日蝕のアサルトレコード   作:その辺の残骸

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00:ノーマル大隊迎撃/ファースト・プレゼンテーション
日蝕の少女


 

 二百年もの間寝床にしていたマリアナ海溝から浮上させられた工廠艦ツクヨミの格納庫。

 そこでは唯一の人間の乗員となった赤髪の美少女が神妙な表情を浮かべ、送り付けられた全長十メートルにも及ぶ"ファンからのプレゼント"を見上げていた。

 

 この鋭い目つきの少女の名は神薙エリス。身に着けているのは深紅のぴっちりスーツ――ナノスキンスーツと呼ばれる高性能な戦闘服である。

 ナノマシンによる超極薄の被膜と四肢や股間を守るための黒い装甲で構成されている。

 

 それが腹筋がバキバキに割れるほど鍛え抜かれた少女の肉体美を殊更に扇情的に演出していた。

 首から下を完全に覆っているが、完成されたボディラインが剥き出しどころか、余計に強調される際どい装備であり、しかもエリスは途轍もない美少女で、お尻や太股の肉感は凶悪そのもの。

 

 当人の羞恥心が薄いこともあって、裸よりも過激なナノスキンスーツ姿に何の抵抗もなく、この場に立っていた。

 

「どうしたもんかねー、これ」

 

 エリスの前に無言で佇むのは漆黒の戦闘兵器。ブレードアンテナを戴く頭部を持つ巨体の黒い騎士であった。一目でそうであると見る者に強く印象付ける造形のマシンだった。

 しかし、騎士のような姿に反して右手に握っているのは重厚なバレルのライフル、背中にはミサイルポッドとレーダーユニットを装備している。

 

 人型機動兵器(アーマード・コア/AC)という存在そのものには驚きはない。この赤い髪の少女は幼い頃からACを乗り回し、兵器として完成させる手伝いをしていた身だ。この黒い騎士のような機体の武装やフォルムも典型的な中量二脚タイプだと思っている。

 

 体に埋め込まれたインプラントを介してもう一人の乗員から「妙な仕掛けはない」との報告。

 

「オッケー。こっちでもコクピットを見てみる」

 

 エリスはおもむろに歩き出す。キャットウォークを昇り、お気に入りの30mm対物ライフルを手すりに立てかける。

 探査用のドローンがコクピットから出ていき、代わりに赤髪の少女が入った。新品の匂いがする。

 

 シートに身を預けてみれば座り心地は抜群に良い。不意にエリスの視界に戯画化されたサメが現れた。

 実体ではない。これは赤髪の少女に施されたインプラントが見せている映像であり、機械知性体"REV"のアバターなのだ。この電脳サメこそがツクヨミのもう一人の乗員だ。

 

「この機体は第四世代AC、アーマードコア・ネクストとかいう超高性能機らしい。音速戦闘、コジマ粒子装甲の展開をオプションなしでできる。しかも操縦は神経直結だ。コクピットに人体側の接続端子を造るナノマシンがあったから回収して精査してるところだよ」

 

 REVはスペックの詳細を視界に投影してきた。この贈り物はネクストACのうち、TYPE-HOGIREというモデルらしい。

 再興したヨーロッパを席捲する企業グループが運用している機種とのことで、このシルエットにも頷ける。

 

「確かに凄いスペック。それにコジマ汚染による影響もレアメタルで無害化済みか。進歩したなぁ人類」

 

 なんだか感心してしまうエリスである。

 

 二百年前。当時完成したばかりの人型機動兵器アーマードコアとコジマ粒子兵器を運用する傭兵部隊の一員としてエリスは惑星アリシアの機械知性体と戦い、その信奉者諸共葬り去ったものの、仲間と義理の父を喪った。

 天涯孤独の身となったことで柄にもなく厭世的になり、深海でのコールドスリープに入ったのである。

 

「それで、こんなモノを私に送り付けて何をさせたいんだよ」

 

 格納庫の壁に書かれた文字を思い起こしながら赤髪の少女は呟いた。

 そこには「世界には君の力が必要だ」とスプレーで記されており、君のファンよりと名が添えてある。

 

 このファンとやらは工廠艦ツクヨミの管制AIに偽情報を流して艦を浮上させると輸送機で乗り込み、ネクストACとその装備一式を置いて去った。

 エリスがコールドスリープから目覚め、REVを叩き起こして格納庫に辿り着いた頃に影も形もなかったのである。

 

