(アーツ)をなんとかする手段があるんだよね?」

「いや、使われたら私であろうが神であろうがどうしようもない。ただ世界が消滅するのを見届けるだけになるだろうな…………だが、使われる前ならば所詮は単なる巨大なだけの絵画だ。その状態なら破壊するのは難しくはない。幸い、この怪画(アーツ)はこっち側で使われなきゃ意味がない。私たちから【美術館】へと乗り込んでサクッと【地球(ドッペルゲンガー)】を破壊する────これが、滅びの運命を回避する具体的なプランだ」

 

 猫裏先生はそう言って、美術館側に額縁の様な小さい絵を描いた後にそこに罰印をつけた。どれだけ巨大なのかによるけれど、私が傷つければ大部分は破壊できる。それに、黒衣さんもどういう力なのかは分からないけれど怪画(アーツ)だけを燃やす能力があるみたいだった。

 そんな私たちなら、使われる前で単に大きいだけの絵画を破壊すること自体は確かに難しくはないのかもしれない。けれど、それでもまだ問題は残ってる筈だ。

 

「その【美術館】に乗り込むのは分かりましたけど、それってつまり敵の本拠地に突っ込むってことですよね?そう簡単に絵画を破壊させてくれますか?」

「確かに【美術館】には私と同じ天使がそこそこ居る。危険な怪画(アーツ)はもっとあるだろうな。もしも、私たちが世界を守ろうと【美術館】に乗り込めばそれらの抵抗は間違いなくあるだろう。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………先んじて解決しておいたって、そんなこと猫裏先生に可能なんですか?」

「言っただろ?私たち(天使)が思う綺麗な物を次の世界へと持っていくこと。ただ、その為の十五ノ夜は失敗に終わっていて、次の十五ノ夜が間に合うかどうかはギリギリだ。だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()。私には通信用の怪画(アーツ)があるからな。サクッと改造して、【美術館】にいる天使たちに繋がるようにして情報を伝えておいた」

「そっか、手段がそれしかない天使は間に合わないかもしれなくてもやるしかないんだ」

「そう言うことだ。()使()()()()()()()()()。締め切りを伸ばすなんて頼める筈もなく、総力戦で次の十五ノ夜を間に合わさせる為に動く…………その分、本拠地である【美術館】はガラ空きになるってことだ。あとは怪画(アーツ)だが、これは心配ないな。私がいる時点でどうにでもなる。あとは神様がいるが、新たな怪画(アーツ)を無から描いて生み出せるのと、死ににくい以外は特異的な部分はない。無視しても問題ないだろ」

 

 不安要素の天使は十五ノ夜の準備で居ない。【美術館】にある怪画(アーツ)は猫裏先生がなんとかしてくれる。確実に居るであろう、神様も無視して良いのなら、やることは【地球(ドッペルゲンガー)】の絵画を破壊するだけ。確かに問題は解決していて、何事もなく絵画も破壊できそうだ────と、思った所で黒衣さんが口を開いた。

 

「…………あれ?センセー、天使は神様に逆らえないって言ってたけどセンセーはそうじゃないよね?」

「まあそうだな。私は十五ノ夜じゃあ間に合わないと踏んでるし、わりと不真面目な性根でな。それがどうかしたか?」

「なら、他にもセンセーみたいに神に逆らう、とまではいかなくても十五ノ夜では無理って神様に抗議しているか、諦めて【美術館】に残っている天使も居るんじゃない?」

 

 黒衣さんの言葉に、暫く沈黙の時間が流れた。

 

猫裏先生はそんなこと考えてもいなかったという表情を浮かべた後、何か必死に考え事をしている。そして、数分程度経ってから口を開いた。

 

「居たらその時はその時だ」

「猫裏先生…………?」

「天使相手なら信仰心がない黒衣が居る時点でかなり有利だ。そこに(ひじり)メルテも加われば多分なんとかなるだろ」

「猫裏先生!?!?!?」

 

