青春の角に箪笥とゴリラ   作:やんま

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青春

 

 

「任務に行く前にさ、皆には寄ってきてもらいたいところがあるんだよね」

 

 天気は快晴、眩しい陽射しが差し込む1年の教室にて。何処ぞの有名店のものらしいアップルパイの箱を片手に五条先生が言う。昨日の話では今日は定期的に3級呪霊が多量に湧く公園での任務のはずだった。寄って来て欲しい場所とは任務に関係ある場所だろうか。情報収集とか?いや、先生のプライベートなお使いかもしれない、実際に何回かあったし。そんなことを考えていると、続く先生の声が耳に入ってくる。詳細な住所の情報に珍しいと思った。だいたいいつも補助監督の人に丸投げだからだ。のだが。その先の疑問とかはとりあえず切り上げる。それよりも今は目の前のことだった。

伏黒が逃げた。

先生が住所の町名まで出したところで音もなく、大股でするりと教室の出口までワープした。

 

「オレ……サキニニンムバショイッテマス」

 

こんなか細い棒読みを伏黒から聞いたことはなかった。隣の釘崎とアイコンタクトをする。こりゃなんかあるぞ、と。止めるか否か。けれど、先生の言うことは絶対なのだ。

 

「ダメだよ恵。3人でちゃんと体験してきてね」

 

正直に言う。なにもわからんがすげえ不安しかねえ。

 

***

 

 人通りが盛んな道から3本ほど隣、ビルとビルの間の比較的静かな道だった。大きな特徴としてあげられるのはあちこちに並べてある様々なデザインの箪笥だろうか。長い道の途中には休憩出来るような木陰とベンチ、キッチンカーのアイスクリーム屋も見える。ちょっとしたフォトスポットのようだった。

 

「ここが今回みんなに体験してもらう場所、通称箪笥通りだよ。紹介しまーす!この人ここで監視の仕事をしてる佐藤さんでーす」

「いとをか士の田中です!今回はよろしくお願いしますね」

「ハイっ先生ー!なんもわからんですがー⁈あと俺は虎杖です!よろしくお願いしまーす」

「えっ結局佐藤さん田中さんどっち?釘崎です。よろしくお願いしまーす」

「……伏黒です。よろしくお願いします」

 

何故かわからないが伏黒は少しホッとした様子だった。

 

「いい子たちじゃないですか。しかも仲良しさんたちとみました!」

「でしょー」

「多分ですけど、この子達はすぐ上手くいくと思いますよ」

 

ご丁寧に1人1枚ずつくれた名刺に印字されていたのは[いとをか士 田中]。結局名前は田中さんらしかった。力を抜いて親しげに話している様子から結構長い付き合いっぽいのに、素で名前を間違えたらしい。先生ぇ……。田中さんは特に気にした様子もなく笑って流してたので、五条先生との相性はいいのかもしれない。ところでいとをか士ってなんなんすか?

 

***

 

『特別準1級呪霊 祝ってやるマン』

 

特殊な術式が確認された呪霊。殺傷力:低。人間に直接攻撃する行動は見られず、ある条件を満たした人間に術式を付与することが確認されている。術式の内容は付与された人間に不運と幸運を起こすこと。幸運を起こす点から利用価値があると考え、祓わずに監視・データ収集することが決定。

 

条件:呪霊のいるビル前の通りでエモい行動をとり、呪霊に認識されること

 

***

 

「どういう人たちや行動がエモい判定されたかを見極めてデータ収集するのが、私たちいとをか士です」

「とりあえずネーミングセンスどうにかならなかったんですか?」

「それは最初に対処した術師にクレームお願いします」

 

パワポでこれまたご丁寧に説明された。呪霊がいるビルと道を挟んで向かい合う前面ガラス張りのビル1階が、いとをか士の仕事場だった。この辺りには大量の隠しカメラや録音機器の設置がされており、全部ここで確認できるらしい。

 

「ここは呪術師の、特に学生である君達の生存率を少しでも上げるために作られました。1年生の2学期とのことですが、もう既に危険な現場に出ていることは聞いております。ヒヤリとした経験はしましたか?首の皮1枚繋がった経験は?呪術師にとって運とはとても大切なものです。その皮1枚が足りなくて亡くなった先達は沢山いらっしゃいます。ここはその皮1枚を作る場所となります」

 

田中さんは小柄な人で第一印象は先生達とあまり歳が変わらなく見えたが、その眼差しは昔近所に住んでいたおばあちゃんを思い出させた。多分、沢山の人を見送ってきた人だ。

 

「緊急時にわざわざここに寄ってから任務に向かうことなど、ほとんど出来ないと思います。ですがそれ以外、任務先から近かったり緊急でない定例任務など、時間に余裕がある場合は気軽に利用してセーフティネットを付けて行って下さい。私以外にもいとをか士はいましてここに交代で常駐しています。松原、浅倉、元井、達尾、九重の名札を見ましたらお気軽にお声かけ下さいね」

 

***

 

「なんか気に食わないのよね。あたし達をコンテンツとして消費してんのが。金払って欲しいわ」

「金はないけど幸運はくれるんだろ?」

「不運も押し付けてくるじゃない。プラマイゼロよ」

「でもその幸運で宝くじ当てたら結局金になるじゃんか」

 

ベンチでアイス片手に駄弁っていた。とりあえずなんか行動しようとした結果である。というのもいざ術式を受けようとなったとき、俺たちの心は1つになったからだ。

エモい行動ってなんだ?

