箱庭世界《キャンバス》に描く十五ノ夜の流血姫   作:ヨシオ、あん摩師から令嬢へ

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08 不純物の幸福

「おー、youかわぃーね!! どこ住み? メイク何使ってりゅ?」

 

 土埃に包まれた保健室。

 サタンさんの声を聞き、神経を尖らせた私たちを嘲るように、ふざけた声が黒衣さんの隣から聞こえる。

 

「っっ!! この!!!」

 

 黒衣さんの蒼い炎がうねりを上げ、狭い保健室の中で爆発する。

 こんな狭い場所じゃあ回避は困難だろう。もし回避できたとしても、隙ができるはず。

 私はカッターナイフを構え、意識を周囲に集中させた。

 だと言うのに。

 

「こっちが流血姫か。神様の命を脅かす危険因子。悪いけど、ちょっと死んでてくれるかな?」

 

 ぼっっっ!! という聞きなれない音とともに、私の体が後ろに吹き飛ばされる。

 痛みはなかった。ただ、全身の骨がバラバラになるような衝撃だった。

 

 保健室の真ん中には、サングラスをかけた軽薄そうな女が立っていた。

 金の髪に小さなベルをつけ、モールを肩からかけている。服にも装飾品をじゃらじゃらつけて、クリスマスツリーの擬人化みたいな、ケバくてふざけた格好だった。

 その女が拳を振りぬいた姿勢で固まっていた。どうやら私はあの女に殴り飛ばされたらしい。

 

 反撃しようと足に力を込めて、気づく。

 私のお腹に、大きな穴が空いている。

 

「えぼっ、」

 

 自覚したとたん、口から血が溢れてきた。黒衣さんの悲鳴が鼓膜を叩く。

 だが、大丈夫だ。

 私の体は大量の神の血を蓄えている。この程度の傷、なんてことはない。

 カッターナイフを構え、私は立ち上がる。

 

(ひじり)メルテ、そいつの能力はおそらく透明化だ! 透明な間は攻撃がすり抜けるが、向こうからも攻撃できない!」

 

 地面に横たわったまま、サタンさんが叫ぶ。それを聞いて金髪の女は嫌そうな顔をした。

 

「うっわ、全部バレためんど☆ ……しょうがない、こうなったら自己紹介しますか」

 

 金髪の女は腰をくねらせ、顔の真横でピースサインをする。

 

「ハロハロ不敬者ども。我こそは『神の戦車』、神様がマジでピンチときの最終兵器! その名もメルカバーちゃんだぜきらきらりーん!! 権限は最強無敵(invincible─invisible)。自分が存在していない世界線の可能性を手繰りよせ、一時的に世界から『いない』存在になるのだぜ」

 

 ……さらっと言われたが、とんでもない。

 どんな攻撃も回避できるし、好きなタイミング、場所であの途方もない威力の殴打を繰り出せるのだ。

 どんな武器も、どんな怪画(アーツ)も彼女には無意味。

 現に私たちの中で一番強いであろうサタンさんでさえ一蹴されている。

 思わず怯んだ私を叱るように、猫裏先生が声を上げる。

 

「怯むな! 多分だが、あいつは純粋な天使じゃない。怪画(アーツ)を弄れる私だからわかる、あいつは天使と怪画(アーツ)のハイブリットみたいな存在。だったら────」

「────私の炎が、効く!!」

 

 どんな能力をもつ怪画(アーツ)だろうと焼き尽くす地球の蒼。黒衣さんの炎が再びメルカバーを襲うが、メルカバーの余裕は崩れない。

 

「ちっちっち、わかってないなー。たしかにその炎なら我の無敵モードも貫通できるかもしれないけど……。姿が見えないってのは、youたちが思ってるよりやっかいなんだぜ?」

 

 メルカバーの姿が虚空に溶けていく。

 蒼い炎はメルカバーがいた空間を即座に齧りとるが、なんの手ごたえも感じられない。

 やってることは単純だ。姿を消して攻撃を回避した。それだけで、私たちに打つ手はなくなる。

 あの凄まじい身体能力の前では一瞬の隙が命取りだ。右に避けたか左に避けたか、なんて考えてる間に殺されかねない。

 だから、サタンさんの指示は素早かった。

 

「右上、天井の隅だ!」

 

 指示通りに炎が天井の隅を覆いつくす。

 「うぁっち!?」なんて間抜けな声が聞こえ、炎の中に人影が見える。

 炎はすぐさま振り払われたが、メルカバーのクリスマスツリーみたいな服はところどころに焦げ跡がついていた。

 

「君の気配は私なら感知できる。やれやれ、さきほど私が君に勝負をしかけにいったことをもう忘れたのかな? 普通に考えれば君の透明化は私なら看破できるとわかるだろう。どうやら見た目相応に頭も軽いらしい」

「……あっはー。そういえばさっき、我に瞬殺された真っ黒な雑魚がいたっけ。負け方があんまりにも雑魚だったからどうでもいい存在として記憶から消してたわ」

「は? 負けてないが」

 

 メルカバーと煽り合うサタンさんをみて、私の心にも余裕が戻ってくる。

 いける。

 黒衣さんとサタンさんがいれば、あの無敵に思えた権限も崩せる。

 蒼い炎に包まれた状態なら、私と猫裏先生の攻撃も通るんじゃないか。

 勝機が見えてきた。

 

 

「……はぁ。不敬者どもが、思い上がりやがって。すり潰してやるよ☆」

 