 ツクヨミの管制AIは同じ手を食わないよう既に対策済みだ。このネクストとかいう機体とその武装を解体して深海に潜り、寝直せる。

 

「それもいいだろうね」

 

 エリスの考えを読んだような一言と共にサメのアバターが近寄ってくる。意地の悪そうな笑顔。

 

「けどエリス。ぶっちゃけもう寝るのも飽きてきただろう?」

「別に。地球でもアリシアでも戦いっぱなしだったからまだ疲れが残ってるっての」

 

 コクピットを出る。愛用の30mm対装甲ライフルを拾い、エリスはコールドスリープポッドに戻ろうとキャットウォークを降りる。

 

「素直じゃないな。本心では君はこう思ってる。おっコイツは面白そうな玩具じゃん。一回くらい試してみようぜって」

 

 エリスは脚を止め、肩越しに振り返って空中に浮かぶサメを睨んだ。独りになってから大人ぶるようになった赤髪の少女ではあるが、本質は腕白な暴れ者。図星なのである。

 

「コイツを送り付けた自称ファンというヤツも、君が戦うのを期待しているんだろう。軽く調べてみたが傭兵(レイヴン)の仕事を再開するにはいい情勢だ」

 

 REVは人類を遥かに上回る技術を持つ異星文明のAIを殲滅するべく生み出された最強最悪の機械知性体であり、その電子戦能力は大きく制限された通常モードでありながら二百年が経過した世界であっても圧倒的だ。

 

 補給コンテナの中身を解析しつつ、現在の世界の情報を調べ上げていた。

 今では《再構築戦争》と呼ばれている大戦で惑星アリシアから得た技術によって人類は超光速航法と超光速通信を普及させ、外宇宙に多くの植民惑星を持つほどに繁栄している。

 

 一方で巨大企業と国家の連合体である地球連邦は武力衝突を繰り返し、アーマードコアを駆る傭兵、レイヴンと呼ばれる者達は相変わらず戦場で名を馳せている。

 そして、アーマードコア・ネクストと特異的な資質により機体と直結するリンクスと呼ばれる操縦者は、世界の覇権を賭けて争う勢力の絶対の力として畏怖されている。

 

「技術の進歩は思ったよりも牛歩だ。コジマ兵器システムとACをコンパクトに統合したネクストACは大した代物だが、それ以外はツクヨミの保有技術に追いつくにはあと一世紀はかかるだろう。僕らはまだまだ時代遅れにはなってない」

 

 少女の耳元で電脳サメが嬉しそうに誘う。エリスは正直になることにした。

 

「まっ送り主の尻尾も掴みたいし、しばらく活動するのもアリかな」

 

 REVに電子戦モードを許可すれば、その全知電脳の力を持って一瞬で終わりそうなのだが、あまりにも危険なので止めておく。

 

「決まりだね。またキミと一緒に戦えて嬉しいよ」

 

 空中でターンするサメのアバター。この機械知性体は戦闘と破壊のために創られ、それを歓びとする控え目にいって邪悪なAIであった。性格もはっきりいって最悪だ。

 

 そんなREVがネクストを解析し、その操縦系統AMS――――アレゴリー・マニュピレイト・システムをエリスの肉体に構築するには二週間かかるとのこと。

 

 準備が済めば実機を試し、ネットで傭兵としての仕事を探す。リンクスという呼び名は使わない気でいた。

 神薙エリスにとってアーマードコアを駆る戦士とは渡り鴉(レイヴン)なのだ。

 

 

――――傭兵が駆るアーマードコア・ネクストというイレギュラーが鮮烈なデビューを飾ったのは七月のことだった。

 

 

 

 六機の輸送ヘリが整然と編隊を組み、峻厳な山脈に沿って飛行している。四発ローターの大型機だ。

 

 各機にそれぞれ四機のアーマードコア――第四世代ネクストに対するノーマルとして最新の第五世代機が懸吊されている。

 箱を組み合わせてヒトの形を模した無骨な過ぎるフォルムがいかにも兵器然としたSOLARWINDモデルだ。

 

 北米の巨大企業クロムバウの私設軍に属する機体であり、四機一個小隊の編成。標準の二脚ヒト型三機に火力支援を担当する四脚タイプが一機で構成されていた。

 

『第44機装大隊の勇士諸君。我々は今回も正義を執行する』  

 