 

[エモいとは「emotional(エモーショナル)」が由来である日本のスラングかつ若者言葉。

 

「感情が動かされた状態」、「感情が高まって強く訴えかける心の動き」などを意味する。

 

意味

感情が揺さぶられた時や、気持ちをストレートに表現できない時、「哀愁を帯びた様」、「趣がある」「グッとくる」などに用いられる。………………]

 

軽く検索して1番上に出てきたのがこれだ。『ヤバい』と同じ意味で使ってたりもする。五条先生が学生だった時は萌える行動をするよう言われてたらしく、『エモい』なんて言葉は使ってなかったそうだ。

 

『言葉は水物だからねー、君達が大人になる頃にはまた違う言葉が出来てるんじゃないかな』

 

エモいで説明されるようになったのは最近みたいで先生は少しショックを受けてた。

 

「まぁ田中さんも言ってたし、私達がここで適当に駄弁ってたらなんとかなるんじゃない?」

 

視線をコッソリと呪霊の方に向ける。あちこちが欠けている会社員風のお姉さんがこっちをぼんやりと見ていた。

 

***

 

時は少し戻る。

 

「あそこにいる呪霊が見えますか?」

「見えます、今までに見たどの呪霊よりも人に近いですね」

「あちこち欠けてるけどな」

「は?あのおっさんどろついてない?」

「え?あちこち欠けてるお姉さんに見えるけど」

「俺にはモザイク掛かった疲労感がやばそうな細身の男に見える」

「おっさんの疲労感もやばそうよ」

「お姉さんの疲労感もやばそうだけど」

 

おもわず顔を見合わせる。3人とも見えているものが違っていた。これもこの呪霊の特徴らしい。

 

「ここ、ブラックな会社が取り囲んでるんですよね。コールセンターの支部、明かりの消えないIT企業、ブラックで有名な外食チェーン店、入る会社入る会社全てが黒に染まって潰れる高回転ペナントなどなど。そこで発生した負の感情がここに集結しちゃって生まれたようですよ。そのせいかはわかりませんが見た目に反映されてるみたいで」

「1度更地にしちまえこんなブラックな場所」

「それ言ったら呪術高専も更地対象だぞ」

「くそが」

 

ふと、ナナミンを思い出してただただ悲しかった。

 

「あの呪霊はあそこから動きません。近くにいても攻撃は加えてきませんし、ぶつぶつと何かしら呟いていますが意思の疎通を図ることもできません。ただぼんやりと窓の外を見るだけです。おそらくこれらは術式の精度と強制力を上げる為の縛りだと思われます。そしてただ淡々とエモさの判定をしています」

「字面がなんかアホっぽいんスよね」

 

前に伏黒と釘崎の2人が10点札の上げ下げをしていたが、あんなイメージなのだろうか。しかし、いとをか士の人達はあの呪霊がどこにエモさを感じたかをどうやって判断しているのだろう。何か判断基準があるんだろうか。

 

「判断基準ですか?うーん、明確にあるわけじゃないんですけど、趣味があうんですよね。そうだ!皆さんは何かSNSしていますか?」

 

急な話の転換だった。俺はスマホを持つ様になったのも最近だったから、SNSも何種類かアカウントを作ってからそこまで使ってはいない。何か関係あるんだろうか?

 

「私はエムスタしてます。全国の映えるパンケーキ載せてる人とか化粧品の紹介とかよく見ますよ」

 

以前釘崎にこの店に行くぞと見せられたことがあった。カラフルな写真がずらりと並んだ画面だったのを覚えている。

 

「じゃあ顔も本名も知らないし絡みもないけど、この人のオススメ化粧品や感覚、考え方は信用できるなぁって人いませんか?見てるだけで元気貰えるなーとか、何も知らないけど幸せでいて欲しいなーとか」

「あ、あーいますね。有名インフルエンサーじゃなくても意外と一般人で」

「私達があの呪霊に感じてるのってそれなんですよ。心の癖友です。ですよね〜すっごい趣味あう〜今のエモいですよねわかる〜ってヤツです。なので基準はちゃんとはないですが自然とわかります。術式が付与された人も残穢でわかりやすいですしね」

 

へきとも……?わかったようなわからないような……ああでも幸せでいて欲しいのはわかるかもしれない。爺ちゃんの病院の看護師さん達。名前も知らない人が多かったし、爺ちゃんが直接お世話になった人は少なかったけど、すれ違うあの人達に元気をもらってた。あの時俺が感じてたのってそういう気持ちだったかもしれない。釘崎はちょっと引っかかる顔をしながら、けど頷いていた。伏黒は眉間に皺を寄せていた。