 メルカバーが地面を蹴る。

 透明化もせず、まっすぐに黒衣さんにつっこんでいく。

 黒衣さんは炎を展開、猫裏先生は指でフレームを作り、メルカバーに狙いを定める。

 

「くらぇっっ!!」

額縁用意(クランクイン)!」

 

 怪画(アーツ)を焼き尽くす炎が荒れ狂った。改造された医療用怪画(アーツ)の効果で、メルカバーの全身から白い血が噴き出した。

 確かに天使の肌は焦げた。血は流れた。でも、それだけだった。

 攻撃をくらったメルカバーは一切動きを止めなかった。炎の波に突っ込み、最短距離で黒衣さんの元にたどり着く。

 天使の細い指が、黒衣さんの首を締め上げる。

 

「うぐっっ……!!」

「我の権限に対応できたからって、勝てると思った? 我とyouたちのスペック差はこんなにあるんだ。防御を捨ててゴリ押ししてしまえば、この通りさ」

 

 私はカッターナイフを構えてメルカバーに突っ込んだ。

 猫裏先生のアルコールランプから炎の大蛇が現れた。

 サタンさんが虚空に書いた絵から、鋼鉄の獣が実体化した。

 

 

 でも私たちの攻撃よりも、メルカバーが黒衣さんの首をへし折るほうが速かった。

 

 

 (ぼきん)っっと鈍い音を立てて、黒衣さんの首があり得ない方向に捻じ曲がる。

 それを見て、自分の中で何かが切れた。

 足が止まった。

 カッターナイフが手から滑り落ちた。

 目が、微動だにしない黒衣さんから離せなくなった。時間が止まった気がした。

 

(ひじり)メルテっっっ!!

 

 猫裏先生の声が聞こえた。そのおかげで我に返る。

 私はどれだけ黒衣さんを見ていたのだろうか。

 数秒だろうか。数十分だろうか。

 気づけば私の前に猫裏先生が立っていた。

 

 ……その背中から、人の腕が生えていた。

 

「あ、あぁ」

 

 白い指。黒衣さんの首をへし折った白い指。

 なんでこれが先生の背中から生えている。

 決まっている、メルカバーの拳に腹を貫かれたからだ。

 

「あぁぁ」

 

 なんで先生が私の前で立っている。

 決まっている、私を攻撃からかばったのだ。

 動けなかった私をかばって。

 私のせいで。

 

「あああぁぁああぁああああ!!」

 

 世界が歪む。

 地面が溶ける。視界がサイケデリックに染まる。暑いのか寒いのかわからない。

 

(……あれ? この感覚、どこかで……)

 そうだ。

 この感覚には覚えがある。

 頭を働かせろ。違和感に気付け。

 ()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そのことに気付いた瞬間、世界が明瞭になる。

 いつの間にか私はだれかに俵担ぎされていた。白衣を着ているから、私を運んでいるのは猫裏先生だろう。

突然のことに困惑していると、私に声がかけられる。

 

「…………顔が違うけど…………メルテさんですよね…………??」

「【疑心蛇】さん…………?!」

 

 私が返事を返すと、【疑心蛇】さんは安心したように息を吐く。

 

「気が付いたら廊下で気絶してて、目が覚めたら戦闘音が聞こえて…………見に行ったらメルテさんがヤバそうなのに襲われてたから、とっさに権能をつかって…………射線上にメルテさんもいたからメルテさんも幻覚に巻き込んじゃったけど…………」

「え……ど、どこまでが幻覚だったの!?」

「えっと…………私は黒衣さんが首を絞められていたタイミングで権能を使ったから…………」

 

 つまり、黒衣さんはまだ生きている。

 それを理解した瞬間、全身から力が抜けた。安堵のあまり涙が溢れてくる。

 

「よ、よがっだぁああっっ……!! 【疑心蛇】さん、あり、ありがどう”っ、けこ、結婚して……」

「えっ」

 

 危ないことをしているのだと、覚悟はしていたつもりだった。

 でもいざ彼女の死体を目にすると、自分はなにもわかっていなかったのだと思い知らされた。

 怖い。大切な人が死ぬのは、怖い。

 黒衣さんだけじゃなく、猫裏先生が死ぬこともすごく怖い。

 いろいろあったが、私は猫裏先生のことが自分で思ってたより好きだったみたいだ。

 

(ひじり)メルテ、安堵しているところに水を差すようで悪いのだが、まだ脅威は去っていない。気を抜き過ぎないようにしてくれ」

 

 サタンさんの声を聞いて我に返る。

 そうだ、まだ終わってない。

 

「サタンさん、メルカバーは……」

「そろそろ幻覚から脱した頃だろう。あまり時間は残されていない」

 

 サタンさんのその言葉に黒衣さんが反応する。

 

「やっぱ、チャン蛇の幻覚ガスをもう一回浴びせるしかないのかな?」

 

 ち、チャン蛇……。【疑心蛇】さんのことそう呼んでるんだ。いいんだそれ。

 私が衝撃を受けている間に、猫裏先生が冷静に返事をする。

 

 

「いや、同じ手は食らわないだろう。あの一撃がメルカバーに届いたのは、意識外からの不意打ちだったからだ。このままではヤツには勝てない。……わざわざ校舎の3階まで登ってきたんだ。何か策があるんだろバカ女」

「策なんていえるほど上等なものではないさ。これは願望だね。『たまたま通りすがりの【ルネサンス】がいままでの出来事を全部見ていて、私たちに味方してくれないかなぁ』。そんな都合のいい事態が起こって欲しいという、ただの願望」