 黒衣さんの質問に返ってきた言葉はどうみても私たち頼りのもので、本当にこの猫裏先生を信じて良かったのだろうかという考えすら浮かんできた。

 けれど、私たちだけではその肝心の【美術館】に行く方法すら分からない訳で。なんにせよ、まだ猫裏先生には味方に居てもらわなければ困るのだ。実際、猫裏先生の言っていることも利にはかなってはいるので否定もしづらい。大人ってズルいな…………なんて、私の考えは露知らずに、猫裏先生は喋り出す。

 

「世界終焉のギリギリまで待って、手持ち無沙汰になった天使たちが帰ってくる展開は避けたい。だから、結構日は明後日だ。天使たちが全員十五ノ夜のために動いた瞬間、私たちは入れ替りで【美術館】へと乗り込み【地球(ドッペルゲンガー)】の絵画を破壊し世界を救う────異論はあるか?」

「とりあえず、オッケー!」

「今の所、異論はないです」

「よし、取り敢えず今日は休む────」

「いやいや、異論は大有りだよ。そんな作戦で本当に世界が守れるのかな?」

 

 そんな言葉と共にガラリ、と保健室の扉が開く。その声と音に反応するように振り向けば、()()()()()()()()()()()()使()()()()────ただ、猫裏先生とは毛色が違う。

 黒い服に、黒い翼。黒い角をはやしている美人な女性。幻覚を見なくとも明らかに人間じゃなくて天使だと分かる存在。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかも、どうやら私たちの会議も少なくとも重要な部分は聞かれてしまっているらしい。勝てるかどうかは分からないけれど、私がギュッとカッターナイフを握って、黒衣さんが立ち上がって────そして、猫裏先生が口を開いた。

 

「黒衣、(ひじり)メルテ。こいつに敵意はない。大人しく座っておけ…………さて、バカ女。どの面下げてここに来やがったんだ」

「ふふ、見て分からないのかい?こんな顔だよ」

「ああ、分かったよ。お前が私を煽りたいってことは充分になぁ…………!!」

「相変わらず短気だねぇ。短気は損気なんて言葉を聞いたことはないのかい?まあ、感情に任せてすぐに手を出さないのは評価するが…………まあいいや。さて、二人とも初めまして!私の名前はサタン、敬意を込めてサタンさんとでも呼んでくれたまえ」

「真に受けるな、こんなやつはバカ女って呼べば充分だぞ」

「君は私だけには手厳しいなぁ。天使の中で君が一番私に近い(神に忠実じゃない)だろうに」

「一緒にするんじゃねぇ、私はただ不真面目なだけだ」

 

 新たにやってきた天使────サタンさん、と猫裏先生はどうやら知り合いのようで、仲が良い(と言ったら怒られるだろうが)様にも見える。敵意もないと言っていたし、増援として見ても良いのだろうか、と。そう思った所でサタンが私たちに語りかけてきた。

 

「ねぇ、黒衣宗、(ひじり)メルテ。彼女の計画では世界を救うことはできない────何故だか分かるかい?」

「…………そうなんですか?確かに猫裏先生はあんまり細かい所まで計画を考えていないようでしたけど、世界を救うことはできないと言い切れる程穴がある訳じゃないと思いますよ」

「そうそう、センセーがいなかったら世界を滅ぼす為の巨大な怪画(アーツ)なんて知らなかったし、破壊する方法もなかったからね」

「ふふ、信頼して上げてるんだね。でも、そんな信頼を裏切るなんて彼女はなんて悪い天使だろうか」

 

 私たちの()()()()()()、サタンさんは明快にそう言い切った。

 完全に猫裏先生を信頼している訳ではないとは言え、その言葉に少し引っ掛かってしまう。

 猫裏先生は嘘をついている様子もなく、作戦だって完全に神様とやらに逆らっている。それなのに、突然現れた人物に裏切っていると言われて良い顔ができる筈もない。多分、完全に猫裏先生を信じる方向にシフトしていた黒衣さんもそれは同じ筈だ。

 