 

「もっとわかりやすい例えは……ああ、清少納言の枕草子とか。いとをか士の元ネタも多分これです」

 

中学の古典の授業を思い出す。なんだっけ……春は朝がいいとか夏は夜の蛍がいいよねとか書かれてた気がする。なるほど、いとをかし、趣き深い、エモい。

 

「これまでの傾向からいいますと、仲の良い学生たちが戯れているだけで結構簡単にエモい判定が下ります。動物との組み合わせも反応がいいので、もし式神などがいたらその子たちと過ごすのもありです。ではあのベンチ辺りでわちゃわちゃしてて下さい。もし30分動きがなかった場合はお呼びしますので」

 

***

 

以上、回想おわり。

 

「そういえばあの馬鹿目隠しは?」

「田中さんの横でアップルパイ食べてる」

「ほんとだ。……あの顔ムカつくわね。私達をおかずにアップルパイ食べてるわ」

「見物料にアイス代出してもらえば?」

「そうするか。もっと高いの買えばよかったー。ところであんた何買ったのよ」

「月替わりメニューにあったウルトラチョコミント。思ってた色となんか違ったけど」

「あーあのメニュー右上にあったヤツ!私も気になったけど理性を発動して思い止まったわよ。いちごタルト味食べたかったし」

「俺も0.2秒ほど理性が出たけど、一期一会だし挑戦すべきだなって。ほぼ反射で頼んだ。あとウケ狙い」

「ウケ〜?」

「エモいがわからんくてさー、とりあえず面白そうなの持ってきた」

「コントとエモいは違くない?味どう?話の種に一口献上しなさい」

「おう。…………うーん、うん。食べれる味」

「なによその溜め。一口もらうわよ。………………かっあ“っ」

「刺激的だよな。注文するとき聞かれてさー。爽やかさを10段階選べるシステムだったらしくて、迷わず10にいった」

「っカレー屋か⁈爽やか超えて刺激しか感じないわよ!あっ後から鼻の開通具合がすごい、これ摂取して大丈夫なやつだった⁈ていうかなんであんたはそんな平気そうなのよ」

「宿儺の指より全然イケるなーって」

「呪物を比較対象にするな!悲しくなってくるのよ」

「悪いことばっかじゃねーよ?最悪経験してると受け入れられる幅がすげー増えて色々楽しめてる」

「ポジティブ思考の鬼か。てかアイツ遅いわね……………………今気がついたんだけど、玉犬出してもらって戯れた方が良くない?」

「なんかここではあんまり出したくねーんだって。確かにアイス選ぶだけなのに遅いよな。どうしたんだろ」

 

「悪い、遅れた」

「いや全然待ってねー、よ……伏黒が3段アイス頼むとは思わなかった」

「しかも全部同じ味とか馬鹿の極みじゃない」

「いや違う。上からブルーマウンテン、キリマンジャロ、マンデリンだ」

「全部コーヒーだからやっぱり同じじゃない」

「積極的にボケにきてる」

「…………あー、玉犬出さないのは俺の個人的都合だから、代わりに行動した方がいいかって……」

「ボケとエモいは違くない?」

「気にせんでもいいのに」

「そうよ洒落臭い。でもよくやった」

「だなー、なぁ味見さしてくれん?」

「あたしにも寄越しなさい。こうなったらとことんレビューよ」

 

スプーンでそれぞれのアイスを掬ったときだった。

 

ぽこん。

 

なんの音かはわからないが、電子音のような何かが聞こえた。多分だけど俺たち3人に術式がかけられたはず。田中さんの方に目を向けると、口をパクパクしながらokサインを出している。成功したようだった。

 

「今の何にエモさを感じたのよ」

「わかんねえ」

「3段アイスが良かったのか?」

「さぁ?」

 

仕上げが残っているので、とりあえずアイスを急いで食べきる。伏黒はチョコミントの不意打ちにあい咽せていた。ポケットティッシュを渡すとさらにどこかで音が聞こえる。また判定が下ったみたいだったが、相変わらず基準がわからなかった。

 

「も、もしかして、俺たちの存在自体がエモい……ってコト⁈」

「自己肯定の鬼か?」

「なんか語感がいいわ。流行りそうな言葉ね」

「いやだって、五条先生なんでもないことでもいっぱい褒めてくれるじゃん?」

「の割には扱いが結構雑だったり危うかったりする気がするけど。ウザさの厚みもすごいし」

「力強すぎてセーブするのが苦手な説」

「あの人そういう所ある……かもしれん」

「そういうの哀しき化け物っていうのよ」

 

話しながら箪笥が並ぶ道に向かって行く。痛みには慣れてるが、いざ来るとわかっていると途端に足が重くなった。

 

『幸運と不運が起こるのですが、任務先で不運を起こす訳にはいきません。ですので起こりやすい不運の統計を取り、その不運を任務先に向かう前に確実に引き起こす場所を作りました』

 

強制的に不運を起こさせる。それがこの長い箪笥通りの正体だ。

 

心拍数を上げながら、俺たちは足を踏み出した。

 

 

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