『自由経済のために! 不変なる秩序と富の巨人クロムバウのために!』

 

『大量破壊兵器の保持は決して許されない。我が社の経済圏だけでなく、地球全土に渡る秩序と平和のための作戦だ!』

 

『さあ独裁者をやっつけて民衆を解放するぞ!』

 

 自らもACに搭乗した大隊長のゴーマン少佐が、芝居がかった口調で皮肉を述べ、指揮下のACドライバー達が盛んに囃し立てる。

 自分たちの仕事に正義などないと誰もが自覚しており、諦観からくる自己欺瞞として熱狂だった。

 

 第44機装大隊はクロムバウ私設軍のなかでも最精鋭であり、電撃的な空挺作戦で目標首都を速やかに制圧する任務を与えられている。

 

 敵は大量破壊兵器を保有しているとクロムバウが判断した新興国家ノイシュタイン公国だ。豊かな緑と清流に囲まれた風光明媚な地である。

 実際にはノイシュタインはそんなモノは保有しておらず、それどころか国防のための通常戦力も心許ない。

 希少金属を含めた膨大な地下資源が発見されたことで、クロムバウに目をつけられたのである。

 

「ウチの庭の傍で地下資源なんて掘り当てるのが悪いんだよ」

 

 欧州におけるクロムバウの飛び地的な経済圏、事実上の植民地にノイシュタイン公国が面していたのも災いした。手を伸ばせばすぐにもぎ取れる富を逃すなど、強欲な企業にとって愚かでしないのだ。

 

 ヘリ編隊は山脈を抜け、森林地帯を飛行していた。広大な湖が広がる美しい光景にクロムバウの戦争の犬たちは目を奪われる。

 

 その直後、左端に位置する輸送ヘリのローターのうち一基が爆発。バランスを崩し、黒煙を吹きながら高度を下げていく。

 

『狙撃! 九時方向からです!』

 

『ステルスか!? レーダーに映らねえ!』

 

 もう一度、爆発。二基のローターを撃ち抜かれたヘリはコントロール不能に陥り、緑の大地に墜落した。しかし、流石は精鋭だけあり、奇襲による損害を最小限にしている。

 

 ヘリからの操作で搭載された四機のノーマルACは切り離され、無傷で着地。

 その瞬間に生じる隙を狙い、姿の見えない狙撃手はノーマルを撃破していく。一射一殺の精度である。

 

 残りのヘリも散開しつつ、ACを投下する。輸送ヘリは反転して先に帰投。

 

『各機、全兵装自由! 快適な空の旅は終わりだ!』

 

 ゴーマン少佐は命じて、自らも武装を狙撃の方向に向ける。箱を組み合せたような、角張って無骨なノーマルACは姿の見えない射手に向かって弾幕を張る。

 

 火力に物を言わせるクロムバウの戦術通りに敵機がいるとおぼしき地点を諸共吹き飛ばしているのだが。

 

『この、ちょこまか動きやが――がぁっ!』

 

 また一機のACがコアを破壊され、無力化される。これで一個小隊が全滅したことになる。

 

 敵機は最新のFCSとデータリンクによる隙間のない砲撃をいともたやすく掻い潜り、一方的に大隊のノーマルを撃破している。

 

 敵は単独。恐らく公国が雇ったレイヴンだろうとゴーマン少佐は見当を付けている。常に想定される脅威だ。

 

「良い腕だが、いつまでその動きができるかな?」

 

 連れてきた部下の半分を失っても、ゴーマン少佐は焦らず、むしろ戦闘に没入していた。

 

 昼食前には終わる退屈な任務に歯応えが出てきた、と考えている。物量と火力による戦闘がクロムバウのやり口であり、それは精鋭たる第44機装大隊でも変わらない。

 

 単独で侵攻を阻止する敵ACの動きが鈍る頃だと、長年の経験則から読む。

 余裕の笑みで敵が火力に屈する瞬間を心待ちにする傲慢なクロムバウの少佐殿の読みは外れ、姿を見せたACに驚愕することに。

 

 

 エリスはネクストACを駆って、初の実戦に臨んでいた。

 依頼人はノイシュタイン公国の政府。敵は北米の巨大企業クロムバウのAC大隊。魅力的な肢体が形そのまま出るナノスキンスーツを身に着け、頸部に設けたコネクタから伝わる情報を飲み込みながら機体を操っている。