「そう言い切るってことは根拠はあるんですよね」

「ん?そりゃあ当然あるよ。それじゃあ、説明してあげよう…………彼女の計画は使われるだけで地球を滅ぼしてしまう巨大怪画(アーツ)を使われる前に破壊すること。確かに、どんな恐ろしい凶器も先んじて破壊してしまえば怖くない。それ自体はおかしくないね」

「だったら、何がおかしいんですか…………?」

「ふふ、まだ分からない?簡単な話だよ。【地球(ドッペルゲンガー)】を使われる前に破壊する?それは結構。でもさぁ…………それって、【地球(ドッペルゲンガー)】が描き直されることを考慮してなくない?」

「…………!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 神様は怪画(アーツ)を描ける。だったら例え世界を滅ぼす為の【地球(ドッペルゲンガー)】を破壊されたとしても、また描き直せる。そして、描き直せるのなら【地球(ドッペルゲンガー)】の破壊は根本的な解決策にはならない。

 

「でも、その度に破壊すれば…………」

「流石に同じ方法が通用する神じゃないさ。一度目の計画が成功したとして、彼女は消されるか何もできなようになる罰を受けるのか。それは分からないけど、君たちを手伝ってくれる他の天使は居ないだろうし、成功するのは一回目だけさ」

「でも逆に言えば、猫裏先生はそんな罰を受けるかもしれないのに私たちにこの計画を提案したんですよね。だったら、他にも何か考えがある筈。それが世界を守る方法かもしれ────」

「いやいや、その考えが君たちを裏切っているのさ。【地球(ドッペルゲンガー)】を破壊した所で得られるのは、描き直す時間…………まあ、せいぜい十数年くらいか。それだけあれば、チャンスが生まれるだろうね────十五ノ夜の」

「あっ…………」 

 

 思わず、私は猫裏先生の方へと振り向いてしまった。

 サタンさんの言うことが真実ならば、猫裏先生は十五ノ夜の方式をまだ諦めていないってことで。それはちゃんと世界を救う気はないってこと。つまり、本当にそうならばそれは確かな裏切りだ。

 だから、猫裏先生を無言で見て返答を待った。猫裏先生を信じたい気持ち、サタンさんの言うことを信じたくない気持ち。それらを持ってただ待って────猫裏先生は口を開いた。

 

「黙っていれば随分と好き勝手言ったくれたな?はぁ…………これがこのバカ女のやり口なんだよ。事実と嘘を混ぜ合わせて、まるで真実のような仮説を作る。そして、それで人を騙す。口調を変えたり、感情を込めてみたり…………実際に私も騙された手腕だ」

「ほうほう、つまり反論があるのかな?」

「大有りだよ、バカ野郎が。まるで時間があれば得をするのは天使たちだけみたいに言いやがって。人間だって同じだろうがよ。文明の発展、怪画(アーツ)への理解度。それらは近代において勢い良く発展している。最近は【ルネサンス】も怪画(アーツ)を作り出したらしいしな。せいぜい十数年?それだけあれば、天使たちへの明確な抵抗策も使用される怪画(アーツ)への対抗策も生まれる可能性は十二分にある」

「…………流石に希望論過ぎやしないかい?それで彼女たちが納得するとでも?」

「何を分かった口を効いてやがる。黒衣と(ひじり)メルテを納得させなきゃいけないのはお前だろうが。どれだけ私の作戦を否定しようが、お前が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………それぐらい、分かってるんだろ?」

「…………そうだね、君たちをからかうのはこれぐらいにして、さっさと本題へと入りましょうか」

「からかうって…………」

「このバカはこういうやつなんだよ、慣れろ」

 

 からかう、なんてもので済ませて良いのかと思いつつ、けれどこの件で抵抗してもなんの意味もなさそうで。ひとまず、裏切られてはいないらしいと安堵感を得て、私はサタンさんの本題に耳を傾けた。

 

「さて、じゃあ本当に世界を救う方法について語るんだけど…………丸っきり刹の作戦を否定した後で言うのはなんだけど、殆んど一緒なんだよね。じゃあ、何が違うのかと言うと、壊す対象だよ」