 

「……全部わかってて尾行させたな、お前」

 

 廊下の隅から音もなく、黒ずくめの大柄な男が顔を出した。

 印象的な赤髪がよく似合っている。そのせいか日本人には見えない。

 

「お前、だなんて乱暴な。どうせならかわいらしく大きな声でサタンちゃんと呼んでほしいものだね。……紹介しよう、【ルネサンス】──人間に害をなす怪画(アーツ)を封印する組織に勤めている、草薙壮さんだ」

 

 草薙さんはガシガシと頭を掻きながら大きくため息をついた。

 

「事情は把握してる。お前らに協力しなきゃ人類に未来はないらしいな。……よろしく頼む」

 

 疲れたような顔でこっちに頭を下げる草薙さん。なんとなく、サタンさんに振り回されてるらしいことは察せてしまう。

 

「さて、役者もそろったことだし最後のピースを取りにいこう。(ひじり)メルテ、協力してくれ」

「最後のピース、ですか?」

 

 サタンさんが指の先を斜め上に向ける。

 そこには1─3と書かれた、教室のプレートがあった。

 ……1─3? これって、私のクラスだ。

 

 

 

 

 

 

 サタンさんの言う最後のピースを手に入れたあと、私とサタンさん、猫裏先生、【疑心蛇】さんは体育館に来ていた。

 狭いところでメルカバーと戦えば、あの身体能力でごり押しされてしまう。

 それを防ぐために体育館にヤツを誘い出すんだそうだ。

 

「誘い出すって具体的にどうするんですか?」

「天使の力を使い、【美術館】へ移動するための術を使う。1分ほどかかるし、かなりの力を使うから同じ天使には気づかれるんだ。普段は使い勝手が悪いが、今の状況にはもってこいだ」

 

 サタンさんが小さく何か呪文のようなものを唱えると、彼女の体に薄い光が纏わりつく。普段の様子とは正反対の、厳かで神秘的な雰囲気を感じた。

 

 儀式が始まってから10秒ほどのことだった。

 轟音とともに体育館の扉が蹴り破られる。いらだちを隠そうともせず、金髪の天使は私たちを睨む。

 

「きらきらりーん☆不敬者ども、いまなら楽に殺してやるぜ?」

「慈悲なんていらないです。苦しくても醜くても、友達と生きるって決めたので」

 

 そう言い、私は手に持った()()()()()()を構える。

 メルカバーは私とチェーンソーを不快げに睨んだ。

 

「嫌な感じ。……神様をそれで殺すつもり?」

 

 私はサタンさんに言われたことを思い出す。

 

『神殺しで肝になるのは君の流血姫の力だ。だがしかし、カッターナイフ1本じゃヤツを殺せない。ヤツの保有している神の血が多すぎるからだ。少しの切り傷では、ヤツの血を吐き出させきるには足りない』

『じゃあどうするのか? 単純だ、1ヶ所切れば、あらゆる箇所から同時に切れる武器があればいい。1の攻撃で、100の傷をつけられる武器が』

赤き女神の憧憬(Santa Muerte/La Danse Macabre)何処からでも切れます(   Where to cut from ?   )。2つ合わせて、「解体されれば死に至る(   Sephirothic Tree of die   )」。神をも殺す概念特権、電動鋸刃の回転殺法をご照覧あれ』

   

 今の私は神だって殺せるらしい。

 神を殺しうる私と、神の元まで私を連れていけるサタンさん。メルカバーからすれば、私たちを真っ先に潰したいだろう。

 後手に回っていれば負ける。イニシアチブを取るんだ。

 メルカバーが走りだした瞬間、私は地面にチェーンソーを突き刺した。

 その瞬間、体育館の床、壁、天井がびっしりと傷で埋めつくされる。そしてそこから流れ出るのは鮮血の噴水だ。

 鮮血の噴水により、全てが赤で塗りつぶされる。

 

「血のカーテンってワケ? うざったいぜ!」

 

 メルカバーの言う通り、私たちの目的は血でヤツの視界を遮ることだ。イニシアチブを取らせないための策。

 私の攻撃や、【疑心蛇】さんのガスは一撃食らえば致命的だ。メルカバーは警戒せざるを得ない。

 もちろんこっちも相手の位置はわからないわけだが、そこは対策済みだ。

 血のカーテンの中から、鋼鉄の狼が現れる。

 『未開封の玩具たち(wandering lonely critters)』。サタンさんの能力の1つで、サタンさんの意志によって動く。

 メルカバーの気配を感知できるサタンさんが鋼鉄の獣たちを操り、私たちにメルカバーの位置を教えてくれる。目くらましは、ヤツにだけ働く。

 鋼鉄の狼に導かれ、血のカーテンを突き進む。数秒もしないうちにメルカバーを見つけた。

 

「うぁあああっっ!!」

「っ!!」

 

 手加減なんてしない。全力でチェーンソーを振り下ろす。

 それと同時に鋼鉄の獣もメルカバーに喰らいつく。

 不意打ちだった筈だが、メルカバーは攻撃を完全に避けてみせた。

 しかし、これでいい。何度も波状攻撃をしかけ、集中力を削ぐんだ。

 血のカーテンに紛れ、今度は全力でメルカバーから離れる。

 

「逃すわけ、なくない? ないよね☆……これが悪さしてんでしょ?」

 

 メルカバーは鋼鉄の狼の首を素早く掴み、まるで紙くずをちぎるように分解していく。

 

