ーーーどうやら、自分は一度死んだことがあるらしい。
それに気付いたのは、小学校の入学式の帰り道だった。
花曇りの空の下、父親と一緒に歩道橋の丁度中央を渡ろうとしたその瞬間。突然、頭に激痛が走った。あまりの痛みに冷や汗が額を伝って目にかかり、視界がぼやけたその刹那。脳の中に何かが『降って』来た。
それは、自分の知らない誰かの人生の記憶。カードゲームと漫画が好きで、大学に受かっていて、年の離れた弟がいて、立派な母親がいて、少し駄目な父親がいて……そして、最期は交通事故に巻き込まれて死亡した。そんな自分ではない、『誰か』の記憶。しかし、その記憶が自分という存在にまるでパズルのようにピタリと当てはまっていく。矛盾など無いと言わんばかりに、綺麗に。そうして、その『誰か』が『自分』である絶対的な確信が生まれた。
絶え間なく嵌められる記憶のピースの中で、僅かな思考の余裕を使い、自分という存在の性質を理解した。
(つまり、自分は転生者であると……!!)
端から見れば気狂いの妄言としか思われぬそれは、しかしその時脳内に暴力的なまでに流し込まれた『前世の記憶』によって己の中で揺るぎない事実となった。
……気が付けば、薄暗い部屋で自分はベッドに寝かせられていた。
時を刻む秒針の音。ベッドの中に籠った熱。微かに見える天井の染み。それらの剥き出しの現実が、夢は終わったのだと、脳内の熱を冷ましていく。
(……まずは、落ち着こう)
大きく背を伸ばし、深呼吸。
スゥ……ハァ、スゥ……ハァ。スゥ…………ハァ。
一つ息を注ぐ毎に、僕の輪郭が確かになっていく。酸素が鼻から肺に行き、そこから血液の赤血球を通して全身の細胞に送られる。自分は物理の世界に確かに生きているのだ。
「…………」
酸素を送られ、落ち着きを取り戻した脳が今度は『思い出した』記憶の処理を始めた。
「……そう、か……死んだのか……僕……」
実感は、無い。死んだという記憶があるだけだ。それに六年間この世界で過ごしてきた記憶があるから、実感なんてあったもんじゃない。記憶の中の親の顔も、友人の顔も、寂しいと思えるには間が空きすぎた。
「……次だ」
次に自分のするべき事は、前世と今世の記憶の照合。元の世界の並行世界か、それとも漫画やアニメの世界なのか確かめる。
(この世界は取り敢えず今年が1995年なので、原作があろうが無かろうがひとまずは安心してーー)
ーーそして、思い出す。禪院という名前を見た記憶に、謎の異形の存在。
(ーーまさか)
……思考が、終わった。絶望八割、困惑二割。呼吸が荒くなっている。背中から冷や汗が滲んでいるのがベタつきでわかる。声に出して思考を纏めないと頭がおかしくなりそうだ。
「呪術廻戦……じゃねぇか……」
前世での、最後に読んだ記憶のある漫画だった。所謂モブ厳な世界。まだ完結はしていなかったのだが、日本はほぼ壊滅して世紀末ヒャッハーな世界になっていたのは覚えている。……つまり、この国にいればだいたいの確率で『死ぬ』。
「……どう、しよう」
「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……っ!!!」
もし、記憶が無いまま生きていたら何も知らず無辜の市民のまま死ねたかも知れない。……だけど、僕は思い出してしまった。死ぬ事の恐怖を。終わる事の虚しさを。そして……原作知識を。
(何かっ、何か無いのか……っ!?転生特典とか……無いのか……!?)
必死に記憶の中を探しまわり、無茶苦茶に手で印のような物を結び、領域展開っぽいのもしてみた。
だが、当然のようにどれも効果は無かった。半ば自暴自棄になり、もしかしたら何かトリガーになるかも知れないという理由で必殺技の真似事や呪文や魔法の詠唱をし始めた。
時刻にして、深夜2時。ちょっと恥ずかしくなってきた時に、奇跡はおこった。
「堕呪、カージグリぃ!!」
その瞬間、身体中から力が吸いとられるように抜けていった。
(なっ、なっ……何が起こっーー)
最後に見えたのは、空に浮かんでいる魔法陣と、赤い目のついた操舵輪ーー『堕呪 カージグリ』だった。
(ウッソォーーー)
その思考を最後に、自分は強烈な脱力感に襲われ……気を失った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ど う し よ う