「壊す対象?【地球(ドッペルゲンガー)】以外に何を壊すって言うんだ?」

「世界を救う為に最も壊すへぎ、いや殺すべきと言うべきか。兎に角、その対象は────神だよ」

「えっ?」

「…………は?」

「殺す…………」

「この世界の崩壊を望んでいるのは神だけ。だからこそ、私たち天使は必死に抵抗した訳ですし…………だったら、神を殺せばこの世界は守られる。簡単な話でしょう?」

 

 神様を殺す。

 最初に殺せるのだろうかという疑問が沸いた。次に、殺して良いのだろうかという疑問が沸いた。

 そして、次の疑問が生まれる前に猫裏先生がサタンさんへと掴みかかった。

 

「…………おい、バカ女。言ってる意味が分かってるのか?」

「ええ、分かっていますよ?」

「だったら、神様が死ねば神様の力あって成立しているこの世界は滅びる…………おいおい。お前のやろうとしていることは世界を守るどころか滅ぼす方法じゃないか?」

「だったら、滅びる前に別の神をその立ち位置に置けば良いでしょう?例えば、そこにいる(ひじり)メルテだとか」

「…………私?」

 

 突然の情報にそんな言葉だけがポツンと出た。

 猫裏先生も黒衣さんも虚を突かれたと言った感じで、私の方に目を向ける。ただ、私は見られても、なんのことだか分からない。だから、サタンさんお得意の人を騙すやつではないのかと思って、なんのことかと聞いてみようとした所で────その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()

 単に会話を楽しんでいるようなほんわかとした雰囲気から、何か不審者を発見して警戒しているような雰囲気。

言葉にすればそれだけなのだが、感じる圧力が尋常じゃない。開こうとした口は閉じて、身体は自然と震え出す。黒衣さんは当然のこと、猫裏先生でさえ冷や汗をかいているようだった。

 

「…………ふむ、天使長(ミカエル)レベルの存在が五人ぐらいこの学校にやってきたな?」

「なんだそれ。私は何も感じてないぞ」

「それは君の鍛練不足と言いたいが…………これは仕方ないな。どうやら気づかれにくい、そんな権限を持っているらしい。取り敢えず、こいつらの対処の為に私は少し席を外す。話し合いはまた後にしよう」

 

 そう言ってサタンさんは窓から外へと飛びさっていく。それと同時に途轍もない圧力が消えて、身体が自然と息を吐いた。

 そして、それから暫くして身体が落ち着いた所で黒衣さんが先程生まれた疑問を口にした。

 

「ねぇ、センセー。メルテっちが神サマってどういうこと?」

「それに関しては私もさっぱりなんだが…………まあ、納得できる部分はある」

「…………なんでですか?サタンさんってよく人を騙すんですよね?だったら、私が神様なんてのも単なる冗談かもしれませんよ?」

「普通ならそう思うが、お前が神様ってのはあのバカ女の計画の主軸の筈だ。何せ、神様を殺しても神様になれる訳じゃない。神様の代用をできるのは神様だけ。だとすれば、あいつは既に代用の神様を見つけていなきゃならねぇ…………お前は、【流血姫】にするための準備もささっと終わったしな。もしかすると、そもそも人じゃなかった影響があったとしたらそれも納得できる」

「そう、ですか…………」

 

 言われて見れば、だ。私が【流血姫(わたし)】を描いたのは小学生の頃。あの頃は幻覚なんて見たことないし、【流血姫】としての能力も持っていなかった。それが、確かな形となって私の夢に現れて、そして権限も持っていた。

 神様は新たな怪画(アーツ)を描いて作れる。それならば、私が神様、もしくはその素質を持つ者というのは間違っていないのかもしれない。

 もしも、私が神様になれば、この世界も黒衣さんも守る事ができるのだろうか────と、考えた所で、そんな私の考えを見抜いたのか猫裏先生が口を開いた。

 