「これで血のカーテンはキミにも作用するよね? 逃げられると思うなよ☆」

 

 私は全力でメルカバーから離れようと走るが、間に合わない。

 両膝から下がカァッと熱くなり、足が動かなくなる。バランスが取れなくなり、頭から地面に叩きつけられた。

 相手の攻撃の威力が高すぎて痛みをほとんど感じないのはせめてもの救いだった。もしゆっくり嬲るように体を破壊されていれば、いくら再生出来ても意識がなくなっていたかもしれない。

 メルカバーが腕を振り上げる。私の体を再生が追いつかないくらいに破壊しようというのだろう。

 

「さて、まずは1人────」

額縁用意(クランクイン)!」

 

 猫裏先生の言葉とともに、地面に転がっていた狼の残骸がドロリと溶け出す。

 怪画(アーツ)の性質が変わっていく。鋼鉄がとりもちのように粘性を帯びていく。

 とりもちに纏わりつかれ自分の片足が動かないことに気が付いたのだろう、メルカバーの動きが1瞬止まる。

 その瞬間、サタンさんと【疑心蛇】さんが突っ込んできた。

 

「しゃら、くさい!!!」

 

 メルカバーが、飛んだ。とりもちの粘着力は十分だったが体育館の床がメルカバーの力に耐えきれなかったのだ。

 片足に床板をくっつけたまま、メルカバーが怒声を上げる。

 

「ちまちまうっとうしいんだよ、不敬者ども、ガッッッッ!!!??」

 

 叫ぶメルカバーの頭に()()()()()()()()()()()()()()()が落ちてきた。

 私が傷をつけた物体は血を流し、そして死ぬ。無機物なら砕ける。

 【疑心蛇】さんの攻撃が効いたことから、意識外の攻撃にメルカバーが弱いことはわかっていた。

 血のカーテン、私たちによる波状攻撃、そして私たちにもコントロールできない崩壊する体育館のがれき。

 これらを使ってヤツの集中力を最大限削る。ここまではサタンさんの計画通りだ。

 私はチェーンソーを上に構える。どんなに大きいがれきだろうと、私の『解体されれば死に至る(   Sephirothic Tree of die   )』の出力を上げれば砂にまで分解できる。

 

「……決めた。まずはまっくろくろすけ、youだけは確実に潰す」

「な、くっっっ!!」

 

 メルカバーはいままでの戦いでサタンさんが最も厄介だと判断したらしい。

 サタンさんはいろいろな武器や防具を出現させているが、どれも1撃で砕かれている。

 こういう時、助けにいくのは耐久力の高い私の役割だ。

 私は落ちてくるがれきを砂にしながら、メルカバーに切りかかる。

 

(ひじり)メルテ、助かったよ!!」

 

 そう言いながら、サタンさんは()()()()()()()()()()()()()()()

 お腹に鋭い痛みが走る。計画していたことだが、やはり痛いものは痛い。メルカバーのように圧倒的な攻撃力を有してるわけでもないその一撃は、拷問のような苦しみを私に与える。

 そしてその銛は、私のお腹越しにメルカバーのお腹を貫いていた。

 ごぼり、とメルカバーが血を吐く。初めて、明確にダメージを与えられた。

 

「な、かまごと……? 正気か……??」

 

 それは私もそう思う。

 正直、こんな作戦は私もやりたくなかった。

 

『【疑心蛇】の力で何か、見たのだろう? もし君が少しがんばるだけでその未来を阻止できるとしたら……どうするかい?』

 

 サタンさんの言葉がリフレインする。思い出したら腹立ってきたな。

 猫裏先生がサタンさんを嫌ってる理由がわかった。この人、控えめに言ってカスだ。

 

 とはいえ作戦は効果的だ。

 私とメルカバーは銛で体が繋がっている。この銛は、使用者が念じるまで絶対に抜けないという権能を持ってるらしい。

 つまり、メルカバーは私からもう逃げられない。

 

「は、あああぁああああああぁああああ!!!」

「う、おおぉおおおおおおおぉおおおっっっ!!?」

 

 がれきが降り注ぐ中、全力でチェーンソーを振り下ろす。

 メルカバーはチェーンソーを白刃取りの形で受け止めた。

 神をも殺す概念特権、掠らせるだけでも私の勝ちだ。

 それをわかっているからだろう、メルカバーの表情には一切の余裕がない。

 

 しかし、それも1瞬だった。

 

「ふぅ~~~っ☆いやいや、危ない危ない。正直言って、権限を使うのを忘れていたよ。実は我、戦いらしい戦いはこれが始めてでさぁ。なかなかいい経験になったよ」

 

 メルカバーの姿はすでに透けだしている。

 そう、私の攻撃は、『最強無敵(invincible─invisible)』の前では意味がない。

 私の刃はメルカバーには届かない。私は決定打にはなり得ない。

 

 だから。

 戦いが始まる前、草薙さんに体育館の上にあの髑髏を準備していてもらったのだ。

 

「……なんだ、アレは?! サタンの動きは観察していた筈だ!」

 

 クソ。風を切る音か何かで気づかれたらしい。

 草薙さんの『Vanitas vanitatum omnia vanitas(全ての虚空を貴方に)』に閉じ込められれば、権限は使えなくなる。

 これを当てることが、私たちの作戦の本命だ。

 体育館が完全に崩壊した今、髑髏は私たちを包み込もうと落下を始めていた。

 

「グ、クソ! 透明化しても、銛が抜けない!!」

「逃しません、ここで終わらせる……!!!」

 