 数回のテストで機体の性能を掴み、神経直結による操縦にも適応していた。

 

「このエクステはやっぱエネルギー消費がキツい。マグチェンジしたら切る」

 

「わかった。解除と同時にコジマ粒子を放出するよ」

 

 エクステンションと呼ばれる肩部オプションハンガーに光学、電子的ステルス・ユニットを選んでいた。

 これはネクスト用の装備として送り付けられたものではなく、現在は第零世代ACとして断片的な情報のみが知られているエリスの元々の愛機から移し替えたものだ。

 

 大型オプションパーツに付属するサブジェネレータなしでステルスをフル稼働させられるほどネクストのジェネレータは強力だが、それでも機動戦が辛くなるほどエネルギーを食う。

 トータルバランスに優れた名銃との評価を受けているネクスト用ライフル"051ANNR"のマガジンを棄てリロード。ステルスを解除して、エネルギーを再割り当てする。

 

 ネクストACは漆黒からエリス好みの真紅に塗り替えられている。

 

「さあて、本番だぞ"イクリプス"!」

 

 そして、新しい名も与えていた。その名の通り、左肩には日蝕の下を飛ぶ鴉のエンブレムが刻まれている。

 

 AMSによってリンクスとやり取りし、機体を制御する統合制御体としてREVはエリスの戦闘をサポートしていた。

 ジェネレータで生成したコジマ粒子を放出し、全身の整波装置で機体の周囲に球形に展開していく。ついでに傍受している敵の通信を赤い髪の少女に聞かせてやる。

 

『ネッネクストだとぉ!? あのタイプはオールドガーデンか!?』

 

『いや、あんな機体はデータにない! それに新しいリンクスを養成していたという情報も入っていない!』

 

『少佐、撤退を進言いたします。ネクスト相手にはこの数では分が悪い。別動隊も一度後退させましょう』

 

 狼狽える部下を指揮官の少佐が一喝する。

 

『慌てるな! まだ粒子装甲(プライマルアーマー)の展開が終わっていない! 今のうちに叩くぞ!』

 

 ゴーマン少佐自身、動揺を隠せないでいた。

 グレネードキャノンなどで高火力のアセンブルを施した機体で、コジマ粒子による防御力と機動性を完全に享受できていない敵機を撃破しようといする。

 

 姿を現し、レーダーロックが効くようになった所属不明のネクストACを一斉掃射で粉砕しようとするが。

 

「消えたっ!?」

 

「はっ! 遅いんだよ!」

 

 AMSによる出力制御とコジマ粒子の投入による急加速、クイックブースト機構によってイクリプスは攻撃を振り切った。コジマ粒子による空気抵抗の軽減はまだ不十分だが、それでも十分な推力が得られた。

 連続で各部のブースターを噴射することでかかる強烈なGはエリスにとっては何てことはない。

 

 ライフルと背部のマイクロミサイルをぶっ放しながら肉薄し、クロムバウノーマル部隊の懐に潜り込んだ。機動性だけで砲撃を避け続け、次々に敵機を撃墜していく。

 

「残りは三機っ! 接近戦で仕留める!」

 

 左腕の発振ユニットから短い刀身の光刃を抜き放つ。02-DRAGONSLAYER、高出力のレーザーブレードだ。

 

『このっ! 舐めるな!』

 

「正面にいる四脚が指揮官機だよ」

「わかってる! こいつから殺る!」

 

 REVに応えながら、ジャンプさせたイクリプスを急降下させる。

 余裕をかなぐり捨てて吠えるゴーマン少佐の四脚が撃ちこむグレネードを躱し、脳天唐竹割り。着地したかと思えば、クイックブーストを起動して跳ね、残る二機も切り捨てる。

 二十四機の最新型ノーマルは二分も経たずに全滅。初戦としては良いスコアだった。

 

「これで目標の半数を撃破。次はどうしても市街戦になるな」

 

 頭の中に電脳サメの無機質な声が響く。44機装大隊は総動員されており、別動隊がノイシュタイン公国の首都に接近している。

 エリスはすぐにオーバードブーストを始動。コジマ粒子を推進力として消費する高速飛行により、真紅のネクストはかっ飛ぶ。

 

「被害は最小限に抑えるさ。この国は胡散臭い私達をアテにしてくれたんだからな」

 

 それができてしまうのが、神薙エリスという少女なのだ。

 

 

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