「まっ、神様の代替わりになろうなんて考えるなよ?確かにお前が神様になれば世界を滅ぼそうとは思わないかもしれないが…………神様になれば()()()()()()()()()()()()()()()。普通の人生なんて送られなくなるだろうな、折角友達になったのに離れ離れになるのは嫌だろ?」

「…………そうで、────」

「そうだよ、友達なんだから!」

「ちょっ、黒衣さん!?」

 

 突然黒衣さんに背後からぎゅっと、抱き締められびっくりしてしまう。友達になった時は泣いていたこともあって分からなかったが、良い匂いが凄いして。黒衣さんの肌の柔らかさが直に伝わってきて。これまでの考え事とかぎ全部吹き飛んでしまうんじゃないか!?と猫裏先生に助けを求めると、「取り敢えずのバカ女がいない間に会議を続けるぞ」と、引き離してくれた。

 危ない所だった…………あのままだと、私は幸せ過ぎて死んでいたかもしれない。そんな私の考えを余所に(もしくは分かっていてもスルーして)猫裏先生は口を開いた。

 

「あのバカ女の目的は神様を殺すことらしい。本来、かなり難しい筈だが…………あの女なら成功やりかねん。そして、問題なのが…………私たちが【地球(ドッペルゲンガー)】を破壊している横で神様が殺されることだ」

「世界の崩壊とこの世界の私の立場が消えることを天秤にかけたら、神様になるだろうと考えてる…………ってことですか?」

「ああ。だから、こそ私たちはバカ女の考えを読みきって上に行く。つまり、あいつ神殺しをなんとか阻止する、それしかない」

「うーん、【地球(ドッペルゲンガー)】なんの破壊もやりつつだよね?そんなことできるかな…………?」

「そもそも神殺しが難題なんだ。あのバカ女でも何かピースが足りなくなれば失敗する筈だ。そのピースを奪いさえすれば────」

 

 その猫裏先生の声は最後まで聞こえなかった。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 奇跡的に私たちに当たらなかったそれは、勢い良く地面へとめり込んでいて、けれども土埃でハッキリと見えない。

 ただ、土埃が落ちるのと同時にそれは立ち上がって────そして、私たちに口を開いた。

 

「ごめん、私が対処してたやつなんか私より強くなったから皆も手伝ってくれるかな?」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()。この世界が生み出される前からの歴史において、一度も存在していなかったと言って良い。ただ、神の使いとして生み出され、天使にその立場を奪われた際には【美術館】の管理を任され、最近ではないのか十五ノ夜の手助けの為に全ての人間へと潜り込んだ。

 

 何者でもなく存在し得ない存在。ただ、神の手助けの為に動き、称賛も喝采も受けぬ者。

 

 そんな存在が転機を得たのは、十五ノ夜が始まってからのこと。人間の中に入り込んだそれらは、人間たちが得ていく可能性を得た。

 サッカー選手になる可能性。漫画家になる可能性。宇宙飛行士になる可能性。画家になる可能性。バーテンダーになる可能性。教師になる可能性。アイドルになる可能性。何にもなれぬそれはただそんな可能性だけを蓄えていった。ずっと、そんな日々を過ごしていた。

 

 ある日、それらは可能性を合算し別の可能性へと変化させる術を得た。サッカー選手になる可能性とアイドルになる可能性を合わせて、トップアイドルになる可能性に。漫画家になる可能性と宇宙飛行士になる可能性を合わせて、エッセイ漫画家になる可能性に。

 それらは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ある日神様に逆らう存在を知り、天使長(ミカエル)に匹敵する可能性を五つ携えてその上で倒されたそれらは、一つとなり()()()()()()()()()()()()()()

 

 名がなくとも、神の為に働き、何者でもなくとも、何者かに匹敵する存在。

 

 それら────いや、それは敵が居るであろう葉湖庭(はこにわ)学園の保健室の方向を眺めつつただ呟く。

 

「キラキラリーン☆よーし、この力があればどんな危険因子も楽々粉砕、お茶の子さいさい!さーて、今日も神様の為に暗躍していきま、ショー、Time!」

 

────物語の終演は近い。

 

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