 銛が抜けないのは権能によるものだ。一度刺さったら、たとえメルカバーが透明化しても抜けない筈だ。

 私は踏ん張り、メルカバーの動きを制限する。

 

「アハ☆人間1人の力で我の動きを止められるわけないで、しょっ!!」

「ぐぅうううううううううううっっっ!!!」

 

 私の体はなすすべなくメルカバーに引きずられてしまう。

 メルカバーは機敏な動きで髑髏の落下範囲から逃れてしまう。

 

 必殺の攻撃はたやすく回避された。

 1度見せた以上、同じ手は効かないだろう。

 サタンさんの権能でいくら髑髏を増やそうが、メルカバーは対応してみせるだろう。

 ここで決めるしかない。

 だから私はおもいっきり叫ぶ。

 

「──────黒衣さん!!!」

「おっしゃ任せて!!!!」

 

 私が叫んだとたん、髑髏の両目から蒼い炎が溢れ出した。

 それは巨大な手を形作り、メルカバーを締め上げる。

 『Vanitas vanitatum omnia vanitas(全ての虚空を貴方に)』の中では指一本も動かせなくなる。

 だったら、その中に隠れてしまえば。

 どれだけ相手の感覚が敏感でも、まったく動かない存在を捉えるのは難しいだろう。

 そして、『Vanitas vanitatum omnia vanitas(全ての虚空を貴方に)』の中では権能は使えなくなるが、黒衣さんの力は()()()()()()。猫裏先生曰く、十五ノ夜のイレギュラーらしい。

 

 怪画(アーツ)を焼き尽くす蒼の炎。

 それで形作られた手に捕まれながら、それでもメルカバーは笑っていた。

 

「これが最後の策だとしたら、拍子抜けかな、ハハ……☆」

 

 全身を焼かれながら、メルカバーは自分を拘束する手の指を掴む。

 ゆっくりとだが、しかし確実にメルカバーを拘束していた指が外れていく。拘束を解こうとしている。

 止めようにも私の力は怪画(アーツ)に由来している。炎に当たれば、攻撃する力を失ってしまう。

 

 だから私は、ポッケから1枚の紙を取り出した。

 サタンさんの言う、()()()()()()を。

 

 正直、これがそんなに大層なものには思えない。

 だけど、あの覚悟に嘘はないつもりだ。

 あの10分に嘘はないつもりだ。

 あの時の達成感も、本物だ。

 私は祈る。祈りながら、紙を広げる。

 

 

「お願い、勝って()()()()

「りょーかい、メルテっち」

 

 

「はぁ!!?」

 

 メルカバーが驚きの声を上げる。

 そりゃそうだろう。私だってビックリした。サタンさんは軽く言ってたけど、いまでも信じられない。

 

『おや、そんなに意外かい?』

『流血姫のことを考えれば不思議じゃないだろう。小学生の頃恨みのままに描いた絵が怪画(アーツ)になったんだ。──────授業中に10分で描いた黒衣宗の絵が怪画(アーツ)になったって、おかしくないだろう?』

 

 私の隣に立つ、怪画(アーツ)の黒衣さんからも蒼い炎が放たれる。

 黒衣さんを描き切ろうとしたことにより、怪画(アーツ)の黒衣さんは本物と同じ思考と容姿、能力を持っている。

 つまり怪画(アーツ)の黒衣さんは、怪画(アーツ)でありながら怪画(アーツ)を破壊する炎を操れるのだ。

 

 メルカバーの体を、もう1つの炎の手が包み込む。

 金髪の天使はもう動かなかった。

 

 私たちの、勝ちだ。

 

 

 


 

 

 

「メルテっち!!! 大丈夫!?」

「センセー!! 早く治療して!!」

「黒衣さんが2人、ここが天国か………??」

 

 戦いに勝利したものにのみ許される、希望に満ちた声が鼓膜を打つ。

 どうして、負けたんだろう?

 巨大な髑髏の中、指1つ動かせない虚無に包まれながら我は考える。

 流血姫たちは我を髑髏の中に押し込めて放置してしまった。我の屈強な体を破壊するのも手間だから封印を選んだのだろう。

 

 それにしても疑問だ。

 我の腕は人程度簡単に引き裂ける。

 なのに流血姫たちを1人も倒せず、こんな無様を晒したのはなんでだろうか。

 

 ──それだけヤツらの策が優れていたからじゃないか?

 

 何かが違えば簡単に勝てた筈。

 そもそも、我の機動力であれば流血姫たちに策を練る時間も与えず殲滅できた筈じゃない?

 

 ──しかし、今こうして負けているじゃないか。

 

 ……本当に?

 言い方を変えようか。お前、誰だ。

 

 ──ああなんだ、気づいていたのか。

 

 我の行動に些細だが交渉し、攻撃を流血姫たちに当てないようにしていたよね。

 どうやって我の意識に介入した。

 

 ──お前の意識に介入できたのは偶然だ。色んな人間の可能性を蓄えていたお前という存在の特性が、偶然『黒衣の名を受けて産まれる可能性』を吸収してしまった。

 

 目的は何?

 

 ──大方予想はついているだろう。神を止めることだ。

 

 ……神様を止める?

 だったらもっと徹底的に我を破壊しなくちゃ。

 少なくとも今のままじゃ、流血姫たちみんな死んじゃうよ。

 

 ──何?

 

 我こそは『神の戦車』。あらゆる外敵を粉砕し、あらゆる場所へ主を連れていく。

 最強無敵(invincible─invisible)は使えないけど、天使としての力は残ってるんだよね。

 

 我の体に亀裂が走る。

 亀裂は足の先から頭の先まで広がっていき、亀裂の中からは金色の光が溢れ出した。

 そしてその亀裂から真っ白な指が這い出てきた。

 指が亀裂を押し広げる。そして金色の光の中から真っ白な少女が顔を出した。

 白い肌、白い髪、白いワンピース。白づくめのその姿はサタンと対照的だ。

 

「お前が負けるとは。いや、(ひじり)メルテらが優秀というべきか?」

 

 後光を背負った彼女こそが我が主、我が父、我が王。

 神、ヤルダバオトだ。

 

 我は戦車。私は扉。

 我の体と【美術館】は繋がっており、神様だけが私の体を扉として扱うことができる。

 

怪画(アーツ)は描き終わったのでしょうか?」

「ああ。ヤツらの消滅は確定した」

 

 神様の腕には複数の絵が握られている。

 (ひじり)メルテ、黒衣宗。

 本物と見まがうほどに精巧に描かれたその絵には、対消滅(To show metz)の権能が込められている。

 

 (ひじり)メルテと黒衣宗。どこまでいっても、彼女らは人間だ。

 猫裏刹やサタンは天使でありもっと大きな怪画(アーツ)がいるだろうが人間である2人はこの絵をかざすだけであとかたもなく消えてしまう。

 神様の手にかかれば、地球を丸ごと消してしまうだけの地球(ドッペルゲンガー)ならともかく、人間2人を消すだけの怪画(アーツ)など1時間もあれば作れてしまう。

 

 神様が腕を振る。

 それだけで私を閉じ込めていた髑髏は霧散してしまう。

 保有している神の血の総量が違うんだ。並みの怪画(アーツ)では、この御方に干渉できない。

 

 流血姫たちの歓談の声が止まる。

 我に1番近い位置にいた2人の黒衣宗が炎を出すが無駄だ。すでに勝負はついている。戦いにすらならない。

 

 神様が黒衣宗を見る。

 黒衣宗たちが神様を見る。

 

 誰も動かない。

 

 数10秒が経った。

 まだ誰も動かない。

 

 ………ん??

 おかしい。

 なんで神様は黒衣宗を消してしまわないのかな?

 

 睨み合う必要などない。

 怪画(アーツ)を掲げてしまえば、それですべて終わるのに。

 

「……黒衣宗の、怪画(アーツ)。いや、それにしてはあまりにも精巧……」

「神様、どうなさったのですか……??」

 

 神様はその眉にしわを寄せ、呟いた。

 

「……美しい」

「ひょ???????」

「メルカバー、黒衣宗を【美術館】に送れ。黒衣宗の絵を描く。負けていられない」

 

 ……え~~~?

 正直意味がわからないが、しかしこれは神託である。従わないわけにもいかない。

 

「あぐっ!?」

「ちょっ、」

 

 仲間のサポートもなく、至近距離で我に抵抗できるわけもない。

 2人の黒衣宗を我の体の亀裂に詰め込むのに3秒とかからなかった。

 

「黒衣さんっっっっ!!?」

「メルカバー、私は帰る。後の判断はお前に任せる」

 

 神様はそう言うと我の亀裂に体を滑り込ませ、帰ってしまった。

 

 ……う~~ん。

 どうしようかなぁ。

 

「きらきらり~ん!! とりあえず、ここはお互いに一旦引かない? 神様もなんかバトルの気分じゃなさそうだし☆」

「そんなわけ……!!!!! サタンさん! 【美術館】への入り口を開いて! 黒衣さんを連れ戻さなきゃ!!!」

「交渉決裂、コミニュケーションって難しいね?」

 

 まぁ突然仲間が連れ去られたらそうだよね。

 でも神様の様子からして、黒衣宗を害するつもりはなさそうだけどなぁ。

 

 ぶっちゃけもうやる気とかあんまりないんだけど、仕事はしなきゃ。

 とりあえず流血姫を【美術館】に行かせるのはダメ。

 神様が殺されうるしね。 

 まずはサタンと猫裏刹を真っ先に潰そう。【美術館】への入り口を開ける天使は邪魔だし。

 我は腰を落とし、近くにいた猫裏刹に狙いを定める。

 

「──『電車』」

 

 その声が聞こえてきた瞬間、我はその場から飛びのいた。

 我のいた場所を鉄の塊が音を立てながら通りすぎていく。 

 声のした方には赤髪の男。……誰?

 

「始めましてかな? youは何者だい?」

「【ルネサンス】だよ、天使サマ。……(ひじり)さん、アンタたちが【美術館】に行ってくれ。俺はメルカバーの足止めをする」

「んふ、大きな口を叩くね☆さっきまであんなに大勢で我を相手にしてたくせに」

「アンタ、もう権限が使えないんだろ? わざわざ俺の攻撃を飛んで避けたのが証拠だ」

 

 ……げ、一瞬でばれてら。

 あの蒼い炎の効果なのか、我の怪画(アーツ)としての力は焼きつくされちゃったっぽいんだよね。

 戦いってめんどくさいな。いろんなことに気を配らないといけない。

 

「猫裏さん、【疑心蛇】。手伝ってくれ。少し試してみたいこともある」

「はぁ……。信じていいんだな?」

「…………【ルネサンス】と共闘は複雑だけど…………メルテさんのためだし…………」

 

 3人が前に出て、その後ろでサタンが呪文を唱える。【美術館】への入り口を開く術だ。

 (ひじり)メルテは3人の後ろで武器を構えている。サタンへの妨害を防ぐためだな。

 

「そうやって戦力を分散させて……それで我を止めるつもり? 後悔するなよ!!」

 

 我に真っ先に突っ込んでくるのは【疑心蛇】と呼ばれた少女。

 その動きはあくびが出るほど鈍い。我と戦える身体能力じゃない。何かあるな。

 油断せず、側頭部に蹴りを叩きこむ。

 【疑心蛇】はぐるりと白目を向き、崩れ落ちる──寸前で、びりびりびり! という音が響いた。

 

「脱皮によるダメージの無効化か、いやらしいね☆」

 

 【疑心蛇】はお返しとばかりに紫のガスを放ってくる。この煙も面倒そうだ。

 こんな相手とまともにやってられない。

 我は少女の細い足を掴み、天高く投げ飛ばす。

 

「えっ、うわっっ!!」

 

 悲鳴を上げて吹っ飛ばされていくところを見るに投げ技は有効そうだ。

 我は今1番不気味な【ルネサンス】の男に視界を戻す。

 【ルネサンス】の男は一心不乱にタブレット端末に何かを打ち込んでいた。

 

「……失敗しても恨むなよ。()()()()|()()()()()()()()()()()()()()など、初めてやるんだ」

「もう時間は稼げそうにないな。……やるぞ」

「ああ────額縁用意(クランクイン)!!」

 

 猫裏刹が叫んだ瞬間、タブレット端末から黒い何かが溢れ出した。

 それは不定形なぐちゃぐちゃの絵だった。

 いろんな物体が現れ、すぐにドロドロに溶けて別の物体に変わっていく。

 目玉が、牙が、ハサミが、馬の脚が、何かを求めてうごめいていた。

 混沌としたその物体は、天に向かうように真上に伸びていく。

 

「お、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおあああ────あ”」

 

 あの物体に、『見つかった』。

 そう思った瞬間に、その物体は凄まじい速さで我目掛けて倒れ込んできた。

 反射的に両腕を突き出した両腕にものすごい負荷がかかる。

 腕がもげそうだ。物体に触った箇所が尋常じゃなく痛い。

 

「な、何を、描いたっっ!??」

「ネガティブなあれこれだよ。『暴力』『恐怖』『死』『逃げられない』『涙』『別れ』『悲しみ』『憎しみ』『悲哀』『戦い』『血』『痛み』『絶望』。真っ黒黒すけにタッチの弱さを指摘されたんでな。今度は抽象画で勝負してみた」

 

 黒い物体が我を押し潰そうと迫る。

 数秒の拮抗の後、確信する。

 このままなら確実に()()()()()()

 

「はぁああっっっ!!」

 

 裂帛の気合いを1つ、この物体を押し返そうとした所で。

 我の腹から、ぶしゃーと白い血が噴き出るのを感じた。

 

(あっそういえば我腹に穴が空いてたんだ)

 

 そう自覚した瞬間力が抜けた。

 黒い物体の重みに耐えきれず、混沌とした塔の下敷きになる。

 

 黒に塗り潰される視界の端で、サタンと(ひじり)メルテが金色の光に消えていくのが見えた。

 

 

 


 

 

 

 サタンさんの作りだした光の柱。

 その奥に広がっていたのは、美術館だった。

 壁も床も天井も、白く滑らかな大理石で作られた、神殿のような美術館だった。

 飾られた油絵は、どれも黄金の額縁に囲われている。

 

 美術館の中心で、後光に塗りつぶされた人影が絵を描いていた。

 人影の先にいるのは、触手に手足を拘束された2人の黒衣さんだ。

 

「ねぇちょっと! これ外してよ!!」

「話をしようよ。少しでいいから……」

 

 黒衣さんズは元気に喋っている。よかった、乱暴なことはされていないらしい。

 私がそう思った瞬間、椅子に座っていたヤルダバオトが立った。

 

「五月蠅い。モデルが喋るな」

 

 彼女がそう言った瞬間、複数の触手が黒衣さんズを打ち据えた。

 黒衣さんズは悲痛な声を出して動かなくなる。

 カアッと脳みそが熱くなる。

 おもわず私は叫んだ。

 

「ヤルダバオト!!」

 

 ヤルダバオトがゆっくりとこちらに振り返る。

 憎悪、尊敬、悲しみ。色んな感情が混ざったような目をしていた。

 

「────何故だ?」

 

 ヤルダバオトがこちらに歩み始める。

 彼女が床に落ちていた紙を踏みつけ、掠れた音が鳴る。

 そこで、床に大量の絵が落ちていることに気が付いた。

 どれも黒衣さんの絵だ。緻密に描き込まれたそれは、たとえ1年分の時間があろうと私には同じだけの情報量を詰め込めないだろうことがわかる。

 

「何故、お前と同じように描けない? 私の絵は、何故似ない?」

 

 ヤルダバオトは気づけば私の正面まで迫ってきていた。

 その表情に、気圧される。

 

「私はかつて見た美しいものをまた見ようと、それだけを思って絵を描いてきた。しかし、あの『輝き』の心だけはどうにも上手く真似られなかった。……それがどうだ、(ひじり)メルテ。お前の絵は黒衣宗の心を完全に真似ている。怪画(アーツ)の黒衣宗も、本物と同じ顔で動く。同じ顔で笑う。黒衣宗の、あの至高の存在の『輝き』に似た心を完全に模倣している」

 

 鼻の頭が触れ合ってしまいそうな程に、ヤルダバオトの顔が近づいてくる。

 

「お前と私、何が違う?────何が、違う?」

 

 気づけばヤルダバオトの目じりには、涙が溜まっていた。

 

「……私は貴方の絵が好きではなかった」

 

 私の横にいたサタンさんが、ポツリと零す。

 

「貴方の絵は上っ面だけをなぞった、緻密なだけのつまらない絵だ。なんの感情も籠っていない。なんの熱意も感じられない。丁寧なだけの、いずれAIに取って代わられるような絵。貴方のようにつまらない絵。────これでわかっただろう、神に相応しいのは(ひじり)メルテだ」

 

 サタンさんが私の持っているチェーンソーのエンジンをかける。

 独特の耳障りな音が美術館に響き渡る。

 

 

 

 

 

「さぁ、(ひじり)メルテ。これを振り下ろせば全てが──「うる、っさい!!!」

 

 

 

 

 

 サタンさんの意見を遮るように、私は叫ぶ。

 

「なんの感情も籠ってない!? なんの熱意も感じられない!!? そんなわけないじゃないですか!!!」

 

 なんの感情も籠っていないのなら、この丁寧な線はなんだ。

 なんの熱意もないヤツが、こんなに沢山の絵を描くか。

 そんなの、込められた思いを読み取れない鑑賞者の責任だ。

 

 私はヤルダバオトと目を合わせる。

 絵の技量は確実に彼女が上。

 なのに私の絵の方がモデルの心まで描けているというのなら、それはきっと描き方の違いだ。私の描き方が、心を描くのに適していたというだけだ。

 

「……あの、私はその、モデルの人間性まで表現できるように絵を描いていまして。だから、そのために……なんていうか、相手のかわいい瞬間を想像しながら描くんですよ」

 

 黒衣さんだったら、朝元気よく友達と挨拶してるときとか、下校中小腹が空いて頬を汚しながらファストフードを買い食いしてる瞬間とか。

 そういう、相手の魅力が1番映える瞬間を妄想する。

 

「さっきあなたは、『モデルが喋るな』っていったじゃないですか。多分、私とあなたの違いは本当にそこだけなんです」

 

 モデルとの会話から妄想を広げて描く私と、喋らないモデルを描くヤルダバオト。

 ただ、それだけなのだ。

 

 

「………そうか。そんなことに、気づかなかったとはな」

「こんな場所に引きこもってたら仕方ないんじゃないですか?」

 

 絵とは他人の絵を真似するのが1番の上達への近道なのだ。

 1人でいたら、いろんなことに気付かない。

 醜い自分を、愛してくれる人がいることとかに。

 ……あ。いいこと思いついた。

 

「ヤルダバオト…さん。もしよかったらなんですけど、私の学校で美術部に入りませんか?」

 

 あ、サタンさんが面白い顔しちゃった。

 

 

 


 

 

 

 全てが終わってから、2日ほど経った。猫裏先生が計画していた、本来だったら【美術館】に乗り込む日だ。

 私たちは放課後の美術室に集まっていた。部活動のために。

 モデルとして美術部員に囲まれているのは黒衣さんだ。本物の方の。

 

「うーん、なんかソワソワする………複数人に見られるのは慣れないなー」

「慣れてもらわねば困る。お前は私のモデルだ」

 

 ぼやく黒衣さんに反応したのは、ヤルダバオト……もとい、家有るさんだ。着ていた真っ白なワンピースは学生服に変わっている。

 今の家有るさんは神ではない。厳密に言えば、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。数100人を同時に神様の代替わりにすることで、デメリットも等倍にしたのだ。

 これで家有るさんは少なくとも葉湖庭学園の中だけでは人間として生きられる。人間として生徒たちに認知される。

 

『…………こんな方法で、私の計画が壊されるとはね。してやられたよ、(ひじり)メルテ』

 

 サタンさんはそう言って苦い顔をしていた。ようやくあの人の鼻を明かせた気がする。

 

「…………絵は初めてだから……………丁寧に教えてくださいね…………」

 

 私の隣では、【疑心蛇】さんがスケッチブックを持って座っている。

 結局家有るさんと相談して、今まで御使い(ヴァニタス)が奪った命や滅ぼした世界も元通りにすることになった。

 滅ぼした世界は別の星で復元させるとして、御使い(ヴァニタス)が奪った命は無理に復活させれば世界に不具合が起こるだろう。

 その辺りは草薙さんを経由して【ルネサンス】の人と話し合っている。正直かなり負担をかけてしまっている。申し訳ない。

 

「ふむ、権能を使わないスケッチはいつぶりかな。……是非ともご教示頂きたいな、家有るさん?」

「私は教鞭を振るうことに関心がない。猫裏に頼め」

 

 家有るさんに絡んでいるのは、黒髪の生徒。

 本人はいちおう否定しているが、明らかにサタンさんだ。

 ………ほんとはあの人家有るさんのこと好きなんじゃないか? 家有るさんの思想が気に食わないのは本当っぽいが、根底には家有るさんが至高の存在ばかりに気を割いていることに対する不満があるのじゃないだろうか。

 その辺りも、なるべく話してみよう。おんなじ部員の蟠りを放ってくのも気分が良くない。

 

「クロッキーをするぞ。とりあえず10分だ」

 

 猫裏先生の声を聞き、意識を集中させる。

 とりあえず今は目の前のことに集中しよう。美少女が——親友が対価として差し出してくれた時間だ。

 私はスケッチブックに鉛筆を走らせた。

 

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